3.天才少女のドレス
リュネールの服飾市は、想像していた以上の賑わいだった。
大通りには各地の商人が店を並べ、広場では染色や織物の実演が行われている。大きな建物の中には仕立て師たちの作品が展示され、行き交う人々の服装も華やかだった。
エミリアは会場に入るなり、目を輝かせた。
「お姉ちゃん、見て。この生地、すごく薄いのに張りがあるんだよ」
「本当だ。何でできてるんだろう」
「聞いてみようよ」
二人は店主から糸の種類や織り方を教えてもらった。次の店では、繊細な刺繍を施した襟飾りを見つけた。さらにその隣では、鮮やかな染色布が何十種類も並んでいる。
エミリアは一つひとつを熱心に見て回り、気になるものがあるたびに手帳へ書き込んでいた。一方、クララは布の装飾よりも、織物の構造や加工方法に興味を示していた。
特に足を止めたのは、見る角度によって青から紫へと色が変わる布だった。
「エミリア、これ見て」
「さっき案内書に載ってた生地だね」
「うん。実物はもっと面白いなあ」
クララは布を少し傾け、光の反射を確かめた。
「糸自体の色はそんなに変わらないのに、角度でこんなに違って見えるんだね」
「魔導刺繍じゃないのに不思議だよね」
「そうだね。これ、どういう織り方なんだろう」
クララが布の裏側を覗こうとしたところへ、店の奥から若い女性が出てきた。
「それ、面白いでしょう?」
「あ、すみません。勝手に触ってしまって」
「大丈夫ですよ。丈夫な布ですから」
女性は笑った。
年齢はエミリアと同じくらいだろうか。袖をまくった作業着姿で、指先には糸を扱う職人らしい細かな傷があった。
「糸を二種類使っているんです。織る方向を変えると、光の返り方も変わるんですよ」
「へえ。じゃあ、模様を染めているわけじゃないんですね」
「そうなんです。よかったら裏側もご覧になりますか?」
「ぜひ」
クララが答えると、女性は布を広げて見せてくれた。布の表側では滑らかに連なっていた模様が、裏側では複雑に糸を交差させることで形作られている。
クララはその仕組みに見入り、エミリアも横から覗き込んで糸の通し方について質問し始めた。
女性の名はリゼットといった。地元の織物工房で働く仕立て師で、服飾市には自分の作品も出品しているという。
「お二人も服飾のお仕事を?」
「はい。姉と二人で工房をやっているんです」
エミリアが答えた。
「私は服のデザインと仕立てを中心に。姉は魔導刺繍の研究が得意なんです」
「魔導刺繍ですか?」
リゼットは興味深そうに身を乗り出した。
「実は私、魔導刺繍にはずっと興味があったんです」
「そうなんですか?」
「はい。昔、一度だけ、ものすごく綺麗な魔導刺繍のドレスを見たことがあって」
リゼットは懐かしそうに微笑んだ。
「私、あれを見て、もっと服を作るのが上手になりたいって思ったんです」
エミリアは嬉しくなった。魔導刺繍の衣装がきっかけで、服飾の仕事を志した人がいるというのだ。
「どんなドレスだったんですか?」
「薄い青色で、歩くと裾から光の花びらが舞い上がるんです。何年も前に、この街の衣装展で見たんですよ」
エミリアは、少し驚いた。
「光の花びら?」
「はい。すごく綺麗だったんです。それに、あれを作ったのは私とあまり年の変わらない女の子だったそうで」
クララも顔を上げた。
「そのドレス、裾に小さな花がたくさん刺繍されていませんでしたか?」
「ええ、そうです」
「花びらが光るとき、少し遅れてほかの花も光り始めるような……」
「そうです。ご覧になったことがあるんですか?」
クララはエミリアを見た。エミリアも姉を見返した。
二人には、思い当たるドレスがあった。
「そのドレス、今も見られるんでしょうか?」
エミリアが尋ねた。
「ええ。衣装資料館に所蔵されているんです。ちょうど服飾市に合わせて展示されているはずですよ」
「そうなんですね」
「よかったら、案内しましょうか?」
エミリアはクララを見た。
「お姉ちゃん、行ってみない?」
「うん。私も見たいな」
*
衣装資料館は、服飾市の会場から少し離れた場所にあった。
古い石造りの建物で、内部には各国の衣装や装飾品が展示されている。リゼットは慣れた足取りで姉妹を案内し、展示室の奥で立ち止まった。
「これです」
ガラスの向こうに、一着のドレスがあった。
淡い青色の生地。裾に散りばめられた小さな花。幾重にも重なる刺繍の糸。
エミリアは思わず足を止めた。
「……お姉ちゃん」
「うん。これだね」
クララは展示ケースへ近づいた。
「懐かしいなあ」
それは、かつてエミリアが祖国の夜会で着ていたドレスだった。
クララが魔導刺繍を施し、ヴァルテン商会がエミリアの作品として売り出した衣装の一つ。何年も前に手放したはずのドレスが、遠い外国の資料館で大切に展示されていた。
「これ、よく残ってたね」
クララは少し嬉しそうに言った。
「うん。私もびっくりした」
「ほら、ここの花びら。何度も縫い直したんだよね」
「お姉ちゃん、そんなことまで覚えてるの?」
「うん。ここの動きがなかなか揃わなくて。完成したとき、すごく嬉しかったから」
クララはしばらく、裾の刺繍を目で追っていた。
「今だったら、もっと簡単に作れるんだけどね。でも、これはこれで綺麗にできてると思う」
「そうだね。私も、このドレス好きだったな」
二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
リゼットは、不思議そうに二人を見ていた。
「あの、もしかして、このドレスをご存じなんですか?」
「はい」
エミリアは頷いた。
「これ、昔、私が着ていたドレスなんです」
「……え?」
「私はエミリア・ヴァルテンといいます。こちらは姉のクララです」
リゼットは目を丸くした。
そして、展示の説明へ視線を向けた。
そこには、こう記されていた。
――天才少女エミリア・ヴァルテンの代表作。
「……ええ?」
リゼットは、もう一度エミリアの顔を見た。
「本当に、あのエミリア様なんですか?」
エミリアは少し照れくさそうに笑った。
「はい。でも、その説明には少し事情があるんです」




