2.今度こそ旅行
リュネールへ向かう街道は、緩やかな丘陵の間を縫うように続いていた。
馬車の窓からは、遠くまで広がる牧草地と、小さな集落が見える。途中の宿場では、荷を積んだ商人たちが行き交い、街道沿いの露店には土地の産物が並んでいた。
エミリアは道行く人々の服装を眺め、クララは土地ごとに変わっていく家並みを楽しんでいた。
「お姉ちゃん、見て。あの人の帽子、変わった形でしょう?」
「本当だ。つばがずいぶん広いね」
「この地方のものかなあ」
「日差しが強いところなのかもしれないね」
服装だけでなく、家の屋根や窓の形も、ソレイアとは少し違っていた。クララが屋根の構造を眺めていると、エミリアは通りを歩く女性たちの上着に目を留める。
同じ景色を見ているのに、気になるものは少しずつ違うらしい。
やがて馬車は、果樹園の広がる土地へ入った。木々には赤や黄色の実がなり、道端の露店には収穫したばかりの果物が並んでいる。
「エミリア、次の宿場で少し寄り道してもいい?」
「何か気になるものがあった?」
「あそこの果物。おいしそうだったから、食べてみたいな」
「さっきお昼を食べたばかりだよ?」
「果物なら入るよ」
「もう、お姉ちゃんったら」
そう言いながらも、エミリアも興味があったらしい。二人は次の宿場で馬車を降り、露店を覗くことにした。
店先には、見慣れない果物を使った焼き菓子が並んでいた。薄い生地の中に煮た果実を包み、表面に砂糖をまぶしたものらしい。クララは一つ購入し、さっそく口に運んだ。
「あ、おいしい」
「どんな味?」
「甘酸っぱくて、香りがいいよ。エミリアも食べてみる?」
「うん」
二人で菓子を分け合う。焼きたての生地は香ばしく、中には温かい果実がたっぷり詰まっていた。
「これ、好きかも」
「でしょう? もう一つ買っておこうかな」
「お姉ちゃん、食べすぎじゃない?」
「旅行中くらい、いいじゃない」
クララは楽しそうに笑った。
「前世の日本には、甘いものは別腹って言葉があったんだよ」
「別腹?」
「お腹がいっぱいでも、甘いものなら食べられるっていう意味」
「それ、本当に別のお腹があるわけじゃないよね?」
「もちろん。でも、よくできた言葉だと思うなあ」
エミリアは少し考えた。
「ねえ、お姉ちゃん。日本って、美容の研究も進んでたんでしょう?」
「うん。いろいろあったね」
「食べても太りにくいお菓子とか、そういうのもあったの?」
「低カロリーのお菓子はあったよ」
「かろりー?」
「食べ物から身体が得られるエネルギーの量、みたいなものかな」
エミリアは興味深そうに首を傾げた。
「じゃあ、同じ大きさのお菓子でも、太りやすさが違うってこと?」
「大まかにはね。材料によっても違うし、普段の食事や運動でも変わるから、それだけで決まるわけじゃないけど」
「へえ。それって、どうやって調べるの?」
「前世では食品ごとに成分を調べたり、実験したりしてたんだけど……」
クララは少し考えた。日本では食品の包装を見れば、エネルギー量や栄養成分が書かれていることが多かった。しかし、その数字がどのように求められているのかまでは、詳しく覚えていない。
「計算方法までは分からないなあ。それに、この世界の食べ物にそのまま当てはめられるかも分からないし」
「そっか。でも面白いね」
エミリアは菓子をもう一口食べた。
「そういうことが分かったら、おいしいものを食べながら体形も維持できそう」
「そうだね。何をどのくらい食べるか考えるのは、役に立つと思うよ」
「お姉ちゃんは、そういうこと気にしてる?」
「おいしく食べられることは、かなり気にしてるよ」
「それは知ってる」
二人は笑った。
そのあとクララは、店主に菓子の材料を尋ね、果実を煮るときに香草を少し加えていると教えてもらった。エミリアは果実を包んだ生地の折り方に興味を持ち、クララは香草の名前を覚えようとしたが、少し発音が難しかった。
服飾とは関係のない寄り道だったが、二人とも思いのほか楽しんでしまった。
*
二日目の夜、姉妹は街道沿いの宿に泊まった。
夕食を終えると、エミリアは窓辺で旅先の買い物を整理していた。果物の菓子を包んでいた紙には、店の名前と小さな花の模様が印刷されている。
「こういう包み紙も、土地によって違うんだね」
「面白いよね。お菓子の包みも、服と同じでいろいろ工夫できそう」
「今度、工房の商品を包むものも考えてみようかな」
「いいね」
クララは椅子に腰掛け、温かい飲み物を楽しんでいた。窓の外では宿場の明かりがぽつぽつと灯り始め、遠くから馬車の車輪の音が聞こえてくる。
しばらくして、エミリアが口を開いた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「何?」
「こうやって二人で旅行するの、楽しいね」
「うん。私も楽しいよ」
クララは微笑んだ。
「前に一緒に船に乗ったときは、こんなふうに寄り道なんてできなかったものね」
「そうだね。あのときは、無事に着けるかどうかも分からなかったし」
あの船旅では、二人とも知らない国での生活に期待していた。一方で、追手が現れるのではないかという不安もあった。船を降りてからの暮らしについても、十分な見通しが立っていたわけではない。
それでも、二人で新しい生活を始めることが楽しみだった。
そして今、その新しい生活は現実になっている。
「今回は、帰るお家もあるし、仕事もあるし、好きなところへ行けるし」
エミリアは嬉しそうに続けた。
「何だか、本当の旅行って感じがする」
「本当の旅行だよ。帰り道まで自分たちで決められるんだから」
「うん」
クララは窓の外を眺めた。街道の先には、まだ見たことのない街がある。そこで何を見て、誰と出会うのかは分からない。
以前なら、そんな不確かさは不安の種だった。
今は、それが楽しみになっている。
「明日も楽しみだね」
クララがそう言うと、エミリアは嬉しそうに頷いた。
「うん。早く服飾市に行ってみたいな」
「私も。珍しいものがたくさん見られそうだし」
「それに、明日の夕飯のお店も決めてあるんだよ」
「そうなの?」
「うん。案内書に載ってたところ。お姉ちゃん、好きそうだと思って」
「それは楽しみだなあ」
「ふふっ」
エミリアは笑った。
クララも笑いながら、窓の外へ目を向けた。
明日は、いよいよリュネールである。




