第6話 2-2 どんな状況でも相手を信用できるか。
「…アヒム様は学院を卒業したら侯爵家に婿に入られるのでしょう?」
「え?ああ。その予定だよ」
「おかわいそうに…ご自分の意志ではないんでしょう?家同士で決められた結婚だなんて…真実の愛もお知りにならないまま…」
…アヒム、だと?どこのアヒムだ?
エレオノーレは高等部の入学式前に道に迷っていた。どうせアヒムが迎えに来て案内してくれると高をくくっていたら、来なかった。で、まんまと迷子になった回廊の柱の向こうから…面妖なことを耳にしてしまった。
あいつ、私を迎えにも来ないで…何をやっているんだ??大体…おかわいそう?アヒムが、か?
そして一緒にいる真実の愛を説く女の子は…誰なのよ??
…アヒムのくせに。
「私がその、政略結婚の相手ですが、何か?」
私が回廊の柱の陰から急に出てきたから驚いたんだろう。きゃっ、と小さく叫んで、赤毛の女の子がアヒムに隠れた。右手はアヒムの腕を掴んで、アヒムの後ろからのぞき込んでいる。
ちょっとさ…婚約者持ちの男の子に…くっつき過ぎじゃない??
「私がアヒムの”その”婚約者です。貴女、婚約者持ちの殿方にくっつき過ぎですわ。離れていただけますか?」
「いやあ…怖いですわアヒム様!」
なにがじゃ。お前の方が常識なさ過ぎてよほど怖いわ。
「ああ、ノーレ、探してたんだよ。お前のことだからまた迷子になってんじゃないかと心配した!」
「……」
…あ、こっちは通常営業なのね。
「お前は昔から、頭は良いのに方向音痴だからなあ」
「……」
そう言いながら満面の笑みでアヒムが私の手を握って歩き出す。
「入学式は大講堂だよ。行こう。新入生代表挨拶するんだろう?…制服似合うな」
「……」
回廊をアヒムに連れられてきた方向に戻る。エレオノーレがちらりと振り返ると、先ほどの赤毛の女の子がハンカチを引きちぎらんばかりにかみしめてこちらを睨んでいる。ちょっと悔しかったので、アヒムの耳元に話しかける。
「アヒム。ちょっとかがんで。髪に木の葉が付いてるわ」
「ん?」
もうすっかり私より大きくなってしまったアヒムをかがませて、ふわふわの明るい金髪を撫でる。撫でながら、もう一度ちらりとあの女の子を振り返る。
…むふふっ。100年遅かったわね。
この子はね、私が十年もかけてここまで作り上げたわけよ。他の女の子に目移りなんて…あり得ない。って言うか…あってはダメ、と言うか…無い、と信じたいわけよ。
この駄犬のことは後できっちり締めよう。そう思いながら、エレオノーレはアヒムの手を離さずに、大講堂に向かった。
***
「ねえばあや。真実の愛って、なんのこと?」
「あら、まあ、お嬢さま!青春ですわね!うふふっ」
ばあやは寝間着に着替えたエレオノーレの髪を梳きながら、にんまりと笑った。
まあまあ、お嬢さまに恋のライバル登場?学院に入学と言えば…定番ですわよね。
アヒム様もカッコよくお成りですし…お嬢さまが精魂込めてしつけ、いえ、お育てしたので成績も優秀なようですし。他の女の子がほおっておかないのも分かりますわ。
お前の言い方はきつすぎる。ですか?お話を聞いた限りでは常識の範囲内ですが…貴族籍に入ったばかりで心細い思いをなさっている方に心を寄せるのも、アヒム様らしいと言えば言えなくもないですがね。優しい方ですから。ほおっておけなくてよく捨て犬とか拾ってきていましたわね…。仔犬だから済むことでも、その優しさを勘違いするご令嬢は…あり得ますね。
お嬢様の剣術クラブ入部に苦言?されるでしょうね…アヒム様はお嬢様第一主義ですし。
だからといって…そこまで?
「だからね、アヒムとの婚約式はお父様に言って延期していただいたの。私たちお互い、伸び伸びと学院生活を送ることにしたのよ」
「……」
まあ、雨降って地固まる、とも申しますしね。少しのトラブルは絆を深くするものですわ…とのんびりと私はその時は考えていました。




