第5話 2-1 過度な期待をしない。
私たちは私が10歳の時に婚約した。婚約式は私が16歳になったら行う予定だ。
12歳からアヒムは貴族用の学院に通うことになり、朝練には来なくなった。
「寂しくなりますわね、お嬢さま」
ばあやも侍女もメイドも…お父様の秘書官までもそう言った。いやいや、自由?
エレオノーレはいつものように朝練を終えて、汗を流して、髪を整えてもらっていた。ふと、庭の向こう、正門の前に馬車が止まっているのが見えた。
「…まさか、アヒム?」
急いで窓を開けると、馬車の窓から身を乗り出してアヒムが私を見つけて手を振った。
「何やってんのよ?」
つられてつい、手を振る。
アヒムのふわふわの明るい金髪はどこにいても目立つ。だから気が付いただけだ。制服姿は見せてもらったが、急に大人っぽく見えた。制服は5割増し、って言うしね。
朝っぱらから何やってんだか。
「おやおや。アヒム様はお嬢様が心配なんでしょうね」
アヒムの馬車を見送って、ばあやに髪結いの続きをしてもらっていた。学院は王都のはずれにある。中等部と高等部、王立図書館、その奥にアカデミアがあるかなり広い敷地だ。アヒムの屋敷からなら馬車で20分くらいだろうか。寄り道してたら、40分はかかる。暇なのかしら?
「毎日来ていた人が急に来なくなってしまったら、お嬢さまがお寂しいでしょう?ふふっ。お優しい人ですわね」
「……でもきっと日曜日には来ると思うわ」
優しいですって?あの子は断っても来るわ。
***
「エレオノーレ?」
「……」
「エレ?」
「あ、はい。なんでしょうか、お父様」
うちの娘はどうも、ここのところ気が抜けているようだ。本人は、アヒムが来ないので自由な時間が沢山あって嬉しい、などと言っていたが。
「エレは中等部はどうするんだい?」
「うーん。アヒムに聞いたら、お勉強は復習みたいになるようだし、目新しいことはさほど無いようなんです。家でお父様の仕事を手伝って、家庭教師から学びますわ」
…おやおや、アヒム君、ざんねーん!
「今後の社交のこともあるからね、高等部からは行った方がいいかな。知り合いを増やすのも大事なことだよ」
「…そうですね…。どうもそっちの方は、アヒムの方が向いてそうです」
「あははっ、そうかもね」
実際、アヒム君はクラブ活動やら友人との付き合いで、夕方はうちに立ち寄れないらしい。ふふっ。
まあ、毎朝手を振り合っている、って聞いた時は驚いたが。うちの娘に限ってそんな…と、こっそり娘の部屋のすぐ上の3階の部屋に潜伏してカーテン越しに見てみたら、本当に毎朝アヒムが手を振りに来る。マメな奴だ。
今日、娘がぼーっとしているのには心当たりがある。
昨日、日曜日なのに学院の行事があると言って、アヒム君が来なかった。
自分の家の用事ならエレも誘うから、初めての経験だったかも。
…あれ、だな。娘に言うと怒られそうなので口には出さないが。
ちょっとね、近すぎたんだよ、距離が。離れてみてわかるお相手の良さ、ってが。
私も妻とお付き合いしている頃……あの人は1か月ぐらい会わなくても平気そうだったけど……私は離れているのはつらかった。夢に見るほど…。
…ふふっ、青春、だな?エレオノーレ。
「あ、アヒムだ」
そう言って席を立った我が娘。まだ昼だよ?ついに幻でも見たか?
「なにしてんのよ、アヒム。授業は?」
「昨日ノーレに会えなかったから、今日は早帰りして来た」
「は?バカなの?」
「だって…お前が泣いているんじゃないかと思って」
「…は?バカなの?」
「もっと優しく言えよ」
なんだかんだと言いながら並んで歩く二人。
アヒム君はずい分と背が高くなった。ふわふわの明るい金髪は相変わらずだが。制服も良く似合う。小さい頃は同じくらいの身長だったエレオノーレは今は彼の耳の高さぐらい。
お互いを思いあえるんなら安心だね……まだ嫁には出さないけど。




