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第49話 めぐる、因果②

 ――時はしばらく遡り、朝の学園ティールーム。

 令嬢たちが優雅にお茶を楽しむ落ち着いた空間の静寂を、朗らかな少女の笑い声が破った。


「何? ユニコーンの末裔を普通に乗りこなすだと?

ふっ、あっはははは! 全く、ラッセル卿は面白い人だな!」


 別のテーブルの令嬢たちが何事かと笑い声の主を見つめた。

 その視線の先には、自ら光を放つような眩しい白金の髪を誇る少女――白金の君、メルセデスの姿があった。

 彼女は何がそんなに楽しいのか、自分の膝を叩いて大笑いをしている。

 ティールームでは少しばかり礼を失した行動ではあるが、相手は大陸覇権国家の皇女。誰一人として注意などできずにいる。


 彼女の向かいでは、黒髪黒目の少女が口元に手を当てて上品に笑っている。

 濡れ烏の君、イングリットだ。

 白と黒。対照的な二人は親しげに雑談に興じていた。

 イングリットに向かって嫉妬の混じった視線が飛ぶも、烏兜の護衛兵コルヴァンがその間に立ってガチャリと見つめ返すと、それはたちまち霧散した。

 そんな応酬に気づかないイングリットは嬉しそうに、ユニコーンの末裔ノワールと光玄のことを語る。


「ふふ、ノワールってば今でもミツハル様のことが大嫌いで、隙さえあれば落とそうとするの」


「ははっ、それは馬術の授業が楽しみだな」


「メルちゃん、イングリットちゃん。おはよう!」


 二人が歓談をしているところに、やや遅れてメリッサがやってきた。

 その隣には縮こまっている少女の姿が見える。

 暗い茶色のボブカットの髪に、大きな青い目。純朴な顔立ちの小柄な少女だ。

 堂々と胸を張って鮮やかな琥珀色の髪を揺らすメリッサとは対照的で、表情は暗く、俯き加減だ。


「おや、そちらは?」


 メルセデスの問いに、メリッサはその少女を紹介した。


「うん、紹介するね。わたしの隣の部屋の子で、ミラちゃんって言うんだ。

せっかくだから誘っちゃったけど、一緒にいい?」


「もちろんだとも。歓迎する」


 向かいのイングリットは若干緊張しながらも、快く頷いて見せた。


「う、うん。よろしくね」


 しかし、ミラと紹介された少女はすっかり萎縮してしまっている。


「あっ、あの……メリッサちゃん、あたし、やっぱり場違いなんじゃ……」


「そんなことないよ?」


「だって、みんなすごい人たちばかりで……」


 メリッサは目を瞬かせて、テーブルの顔ぶれを見る。


「すごい? 誰が?」


「えっ、だって、皇女殿下と公爵家のご令嬢でいらっしゃいますし……」


 ミラのその言葉に、メルセデスが薄く笑みを浮かべて注意をする。


「学則では生徒同士を身分で区別するのは禁止だ。

――そんなことをされたら、わたしは誰とも話ができなくなるからな」


「も、申し訳ありません」


「いや、咎めているわけではないんだ。ただ、同じ生徒として接して欲しいだけなのだ」


「は、はい」


 女子たちの話が途切れた瞬間、コルヴァンが前に進み出てメリッサとミラに一礼をして見せた。


「お二人とも、こちらへおかけください」


 そう言ってコルヴァンが椅子を引くと、メリッサは遠慮なく座り、ミラはビクビクと彼の烏兜を窺いながら恐る恐る椅子に腰を下ろした。


「はい、どうぞ」


 席についたメリッサとミラの前に、すっと湯気の立ち上るティーカップが差し出される。


「ありがと、チェリー君!」


「あ、ありがとうございます」


「どういたしまして」


 さぞ当たり前のように、女子たちのお茶会に混ざっているチェーリオであった。

 長年アウレール王子の側近をやってきただけあって、彼のお茶の腕前は相当なものであった。


「今日のお茶はイチゴのジャム入り――北のルシオン式のものだよ」


 本場のルシオン連邦では、スプーンにつけたジャムを舐めてから濃いめの紅茶を口に含むものだが、グラントリア王国では行儀が悪いとされ、ティーカップにジャムを入れてから紅茶を注ぐ形式で広まっている。

 濃い紅茶の香りに混じって、爽やかなイチゴの香りが辺りに漂う。


 早速、メリッサが遠慮なくティーカップを手に取って一口飲み、頬を緩めた。


「んん~~! あま~い!

ささ、ミラちゃんもどうぞ!」


「う、うん」


 勧められるがまま、ミラは恐る恐るルシオンティーを口に含み、強張っていた表情がみるみる緩んでいった。


「おいしい……」


「口に合って良かった」


 チェーリオがにっこり笑って、茶請け菓子を並べる。


「今日はお茶が甘いから、お菓子は甘さ控えめのものを揃えてみたんだ。

よろしければ、どうぞ」


 少し緊張の解けた様子でミラはお菓子に手を伸ばし、少女たちは和やかなお茶会を始めるのだった。





 しばらく時が経ち、話題はミラのお悩み相談になっていた。


「――自主退学? まだクラス分けもされていないうちにか?」


 メルセデスは眉をひそめていた。

 その内容は穏やかなものではない。入学早々、ミラは自主退学を考えているようであった。

 ミラは俯いたまま、その理由を語り始めた。


「お父さんが先月、事故で亡くなったんです。取引先から戻ってくる途中で魔物に襲われたみたいで、その、遺品しか返ってこなかったんです……」


「それは……辛かっただろうな」


「いえ……正直、今でも実感が湧かないんです。遺品だけ返ってきて、亡くなったって言われても、正直よくわからないんです」


「そう、か」


 魔物が跋扈するこの大陸ではそこまで珍しい話でもない。

 ある日家長が魔物の餌食となって、わずかな遺品しか戻ってこず、遺族が路頭に迷う。

 こんな悲劇は、今この瞬間にもどこかで起こっているかもしれない。

 魔物のいない安全圏など、カルスタイン帝国の帝都周辺やこの国のグランスタイン領を除けばほぼ存在しないのだ。


「それから急に店の経営が苦しくなって、変なお客さんも増えてお母さん一人じゃ大変そうで」


「なるほど。それで学園をやめて店の手伝いをしたいというわけか」


「だって、お父さんが亡くなって、お母さんが一人でお店のことで大変なのに、あたしだけが学園でのんびりしてていいのかなって」


 ミラのその震える声はもうほぼ泣き声になっている。

 メルセデスは真面目な表情で真っすぐミラの顔を見た。


「平民で学園入学は並大抵の努力がなければ難しいと聞く。

学費だって、平民が用意するのは大変だろう。どうしても、学園に入りたい理由があったはずだ」


「――夢、だったんです。あたしの。そしてお父さんの。

学園で学んで、女官になってカステルビアンコに入りたい」


 それは、この国では平民女性が望める最高の地位だ。

 国母たるルクレツィア妃の側に仕え、国政を動かす。


「でも、もういいんです。あたしが、お母さんの側にいなくちゃ」


「そんなっ……」


 イングリットは何か思うところがあるのか、悲鳴のような声を漏らし、口元を押さえた。

 光玄と出会い、彼に救われ、イングリットは今この場にいる。

 だが、ほんの少し運命の歯車がずれていたら。

 ――もしかしたら、彼女自身もミラのような苦境に立たされていたかもしれなかったからだ。

 メルセデスはちらりとイングリットを見て、俯くミラに厳しい口調で問いかけた。


「経営が辛いから、学園をやめて家に戻って来いとでも母君に言われたのか?」


 その質問に、ミラは慌てて首を横に振る。


「い、いえ。お母さんからは、放り出して戻ってきたら、許さないって」


「ならば、やめてはいけないな。

ご両親の望みで、君自身の夢でもあるのだ。

母君を助けたいのなら、学業に励み、良い成績を収め、夢を叶えろ」


 ミラへの言葉ではあるが、メルセデスの視線はイングリットの方を向いている。

 出会ったばかりではあるが、メルセデスはもうイングリットの人となりを良く知っていた。

 色んなことを我慢して、家族や周りの人たちのために尽くそうとする。

 そんな遠慮しがちな友人(イングリット)にも向けた言葉でもあった。


「メルちゃん……」


 イングリットの視線を受けてフフッと笑ったメルセデスは、子供を叱りつけるようにミラのおでこを指先で軽く弾いた。


「で、殿下……」


「殿下はなしだ。ミラ。メルセデスと呼べ。

なんなら、メルちゃんでも構わないぞ」


「さ、さすがにそれは。め、メルセデス様、と呼ばせていただきます」


 恐縮し、そう返したミラに、メルセデスは唇を尖らせた。

 どうやらメルちゃんと呼ばれたかったようである。

 だが、彼女はすぐに朗らかに笑って見せた。


「まぁいい。呼び方ごときで余計なプレッシャーを与えるつもりもない。

さぁ、皆でお茶会の続きといこうではないか。せっかくだから、もう少し明るい話がいいな」



◆◇◆



 ――再び現在。


 雑貨屋ミラベル。

 消されていた魔鉱灯が灯され、店内は柔らかな光で満たされている。

 その店内の一角の丸テーブルを、光玄、サーリア、ベルギッタの三人が囲んでいる。

 早速、女店主ベルギッタが淹れた紅茶を一口含んだサーリアは目を瞬かせた。


 使っているのは、おそらく安価な茶葉。

 だというのに、どういう配合をしているのか、実に香り深く、高級ブレンドティーにも迫る味わいになっている。


(なかなかのお点前で)


 物心ついてからずっと貴き方――イングリットのためにお茶を淹れてきたサーリアにも負けてはいない。

 その一方で、ベルギッタから色々と事情を聞いていた光玄は、どこか痛みを孕んだ表情で静かに頷いて話した。


「夫君が亡くなり、娘のミラ殿は学園へ入って、お一人で店を切り盛りしておられるのか」


「そう、ですね」


 光玄の黒い瞳が、ベルギッタを真っすぐ見つめる。

 何やら深く感銘を受けている様子である。


「立派でござるな」


「立派……ですか?」


 ベルギッタは瞬きをして、光玄を見つめ返した。

 大変だねとか、辛いねとか、そういう慰めの言葉は何度も聞かされてきた。

 だが、立派だと褒めてくれたのはこの男、ただ一人だけだった。


「然様。たった一人で店を守り、子の未来のために学費を工面する。並みの者にはできぬことでござるよ」


「そんな……わたしの力ではありません。

夫の昔の取引先の方々のご支援あって、どうにか続けているようなものなんですから」


「その支援は、夫君を慕った者たちの想いでござれば。

それもまた奥方である、ベルギッタ殿の力に相違ござらぬよ」


 その言葉に、ベルギッタの大きな目に涙が溜まる。

 だが、彼女は唇を引き結ぶとそれを堪え、静かに頷いた。

 少し空気が重くなってきたところで、サーリアは話題を変えた。


「しかし、想像以上に治安が悪いんですね。ああいう連中は多いんですか?」


「……夫が亡くなってから、急にああいう人々がやってくるようになったのです。

その……自分の愛人になれと迫ってきたり、お客様を追い払って営業の妨害をしたり……」


 サーリアはベルギッタをじっと見つめた。

 同性から見ても大変魅力的な女性だ。

 落ち着いた立ち振る舞いと、子供が学園に入学しているところをみるに、それなりに年齢は重ねているようだが、どこかあどけなさが残る純朴な顔立ちが彼女を随分と若く見せている。

 それに反して、体つきは男であれば劣情を催さずにはいられないほどの豊かさを誇っている。


 彼女の夫が生きていた頃は手が出せずにいた男どもが、一人店を守る無防備なベルギッタを我が物にせんと躍起になるのも分からなくもない。

 しかし、求愛程度ならばいざ知らず、店への嫌がらせや、今回のように直接的な手で来られたなら話は別だ。


「冒険者あたりに護衛を依頼しては?」


「――その冒険者の方にも、口説かれてしまって仕事にならず……」


 ――既に試してみたらしい。魅力的過ぎても困りものである。

 女性の冒険者もいなくはないが、そのほとんどは金払いの良い貴族の女性の護衛を優先して受けるため、なかなか捕まらなかったとのことだった。


 サーリアは自分の爪を噛み、思索にふけった。


 このままでは、ああいう連中は絶えることはないだろう。

 あの商会長だって未遂ということで、保釈金を払って遠からず解放されるはずだ。

 何せこの区画の衛兵隊は買収済みなのだから。


 思った以上に、ベルギッタを巡る問題は深刻であった。

 今回は未遂で終わったが、次はどうなるかわからない。


 ――その時。

 荒々しく雑貨屋のドアが開け放たれ、一人の粗野な男が踏み込んできた。


「おいッ! ベルギッタ! 聞いたぞ!

商会長のデブ野郎に襲われたってな! ほら見たことか、さっさと俺の愛人になっていれば――」


 随分と耳の早いことで、ベルギッタ狙いのこの男は、早速彼女へアピールをすべくやってきたのだ。

 気勢よく吠えていた男の目が、ベルギッタとテーブルを囲む黒ずくめの男、光玄に止まった。


「な、何だ、その男は」


 怯え、身をすくめるベルギッタの代わりに、サーリアが鋭く男をねめつけながら答えた。


「無礼ですね。この方は、ミツハル・ラッセル・ゲールハイト卿。『黒騎士卿』でいらっしゃいますよ」


「く、黒騎士……!? で、では商会長は……!」


 男は改めて、光玄の漆黒の装いを見て青ざめた。

 光玄の悪名はどうやら市井にまで広まっているようだ。

 男の狼狽えようを見たサーリアの青い目がすっと細められる。


「本当、身の程知らずですね。黒騎士卿の『庇護下の女性』に手を出そうだなんて」


 サーリアはベルギッタに目線を送った。

 目敏く彼女の意図に気づいたベルギッタは手を伸ばし、光玄の手を柔らかく握り、指を絡めてきた。

 そして、不安に揺れる瞳を彼の顔に向ける。

 親密な男性へ、不安を訴える自然な振る舞いだ。


 ベルギッタの一連の反応を見たサーリアは感心した。

 なかなか咄嗟にできることではない。かなり聡明な女性だ。

 今のベルギッタは、黒騎士の『愛人』のようにしか見えない。


 男の足が、生まれたての小鹿のように震える。

 生きたままの敵の腹をかっ開き、首を斬り落とすような凶悪な男の女に手を出すなど、自殺行為だ。

 

 一方で、ベルギッタに手を握られた光玄は、あまり状況が呑み込めないようでその手を一瞥はしたものの、大きい反応は見せずに男の方へ視線を戻した。


「して、お主は何者か。ベルギッタ殿に何用で?」


「い、いや、た、大したものではありません。

その、お寛ぎのところ、も、申し訳ないが、あ、ああ、えっと、べ、ベルギッタさん。が、岩塩はあるのかな?」


 今更、男は目を泳がせ、声を震わせながら必死に客を装った。


「ええ、ありますよ」


「あっ、で、では、一キロほどを頼む」


 ベルギッタは手慣れた手つきで棚から岩塩を出すと、手早く包んだ。


「こちらとなります」


「あ、ああ」


 男は代金を支払うと、何度も光玄の方を振り返りながら、逃げるようにして店を飛び出していった。


「あの、お釣り――」


 一刻も早く逃げ出したかった男は、お釣りも受け取らずにそのまま去っていった。


「――悪名もたまには役に立ちますね」


「??」


 未だ状況が分からない光玄は首を傾げる。

 察しの悪い彼をみて、サーリアはくすくすと笑う。

 これで、しばらくすれば『雑貨屋ミラベル』は、あの悪名高き黒騎士卿の庇護下にあると噂が立つことだろう。

 サーリアは紅茶をもう一口飲んで、光玄に話しかけた。


「ミツハル様、今後もお時間があったらこの店に遊びに来ませんか?

わたし、ベルギッタさんのお茶がすっかり気に入っちゃいました」


 しばらく店に通い、より噂を確かなものにして、ロクデナシどもを寄り付かせない。

 黒騎士卿の悪名は、下手な冒険者の護衛より何倍も効くはず。

 それがサーリアの作戦であった。


「ふむ、確かにベルギッタ殿のお茶は素晴らしいものではござるが……

ベルギッタ殿の迷惑になるのでは? 某のような者があまり出入りしては、客が寄り付かぬでござろう」


 一応自分の悪名に自覚が芽生えてきた光玄が遠慮をして見せる。

 今度もサーリアの作戦をしっかり見抜いたベルギッタは、慌てて首を振って見せた。


「い、いいえ、いいえ。

どのみち、あの人たちのせいでお客様たちが寄り付かなくなっていたのです。

もし良ければ、いつでも来てくだされば、と」


「ベルギッタ殿がそう言うのであれば、喜んで」


 光玄のその返事に、ベルギッタはほっとした顔で何度も頭を下げる。


「本当に、ありがとうございます。それと、急にラッセル様のお手を握ってしまって……気を悪くされたなら申し訳ありません」


 感謝に謝罪を重ねてきたベルギッタに、光玄は優しく微笑みかける。


「いいや。そのようなことはありませぬ。

大変な目に遭ったばかりで、急にあのような横柄な客に来られては不安にもなろう」


 唐変木(ミツハル)のその答えに、ベルギッタの頬がほんのり赤く染まる。

 恋愛脳サーリアは、彼女のその反応を見逃さなかった。


(これは、ひょっとしたら、ひょっとするかもしれませんね)


 ピンチから救ってくれたヒーローに淡い想いを抱き、やがて恋愛へと発展する。

 ロマンス小説のお約束。サーリアの大好物な展開だ。


(って、これじゃお嬢様のライバルになるのでは?)


 サーリアは、イングリットのまだ形になっていない光玄への想いに気づいている。

 その想いを応援し、ちゃんとした『形あるもの』として育てるのがサーリアの使命なのである。

 ――だというのに、サーリアはうっかりライバルを生み出してしまったのかもしれないのだ。


 改めて、サーリアはベルギッタを見つめた。

 たおやかでありながら、艶やかな美人。

 それでいてかなり機転が利き、聡明だ。

 さらには、人生経験豊富な大人の女性だ。


(きょ、強敵、ではありませんか)


 余計なことをしてしまったかと、サーリアは頭を抱えたくなった。

 だが、ベルギッタの心底ほっとした顔をみて、その生来の気難しい表情が緩んだ。


(まぁ、良しとしましょうか。お嬢様には、お嬢様だけの良さがあるんですもの。だって、世界で一番可愛いんですから)





 夕方。

 長い一日を終え、やっとメイド部屋へ戻ってきたサーリアを、ティナがベッドで寝ころびながらふさふさな尻尾だけを振って迎えた。


「お帰りなさーい」


「行儀が悪いですよ。……ただいま」


 ティナと挨拶を交わしたサーリアは、早速光玄に買ってもらったポピーのスカートを広げて鼻歌交じりで眺める。

 それを見つめ、ティナが尋ねた。


「可愛いスカートですね。それ、結構高かったんじゃないですか?」


「ふふ、でしょう? ミツハル様に買っていただいたんですよ」


「いいなぁ。

――で、どこまでいきましたか?」


「は? 何の話ですか?」


 ピタリと、ティナの尻尾が動きを止め、彼女は胡乱気な視線をサーリアに向ける。


「ラッセル卿のことですよ」


「――ミツハル様がどうかしましたか?」


 ぺたりと伏せられていた、ティナの犬耳がちょこんと立つ。


「デートのことに決まってるじゃないですか」


 ティナのその言葉に、サーリアの青い目が見開かれる。


「えっ?」


「えっ」


 しばしの静寂。

 先にそれを破ったのはティナの方だった。


「まさか……何もなかったんですか?

朝、あんなに気合い入れておめかしして出ていったのに?」


 信じられないとばかりに、ティナの赤い目は見開かれ、サーリアを見つめている。


「な、何を言っているんですか? わたしが? あの唐変木と? デート? あり得ませんから! そ、それに、おめかしなんてしてません! 普通ですッ!」


 怒涛の如き早口。ティナは気圧され、思わず壁際に寄った。


「だ、だって、そんな高そうなプレゼントもらってウキウキしてるし。

これは、ちゅーぐらいはしたのかなぁって」


「ち、ちゅー!? ありませんから! ただのお買い物!」


「なぁんだ。つまんないですね」


 ティナの耳が再びぺたりと伏せられ、尻尾はへなへなと力なく垂れる。

 サーリアはティナに背を向けると、ポピーのスカートを胸に抱いて今日一日を振り返ってみた。


 殿方に服を選んでもらい、一緒に食事をして、買い物をする。

 最後あたりに事件には巻き込まれたものの、よくよく考えてみれば――

 サーリアは普通に光玄とのデートを満喫してしまっていたのだ。


(お嬢様を差し置いて、このわたしが!? 駄目です! そんなこと!)


 ――サーリアは、イングリットのまだ形になっていない想いを応援し育てなければならない。

 そんな彼女が、光玄の傍でうつつを抜かすなど、あってはならないことだ。

 思わず、地の底まで響きそうな大きなため息を漏らした友人(サーリア)を見つめ、ティナはにんまりと笑った。


(にひひ、これは面白くなってきましたねぇ)

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