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第47話 運命変曲点⑥

 リリアーレは、離れた客席からイングリットたちを見つめ、唖然としていた。


(なに、あれ)


 本来、アレッサンドロがリリアーレに吹っかけてくるはずだった決闘イベント。

 それがどういうわけかイングリットに引き寄せられ、彼女の従者の武士が決闘を行うことになってしまった。


 いや、それは決闘というよりは、質の悪い弱い者いじめだった。

 無理やり数値化するなら、十三レベルと九十九レベルの戦いだ。


 あの武士ユニットは規格外すぎる。


 このアリーナに展開されている奇跡『聖域』の効果は、影響範囲内にいる敵味方全ユニットが与えるあらゆるダメージを問答無用で八割カットするというものだ。


 もちろん現実となった今、数値化はできないため一概にそうとは言い切れないが、序盤でそれほどのダメージを出すには、ある程度防護効果を無視できる、魔剣に準ずる性能の武器を装備しなければならない。


 故に本来のアレッサンドロとの決闘イベントでは、ハンスの攻撃で一切ダメージを与えられず、アレッサンドロの方からはダメージが通るため、一方的に弄られる負けイベントになるのだ。

 これまで相当鍛えてきたリリアーレでさえ、ある程度苦戦は覚悟していたほどだったのだが、あの武士ユニットはあっさりとそれを突破している。


(どうして、あんなぶっ壊れユニットが出てくるわけ?)


 こんな最序盤であれだけ突出した性能の戦闘ユニットの存在なんて、リリアーレは知らない。


(あの武士モドキ、もしかして防御貫通パッシブでも持ってるの?)


 『防御貫通』とは、ダメージカットだろうと、防御力アップ効果だろうと全部無視し、対象の防御力をゼロとみなしてダメージを与えることができる、究極の物理系パッシブスキルだ。


 リリアーレの『ひかあふリメイク』の知識では、そのパッシブスキルを持っているユニットは終盤あたりの隠しジョブ『剣聖(ソードマスター)』だけだ。

 最序盤で登場していいスペックのユニットではない。


 戦闘ユニットだけではない。

 何よりおかしいのは、今のイングリットの状況だ。

 リリアーレの記憶が正しければ、ゲーム本編で乳牛女(メルセデス)とイングリットが直接交流するイベントは存在しない。

 それがどういうわけか、この決闘イベントでは登場しないはずの乳牛女(メルセデス)がやってきて、イングリットと絡んでいるのだ。


(しかも、おでこちゃんまでどうしてそっちに行ってんの?)


 おでこちゃん――メリッサ。

 広い交友関係から得た攻略対象の情報をプレイヤーに教えてくれる、いわゆる友人枠キャラクターだ。

 彼女と交友を深めると、数ターン先までの攻略対象の居場所・移動先を予想してくれるようになるので、攻略において大変重宝される存在である。

 そんな彼女は今、乳牛女(メルセデス)とイングリットの間で何やら楽しげに話している。


 リメイク版の隠し攻略対象のチェーリオと、攻略対象のエリーアスまでもがイングリットの傍にいる。

 更には、イングリットの従者ユニットも、武士に加えて烏兜の兵士もついている。


 イングリットの周りはもはや、一つの派閥の様相を呈している。

 彼女を中心にした、人の輪。

 それを見たリリアーレは、ここにきて今まで考えもつかなかった、ある可能性に気づいた。


(まさか……アタシ以外の転生者?)


 主人公として転生してきたことで、どこか自分を特別視していたのか。

 リリアーレは自分以外の転生者の存在など、想像もできていなかった。

 彼女の見開いた目が、転生者と思しき人物を見つめる。


(――イングリット! アンタ、転生者なのね!)


 イングリットがもし転生者なら、今の異常事態のすべてに説明がつく。

 ディートハルトの不在。それは、シナリオの展開上の都合ではなく、父アルトゥール公暗殺に失敗した結果なのかもしれない。

 そして、その結果に導いたのは、イングリットのはず。

 アルトゥール公の死という、シナリオの強制力をどうやって克服したかは不明だが、状況からして間違いないように思える。

 ――つまり、イングリットの最大の庇護者は生存していて、ディートハルトは排除されているのだ。


(ディートハルト、もしかして――殺されたの?)


 絶望。バッドエンド。リリアーレは世界が音を立てて崩れ去っていくような錯覚に陥った。

 だが、リリアーレは歯を食いしばり、頭を振った。


(違う、あの身内に甘いおっさんが息子を殺したりするもんか)


 原作小説第一章の主役として登場する、家族を愛する青年アルトゥール。

 歳を取り、中年になるほどその家族愛は強まるばかりであった。

 妹ヴィルヘルミーナの死と妻アマーリエの失踪に涙し、忌み子イングリットを必死に守ってきたあの男に限って、息子ディートハルトを殺したりするはずがない。

 おそらくは幽閉されているか、追放されている。


(助けなきゃ)


 そのためにどうすべきか、今のリリアーレには見当もつかない。

 それでもやるしかない。何を犠牲にしても。

 だって、ディートハルトは、リリアーレ(浩子)のすべてなのだから。


 この状況を生み出した元凶、イングリットを睨みつける。

 漆黒の烏の羽根を象った、大胆なドレス。真っすぐ伸ばした背筋。

 チェーリオをいじるおでこちゃん(メリッサ)に笑いかける自然な表情。

 リリアーレの知るイングリットとは、まるで人格が違う。

 堂々たる、公爵令嬢だ。

 あの姿は正しく――


「悪役、令嬢……」


「お嬢様?」


 主リリアーレがつぶやいたよくわからない言葉に、従者ハンスは首をかしげたが、今のリリアーレにはいちいち取り合う余裕などない。

 今はイングリットの現状を分析しなければならない。

 まず、イングリットの方にリリアーレが転生者として認識されているかどうかだ。


(それはないはず)


 もしそうなら、とっくの昔にリリアーレは排除されている。

 忌み子だとしても、イングリットは公爵令嬢。遥かに恵まれた環境にいる。

 転生者であるイングリットがその気になれば、父や兄を上手く操って幼少期のうちにリリアーレを排除することだってできたはずだ。

 今日まで、可能な限り忠実に主人公として生きてきたおかげで、転生者ではなく登場人物の一人として思われているのだろうか。


(孤児院時代スキップ、バレてないよね)


 今までの行動すべてが悪手のように思えてくる。

 孤児院スキップ。ディートハルトへの接触の試み。グランスタイン家周りの情報収集。

 そのいずれもが命取りになりかねなかった。


 安心するには早いが、とりあえず身に迫る危険はない。

 深呼吸して、乱れる心を落ち着かせる。


 今度はイングリット周りの人物たちへ目を向ける。

 攻略対象エリーアス。隠し攻略対象チェーリオ。

 ライバル令嬢キャラ、乳牛女(メルセデス)。友人キャラ、おでこちゃん(メリッサ)

 イングリットはその全員に対して、まんべんなく好感度アップ作業をしているように見える。


(も、もしかして、フルハーレム狙いなの?)


 通常の攻略対象全員の『通常ハーレム』に加えて、ライバル令嬢たちからなる『百合ハーレム』。

 その両方の完成によって達成される、『フルハーレム』。

 トロフィー獲得率わずか一点三パーセントの、激ムズルートだ。

 そもそも、ディートハルト一筋だったリリアーレとしては、理解すらできなかった遠い世界の話。


(ガチ勢……ッ!)


 現実となったひかあふ世界で、迷いなく最高難易度のフルハーレムを目指す異常者(イングリット)に、リリアーレは戦慄を覚えた。

 ライトゲーマーだったリリアーレと、『ガチ勢』のイングリットでは知識量で圧倒的な差があるはずだ。


 リリアーレは、イングリットの従者ユニットたちを改めて見つめる。

 武士キャラの強さはついさっき目の当たりにしたばかり。もう片方の烏兜も、見るからに強キャラだ。

 通常、一体だけの従者ユニットが二体。


(ユニット増殖グリッチまで……)


 リリアーレは前世の動画サイトで見た、イングリットの従者ユニットを増殖させ、テーブルまで自在に操る、あるバグ技のことを思い出していた。

 手順が極めて面倒かつ複雑で、ライトゲーマーのリリアーレ(浩子)には真似する気すら起こらなかったバグ技。


 『ガチ勢』のイングリットがそれを使わないはずはなく。

 現実となったこのひかあふの世界で、どうやってグリッチを再現したかは不明だが、現実として彼女は強キャラを二体も揃えている。

 学園内での立場も、学園内社交界の最上位グループに属するメルセデスを味方につけて盤石としている。


(隙が、ない)


 リリアーレとしては、イングリットに転生者であることを知られるわけにはいかない。

 自分がイングリットの立場なら、脅威となるリリアーレ(転生者)は間違いなく排除しにかかる。

 リリアーレが取れる対抗策は限られている。

 主人公(モブ)に徹しつつ、シナリオの強制力を利用してイングリットを破滅へ導く。それだけだ。

 ディートハルトの救出と攻略は必然的にその後になる。


(負けないから。絶対、アンタを倒して、ディートハルトを救ってやるんだから!)


 決意を新たにし、強敵イングリットを睨むリリアーレ。

 そんな彼女の視線が、イングリットの後ろの烏兜の視線とばっちりぶつかってしまった。

 その暗いスリットから覗くやけに(あお)い瞳が、射抜かんばかりにリリアーレに注がれている。


(ヤバッ、気づかれた!?)


 慌てて扇で顔を隠してこっそりと盗み見る。

 烏兜は依然、リリアーレをまっすぐ見つめてきている。

 まるで一挙手一投足を見逃さないとばかりに。


(ま、まずい! 不審がられた!?)


 今すぐ、この場から去るべきだ。

 だが、どうしてか、リリアーレの足は離れず。

 彼女は烏兜から目が離せないでいる。


(今すぐ離れないといけないのに、どうして?)


 正体不明の不気味な烏兜の兵士。彼を見つめていると、どうしてこうも心を乱されるのか。

 だが、これ以上不審がられては、転生者であることがイングリットにバレてしまうかもしれない。


 リリアーレは根が張ったように重い足を無理やり動かすと、不自然でないように、アリーナを去る他の生徒たちに混ざって出口へ向かった。

 ぼんやりしていた従者ハンスは慌ててその後を追従する。


 アリーナの出口で、リリアーレはもう一度振り返った。

 未だに烏兜は真っすぐリリアーレを見つめており、視線は交差する。


(一体、何なの……?)


 自分でもよくわからないまま、リリアーレは、人波に押されるようにしてアリーナを去るのだった。





 コルヴァンは、たまたま目が合ったピンクブロンドの令嬢をずっと目で追っていた。

 やがて、その姿が人波に混ざって消え、彼はようやく我に返った。


(しまった、つい不躾な目でレディを見つめてしまったな。怖がらせてしまったのなら、悪いことをした)


 ピンクブロンド。珍しい髪色ではある。

 だが、別に珍しいから見ていたわけではなかった。

 彼女を見ていると、どうしてか懐かしい気持ちになったのだ。


(――疲れているのだろうか。やはり護衛など、私には向いていないか)


 コルヴァンは強く首を振り雑念を振り払う。

 彼は次の瞬間には忠実なるグランスタイン家の護衛兵へと戻り、護衛対象のイングリットとその友人たちに向き直った。

 彼の視線の先で、イングリットの新たな友人メルセデスは微笑みながら、光玄に手を差し伸べた。


「どうだろう。ここは一緒に食事でもしながら語り合うというのは?」


 食事と聞いた光玄が己の腹をさする。


「おお、ちょうど腹が空いていたところでござる。是非とも!」


 光玄の快諾を受けてメルセデスは大きく頷くと、ふと思い出したかのように話し始めた。


「ああ、そうそう、この学園食堂は食事もそうだが、デザートも絶品だぞ。特にチーズケーキがな。

ラッセル卿、よければわたしからおごらせてくれ」


「おお、まことにござるか! 忝し!」


 途端に、イングリットはムッとした。


(わたしの方が先にお誘いしましたのに……。

全部、あの人のせいです!)


 先ほど光玄を誘ったところに横やりを入れてきたアレッサンドロのせいで、デートのお誘いを台無しにされたことを思い出したイングリット。

 謝罪を受け入れ、一応和解もしてはいるが、イングリットはアレッサンドロのことが今更になって恨めしくなった。

 更にはメルセデスに先を越され、彼女の心中は穏やかではない。

 そんなイングリットの胸中を知ってか知らずか、メルセデスはイングリットにも手を差し伸べる。


「イングリットも当然、一緒に来るだろう?

何でもいい、わたしのおごりだ。メリッサも、一緒に来てくれるとうれしい」


「えっ、う、うん」


 純粋なメルセデスの好意に触れ、心を乱していたイングリットは、気恥ずかしさを覚えた。

 そして一方のメリッサは屈託なく歓声を上げた。


「やったー! メルちゃん大好き! ささ、イングリットちゃんも、ラッセルさんも早くいこっ」


 メリッサはイングリットと光玄の腕を絡め取ると、やや強引に食堂の方へと連行していき、烏兜のコルヴァンは黙々とその後ろを追従していく。

 そして、エリーアスはチェーリオの肩に腕を回して朗らかに声を上げた。


「んじゃ、俺は肉な! チェリーも肉にするだろ?」


「えっ、あ、いや、ぼくはサラダでいいかな。あと、チェリーというのは――」


 チェーリオの言った『サラダ』という言葉に、メルセデスは眉をひそめる。


「チェリー。君は相変わらずサラダばかり食べているのか。

肉だ。肉を食べろ。君は男子にしては細すぎるのだ。肉を食べて、筋肉をつけろ!」


 エリーアスもメルセデスに同調して、チェーリオの背中をバンバン叩きながら騒ぎ立てる。


「おうとも、肉だ! 肉! 肉は全てを解決するぜ!」


「げほっ、いっ、いや、ぼくは――」


 肉信者の二人に挟まれた哀れなチェーリオに逃げ場はなく。

 そのまま彼はずるずると引きずられて行くのだった。


 そうして一行が賑やかに学園食堂へと向かい、すっかりひとけがなくなったアリーナ前。

 ぼんやりと、白い人影が浮かび上がる。


 ソレは楽しそうに肩を震わせては一行の後ろ姿を眺め、軽やかな足取りでその後を追い、風景に溶け込むようにしてその姿を消すのだった。

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