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第39話 運命の交わる刻①

 入学式会場の講堂。続々と生徒らが集まりつつあり、今は最終確認が行われている最中のようだ。

 魔鉱灯が少々不調らしく、その調整で会場内はやや暗いが、この分だとほんの数分後には準備は整うだろう。


 アウレール王子の元側近チェーリオは、程よく目立たない場所を探しながらため息を吐いた。

 昨夜の記憶がない。朝目が覚めたら、部屋のベッドで寝ていたのだ。


(酷い夢を見た気がする)


 長年の王子のお守りから解放されて気が抜けてしまったのか。

 寝支度もせず、外出着のまま眠りにつくとは。

 それほど心身に疲れが溜まっていたのか。

 何にせよ、夢見が最悪だ。定かではないが、邪神『咎喰らいヴァイル・ウィルテス』を夢で見た気がする。


 黒髪黒衣白面の死神。

 幼き日、アウレール王子に何度も怪談じみた御伽噺を言い聞かされ続け、トラウマになっている存在。

 怪談や御伽噺で片づけられるならそれが一番いいが、邪神は実在するから尚更始末に負えない。

 あの邪神ヴァイルは咎人の魂を喰らうとのことだが、彼の獲物――咎人となる条件ははっきり分かっていない。

 ある説話では親殺しの重罪人を裁いているのに、また別の説話では飢えに耐え切れず、パンを盗んだだけの貧民を裁いている。

 罪の軽重の問題ではなく、たまたま目についた運の悪い咎人を狩っているのか。


 チェーリオはぶるりと背中を震わせた。

 腕に立ってきた鳥肌を取り払うように手でさする。


(何かの戒めだと考えよう。これから三年間、目立たず、穏やかに――あれ)


 昨夜も確か、そんなことを考えていたような。

 ――余計な考えに囚われたせいで視野が狭まっていたのか。

 チェーリオは何者かにぶつかってしまった。


「ああ、申し訳ありません。ちょっと暗くて……」


 相手は、少しも気を悪くした様子もなく、どこか芝居がかった低い声で応えた。


「いやなに、我が主に其処許(そこもと)がぶつかりそうだった故、失礼仕った」


 よく見ると、相手は一人の令嬢を庇うように、チェーリオとの間に身体を入れて立っていた。

 チェーリオは危うく令嬢にぶつかってしまうところだったのだ。


(うわぁ、あ、危なかった――ん?)


 目の前に立つ男と令嬢の周りだけ、やけに暗い気がする。

 真っ黒でよく見えない。


「あっ、ミツハル様。魔鉱灯が直るようです」


 チカチカと、講堂の天井と壁面に設置された魔鉱灯が点滅し――やがて講堂は真昼のように明るくなった。

 チェーリオは先ほどの非礼を詫びるべく、相手を見て――


「ひゅっ」


 空気が喉から漏れ、足から力が抜ける。

 魔鉱灯の光に照らされて、チェーリオの目の前に姿を現した男女。

 それは悪名轟く『濡れ烏の君と黒騎士卿』だったのだ。


「おっと」


 黒騎士卿の手が伸びて、崩れ落ちそうになるチェーリオの華奢な身体を支える。

 その瞬間、チェーリオは昨夜の出来事を全て思い出した。


(そうだ、ぼくはこの人とルームメイトになってしまったんだった!)


 やや遅れ、相手――黒騎士卿もチェーリオに気が付いたようで、顔を覗き込んできた。


「もしや、其処許(そこもと)、昨夜いきなり倒れたルゥムメイトではござらぬか?」


 黒騎士卿の話に、濡れ烏の君が目を丸くした。


「えっ、そんなことが?」


「うむ、すぐに寮の医務係とやらを呼び申したが、心労によるものだと言われ、そのまま寝かしておいた次第で」


「そうだったのですね。あの、大丈夫ですか?

入学式は強制ではありませんし、体調が優れないのでしたら、休まれた方が……」


 濡れ烏の君は心配そうな顔で近づいてきて、黒騎士卿と一緒にチェーリオの顔を覗き込んだ。

 何事かと、周りの生徒らの視線が集まっている。


(いや、いやぁ――! いきなり目立ってるし!)


 チェーリオは必死に平静を取り繕った。


「し、心配ございません」


「おお、そうか。それは重畳。

――して、昨夜はあのようなことになって、しかと名乗りもできなんだ。

某は、ミツハル・ラッセル・ゲェルハイトなる者。光玄でも、ラッセルでも、好きなように呼んで結構」


「わたしは、イングリット・グランスタインでございます。

ミツハル様のルームメイトの方だったのですね。どうぞよろしくお願いいたします」


 濡れ烏の君と黒騎士卿の主従がそう自己紹介をして、チェーリオはそれに釣られるように一礼を返す。


「あっ、これはご丁寧にどうも。ぼくはチェーリオ・マルデーラと申します」


(嫌ぁ――! 何普通に自己紹介してるの!? い、今のうちに離れなきゃ! でも、今更なんて言って離れるの?)


 育ちの良さ、そして王子の側近として身に着けてきた礼儀作法が、無意識のうちにチェーリオを動かしたのだ。

 どうにか平静を取り繕っている外面とは違い、まだチェーリオの心中は乱れっぱなし。

 そんなチェーリオの様子には気づかぬまま、黒騎士卿はにわかにせわしなくなった壇上を見つめて言った。


「ぬっ、どうやら始まる様子。さぁ、お二人とも、最前列へ参りましょうぞ」


「えっ、わたしは別にここでも」「えっ、ぼくも?」


「一番前にて、グランスタイン家ここにありと、広く知らしめねばなりますまい!」


 そう宣った黒騎士卿は、やや強引に濡れ烏の君とチェーリオの手を掴んで最前列へ向かった。


「ちょ、ちょっと、ミツハル様」「あの、ぼくは部外者――」


 濡れ烏の君とチェーリオの抗議には耳を貸さず、黒騎士卿は迷いない歩みで進む。


「いざ、参らん!」


 まるで引き潮の如く、彼らの向かう先の人ごみがさっと引いて、道ができる。

 同時に、無数の視線が彼らに突き刺さった。

 ――チェーリオにも。

 完全に、『濡れ烏一派』を見る目だ。


(――完全に終わった。ぼくの平穏な学園生活)





「き、緊張しますね、リリアーレお嬢様」


 茶色の前髪で顔の上半分が覆われた少年が興奮気味に、隣に立つ令嬢リリアーレにそう話しかけた。

 いよいよ始まる入学式を前にして期待半分、心配半分といった様子だ。

 カンバネーリ子爵家令嬢、リリアーレは扇で口元を隠し、品よくクスクス笑う。


「ハンスってば、緊張し過ぎよ」


「す、すみません」


 リリアーレは優しく微笑みかけながら、彼女の従者ハンスを見つめる。


(カンバネーリ子爵家でどれだけ盤石な立場を得ても、従者枠は結局コレなんだよね)


 乙女ゲーム『光溢れる彼方へ君と共に』。略して『ひかあふ』の主人公の最初の仲間キャラ。それが従者ハンスだ。

 無印版では顔グラもなく、ほぼセリフもない完全なるモブ。

 リメイク版になって一応彼にも固有モデルは用意され、『それ、前見えてるの?』という感想が出てくる、いわゆるメカクレキャラになっている。

 固有モデルありだと言うのに、顔グラなしの無印版以上にモブ感が増している。

 当然ながら、リメイク版でも彼はメインシナリオには一切絡まないモブキャラだ。


(従者には、有能な人材をとお願いしたんだけどなぁ)


 今のカンバネーリ夫妻は、たった一人の義娘リリアーレのお願いなら、何だって聞いてくれる。

 そう、リリアーレの計画通り、カンバネーリ夫妻から息子が産まれることはなかったのだ。

 夫妻の全面的な支援のもと、優れた家庭教師を雇ってもらい、礼儀作法、剣術、魔術を教わり、専属美容師を雇ってもらい、リリアーレの生まれながらの才能と美貌にさらに磨きがかかった。

 結局社交界デビューは叶わなかったが、今のリリアーレはどこに出しても恥ずかしくない一人前の貴族令嬢として成長しているのである。

 既にゲーム版とは比べられぬほど、リリアーレのスペックは高まっている。


 ――だと言うのに、従者はゲーム同様、ハンス(モブ)のままだ。

 リリアーレは、なおさら強くシナリオの強制力を実感せずにはいられなかった。

 カンバネーリ子爵家の財力なら、高名な冒険者を従者として手配するのも難しくはなかったはず。

 なのに、どういうわけかハンス以外、誰も都合がつかなかったのである。

 リリアーレは扇の下で、ため息を吐く。


 ハンスは、はっきり言って役立たずだ。

 最序盤から使える、死亡したらそれっきりの汎用戦闘ユニット。

 どれだけレベルを上げても、成長率が全キャラ中最低に設定されているため、一線で活躍させるなら最強装備でも揃えてやらなければ、盾としても使えない始末である。


 従者兼護衛として雇われているハンスだが、現時点で既に武力面ではリリアーレの方が圧倒的に優れている。

 身の回りのことも、同性ではないために任せられることは限られる。

 正直、メイドの方がよほど役に立つ。

 それでもハンスは粗末には扱えない存在だ。場合によっては『重要な使い道』が出てくるからだ。


 リリアーレの視線に気づいたハンスが頬を染め、恥ずかしそうにする。

 リリアーレの一つ年下らしく、どこか可愛げのある少年だ。

 刺さるような人には刺さるタイプのキャラではある。

 しかし、今のリリアーレから見た彼は頼りなく、情けない存在にすぎず。


「ハンス、堂々としてね。わたしたちはカンバネーリ子爵家を代表してここにきているの」


「は、はいっ、お嬢様っ」


 裏返った声でハンスが応え、ビシッと背筋を伸ばす。

 そんな彼を見て、小さくため息を吐いたリリアーレの耳に、周りの生徒たちが囁く声が届いた。


「あれが、そうなのですか?」

「ああ、娼婦の子らしいぞ」

「従者もなんてみすぼらしいのかしら」

「あの霹靂帝の血縁者らしいが、本当かどうか」


 どうやら、リリアーレのことを噂しているようだ。

 耳ざとい生徒らは既に彼女の出自まで把握していて、彼女が娼婦の子であることも、霹靂帝の私生児であることも、それなりに知れ渡っているようだ。


(ふん、好きに言わせておけばいいでしょ)


 有象無象の雑音になど、気を取られている場合ではない。

 もうすぐ、学園長としてディートハルトが登場する。

 出会いイベントを失敗せず、上手く消化しなければならない。


(リリアーレ、これからが本番よ)


 そうリリアーレが気合を入れなおしていた時、講堂内に拡声魔道具を介して職員の声が響いた。


「これより、五大国共栄学園の第六十一回入学式を執り行います。

生徒の皆さまは壇上にご注目ください」


 会場のざわめきが次第に治まり、皆が壇上に注目する。

 その視線の先、一人の妙齢の女性が上がってきた。

 二十歳前後くらいか。特筆すべきところのない、至って普通の女性。モブだ。


(進行役の人? 早くディートハルトを出しなさいよ)


 リリアーレは訝し気な視線を彼女に向ける。

 やがて、壇上の中央に立った女性はゆっくりと口を開いた。


「此度、栄えある五大国共栄学園の学園長として新たに就任いたしました、マリア・モンテと申します」


「――は?」


 そんな、素っ頓狂な声がリリアーレの口を突いて出た。

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