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第38話 濡れ烏、羽ばたく④

 朝の講堂前。入学式を控えた令息令嬢――生徒たちが集まってきていた。

 赤、緑、青。色鮮やかな礼服とドレスを誇る生徒たちの中、ひと際目を引く異色の集団がいた。


 袖の広いひらひらした変わった衣の、黒髪黒目の男。

 烏兜に全身漆黒の鎧を纏った、護衛兵風の男。

 天を突くような金色の鶏冠頭のならず者。

 どこか目の血走った、金髪と赤髪のメイドが二人。そしてその後ろで身を縮こまらせてなお、山のような巨体を誇る半身に火傷跡を持つ男。


 その中心。肩と背中を大胆に見せ、胸元の谷間が強調され、骨盤近くまで切れ込みが入った、大胆なデザインの漆黒のドレスを身に纏う令嬢が一人。

 濡れ烏の君、イングリットだ。

 その顔は真っ赤に染まっている。


「あうぅ、やっぱり、普通のドレスに着替えてきちゃ駄目?」


 そう泣き言を言う彼女は、しきりに胸元とスカートの切れ込みを気にしている。


「ここまで来て、往生際が悪いですよ! ほら、周りのご令嬢たちをご覧ください!」


 金髪の、イングリットと瓜二つの顔立ちをしたメイド――サーリアに言われ、イングリットは周りの様子を窺う。

 確かに、サーリアの言う通り、露出多めの華美で可愛らしいデザインのドレスを着た令嬢たちが目立つ。


 最近の流行りなのか。

 中には、膝上丈の短いドレスを着た者や、背中全体を晒している者までいる。

 その中でも、イングリットのドレスは清純さと艶やかさのバランスが取れた、秀逸なデザインとなっている。

 漆黒の色合いと烏の羽根飾りにさえ目を瞑れば、一流の職人の手によるものと比べても遜色がない。

 実際、周りの令嬢たちは嫌悪の混じった視線を向けながらも、「あれはどなたが仕立てたものかしら」と、興味も示している。


「わ、わたしには似合ってないんじゃ……」


「ではうちの男衆に感想を言ってもらいましょう!」


 サーリアはまず近くのアントンを見る。

 赤くなって、直視もできず、目を瞑っている。


(ふっ、お子様には刺激が強かったようですね)


 次に、マサレオを見る。

 いつになく、真剣な表情。視線は鋭く。

 ――イングリットの胸元をガン見している。


(――後で絶対しばいてやります)


 更に次、コルヴァン。

 漆黒の烏兜の兵士は手に板状の水晶を持って、イングリットに向けている。

 カシャカシャという音と共に水晶が光り、それを覗き込んで彼は満足げに頷く。


「コルヴァンさん、それって……」


「はい、転写晶(アルバム)です。お嬢様の晴れ姿、永遠に残さねば。

ご心配なく。後で焼き増しして、閣下と夫人にもお送りしますので。

――むっ、お嬢様、目線をこちらにいただけますか」


 カシャカシャ。転写晶(アルバム)の音が鳴り続ける中、サーリアは頭痛を覚え、頭を抱えた。


(社交界デビューを迎えた娘の父親ですか! どうして、うちの男どもってこう……)


 最後に、サーリアは縋るような目で光玄を見た。

 普段から芝居のかかった喋り方をする男だ。

 何か、気の利いた台詞を言ってくれるはず。


「うーむ。これは……」


 光玄はじっとイングリットを見つめる。

 彼の視線を意識し、イングリットは更に頬を赤く染め、自分の黒髪をいじりながらおずおずと尋ねた。


「ど、どうですか?」


「うむ!」


 光玄は力強く頷く。


(好感触!)


 サーリアが、そしてその隣の赤髪の半獣人メイド――ティナも揃ってぐっと拳を握る。


「やはり、イングリット殿は黒が似合いますな! うむ、実に似合う!

――しかし、そう肌を出しては風邪をひかれるかもしれませぬ。何か、羽織られるとよろしかろう」


 サーリアは、天を仰いで顔を手で覆った。


(知ってました! 知ってましたけれど! 期待したわたしが馬鹿でした!

この唐変木!! 頓珍漢!! 女の敵!! 死んじゃえ!! 綺麗とか可愛いとか言いなさいよ!!)


 と、心の中で絶叫した。

 共犯ティナも光玄のその反応にはドン引き。

 あんなに表情豊かだった彼女の顔からは、一切の感情が消え失せている。


「――この傑作の価値が分からない方ばかりだなんて、がっかりしました。

サーリアさん、あたしたちは研修会にいきましょ」


 そう言って、踵を返すティナのボリューム豊かな尻尾は心なしか、しなしなになって垂れ下がっていた。


「……はい。アントンも行きますよ。

お嬢様、わたしたちは先に失礼しますね……」


 早速使用人たちへの教育も始まるようで、入学式の間その研修会が行われるようだ。見ると、他の生徒たちの使用人らも続々と使用人寮の方へ戻っていくのが見える。


「うん、使用人研修会、頑張ってね。アントンも」


 イングリットがそう言って小さく手を振ると、サーリアは丁寧に一礼をし、アントンはペコリと頭を下げて答えた。


「アントン」


 そして、サーリアは肩を落としたままアントンを伴い、ティナの後に続いて使用人寮へ戻っていった。

 色濃い疲労感を滲ませながら、サーリアとティナが足を引きずるようにして研修会へ向かい、アントンはどこか心配そうにそわそわしながら彼女らについていく。


 その後ろ姿を見やり、マサレオは大きく酒臭い欠伸をすると、気だるい声で話しかけてきた。


「アニキも、お嬢も、そろそろ入学式始まりますぜ。俺ら護衛兵は中に入れねぇし――俺ァまた、街の『偵察』にでもいきますかね」


 コルヴァンが胸に手を当て、マサレオに敬意を示す。


「マサレオ。君がいてくれて本当に助かる。

入学式後のお嬢様の直衛は私に任せてくれ。しっかり、街の危険要因を探ってくれ」


「うっす」


 真摯なコルヴァンに対して、マサレオは軽い調子で返事し、頷く。

 光玄はにこやかな顔でマサレオに歩み寄って、彼の肩を軽く叩いた。


「うむ、街に出るならば、先立つものも必要であろう。マサよ、こちらを軍資金として使うと良かろう」


 懐から金貨を数枚取り出した光玄は、それをマサレオに握らせた。

 その輝きを目にして、マサレオの顔から気だるさが瞬時にして消え失せ、喜色満面になった。


「あざっす! さすがアニキ! 一生ついていくっす!」


「はは、大げさであるな、お主は。気を付けて行ってくるのだ」


 機嫌よく頷いた光玄に、マサレオは鶏冠頭を揺らして一礼をすると、踊るような足取りで去っていった。

 彼の後ろ姿を見ながら、コルヴァンは光玄に真面目な声色で話す。


「彼は、夜通し街の『偵察』をしていたようで。

彼の話によると、この学園都市は開発が盛んで、大陸各地から仕事を求めて大勢の人間が集っており、治安が悪いとのこと」


「なんと、そうであったか。もう少し銭を持たせればよかったやも知れぬ」


 感心している光玄に、コルヴァンはガチャリと兜を鳴らして頷く。


「大まかな裏路地の地図や、犯罪者共がたむろしそうな場所も描いて来ていました。後で写して共有いたします」


「よろしく頼み申す」


 マサレオは単に遊びまわっただけではない。酒場を何件もハシゴしながらも、やることはしっかりやっているのである。

 ――あくまでも、遊びついでなのだが。

 コルヴァンは何か感じ入ったとばかりに、胸元に手をやって唸るように話す。


「なんて勤勉な男なのでしょうか。ろくに休みも取らぬまま、また偵察に出るとは。私も見習わねばなりませんね」


「うむ」


 イングリットはこのどこかずれた男たちを、苦笑いを浮かべて見つめる。


(サーリアがいなくてよかったかも)


 今の流れを彼女が見ていたなら、怒り狂って彼らをまとめて口撃していただろう。


「お時間です、ラッセル卿。お嬢様をよろしくお願いいたします」


 コルヴァンが姿勢を正して、光玄に敬礼をしてみせる。

 入学式に参加できるのは生徒のみ。護衛兵たちは外で控えなければならない。

 いつの間にか、周りの人はまばらになっていた。


「お任せくだされ。コルヴァン殿」


 光玄とイングリットはコルヴァンを背にし、並んで講堂へと歩を進める。

 式場へ近づくほどに、イングリットは緊張で肩がこわばるのを感じていた。

 そんな彼女の様子に気づいてか、光玄は柔らかい声で話しかけた。


「――それにしても、なんと麗しいことか。サーリア殿は良い仕事をされた。まるで雅なる濡れ烏の如く」


「――ッ!?」


 かぁと、イングリットの頬が一気に赤く染まる。

 この男、今更になってサーリアが求めていたような、気の利いた台詞を吐いたのである。

 緊張したイングリットを励ますつもりなのだろうが、もう少し早くこれが言えていたなら、サーリアも喜んでいただろうが。


「イングリット殿はどの姫君にも引けは取りませぬ。さぁ、腰を伸ばし、胸を張られよ。堂々と向かわれますよう」


 優しい声色。そして、どこか厳しさも纏った言葉。

 イングリットは髪の毛で自分の口元を隠した。

 緩んだ口元を光玄に気取られぬように。


 緊張はもうない。足取りは力強く。

 切り込みの入ったスカートが翼のように広がり、羽根飾りが揺らめく。

 その姿はまるで一羽の濡れ烏。


 ――入学式。

 運命が大きく動き始めるこの日。

 一羽の濡れ烏が、羽ばたいた。

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