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第37話 濡れ烏、羽ばたく③

 一方同じ頃――

 学園使用人寮。

 サーリアは自分に宛がわれたメイド部屋にて、明日の入学式でイングリットが着る予定のドレスを手直ししていた。


 同室の赤髪赤目の半獣人のルームメイト――どこぞのお姫様のメイドも自分の主のための装飾品の調整に余念がなく、互いに会話はない。


 サーリアは、半獣人メイドをちらりと見る。

 膝裏まで届く長さの、凄まじい毛量のもこもこの赤い髪の毛と、ぺたりと伏せられた犬耳、ふさふさでボリューム感たっぷりの尻尾はサーリアにしても触りたいという欲に駆られるほど見事なものだ。

 それ以外は全体的に人族に近い姿だ。人族の親の血をより多く引き継いでいるのか。


 獣人(ビーストキン)――大陸全土で強く信仰されている白教の教理からすれば、彼ら彼女らは『言葉をしゃべる獣』だ。獣を人と同列には扱えない。

 この半獣人メイドのように、半分人族の血が混じっていても――否、混じっているからこそ、より差別の対象となる。

 『獣』と交わった親から生まれた、穢れた存在とみなされるのだ。

 つまり、その半獣人を侍女としているという時点で、その主である『どこぞのお姫様』はかなりの変人だ。


 ルームメイトとしてもう少し、友誼を結んでおいた方がいいだろう。

 何せ、これから三年間共に過ごすことになるのだ。

 だが、今のサーリアに他人と馴れ合うつもりなどこれっぽちもなく、それどころではなかった。

 実際、一応軽く自己紹介を交わしてはいるが、既にサーリアの頭から半獣人メイドの名前は蒸発してなくなっている。


 今のサーリアの頭の中では、イングリットへの光玄の言葉が延々とリフレインしている。


『――黒とは、すべての色を内包せし最も美しい色でござる。

何色にも染まらぬ高潔たる色でござれば』


 目の前に並べてある、三着のドレスを眺める。

 そのどれもが、イングリットが周りに合わせるために(しつら)えた、白く、無難で地味なものばかり。

 まるで檻だ。

 こんなものを主に着せていいのか?


(そんなわけないでしょう! うちのお嬢様はこの学園の有象無象とは違います!

誰よりも美しく! 誰よりも強く! 誰よりも優雅でなければいけません!!)


 ガタッと、サーリアは椅子から立ち上がる。

 ルームメイトは何事かと一瞥するが、すぐに自分の作業に意識を向けた。


 サーリアは急ぎ厨房へ走り、大きめの桶をもらってきた。

 そして、部屋に着くなりすぐに懐から小さな瓶を取り出した。

 手のひらに収まる程度のそれには、黒い液体が入っている。

 サーリアは蓋を開け、その中身を桶に垂らした。

 小瓶の口からどろりとした黒い液体が注がれ、大きな桶をすぐに一杯に満たす。

 明らかに小瓶の中に収まり切らない容積のその黒い液体は、桶の中でまるで生き物のように蠢き、うねりをあげている。

 これは、サーリアが『とある目的で』常備している『黒色染料スライム』だ。


 サーリアは一着の白ドレスを掴むと――

 躊躇いなく、それを黒色染料スライムで満たされた桶に漬け込んだ。

 サーリアの突然の凶行に、思わずルームメイトの半獣人メイドは作業を止め、声を漏らす。


「えっ」


 ご令嬢の大切な――しかも入学式で着る予定のドレスを黒に染めるなど、正気の沙汰ではない。


「――なにか?」


 鬼気迫る様子で、ルームメイトを見つめ返し、威嚇するサーリア。


「いっ、いえ、何も」


 サーリアの爛々と光る碧眼から、狂気に近い何かを感じ取った半獣人メイドは口をつぐみ、部屋の隅へと移ると、サーリアに背を向け自分の作業に戻った。


(うわぁ……やばい人だぁ)


 ――関わってはいけない種類の人間。そんな雰囲気を感じ取ったのである。

 即座に半獣人メイドへの興味をなくしたサーリアは、ドレスを漬け込んだ桶の中を凝視する。

 中のスライムが、まるで身を隠す場所を探すように、ドレスの繊維の中に一気に染み込んで、みるみる純白のドレスは黒く染まっていく。

 このスライムは本来、短時間で自分の髪を染めるために用意した特殊なものだ。 衣服の染色にはあまり向いておらず、水に晒されればすぐに落ちてしまうが、明日雨が降りそうな気配はない。

 入学式の間は十分色を保ち続けるはず。


 ――やがて、サーリアの視線の先で、光すら飲み込みそうなほどの漆黒のドレスが出来上がった。

 だが、これで終わりではない。

 まだ始まったばかりだ。

 無難で地味な、田舎貴族娘丸出しなこのドレスのデザインもまた、洗練された都会の令嬢が身に纏う、最新の流行のものに変えなければならない。

 もう夜も遅く、明朝の入学式に間に合わせるなら、恐らく夜通しの作業になる。


 裁断用のハサミを取り出し、サーリアは一瞬躊躇う。

 いちメイドの自分がここまで好き勝手していいのかと。

 自分がおかしい行動を取っていることに、遅まきながら気が付いたのだ。

 以前のサーリアなら、そもそも主のドレスを黒く染めようなどといった、頭のおかしい発想には至らない。

 更にはそれを切り刻んで、仕立て直そうなどと思いもつかない。

 彼女もまた、光玄の言葉に強く感化されてしまったのか。

 サーリアは唇を噛む。


(どうにも、あの(ミツハル)が来てから調子が狂いっぱなしです!)


 鋏の柄を強く握る。甚だ不本意だ。

 あんな変な男に影響されて、取り返しのつかないことをしようとしている。


(――罰せられてもいい。お嬢様に一番似合う、最高のドレスを仕立てます!)


 サーリアは心を決めた。

 彼女は深呼吸をすると、躊躇いなくドレスの胸元をバッサリと切り取った。

 丁度その頃、半獣人メイドは自分の作業を終え、主に装飾品を届けて戻ってきたところだった。

 彼女はたまたまその様を目にし、驚愕のあまり口をあんぐりと開いた。


(うわぁっ、本当にやばい人かも……あたしの三年間、大丈夫かな)


 半獣人メイドはサーリアを見つめ、身を震わせる。

 だが、サーリアの目には、手元のドレス以外何も入らない。

 流れるような手つきでドレスの胸元の形を整え、スカートに大胆な切れ込みを入れる。


 あまりにも流麗な動き。

 それに魅入られ、引き気味だった半獣人メイドは、身を乗り出してサーリアの肩越しにその手元の動きを凝視し、つぶやいた。


「――すごい」


 『皇宮』では服飾担当だった彼女から見ても、サーリアの手際はあまりにも洗練されており、無駄がなかった。


「――なにか?」


 今度は見向きもせず、サーリアは威嚇する。

 しかし、半獣人メイドはその威嚇をものともせず、まるで灯りに誘われた蛾のようにふらりとサーリアの隣に立った。

 サーリアはようやく作業の手を止め、半獣人メイドを見上げた。

 作業中のドレスに注がれる半獣人メイドの赤い瞳は、先ほどのサーリアとまったく同じように、爛々と光っている。


(うわっ――やばい人じゃないですか)


 全く同じ感想を、先ほど半獣人メイドが自分に抱いていたとは露知らず、サーリアはその目の光に身震いする。


「――お手伝いしても?」


 突拍子もないことを口走る半獣人メイド。

 当然のごとく、サーリアはツッコミを入れようとし――

 それを飲み込んだ。


(もう遅い時間ですね。私一人ではさすがに明日の朝の入学式に間に合うかどうか怪しい。どういうつもりかはわかりませんが――)


「いいでしょう。おねがいしますね」


「はい、では早速――」


 自分の仕事道具一式を引っ張り出してきた半獣人メイドはサーリアの隣に腰を下ろすと、先ほどサーリアが切り落としたドレスの切れ端を手に取った。


「漆黒に染めたということは、何か明確なコンセプトがありますね? お聞きしても?」


「――烏。『濡れ烏』です」


 半獣人メイドはこの返答に今度はさほど驚かなかった。

 サーリアの主が何者なのかは、彼女だってよく知っている。


 『濡れ烏の君』。生まれつき黒髪黒目を持つ忌み子。皆が蔑み、畏れる存在。

 だが、半獣人メイドは真剣なサーリアの瞳から、主の『黒』への負い目など一切ない――むしろ誇りと愛情を持っていることを見抜いた。


 半獣人メイドの主は常日頃言っている。

 『己の生まれを恥じてはならない。他者にいかに貶されようと、君だけが持つ強さこそを誇るのだ』と。

 人族からも、獣人からも蔑まれる出自の自分を、一人の『人間』として扱ってくれた彼女の主の教え。

 半獣人メイドは片時もそれを忘れたことはない。


(じゃあ、あたしも全力を出しちゃう)


 半獣人メイドの持つハサミが踊るように小気味良い音を立てて、ドレスの切れ端を切り刻み、瞬く間に羽根の形に整え始めた。

 そして流れるように次の切れ端を手に取り、寸分違わない大きさ・形の羽根飾りを量産していく。

 それを見たサーリアは、思わず手を止めて見とれてしまった。


(なんて手捌き。ただ者ではありませんね)


 サーリアが見とれるほどの熟練の技。

 だが、サーリアも負けてはいない。針と糸が踊る。


 夜が更けていき、世界が暗闇に閉ざされても、サーリアたちのメイド部屋の灯りと――二人の少女の赤と青の瞳の光は消えることはなかった。



◆◇◆



 翌朝の女子寮。

 イングリットの部屋。


 サーリアは、急遽新調したというドレスを持ち込み、見知らぬ半獣人メイドと一緒にイングリットの前に立っていた。

 二人そろって、その目は血走っており、濃いクマが刻まれている。

 ただならぬ二人の様子に気圧されながらも、イングリットは一つの小さな、ごくごく真っ当な疑問を口にした。


「――誰?」


 イングリットの視線の先の、赤髪赤目の半獣人メイド。

 サーリアと夜通し共にドレスを仕上げた戦友(ルームメイト)

 そうイングリットに尋ねられたサーリアは、彼女をじっと見つめ――


「――わかりかねます。どなたでしたっけ?」


 くわっと、半獣人メイドの目が信じられないものを見たとばかりに見開かれる。


「ひどい! 昨晩はあんなに激しく、濃密な時間を一緒に過ごした仲じゃないですか!」


 血走った赤い瞳で詰め寄ってくる半獣人メイドは、なかなか恐ろしい形相になっている。サーリアは引き気味で聞き返した。


「ご、誤解を招くようなことを言わないでください。というか本当にどなたですか?」


「あたしは、カルスタイン帝国の第十三皇女であらせられる、メルセデス様の服飾担当! ティナですよ! 自己紹介したじゃないですか!」


 メルセデス・カルスタイン皇女。あの生ける伝説、大英雄『霹靂帝』の娘。

 十歳にして自ら軍籍に身を置き、数多くの賊を討ち滅ぼし、国内領主らの小競り合いを治め、わずか十五歳にして実力で帝国陸軍少佐にまで上り詰めた、『霹靂帝』の血を最も濃く引き継ぐと言われる女傑。

 箱入りで世間に疎いイングリットでさえ知っている――憧れの女性だ。


 この半獣人メイド、ティナはそんな大変な有名人に仕えるメイドだったのだ。

 だが、メルセデスの名を聞いても、サーリアは依然大して興味は示さない。


「――そうでしたっけ」


「そうですよっ! あたしはちゃんとあなたのこと、覚えているのに! 酷いですよ! サーリアさんッ!」


 憤慨止まぬ様子のティナ。そんな彼女に、イングリットはまたもや小さな、ごくごく真っ当な疑問を口にした。


「あ、あの……ティナさん。その、メルセデス様のもとへ行かなくていいの?」


「あっ」


 ティナはメルセデス皇女の専属メイド。

 当然、入学式を控えた主のもとへ控えるべきである。

 彼女は徹夜のテンションのまま、ノリでサーリアにそのままついてきてしまっていたのだ。

 しばしティナの目が宙を彷徨う。


「ま、いっか」


 しかし、ティナはあっけらかんとした様子で開き直った。


「おひいさまなら、お友達のお手伝いをしていたと言えば、きっと褒めてくださいますよ!」


「誰がお友達ですか」


 すかさずツッコミを入れるサーリアだったが、何かのスイッチが入った様子のティナにはそのツッコミは届いていない。


「さぁ、そんなことよりも! あたしたちの愛の結晶をご覧あれ!」


「だから誤解を招くようなことを――もういいです」


 夜通し集中して作業をした疲れからか、サーリアもいちいちつっこむ余力はないらしく、ため息を吐くだけだった。

 サーリアは軽く首を振ると、ベールを被せたマネキンをイングリットの前に置いた。


「では、ご覧ください」


 ベールが取り払われる。

 二人が徹夜で仕立て上げた、ある意味文字通り『二人の愛の結晶』――新しいドレスがイングリットの前で披露される。

 それを見たイングリットは目を丸くした。


 入学式という、めでたい場で着るためのドレスだというのに、何を血迷ったのか。

 メイドたちは、いつもイングリットが着るものと比べて明らかに布面積が少ない、漆黒のドレスを仕立て上げてきたのだ。

 大きく開いた胸元、背中。

 そして、スカートに至っては骨盤に近い位置まで切り込みが入っている。

 大胆なデザインの黒いドレスは、黒と濃紺のグラデーションが美しい烏の羽を象っている。

 まるで一羽の『濡れ烏』だ。


「こ、これを着るの? 皆様にはしたないと思われるのでは……」


 意外と、イングリットはドレスの色は全く問題視していなかった。

 どうやら問題なのはデザインの方らしい。


 多少露出は多いが、近年流行りのスタイルのデザインで、社交界でも広まりつつあるものだが、箱入りで初心なイングリットには少々刺激が強いようだ。

 直視ができず、横目でちらちらと見ているだけだ。

 それでも、あからさまに目を背けたりはしない辺り、結構興味を惹かれている様子。

 恥ずかしがるイングリットをよそに、サーリアとティナはヒートアップしていった。


「お嬢様、見せる相手を見誤ってはいけませんよ!

――相手は有象無象のお子様たちではありません!

お嬢様に好き勝手言ってくれた、あのミツハル様を見返してやるのです!

あの頓珍漢、わたしの見立てだと相当鈍感なのですから、普通のドレスじゃダメなのです!」


 熱弁するサーリア。その言葉にティナもピクリと反応し――


「なんですってッ! 殿方にお見せするのですね! ならこのデザインも納得――いいえ、まだ足りませんッ!

ここはもっと大胆にいきましょう! 胸元はもう少し――これぐらい開けないとダメです!」


 腰元の道具鞄から鋏を取り出したティナは、勝手に調整を始める。


「――イングリット様は痩せ型でいらっしゃいますけど、せっかく大変素晴らしいモノをお持ちなのです!

もっと、谷間を強調して! アピール!」


 サーリアの笑みが耳元まで広がる。彼女もまた、針と糸を取り出した。


「気が合いますね! ティなんとかさん! 脚も――はい惜しみなく出しましょうね! 大丈夫大丈夫! そう簡単に大事なところは見えません!」


「ちょ、ちょっと、そ、そんなに!?」


 慌てふためきながらも、イングリットは二人を止めはしない。

 初心な令嬢らしい恥じらいこそあるものの、二人を見るイングリットの顔はどこか楽しそうだった。


「こ、これならっ!」「完璧ですねっ!」


 徹夜明けの、謎のハイテンションで鼻息の荒いサーリアとティナが完成したドレスを手に、イングリットに迫る。


「さぁ、お嬢様! 早速、お着替えしましょう!」


「ちょ、ちょっと待って、サーリア。心の準備が……」


 狼狽えるイングリットの肩を、ティナが後ろから掴む。


「イングリット様! 心の準備なんてしてたら、おばあちゃんになっちゃいますよっ! このティナを信じてくださいっ!」


 ついさっき会ったばかりなのに何をどう信じろというのか。

 いつもなら、サーリアがそうつっこんでいるところだろうが、今の彼女は完全にティナと同調している。


「観念してくださいね、お嬢様。うふふふふふ」


 結局、二人のメイドに押し切られ、あれよあれよのまま、イングリットは新しいドレスに着替えさせられた。

 そしていざ入学式――光玄のもとへ向かう。

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