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第31話 ガーベラ②

「いやぁ~~やっちゃったよ」


 開口一番、ボルガルはそう言いながら、ニコニコ笑って光玄たちを出迎えた。

 光玄はボルガルに釣られて笑みを浮かべ、イングリットとサーリアは不安げな顔で互いを見合う。鍛冶場の高炉のゴォオ、という音だけが響く。


 この金剛族(ドワーフ)がこう言っている時は、決まってろくでもない事態が起こっているのだ。

 事情を知らぬ光玄はともかく、二人の少女は警戒心を露わにし、じりじりと後ずさり始める。


「さぁ、これがあのゴミの生まれ変わった姿さ!」


 ボルガルは三人の様子など気にもせず、一振りの刀を高く掲げて見せる。

 純白。

 眩いばかりの白を誇る、新雪のような美しい刀。


「おおっ、これはまた何とも美しい……!」


「は、はい。とても綺麗です……」


「そう、ですね」


 光玄は膝をつかんばかりで、イングリットは惚け、サーリアはどこか畏れの混じった表情を浮かべる。

 三人は一瞬にして純白の刀の輝きに目を奪われ、圧倒された。

 そう、圧倒されている。

 刀から発せられている謎の存在感。


「も、もしかして」


 イングリットは嫌な予感を覚える。

 ボルガルはやけに並びのいい歯を見せつけにやりと笑う。


「『聖剣』になっちゃった」


「は?」


 サーリアが目を剥く。そして震える指先で純白の刀――聖剣を指さす。


「ど、どうしてそんなことになるんです? 打ち直しですよね?」


「いやぁ、あのゴミってば、まず使われた材料が砂鉄でね。

不純物を取り除いてインゴットにしてみたら、とてもじゃないけどカタナ一本分には足りなくなっちゃって。

で、その辺に転がってたミスリルの端材とか色々加えてみたら――」


「聖剣になったと?」


 この天然毒金剛族(ドワーフ)はまたやらかしたのだ。

 百年に一本生まれるかどうか分からない聖剣を、わずか十五年ぶりにまた産みだしてしまったのだ。

 元がなまくらであることをいいことに、好き勝手に実験を重ね、いろんな素材を加えていった結果――神気が宿ってしまったのである。


「――どうするんですか? 今度こそ、本当にゴミになっちゃったじゃないですか。お嬢様への、ミツハル様の入学祝いの品なんですよ!」


 サーリアまでもがこの刀をゴミと評するが、それもそのはず。

 聖剣を始めとする神器は、まず聖人や聖女――その中でも波長の合う特定の人物でなければその力を発揮できない。

 凡人には扱えない。無用の長物。

 今まで散々ボルガルにゴミ呼ばわりされていたこの刀は、聖剣(真のゴミ)として生まれ変わってしまったのである。


 神器のほとんどは人格を有しており、ものによっては主でない者が手にしただけでその手を弾き飛ばすといった凶悪なものも存在する。

 とりあえず、作り手であるボルガルの手をいきなりズタボロにしなかった時点で、この純白の刀はずいぶん温厚な性格をしているようではあるが。


 ボルガルは純白の刀を鞘に納めると、元の主、光玄に投げて寄越す。

 難なくそれを掴み取った光玄は刀を引き抜いて、改めてそれを見つめる。

 聖剣だのなんだのといった事情以前に、彼は純粋にその出来の良さに舌を巻く。


「正しく、この世に二つとない名品なり!」


「んじゃ、試し斬りしてみるかい?」


「うむ!」


 一行はボルガルの手招きで鍛冶場を出て裏手に回る。


「じゃ、あれ斬ってみ? 笑えるから」


 鍛冶場の裏手の庭。そこにはテーブルが置かれ、その上には何故かバターの塊が一つ置かれている。


「むっ、試し斬りとはいえど、食い物を粗末にするわけには」


「いいから」


 気が進まない様子の光玄の背中を叩き、ボルガルはバターを切るように促す。


「致し方なし。然らばっ!」


 鞘から放たれた刀身が白い閃光となり、バターを水平で斬りつけ――


 キィン!


「なっ」


 清涼たる金属音と共に、純白の刀はバターを斬れないばかりか、弾かれてしまった。

 全員が目の前で起こった奇怪な現象に自分の目を疑う。

 バターを斬れないまでは百歩譲っても、斬りかかった方が弾かれるとはどういうことか。

 普通なら、バターの方が跳ね飛ばされるはず。


「ふっふ、あんちゃん。それが『聖剣』さ。主として認められない者が振るっても、剣として機能しないのさ」


「ば、バターにも負けるのですか? いろんな聖剣の逸話を聞いてきましたけれど、こういうものは初めてです」


 イングリットが目を丸くしてそう尋ねると、ボルガルは声をあげて笑いながら答えた。


「あっはっは、あの子の性質というか、性格なんじゃないの? 剣のくせして何も傷つけたくないとか? いやぁ、本当にゴミになっちゃったね!」


 呆れ顔のサーリアが尋ねる。


「笑いごとじゃありませんよ。それ、どうするんですか?」


「嬢ちゃんにプレゼントするんじゃなかったのかい?」


 あっけらかんとそう答えるボルガルを前に、サーリアはこめかみを押さえる。


「――神器の個人所有なんて、白教の連中が黙ってませんよ」


「大丈夫大丈夫、黙ってりゃバレないよ」


「いやいや、主のない神器は白教に届け出ないと後々面倒なんですから。ね? お嬢様」


 サーリアはイングリットに同意を求める。ただでさえイングリットは忌み子などと言われ、白教に忌み嫌われている。

 それを理由に、グランスタイン家からの一切の治療の要請にも応じていない。

 もし、この純白の刀を白教に差し出せば、少しは彼らの心証も良くなるかもしれないが――


「わたしは……嫌。あの人たちに、そのカタナだけは――ミツハル様が遠くから持ってこられたその子だけは渡したくないの」


「お嬢様……」


 サーリアは何か言いたそうにしながらも、口を噤んだ。

 鞘に刀を納め、光玄がイングリットの前に進み出た。


「うむ、よくおっしゃられた。改めて、某からこの刀をイングリット殿に贈らせていただきたく」


 大仰に頷いた光玄は、純白の刀を主イングリットに恭しく差し出す。


「――」


 イングリットの手は震え、すぐには受け取れない。

 やはり恐れがあるのか。間違った判断をしているのではないかと。

 白教に差し出せば、もしかしたらメヒティルト夫人のお産の支援を受けられるのではないかと。


「嬢ちゃんは、色々考えすぎるのがいけないなぁ。そいつはもう嬢ちゃんのものさ。

剣として使えないなら、この際もう部屋の飾りに使えばいいじゃない。キラキラ輝いて綺麗じゃん?」


 思う存分実験をして、自分の手から離れた聖剣に対する関心を失い、ボルガルは他人事だとばかりにそう言った。

 聖剣を個人所有するどころか、部屋のインテリアに使うなど、白教関係者が知れば激怒間違いなしだというのに。


「遠慮はされるな。イングリット殿。これは某がイングリット殿に贈ると決めたもの。言葉を違える訳には参りませぬ」


「――はい」


 ボルガルと光玄の後押しを受け、ようやくイングリットは純白の刀を受け取る。

 刀は鞘に納められていても変わらず、なおも圧倒的な存在感を放っている。

 しかし、不思議なことに重さはほとんど感じない。


「抜いてみてくだされ」


 頷き、イングリットは刀を鞘から抜こうとする。

 剣など、生まれてから一度もまともに握ったこともない。

 普通の剣の扱い方も知らぬのに、この緩やかに湾曲した変わった形状の剣はなおさら勝手がわからない。

 抜くのも一苦労。


 ――そう思っていた。

 しかし、まるで刀は優しく導くよう、大した力も込めていないのにイングリットの意志に応えるよう、その刀身を鞘から滑らせ現わす。


「――お見事」


 光玄が意外とばかりに目を見開く。

 意外と様になっているのか、サーリアも、ボルガルさえも抜き身の刀を持つイングリットの姿に目を奪われている。

 自然とイングリットの足は、先ほど光玄が斬ろうとして失敗した、バターの置かれたテーブルの前に進んだ。


『やってみて』


 イングリットは誰かに、そう囁かれた気がした。


「イングリット殿、あまり強く握らぬように。緩く、包み込むように握られますよう」


 イングリットが何をしようとしているのか察しがついた光玄がそう助言をする。

 少し心配そうではあるものの、止める気はないようだ。

 イングリットは小さく頷き、バターの塊と向き合った。

 そして、刀を大きく振りかぶる。


「えいっ」


 少々気の抜けた掛け声とともに、刀は振り下ろされ――

 すり抜けた。

 バターも、テーブルも、果てには地面までも。


「わわっ」


 バランスを崩したイングリットはたたらを踏み、テーブルに手をついてどうにか転ばずに済んだ。


「ど、どういう、こと?」


 手の中の純白の刀を改めて見つめる。

 そしてテーブルを見る。

 その上のバターにも、テーブルにも傷一つついていない。

 光玄が振るった時とはまったく違う現象が起きている。

 これこそが、この純白の刀の真の力なのか。


「こ、これって――」


 サーリアが説明を求めるようにボルガルを見つめる。

 年老いた鍛冶屋は相好を崩し、何がそんなに面白いのか己の膝をバンバン叩きながら大笑いした。


「あっはっはっは! すごいや、こんなところに聖女様がいたなんてね!

さすがのボクでも予想できないよ!」


 そう、聖剣は自らが認めた主の手に握られて初めて真価を発揮するもの。つまりは――


「お、お嬢様が、聖女ですって?」


 聖剣などの神器が主として選ぶのは、例外なく聖人か聖女のみ。

 白教によって、黒き神の落胤、忌み子と烙印を押されて生きてきたこの黒髪黒目の少女が、よりによって白き神の寵愛を受けたということになる。

 サーリアがぐしゃりと破顔し、高笑いする。


「あは、あはははははっ! いい気味ね! 白教の連中! 貴方たちがずぅっと忌み子扱いしてきたうちのお嬢様が、聖女ですって!?」


「さ、サーリア」


 実際、これは白教にとっては深刻な問題となる。

 『黒』を邪悪と断じ、それに連なる黒髪黒目の一族を根絶やしにして今の盤石な地位を得た彼らとしては、忌み子が聖女になるなどと、あってはならないことなのだ。

 イングリットは身震いする。

 今まで以上に、白教の者たちに敵対視されるかもしれない。


「うむ、善き哉。その刀、まさにイングリット殿の心の有り様を映し出しているかと」


 目を細め、笑みを浮かべる光玄にそう言われ、イングリットは思わず純白の鍔を撫でた。

 何一つ傷つけることができない刀。

 刀とは本来、『人体を斬る』ことを極限まで突き詰めた代物だ。

 しかし、この純白の刀はそれとは対極にある存在。

 武器としては全く役に立たず。子供の玩具の剣にも劣る。


『大丈夫』


 また、そんな声が聞こえた気がした。

 はっきりとした言葉ではない。イングリットの思い込みかも知れない。

 けれど、どうしてか彼女はこの刀に励まされている気分になった。

 不安がゆっくりと解けていく。


「して、イングリット殿。銘はいかに?」


「――名前」


 純白の刀身の背に指を這わせる。金属の冷たさは感じられず、ほんのりと暖かい。


「――ガーベラ」


 イングリットは純白の刀を頭の上に掲げる。

 日の光に照らされた刃はなお眩しく光り輝く。


「この子の名前は、ガーベラにします」


 ガーベラ。その名を耳にして、サーリアは刀を掲げるイングリットを魅入られたように見つめ、問いかけた。


「お嬢様、あの時のお花の……?」


「ええ」


 兄ディートハルトとの別れの直後。庭園に咲いていた、咲くはずのなかった白い花の名前。

 イングリットはそれをこの刀に名付けた。


「――ガァベラでござるか。大変よろしいかと」


 そう呟き、光玄は輝く純白の刀――ガーベラを感慨深く見つめる。


(あのなまくらが、某が死に際に手放せなかったものが、真の主に巡り合ったか)


 言葉では言い表せない、安堵のような、寂しさのような感情が光玄の胸の中に去来する。

 ガーベラを鞘に納め、イングリットが光玄に駆け寄る。


「あの、ミツハル様。本当に、わたしがこの子を頂いてもよろしいのでしょうか?」


「無論でございまする。その刀がイングリット殿を主として選んだ様子。誰が何と言っても、イングリット殿のものでござれば」


「あっ、ありがとうございます。それで、その、わたしの方からも入学祝いの品がありまして。サーリア」


 名を呼ばれたサーリアが前に進み出て、今まで胸に抱えていた紙袋を光玄に差し出した。

 その、入学祝いの品が入った紙袋を光玄が受け取った。


「イングリット殿、これは?」


「その、ミツハル様のお履き物がだいぶ痛んできているようでしたので……ご迷惑でなければ……」


 言われて光玄が足元を見ると、確かに草履はボロボロで最早履物の体を成していなかった。

 紙袋を開けてみると、そこには丈夫そうな革ブーツが一足入っていた。


「これは、何という……」


 家臣の足元にまで気遣う主。

 家臣としてこれ以上の悦びがあるだろうか。


 早速履いてみると、ブーツは光玄の足に合わせたかのようにピッタリだった。

 イングリットの隣で、サーリアが安堵混じりの勝ち誇った表情を浮かべているところを見ると、どうやら光玄の足のサイズを目測で計ったのは彼女のようである。


 感極まった光玄の膝が地につき――


「アニキィ!! どこっすか!?」


 野太い、粗野な声。

 途端に、サーリアが眉をひそめる。


「まったく、あの男は。うるさいったら」


 先日、強引に光玄の舎弟になった、マサレオの声だ。

 どうやら、光玄を探しているようだ。


「アニキ! 俺ァ、アントンの言うことわかんねぇっすよ! 助けてくださいよ、アニキィ!」


 なお、野太い声が木霊する。


「おお、そういえばアントン殿の庭仕事の手伝いがあったか。

イングリット殿、それではお暇させていただきたく」


「は、はい」


 光玄は踵を返そうとし、ブーツの踵で地面を軽く蹴って見せる。

 初めて履くにしては、履き心地は悪くない様である。

 ずいぶん気に入ったのか、彼は振り返ると、イングリットににっこり笑って見せた。


「誠にあり難き幸せ。この光玄、より忠勤に励む所存」


「ふふっ、大げさなんですから」


 微笑み返すイングリット。

 そこに、鶏冠頭を揺らし、マサレオが飛び込んできた。


「アニキ! やっと見つけたぜ! 早く来てくださいよ!」


 早速、マサレオは光玄を引きずるようにして連れていく。


「うむ、すまぬな。マサよ。約束をすっかり忘れていた」


「いいってことっすよ、アニキ。

その代わり、一仕事したら街にでも出かけて一杯しましょうや」


「うむ、そうだな。よし、今日は某の奢りとしよう」


「おっ!? アニキ、なんかご機嫌っすね!? なんかあったんすか?」


 そうやって二人は騒ぎながら去っていく。

 その後ろ姿を睨み、サーリアはぼやいた。


「まったく、マサが来てから屋敷が騒がしくてかないません。学園にも護衛兵としてついてくるのでしょう? まったくもう」


「ふふ、わたしは賑やかでいいと思うのだけれど」


「はぁ。問題を起こさなければいいのですけど。

さて、お嬢様。わたしたちはそろそろ屋敷へ戻りましょう」


「そうね、あの、ボルガルさん。ありがとう――」


 ボルガルに挨拶をして屋敷へ帰ろうとしたイングリットだったが、いつの間にか彼の姿はいなくなっていた。

 その代わり――


 カンカンカンカン、と鍛冶場の方で規則正しい槌の音が聞こえてくる。

 イングリットとサーリアは呆気にとられる。

 やることを終えたら、綺麗さっぱり興味をなくしすぐに次の仕事へ没頭する。

 無礼ともとれる行動だったが、イングリットはガーベラを大事そうに胸に抱くと、鍛冶場の方に向かって頭を下げるのだった。

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