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第28話 揺れる世界②

 大陸北方、ルシオン連邦の白教本山。聖地ヒェロ・シャルム。


 その白教異端審問局――


 白き神の教えに反し、民を害する邪なるものを監視、場合によっては鉄槌を下す、白教内でもその存在を秘される組織である。

 実際のところは、白教に不利益をもたらす政敵を排除するための暗部組織というのが実情である。


 その臨時会議が催され、八人の大神官たちが集まっていた。

 議題は先日戦場にて悍ましい行為をしたと言われる、黒騎士ミツハル・ラッセル・ゲールハイトという者に対する対応策の議論。


 白教は降伏した者を甚振り、殺めた行為を悍ましいと見ている訳ではない。

 それは世俗の者たちがいう所の、騎士道などというくだらない規範の話だ。

 問題は、あの黒髪黒目黒衣という神をも恐れぬ風貌の人間が、よりにもよって白教の象徴たる聖印状の武器を手にして殺生をしていたところである。


「何度でも言おう、あの邪悪なる異端者ラッセルめは放置してはおけぬ! 即刻異端審問官たちを差し向け、処刑すべきだ!」


 太った大神官が顎肉を揺らし、唾を飛ばしながら熱弁すると、向かいの骨ばった大神官が同調する。


「同意しますぞ。これを機に、あの忌み子イングリットも共に処刑すべきでしょうな」


 他の六人の大神官たちは意見は言わず、沈黙を守っている。

 積極的に二人の主張を支持する訳ではないが、反対する訳でもない。


「――お待ちを」


 落ち着いた、低い男の声が響く。

 八人の大神官を束ねる、この会議の最上位者が制止をかけてきた。

 白教の枢機卿、パーヴェル・ヴァシリエヴィチ・ヴィシュネフスキー。


 痩せぎすで、頬はこけ、目元には濃い隈が目立つ。

 しかし、水色の髪の毛、髭はしっかり整え、身に纏う法衣は一寸の乱れもなく、まるで隙の無い出で立ちである。

 そのパーヴェル枢機卿は諭すように、大神官たちに静かに語りかける。


「それだけで、処刑というのは性急に過ぎましょう。

かつて神の御子エル・マルセシアも悪徳を糺すため、聖印を以て殺生をなさっておいでです。

まずは、実際何があったか真相を確かめるのが先でしょう」


 白教創始者の名、そしてその行いをダシにされ、骨ばった大神官は黙り込んだ。

 しかし、依然として太った大神官は熱弁を続ける。


「我らが神の御子とあの黒髪黒衣の悪魔めを同列に扱うなど、お気は確かか! 枢機卿猊下! 信心が足りぬと見える!」


「聖母エル・メイリアは神の御子が磔刑に処された際、助けに行くべきと主張した弟子らにこうおっしゃいました。

――我が子に罪があるのであれば、他の者同様罰せられるべきである。

神の下、万民が平等であるように、法の下、誰もが平等であってしかるべきであるのだと。

聖母と神の御子は生涯、一度たりともご自身を特別扱いなどされませんでした。あの方々は、異教徒でも、異端者でも、亜人であっても等しく愛すべき神の子らとして見ておられました。

――貴方の方こそ、信心が足りないようですね」


「ぐ、ぬぅ」


 白教において至高の存在とされる、神の御子エル・マルセシアと、その母エル・メイリア。

 その言葉は絶対の教え。これに対して異を唱えることこそ、異端である。


 太った大神官がようやく黙ったところで、静観していた一人の老齢の大神官が口を開いた。


「――されど、放置する訳にはいきますまい。黒髪黒目の令嬢イングリット・グランスタインだけならいざ知らず、その元に詳細不明の黒髪黒目の男が引き合わされたのは偶然とは思えませぬ」


「……」


 かつて、忌み子イングリットが生まれた時も、異端審問会議は開かれた。

 神敵『黒き神への聖餐』の再来ではないかと恐れた大神官たちは当時、イングリットが災いをもたらす前に処刑すべきと主張したが、パーヴェル枢機卿の反対で要注意人物として監視するだけに留まっていたのである。

 そして実際、今日に至るまで彼女は災いなど起こさず、慎ましく生きてきたのである。

 しかし、その彼女のもとへ、またしても黒髪黒目の男が現れている。枢機卿もこれが偶然だとは思っていない。

 更に、その男の凶行に関してもただ黙って見過ごすつもりはない。

 聖典には、聖印を用いて殺生を行ってはいけないという戒律はないが、白教の権威への挑戦であるのは間違いはない。

 枢機卿である立場から、何もしないわけにはいかない。


「――それでは、イングリット、ラッセル両名に対して監視をつけるとしましょう」


「また監視だけ、ですと?」


「いいえ、今度はより直接的なものといたします。

あの両名は近々五大国共栄学園へ入学するとのこと。我が娘、聖女エリザヴェータもまた入学を控えております。

彼女と共に、異端審問官を一人従者として同行させ監視、もしもイングリット・ラッセル両名が世界に災いをもたらす邪悪な異端者であるならば、処刑させる――というのはいかがでしょうか」


 老齢の大神官を含め、中立を守っていた大神官らは枢機卿の提案に頷いて見せた。


「神の御子の再来とされる、聖女エリザヴェータ様であれば判断を間違えることはないでしょうな」


「ならば、同行させる異端審問官の人選ですな」


「生徒として違和感のない年齢帯の者が好ましいかと」


「未熟者では困りますぞ。我が弟子の中に、丁度良い者がおりましてな――」


「いやいや、私の弟子こそ適任――」


 早速、大神官たちは聖女エリザヴェータに同行させる異端審問官の人選の話し合いを始める。

 皆が自分の息のかかった者、自派閥の者を推薦し合い、会議は白熱し始める。

 今まで沈黙を守ってきた時とは打って変わって、水を得た魚の如く、実に生き生きしている。

 ――この様子だと、すぐには決まらないだろう。


 そんな中、太った大神官と骨ばった大神官は憎々しげな視線を枢機卿に向けて囁き合う。


「ふん、エイブラムの末裔という理由だけで枢機卿になった無能が」


「正論ばかりは御達者ですな」


「奇跡の御業の一つも授からなかった、凡人めが」


「シッ、聞こえますぞ」


 聞こえている。否、聞こえるように言っているのだろう。

 しかし、今に始まった話ではない。

 パーヴェル枢機卿は今の地位についてから、日頃その資質を疑問視されているのだ。


「……」


 白教の神官ならば当然のごとく授かって然るべき、奇跡の御業。

 他者の傷を癒し、邪悪を打ち払う、白き神の御力。

 パーヴェル枢機卿は、その祝福をたった一つも授かっていない。

 ただ、白き神信仰の『最初の一人』エイブラムの血を直接継ぐ末裔であること。

 それだけで、凡人でありながら枢機卿に選ばれている。

 本来ならば、発言力などないに等しいお飾りになったはずだが――


「ふん、娘の威を借りなければ何もできぬ輩が」


 あまりの言い様だが、パーヴェル枢機卿は反論の言葉を持たない。

 事実であるからだ。

 人一倍聖典を研究し、その内容を諳んじられるところで、それに正統性を付与する力が欠如しているのだ。

 その欠如した力を、パーヴェル枢機卿の娘、聖女エリザヴェータが穴埋めしているのが実情だ。

 パーヴェル枢機卿は、最後まで二人の大神官の言葉には気づかなかった風を装い、会議を閉めた。


「本日はこれまでに致しましょう。エリザヴェータに同行させる異端審問官の人選は各自推薦状を提出し、本日中に提出をお願いします」





「――ままならぬものだな。私に力があれば……」


 疲れを孕んだ声が無意識のうちに口を突いて出る。

 失意の念が胸の中、重りの様に残るまま、パーヴェル枢機卿は神器奉納殿へ向かった。

 そこには、淡い水色の髪に、澄んだ水色の瞳を持つ一人の少女が枢機卿を待っていた。


「お父さ――失礼。枢機卿猊下、お待ちしておりました」


 彼女こそは先ほどの異端審問会議で名が挙がっていた、聖女エリザヴェータ・パーヴロヴナ・ヴィシュネフスカヤだ。

 そしてパーヴェル枢機卿の長女でもある。


「すまないな、会議が長引いてしまったよ」


「いいえ、構いません。それでは、参りましょう」


 神器奉納殿。大陸各地より集められた、神気を宿す数々の神器が納められている。

 やがて二人の足は居並ぶ神器の中の一つの前で止まった。


「枢機卿猊下、あれがそうなのですか?」


 感情の揺らぎのない表情で、聖女エリザヴェータは隣に立つパーヴェル枢機卿に問うた。


「ああ、あれこそは十五年ほど前、神の手を持つと言われる至高の鍛冶職人、ボルガル殿によって生み出された、最も新しい神器『聖剣アルセア』だ」


「グラントリア国王レオナルド様より譲られてから今日まで、どんな聖人も己の主として認めていないそうですね」


「そうだ。エリザヴェータ、お前ならあるいは――と思ったのだが。どうだ?」


 聖人、あるいは聖女。

 白き神の寵愛を受けたその瞬間から、その愛を遍く世界に広めることを使命づけられた者たちを指す。

 その使命を果たすため、神の使徒たるその肉体は加齢による衰えがやってこず、病気知らずになるという。


 それに加えてこの聖女エリザヴェータは、ありとあらゆる奇跡の御業の行使を神に許されている。

 彼女は祈りの言葉もなく息をするようにそれらを行使できる、『奇跡の神子』と呼ばれ、白教の創始者の再来ではないかと目されている。

 それだけの神気を纏う彼女なら、もしかしたら『聖剣アルセア』に選ばれるかもしれない。


 パーヴェル枢機卿に促され、聖女エリザヴェータは澄んだ水色の髪を揺らし、一歩前に進んで『聖剣アルセア』と対面する。

 その髪色よりも澄み切った、薄青の瞳が聖剣を真っすぐ射抜き――


「取り付く島もありません。見つめただけでへそを曲げられました。

凄まじい神気は感じられるのですが、ひどく底意地の悪い剣です」


 変わらず聖女エリザヴェータは無表情のままで、その声も平坦なものだったが、その響きにはわずかな呆れのような感情が混じっている。

 彼女の所感を聞き、パーヴェル枢機卿はため息をついた。


「はぁ――まったく、グラントリア王国も面倒なものを押し付けてくれたものだ。

あれではただの飾りだ。貴重な素材の無駄遣いではないか」


「教皇聖下は巡礼者が増えて喜ばしいとおっしゃっていましたが」


 聖女エリザヴェータのその言葉にパーヴェル枢機卿はこめかみを押さえる。

この剣目当ての者など、巡礼者などではない。

 聖剣を始めとする神器が主として認めるのは、例外なく聖人か聖女だけだ。更には、その神器と波長の合う特定の人物だけが主となれる。

 つまり、この聖剣アルセアに主として認められれば、白教公認の聖人となれるのだ。

 そうなれば一生安泰だ。


 それこそが彼ら、聖剣アルセア目当ての『巡礼者たち』の目的なのだ。

 当然、白教は彼らから多額の寄付金を頂いている。

 むしろ聖剣の適合者など、未来永劫出てこない方が白教としては喜ばしい。

 実際、今日に至るまで教皇は何かと理由をつけて、エリザヴェータを神器奉納殿に近づけなかったほどだ。


「神器を金儲けの手段として使うなどと。あの方にも困ったものだ」


「そうですね」


 ため息をついたパーヴェル枢機卿は、聖女エリザヴェータと向き合った。


「そんなことより、『学園』への入学はもうすぐだったな。確か、明後日には出発か。天気が荒れなければいいが。

このヒェロ・シャルムから出るのは初めてだろう。不安はないか?」


「特にはありません。ただ、ママ――こほん、母が行かないでと駄々をこねていて困っています」


 パーヴェル枢機卿はまたこめかみを押さえた。


「はぁ、ここ最近家を空けすぎたな。

すまないな、ママのことは私に任せなさい」


「――これは、次の弟か妹の名前を考えなければいけませんね。頑張ってくださいね」


「こ、こらこら」


 冗談めいて言ってはいるが、聖女エリザヴェータの表情は仮面を被っているかのごとくいささかの変化もない。

 パーヴェル枢機卿は、娘のこれからの学園生活を思うと、今からキリキリと胃が痛むのを感じた。


(この変人娘が学園で上手くやっていけるだろうか)


 パーヴェル枢機卿は鳩尾を押さえ、聖女エリザヴェータと共に奉納殿を後にするのだった。

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