第26話 motherhood
カンバネーリ家に引き取られてはや七年。
リリアーレは十七歳になっていた。
グラントリア西部の穀倉地帯を領地とする、裕福なカンバネーリ家の養子となったリリアーレは満ち足りた暮らしを享受している。
衣服、食事、教育。そのいずれも前世のそれと比べれば遥かに劣るものの、この世界では最高水準の恩恵を受けている。
カンバネーリ子爵の信頼を勝ち取った今では、彼の書斎を自由に使うことを許され、最新の情報に触れることもできるようになっていた。
カンバネーリ夫妻はこの家の唯一の子供、リリアーレを溺愛している。
夫妻の間には未だ実子は生まれず。その愛情はリリアーレが独り占めしている。
あの高価な伝書鳩をリリアーレ専用に与え、毎月使いきれぬほどのお小遣いを与えてくれるほどの溺愛っぷりである。
今日も今日とてリリアーレは養父の書斎に陣取り、伝書鳩を使っての情報収集に余念がない。
集めている情報はもちろん、彼女の最推しディートハルトに関するものだ。
早速ピンク色の子犬が窓から入ってきて、リリアーレの前に降り立ち手紙を数通差し出した。
差出人を確認。冒険者ギルドからのものが一通。
情報屋からのものが一通。グランスタイン家からのものが一通。
当然、グランスタイン家のものを真っ先に確認する。
内容はわかり切っているが、それでも彼女は期待を込めて封を切った。
手紙に目を通したリリアーレの表情が徐々に失望に染まっていく。
「やっぱり、ディートハルトにはアタシの手紙は届かないか」
この七年。リリアーレは推し、ディートハルトへ幾度となく手紙を送った。
せっかく、孤児院時代をスキップできたのだ。
早いうちに彼との繋がりを作っておきたい。その想いからだ。
しかし、彼女の思惑通りに物事は進まなかった。
まず、子爵家如きでは公爵家に公務以外での私信を送るのは恐れ多いこと。
王国西部のカンバネーリ家と中南部のグランスタイン家は所領も離れており、古来から付き合いがある間柄というわけでもなく。
いきなりその嫡男へ手紙を送ったところで、『誰?』と不審に思われるだけ。
それでも、グランスタイン家の慶事などに際して、リリアーレはどうにかディートハルトへの手紙を送っていたのだが、彼からの返事の内容はいつも代わり映えしない、事務的な御礼の言葉が記されているのみだった。
今回も、グランスタイン家の令嬢イングリットとアウレール王子の婚約祝いという口実でディートハルトに手紙を送ったのだが――
「この文面だと、また末端の執事が書いたっぽいなぁ」
差出人はディートハルトとなっているが、実際この返事の手紙を書いたのはグランスタイン家の数ある執事のうちの一人だろう。
ディートハルト本人にはリリアーレの手紙は届いておらず、執事らのところで処理されているのだ。
リリアーレは何となく、前世でのアイドルを追っかけるファンたちの気持ちがわかる気がした。
一方通行だ。どうしても越えられない壁がある。
社交パーティでの出会いなども考えたが、それも思い通りにはならなかった。
リリアーレは孤児院出身。しかも下層民とされる娼婦の娘であるため、未だに正統なカンバネーリ家の子供として社交界デビューができていない。
義父カンバネーリ子爵が裏で色々と手を回しているようだが、芳しくないらしい。
そもそも、ディートハルトは社交パーティなどの浮ついたものが大の苦手だ。おそらく出てこない。
――公的な場での出会いも望むべくもない。
もし、この世界での母が娼婦ではなく、せめて真っ当な家の平民だったなら――迎えに来てくれたのは子爵家などではなく、伯爵家か侯爵家だったかもしれない。
たとえ養女でも、それだけの家格があれば――ディートハルトに堂々と会いに行けたはず。
これからの展開は、リリアーレ次第である程度は変えられる余地はある。
しかし、生まれだけは変えようがない。
「……クソ女」
この世界での、顔も知らぬ母親に対して悪態をつく。
意味のないことと知りながらも。
次は情報屋からの手紙を手に取って苛立ちを込め、乱暴に開ける。
中には、別口からグランスタイン家を調べさせた報告書のほか、細々とした調査報告書が入っていた。
「――やっぱり」
先ほどのディートハルト名義の手紙は、本人によるものなどではない。
ディートハルト本人は、現在『極秘任務』で留守になっているそうだ。
詳細はまったくもって不明。何の前触れもなく、突然ディートハルトは姿を消したという。
同時に、当主アルトゥール公も公務を停止しており、ある日を境に屋敷から出てこなくなったそうだ。
アルトゥール公と面会をした者がいるだの、屋敷に出入りする商人が見かけただのと目撃情報はなくはないが、いずれも不確かである。
それ以外にはグランスタイン家に異常は認められない。不自然なほどに平穏。
新しく流れの剣士が仕官したそうだが、ただの流民らしく、重要度は低く見積もられている。
報告書の末尾には、『作為的な情報統制が敷かれ調査困難』との情報屋の意見が記されていた。
「――使えない」
もう少し有能な情報屋を雇えれば。という不満は残るが、子爵家令嬢が雇える人材の中では優れた方である。
これ以上を望むならより深い暗部――『深淵からの囁き』か、『凡俗の者ども』クラスの犯罪組織を頼ることになるが、あまりにもリスクが大きい。
ならば、足りないものは転生者としての自分の知識で補うほかない。
リリアーレの記憶では学園入学前のこの時期、ディートハルトの父、アルトゥール公暗殺イベントが発生する。
その計画に加担したディートハルトは、父の死を伏せたまま、証拠隠滅工作のためしばらく表舞台から身を隠す。
「それがこの『極秘任務』って訳ね」
今回のこの不審な『極秘任務』。アルトゥール公の公務停止。辻褄は合う。
そうすると、この後ディートハルトは王妃ルクレツィアに学園長に任命され、学園入学式の日に本格的に登場するはずなのである。
そして、時を同じくしてアルトゥール公の事故死が発表され、ディートハルトはグランスタイン家の当主となる。
それが正史の流れだ。
情報の精度が低く、不安は残る。しかし、今のところはリリアーレの知っている通りにシナリオが動いているように思える。
リリアーレは、別の報告書にも目を通す。
『孤児院・栄光の殿堂調査報告書』
リリアーレがいた、あの孤児院は今はもう存在していない。
彼女がカンバネーリ家に養子入りしてすぐに、廃院になったという。
それはおかしい。本来なら、少なくともリリアーレが十六歳になるまでは孤児院は運営されていたはず。
故に、リリアーレはその顛末を調べてきたのだ。
リリアーレはある種の恐怖を抱えている。
バタフライエフェクト。
自分の些細な行動が原因で、知っているはずの世界が変化してしまうこと。
それを、リリアーレは恐れている。
転生者であるリリアーレの最大の武器は知識だ。
それが役に立たない未知の世界になることは避けなければならない。
そのうえ、自分にとって都合の良い最良の未来を手繰り寄せる。
加減を間違えればバッドエンド一直線だ。
しかも、この世界はリリアーレが知り尽くした、ご都合主義シナリオの無印版乙女ゲーム『光溢れる彼方へ君と共に』とは違う。
原作小説版・無印版・リメイク版のすべての要素が絡まりあった、選択肢一つで他人の運命が容易く変わるダークファンタジーの世界なのだ。
そして、リリアーレの選択――孤児院時代スキップの影響が、今彼女が手にした報告書に書き連ねられている。
それによると――
リリアーレが養子入りして間もなく、院長らは王妃からの寄付金に加えて、カンバネーリ子爵からの寄付金をも着服して雲隠れしたらしい。
どうやら、王国法で重罪とされる人身売買に手を染めていたらしく、カンバネーリ子爵に睨まれたことで、その発覚を恐れたそうだ。
子爵の報告でそれを知った王妃の怒りは凄まじく、他国まで逃げた院長らを執拗に追跡・捕縛し、極刑に処したという。
結果、『栄光の殿堂』は廃院。孤児たちは散り散りになり、その行方は判らなくなってしまったらしい。
当然、その中の一人、ニーナも。
孤児院が廃院されるまでは、彼女の存在は確かに記録に残っていたが、その後は忽然と消えている。
正史ではある冬の夜、死の病『黒き神の呪詛』に侵され主人公の目の前で命を落とす少女。
本来の筋書きとは違う。
ニーナの存在は、世界から消されたかのように、きれいに消えてなくなってしまっている。
恐らく、あの善良な少女はあの冬命を落としたのだろう。どこの記録からもその存在が確認できないのはきっとそれが理由だ。
あの死の病、黒き神の呪詛は罹患したが最後、定期的に高価な薬を飲んで進行を止めねば、いずれ死に至る恐ろしい病だ。
勤勉さと優しさ以外取り柄のない孤児の少女のために、身銭を切って薬を与え続けられるお人好しがこの残酷な世界のどこにいるというのか。
――収束する結末は同じ。ニーナの消失だった。
この結果を前に、リリアーレの胸中に悲しみと安堵、そして恐怖が同時に渦巻く。
シナリオの強制力。『見えざる手』の力が働いている。
おそらく、リリアーレが多少自由に動いたところで大筋は変わらない。
すべての調査報告書をもう一度読み込んで、彼女はそう判断した。
ため息を一つついて、リリアーレは最後に冒険者ギルドからの手紙を流し読みする。
「美神の涙に、母なる恵み。狙い通りね」
冒険者ギルドへ依頼してあったダンジョン調査。その報告書だ。
他の出土品は全て冒険者側に譲り、リリアーレは『特定』のアイテムだけを所望した。
異性からの好感度が上がりやすくなるネックレス、美神の涙。
そして、身体の特定部位を大きくさせる霊薬、母なる恵み。
貴族令嬢が欲しがっても不自然ではない類の品々。
そして、今後学園での攻略には欠かせないアイテムだ。
それらの発見と、リリアーレ宛に発送したとの旨が記されたその報告書を読んで、ようやくリリアーレは満足の笑みを浮かべた。
少なくとも、アイテム周りはそれぞれのダンジョンに正しく配置されている。
リリアーレは全アイテムとダンジョンを網羅しているわけではないが、攻略必須アイテム群はしっかり把握している。
ゲーム展開の都合上、学園周辺には多くのダンジョンが配置されており、入学後はその中に眠る必須アイテムを可能な限り回収して回らねばならない。
「お嬢様、こちらでしたか」
リリアーレが頭の中で今後の計画を立てていると、メイドの一人が声をかけてきた。
彼女の姿をみたリリアーレは懐中時計を取り出し、時間を確かめた。
義母、カンバネーリ夫人とのお茶の時間だ。
「あら、もうこんな時間ですか? 知らせてくださって、ありがとうございます」
使用人に対しても敬語は崩さない。かと言って、過度にへりくだることもしない。
卑しい生い立ちなど、絶対に感じさせない。
メイドは平民出身の者がほとんどだが、何人かは貴族家の令嬢もいる。
三女や四女などの、政略的価値の低い者たちだが、それでも彼女らは自らの血筋に誇りを持っている。
目の前のメイドもその一人だ。
彼女は優雅に膝を折り、リリアーレの礼に対して頭を下げて見せる。
最初こそ、彼女はリリアーレの出自を蔑んでいたが、リリアーレの『卑屈ではないが、身の程をわきまえた』立ち振る舞いに好意を抱いたのか、今では侮蔑の視線を向けることはなく、真摯に接してくれている。
メイドの先導で、書斎から出て厨房へ向かう。
義母のためにお茶を淹れるためだ。
本来はメイドの仕事だが、義母のため頑張る少女の微笑ましい行いだ。
数年間、一日たりとも欠かさず、義母のためにお茶を淹れるその健気さに胸を打たれ、皆反対するどころか、丁寧にお茶の淹れ方を教えてくれたのだ。
いつも通り厨房に着くと、メイドは一礼をして他の仕事をするため去っていった。
一人で厨房に立たせても大丈夫。手のかからないお嬢様。
ある目的のため、そのイメージを作るべく、この七年間、リリアーレは随分と努力を重ねてきた。
身の回りのことは自分でやる。時にはメイドの仕事も率先して手伝う。
今では、屋敷内の使用人たちは皆リリアーレの味方である。
一人になったリリアーレは厨房に入り、茶葉とお茶請けの菓子類を見繕い、お湯を沸かす。
いつもの、穏やかな日常。
もし、運命を前倒しにしなかったら、今でもあの孤児院で苦しい生活を強いられていただろう。
少しばかり、運命改変に対する不安は残るものの、後悔はしていなかった。
カンバネーリ夫妻は優しい。未だ子が成せないせいか、実の子に向けるような愛情で接してくる。
――だが、それがまやかしであることを、リリアーレは知っている。
夫妻は、子供が産まれずに悩んでいたところに、半分とはいえ大英雄の血を引く子供を見つけ、カンバネーリ子爵家を飾る『ステータス』として迎え入れただけだ。
リリアーレは、夫妻の実子が生まれるまでの代替品でしかないのだ。
実際、夫妻がリリアーレに向ける視線から、時折酷く冷たいものを感じる時がある。
花開きつつある美貌、女性らしく成長していく肢体。
それを見る夫妻の視線から娘の成長への喜びよりも、「ああ、いい買い物をしたな」と言わんばかりの、『満足』のようなものを感じるのだ。
やや遅れた初潮を迎えた時だって、親として喜ぶというよりも、『政略の道具』としてちゃんと機能することへの『安堵』が見て取れた。
リリアーレの被害妄想なのかもしれない。
だが、リリアーレはこの生活に胡坐をかいたままでは、待ち受けるのは苦難に満ちた未来だけだと知っている。
正史では、主人公が十七歳になる年――つまり今年、カンバネーリ夫妻待望の息子が産まれるというイベントが発生する。
それに伴い、夫妻の関心は実の息子に向き、主人公は無関心の中、着の身着のまま、放り出される形で学園に入学させられる。
適当な結婚相手でも見繕って来いといわんばかりに。
カンバネーリ子爵夫妻の後ろ盾もなく、卑しい出自の主人公を待ち受ける学園生活は苦難の連続だ。
平民組の輪にも入れず、貴族組の輪にも入れない。
孤立した弱者である主人公は、あらゆる嫌がらせの標的となるのだ。
(もう、流されるまま生きてやるものか)
前世を思い返し、リリアーレは自分が何故あんな理不尽な最後を迎えたか、察しがついていた。
あの資産家――他人に自分の幸せを委ねた結果が、あの悲惨な最期だったことを。
(今度は、自分の手で、掴み取る)
着々とお茶の準備が整う。
加えて、『いつもの隠し味』も用意する。
リリアーレには、計画があった。
この家での揺るがぬ立場を作るため、邪魔者を排除するという計画が。
その計画の核心となるのが、この『隠し味』だ。
計画を具体的にするための決定的なピースは、奇しくも孤児院から持ち込んだ数少ない私物の中――
彼女の小さな産着に丁寧に縫い込まれていた、一枚の羊皮紙の中にあった。
そこには、娼婦だったこの世界での母親によって作成された、『隠し味』――避妊薬のレシピが書かれていた。
薬草の名、分量、煎じ方、火加減――
事細かく、まるで祈るような筆跡で。
そこに込められているのは後悔なのか。
或いは、せめて娘には同じ轍を踏ませたくないという、歪で、ちっぽけな愛情だったのか。
今となっては、もう誰にもその答えは分からない。
何故か前世の、バカみたいにへらへら笑う、ろくに覚えてもいない母の顔がふと脳裏に浮かんだ。
「……クソ女ッ!」
羊皮紙を見下ろし、どちらの母親へのものか分からぬ悪態をついたリリアーレ。
だが、その手は止まることなく、レシピに従って忠実かつ丁寧に薬を調合していく。
材料はどれも市場で売られており、平民の子供の小遣いでも買えるほどの安物ばかりだ。今のリリアーレなら店の在庫を丸ごと買ってもお釣りがくる。
それぞれの効能も決して毒というわけではない。
心身をリラックスさせ、呼吸器を落ち着かせ、消化器を整え、血流を安定させるといった、一般的な家庭で常備薬として用いられる薬草ばかり。
心優しいお嬢様が、屋敷の皆のために買いためていたとしても不自然ではない。
だが、これらを件のレシピ通り正確な比率で調合した時、上記の効能に加え、強力な避妊効果が発現するのだ。
注意書きには、長期服用による不可逆的な不妊のリスクがあると記されているが、それこそがリリアーレの計画の核心だ。
これは、常に病気のリスクに晒され、体調を崩しやすい娼婦たちが自らの身を守るため編み出した、秘伝のレシピと言ってもいいだろう。
当然のようにこのレシピは一般には出回っておらず、ごく一部の娼婦たちの間で秘匿されている。
どんな経緯でリリアーレの母がこのレシピを手に入れたのかは不明だが、少なくともリリアーレが産まれた後だろう。
でなければ、彼女は生まれてきていない。
(馬鹿な女)
心の中で、この世界の母に悪態をつく。
自分が取った客の中に霹靂帝がいたとは想像もできなかっただろうが、母は自ら霹靂帝の私生児、リリアーレという武器を手放したのだ。
母は今は生きているのか、死んでいるのか。いずれにせよ、その末路はまともなものではないだろう。
(アタシは、アンタみたいにはならない)
最良の未来を手繰り寄せるための、『隠し味』はそう手間をかけずに完成した。 薬らしからぬ、優しく芳醇な香りを放っている。
後は、『大好きな義母様』のためのお茶に――ソレを混ぜるだけ。
これが、リリアーレの計画。
避妊薬を作り、それをカンバネーリ夫人のお茶に混ぜて常飲させ――最終的に不妊へと導く、もう七年間続けてきた長期的な計画。
未だ邪魔者の誕生の気配はなく。このカンバネーリ家でのリリアーレの地位は盤石となっている。
これなら、入学後も夫妻からの手厚い支援が期待できるだろう。
――だというのに、リリアーレの手は震えた。
もう七年。それも、毎日繰り返してきたというのに。
生まれて来るはずの人間を一人殺し、義母の母性をも殺す。
他人を破滅へ追いやる行為。
(……違う)
――人じゃないんだ。NPCなんだから。
ここはゲームの世界。皆、主人公リリアーレの為の踏み台だ。
次の瞬間、不思議と震えは治まった。
それが、この七年間リリアーレが会得した魔法の呪文だ。
無敵の主人公になるための。
味に違和感を覚えないよう、微量の『隠し味』を混ぜてお茶を淹れる。
そして、愛らしく、可憐な笑顔を浮かべ、リリアーレはカンバネーリ夫人の待つティールームへ赴き、ソレを差し出した。
何も知らぬカンバネーリ夫人は、柔らかな微笑みを浮かべてソレを受け取り、優雅に香りを楽しむ。
リリアーレは無邪気な笑顔を絶やさず、平静を装っているが、『いつものことながら』その心臓は破裂しそうなほど跳ねている。
「――まぁ、今日のお茶は、いつもよりいい香りがするわね。
また、腕を上げたのかしら?」
疑いのない、お日様のようなたおやかな義母の微笑み。
リリアーレの視界が一瞬ぐにゃりと歪んだ。
再び指先が震える。
(しっかりしろ!! みんなNPCでしょ!!)
リリアーレは表情を一切崩さず、仕立ての良い自分のスカートの裾を強く握り、震えを抑える。
「お義母様のためにわたくし、色々お勉強いたしまして。
香りが際立つ、最適な温度を見つけたのです」
「まぁ! そうだったの!
――リリアーレちゃんが学園に入ったら、このお茶が飲めなくなるのは残念ね」
そう、寂しそうな笑みを返すカンバネーリ夫人。
リリアーレは、『冷たい炎』に臓腑を焼かれるような感覚に襲われた。
夫人が『隠し味』を摂り始めて七年目。もう彼女の不妊は確定しているはず。今後、邪魔者は現れない。
計画通りにことは進んでいる。ただ、罪悪感という名の冷たい炎だけはいつまでも消えず、彼女の臓腑を焼き続けているのだ。
しかし、外面を取り繕うのは前世からの得意中の得意技だ。
「ふふ、義母様ったら。すぐに卒業して、帰ってきますわ。
――わたくしは、『この家の子供』なんですから」




