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第22話 黒騎士、誕生③

 五日後。光玄たちはゲールハイト領入りを果たしていた。


 ゲールハイトの領都、フォルストブルク。


 石の街だったグランスタイン領都、ヴァルシュタットとは打って変わり、この街は周辺の豊富な森林資源をこれでもかと使った、木の街だ。


 グランスタイン領同様、平野は少なく、地質も農地には向かないため、ゲールハイト領の主な産業は林業となっている。


 そして、グランスタイン領との間に広がる通称『魔の森』は、魔物たちの巣窟であり、彼らがもたらす様々な素材の宝庫である。


 自然とその素材目当てに冒険者たちが集まり、フォルストブルクは別名『冒険者の街』とも呼ばれている。


 そして、別名『掃き溜め』。この街の構成員のほとんどはならず者共だ。

 実際、街の中央広場を通る一行の馬車を遠巻きに見つめてくる者どもは、明らかに堅気ではない。


 彼らの視線を後にして、一行が木柵で囲われたゲールハイト屋敷前の広場に着くと、何度も補修された跡が目立つ、重厚な両開きの鉄扉が出迎えた。


 アンゲリーカが勢いよく馬車の扉を開け放って飛び降り、後に続いて光玄が、そしてイングリットの手を取ったサーリアが一緒に降り立った。


「ただいま戻りましたわ――!!」


 アンゲリーカが馬車から降りて、よく通る声で鉄扉へ向かって帰還を知らせると、ゴゴゴゴゴと、轟音を立てて鉄扉が左右に開いていく。


 続いて、奥から十数人の男たちが出てきて、一行の前にずらりと立ち並んだ。


 街で見かけたならず者共など、可愛く見えるほどの荒くれ者どもが、そのいかつい顔面を並べ、当主アンゲリーカを出迎える。


 屋敷から出てきた彼らは恐らくは家臣団だろう。

 しかし、仮にも貴族家に仕える家臣たちだと言うのに、その姿からは気品などは一欠けらも見られない。


 丸刈り頭だったり、鶏冠のような天高く伸びた奇怪な髪形をした者ばかり。

 眉毛を剃り落として威圧感を増している者もいる。


「――へい、姐さん。思ったより早ぇお帰りで」


「まったく、いきなり寝巻き姿で飛び出すもんだから、何事かと」


「姐さん、グランスタインの親分にまた迷惑かけたんじゃないっすか?」


 仮にも当主が突然飛び出して行方不明になっていたわけだが、彼らには微塵も心配した様子はなく、茶化してくる始末である。


 アンゲリーカは、彼らの無礼な振る舞いを咎めることもなく、艶やかに笑いながら答える。


「ほほ、わたくしがアルトゥール様にご迷惑をかけるだなんて。ありえませんわ」


 家臣団は互いの顔を見合う。そして再度アンゲリーカを、胡乱げな目で見つめる。

 『何言ってんだ、こいつ』と、彼らの顔にはそう書かれていた。


 アンゲリーカは彼らの視線を受け流しながら、馬車から降りてきた光玄を皆の前に導く。


「ほら、ミツハル。彼らが我がゲールハイト家の私兵団にして、家臣団ですわ」


 途端に、家臣団はずいっと光玄に詰め寄ってきて、彼を取り囲んだ。


「!?」


 間近で見ると、ますます迫力溢れる面々である。


「おうおうおう、なんだぁ!? この黒いチビ野郎はよぉ!?」


「妙な格好しよってからに、なんじゃワレェ!?」


 ――もしかしたら、この町に荒くれ者どもが溢れかえっているのは、彼らの影響こそ大きいのかもしれない。

 あまりにも柄が悪すぎる。


 彼らは筋骨隆々、誰もが光玄より頭一つ大きい。

 そんな彼らを、光玄は目を輝かせて見上げる。


「おお、なんと! 皆素晴らしい風体で! 強者ぞろいでござるな!」


 光玄に圧をかけるゲールハイト家臣団であったが、光玄はアントンと対面していた時と同じく、無邪気に彼らを褒めたたえるのみだった。


 萎縮するわけでも、反発するわけでも、低姿勢で媚びへつらうわけでもない。

 光玄の一風変わった反応に、毒気を抜かれた家臣の一人がアンゲリーカに問うた。


「姐さん、何スかこいつ」


「あら、伝書鳩は送ったはずでしてよ。

彼が我がゲールハイト家の新しい家族、ミツハル・ラッセル・ゲールハイトですわ」


「あぁ、コレが例の」


 光玄が当主の新しい家族だと聞かされても、家臣団はいささかも態度を改めず、光玄を侮蔑の色の強い目でねめつける。


 急に湧いて出たアンゲリーカの義弟光玄を、ゲールハイト家の家臣らはすぐには信用するつもりがないらしい。

 比較的小柄で、あまり強そうには見えない。武門の家であるゲールハイト家に、光玄は相応しくないと判断したのだろう。


「アンタ、戦場に立ったことは?」


 いきなり、家臣の一人がそう訊ねる。

 光玄は臆面もなく答えた。


「まだありませぬな」


 その答えに、家臣団の目に宿る侮蔑の色が強まる。

 光玄に戦場の経験を問いかけた家臣が鼻で笑う。


「はんっ、なんだ。戦童貞かよ」


 アンゲリーカが言っていた通り、家臣団に認められるには、最低限の条件として戦場に立つ必要があるようだ。


 他の家臣が、後ろで所在なさげにしていたイングリットの姿を見つけ、声をかけてきた。


「――なんだい、グランスタインのお嬢も一緒じゃねぇか。

久しぶりっすね。なんか用っすか?」


 明らかに、イングリットは歓迎されていない。

 アンゲリーカが心酔しているアルトゥール公の愛娘であっても、彼らは黒への嫌悪感を抱く、『普通の』感性でイングリットに接している。


 威嚇しないだけ、彼らなりに礼を尽くしているつもりなのかも知れないが。

 サーリアがその失礼な態度に怒りを露わにする。


「ちょっと、貴男! その態度はなんですか! 貴族家に仕える人間としての自覚が! 自覚が足りませんよ!」


「ちっ、めんどくせぇのがついてきやがった」


 サーリアは荒くれ者に対してもいつも通りの調子である。

 彼女の口撃に、家臣は怯みはしないものの、出鼻をくじかれた様子で鼻白む。


 一方のイングリットは一瞬びくりと身を竦めたが、唾を飲み込み、意を決すると、一歩前に進み出て皆の前で品よくカーテシーをしてみせた。


「アンゲリーカ様のお招きで参上いたしました。皆さまにおかれましては、ご健勝な様子で何よりでございます」


「ん!?」


 イングリットに声をかけていた家臣が目を丸くし、驚く。

 かつてのイングリットの様子とは何か違うと感じ取ったのだ。

 そして、家臣はアンゲリーカの方を窺う。


 アンゲリーカはその視線を受け、柔らかく微笑むだけ。

 ただ、強い光を湛えるそのエメラルドグリーンの瞳は、もうイングリットを侮ってはいけないと、そう物語っていた。


「――ふっ」


 サーリアが家臣を睨みつけ、鼻で笑うと、彼は舌打ちを一つすると目を背けた。

 そのやり取りを微笑ましいとばかりに眺めていたアンゲリーカは手を叩き、注目を集めた。


「――さて、着いたばかりだけれど、ちゃんとミツハルの力を貴男たちにも示す必要があるようですわね」


 そう言い残すと、アンゲリーカはおもむろに屋敷の裏手へと回っていった。

 彼女の意図が分からず、家臣団は互いの顔を見合う。


 しばらくすると、アンゲリーカは一頭の軍馬を連れてきた。

 それを目にした光玄が感嘆の声を漏らす。


「――おお、なんと、これは凄まじい」


 そんな光玄の評価通り、その軍馬は立派な肉体美を誇っている。

 光玄が仰ぎ見なければならぬほどの巨体。混じり気のない、漆黒の毛並み。

 その身体には無駄肉など一切なく、筋骨たくましい。

 それでいて、緩やかにカールした長い(たてがみ)は、貴婦人のお髪のような品の良さも醸し出している。

 その鬣を撫で、アンゲリーカは話す。


「この子の名前はノワール。七歳の女の子。

見ての通り、素晴らしい軍馬だけれど、この体毛の色と、とにかく気性が荒くて。

今まで貰い手がなかったのです」


 気性が荒いと言う割には、軍馬――ノワールはアンゲリーカに従順で、随分と温厚な様子である。


「ノワールちゃんっ」


 イングリットは喜色を浮かべて、ノワールに駆け寄った。どうやら馴染みがあるようである。

 すると、ノワールもイングリットに応じ、機嫌よく彼女の顔に頬を摺り寄せてきた。


 その様子を眺めながら、アンゲリーカは光玄に言い放つ。


「ミツハル、貴男の力をここに示しなさい。ノワールを乗りこなして見せるのです」


 ざわりと、家臣衆に動揺が広がる。


「い、いやいやいや、姐さん、そりゃあ無理でしょーや」


「おいおいおいおい、死ぬわ、アイツ」


 面々のその反応と、イングリットに撫でられ目を細めるノワールを交互に見た光玄は首を傾げた。


「ふむ、実に見事で温厚ないい馬であるかと存ずるが……」


「えぇと、ミツハル様。実はこの子、ユニコーンの血を引いていまして。

ほら、おでこに小さいですけれど、角の痕跡が……」


 ノワールの頭を撫でていたイングリットが、ノワールの額のわずかに盛り上がった突起を指し説明をした。


「ゆにこぉん?」


 グランスタイン屋敷の図書室で色々知識を積んではいるものの、まだこの世界の生き物の知識に疎い光玄は首をかしげる。


「えっ? えぇと――」


 ほんのりと顔を赤らめ、何やら答えにくいのか、言葉を探すイングリット。

 見かねた金髪の鶏冠頭の家臣が代わりに答えた。


「ユニコーンっちゅうのはな、処女のいうことしか聞かねぇし、処女しか乗せんちゅうめんどくせぇ馬なのよ」


「ちょっと! もう少し話し方というものが――」


 歯に衣着せぬ家臣の言い方に、初心なイングリットは顔を真っ赤に染める。

 サーリアが抗議するも、まったく取り合うこともなく、家臣は調子よく話を続けた。


「――だから、うちの姐さんにも大人しく従ってるわけでよ、相手が野郎か非処女だったら途端に暴れ馬になるってぇもんだ」


 ピクリ。


 瞬間、イングリットと黒馬の戯れを微笑ましく眺めていたアンゲリーカの笑みが固まった。


「――マサレオ。貴男、手本としてこの子に乗って見せなさいな」


 その貼り付けたようなにこやかな笑顔のまま、アンゲリーカは調子よく講釈を垂れていた家臣、マサレオに命じた。


「あっ、やっべぇ、俺死ぬわ」


 途端に、イングリットを含めたその場の全員が、ノワールから一斉に距離を取る。

 その手慣れた様子から、過去にも似たようなことがあったのだろうか。


 そして、軽い調子でへらへら笑った家臣マサレオは、アンゲリーカの命令に従い鶏冠頭を揺らしながらノワールに近寄り――


 吹っ飛んでいった。


 綺麗な放物線を描き、筋骨隆々の巨漢が美しく宙を舞う。

 長い滞空を経て、彼の身体は木柵へ激突、轟音と共に土煙を上げてその姿は掻き消えた。


 触れてもいない。ただ近づいただけで、ノワールはほぼノーモーションでマサレオを後ろ足で蹴り飛ばしたのだ。


 やがて土煙が晴れ、木柵の残骸から何者かがのっそりと出てくる。

 マサレオだ。


 常人なら大怪我するどころか、死んでいてもおかしくなかったが、マサレオはあちこち擦り傷だらけではあるものの、ケロリとした顔で平然と歩いてきた。


「いやぁ、先代が川の向こうで手を振ってたわ。死んだかと思ったぜぇ」


「お馬鹿さん、マサレオ。お父様はまだ亡くなっておりませんわ」


 まるで日常風景であるとでも言わんばかりに、人が一人馬に蹴り飛ばされた直後とは思えない主従のやり取り。


 異常極まりない集団。これがゲールハイト家だ。

 数々の輝かしき戦功を誇り、グラントリア開国時からの旧家でありながらも未だに子爵家止まりなのは、功績を帳消しにするほどの、数々の狼藉を働いてきたからに他ならない。

 

 だが、その虚飾のない彼らの大らかさを好ましく思った光玄は、彼らを微笑みを浮かべ()()()()眺めていた。


「うむ、善き哉。実に良い家でござる」


「!?」


 皆がマサレオに気を取られている間、誰にも気づかれず光玄はノワールの背に乗っていたのだ。


 一番驚いたであろうノワールは、途端に勢いよく飛び跳ねて光玄を振り落とそうとした。

 だが、背中に我が物顔で居座る光玄は根を張ったように動かない。


 力づくでしがみついているわけでもなく、ただ悠然と緩い姿勢で激しく揺れる馬体の上に乗っている。


「おおおっ、良い! 実に良い! なんと活きの良いことか!」


 ご満悦。明らかに楽しんでいる。光玄は満面の笑みを浮かべ、確かめるようにノワールの手綱を操ってみる。


 左に引けば右。右に引けば左。

 天邪鬼。


 何が何でも光玄には従わぬという強い意志を感じる。


「なるほど、なるほど! 面白い!」


 ノワールの反抗をものともせず、光玄は彼女を意のままに操る。

 一体どうやっているのか。一番困惑しているのは、当のノワールである。


 気が付けば、ノワールは光玄に操られるがまま、屋敷前の広場を円を描いて走っていた。

 しばらくして、ノワールはこの気色の悪い男を力づくで振り落とすのは不可能と判断したのか、暴れるのを一先ずやめた。


 だが、依然としてその怒気は湯気となって身体から立ち上っており、隙あらば落としてやろうという気配は消えていない。

 何はともあれ、どうみても光玄は技術でノワールを完全にねじ伏せ、完璧に乗りこなしている。


 その様子をみたゲールハイト家臣団の顔に困惑と共に畏怖の念が浮かぶ。


「なんだ、あれ」


「なかなか、やるじゃねぇの」


「はっ、多少馬に乗るのが上手いからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」


 依然として、家臣らは光玄を認めるつもりはないようだが、非凡な才を持つことはある程度、評価しているらしい。


 アンゲリーカは、楽し気にノワールを駆る光玄を見つめ、柔らかい笑みを浮かべながら言う。


「ふふ、ノワールちゃんはミツハル、貴男に預けるわ。

黒髪黒衣で黒馬を駆る騎士……さしずめ『黒騎士』っていうところかしら」


 隣でそれを聞いたイングリットはその名をつぶやく。


「黒騎士……」


 イングリットは幼いころに読んだ、童話・白騎士物語を思い出していた。

 二千年前、実在したと言われる、純白の鎧を身に纏い、白馬に乗った正義の騎士。


 数々の危険な魔物をたった一人でなぎ倒し、魔王を倒したと言われる伝説的な大英雄。


 対して、黒い衣を身に纏い、黒馬に乗った騎士。

 白騎士とは真逆の姿をした存在が今、イングリットたちの目の前で誕生した。

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