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第21話 黒騎士、誕生②

「お、おおっ、おおおおぉ!!」


 男の浮ついた低い声が鍛冶場に木霊する。

 声の主である黒髪黒衣の男――光玄は、一振りの刀を目の前に掲げ、歓声をあげながら恍惚とした表情でそれを眺めている。


 ボルガルが打ってくれると約束していた、新しい刀。そのお披露目である。


 鏡面の様に磨かれた刀身には、うっとりする光玄の顔がそのままくっきり映り、鍛冶場の揺らめく火の光を湛え薄く光る様はまるで三日月の様だ。


 同行していた公爵令嬢イングリットもその美しい輝きに目を奪われ、ため息までついている。


 この刀は、名のある名工が生涯を通して一本打てるかどうか判らぬ、伝説的な逸品に準ずる。

 それをわずか一週間にも満たぬ間に、鍋やらの日用品修繕の片手間に見事仕上げたのは、このボルガルがそれだけ極まった存在である証左なのだろう。


 光玄は畏敬の念を込めてボルガルを見つめ、恐る恐る尋ねる。


「――お代の方はいかほどに?」


 先日、アルトゥール公から頂いた給金はまだ手つかずのままだ。

 確か、平民の三か月分の生活費に相当するとのことだったが、この刀の出来栄えを見るに、それでは全く足りない。


 この刀は、光玄の前世ならば天下の将軍でなければ手にできぬほどの、まさしく至宝中の至宝と呼べるものだ。


 それが、金銭でどうにかなるものか。

 城の一つや二つと引き換えにできるほどの価値がある。


「ん? 代金はアル君に請求しとくから大丈夫だよ~」


 ボルガルはあっけらかんとそう答える。

 アル君。おそらくはアルトゥール公のことを指している。


「し、しかし」


 主君に負担をかけまいと、光玄は恐縮してしまう。

 ボルガルはそんな彼に、手をひらひら振りながら話す。


「ちょうど素材が余ってたから、材料費はほとんどかかってないさ。

精々が銀貨二十枚くらいだし。けちん坊のアル君だって、喜んで出してくれるよ」


 ボルガルは雇い主であるアルトゥール公をけちん坊と評する。

 公爵家では、些細な日用品が壊れても、すぐには買い換えない。必ず、ボルガルに修理を頼むのだ。すべては経費削減のため。


 ボルガルがいかに神懸った鍛冶師であっても、雇われである以上、給料分はきっちり働かせる。けちん坊呼ばわりされても仕方はない。

 実際は、公爵家の財政を担うメヒティルト夫人の方針なのだが。


 ボルガルは肩をすくめ、未だ恐縮している光玄に言う。


「主として、配下にその程度の武器も与えられないんじゃ、アル君の格が落ちちゃうんでね。変に遠慮なんかすると、アル君に恥をかかせることになるけど?」


 そう言われたら、光玄は弱い。


「ありがたく、頂戴いたす」


「はいはい」


 ボルガルに礼を示した光玄は、再び刀を見つめ、うっとりする。


「……これ程の至高の逸品が、某の手に――」


 感激のあまり、光玄は思わず涙ぐむ。

 その様子を見て、ボルガルはあきれたように笑った。


「うわはぁ……完全にキマッたヤバい人の顔だよ……」


 またもや天然毒を吐くボルガルだったが、自分の作品を褒められ悪い気はしないらしく、その職人の顔は照れくさそうな笑みを浮かべている。


「然らば、銘は『暮流我流(ぼるがる)』となりますな!」


 一瞬にして真顔になったボルガルが食い気味につっこんだ。


「やめてくれない?」


 いつになく厳しいその声に、光玄はどこか残念そうに肩を落とす。


「むむ、某の国では刀に打った者の名を入れることが往々にしてよくあり申したが……」


 ボルガルはうんざりした様子で答える。


「こちらでも同じだよ。工房の名前とか、鍛冶屋の名前やら。

客が使うものに、自分とこの名前入れてどうするのさ。人族というのはどうしてこう、自己顕示欲ばかり強いのかねぇ」


「さ、然様か。

うーむ、某には気の利いたよい銘は浮かばぬ故……『無銘』と致す」


 『無銘』という名に、ボルガルは何か感じ入ったように何度か頷くと、やがてにんまりと笑いながら言った。


「『名無し』かい。アル君とどっこいなセンスだけど――

まぁ、あんちゃんらしくてボクはいいと思うよ。」


 あんちゃんらしい、というのがどういうことか光玄には分からないが、この天然毒金剛族(ドワーフ)にしては、その響きに毒は混ざっていない。


 無事、新しい刀の名前が決まったところで、光玄はようやく満足したのか、『無銘』を鞘に納め、腰元に提げた。


「で、あんちゃんさ、今まで使ってたそのゴミはどうすんの?」


 ボルガルは、光玄が腰に提げているもう一本の刀――なまくらを指さした。


「如何すべきか、今のところ決めてはおりませぬ」


 しばらく、光玄のなまくらの刀を見つめていたボルガルは、名案を浮かべたとばかりに手を叩いて言った。


「聞けば、学園入学祝いに、身近な人からプレゼントを送るのが恒例らしいじゃない?

あんちゃんからは、ソレを嬢ちゃんに贈ってあげたらどうだい?」


 ボルガルのその提案に、イングリットも光玄も困惑する。

 荒事とは無縁の令嬢の入学祝いに、人斬りの道具を贈る人間がどこにいるのか。


 全く予想外の提案に、イングリットは驚きを隠せずにいるが、その視線は光玄の腰元のなまくらに注がれている。


 どうやらイングリット本人に嫌がる様子はないが、その従者、光玄は難色を示す。


「いや、しかしこれは粗悪なるなまくらなれば。とてもおなごであるいんぐりっと殿には……

贈り物というのであれば、もう少しこう、おなごらしきものを――」


 呆れ顔のボルガルが食い気味に話す。


「これだから、人族は気取りすぎてダメなんだよね。

女の子だから、女の子らしいプレゼントを、とか考えずに、あんちゃんならではのものをあげなよ」


 さすがは金剛族(ドワーフ)というべきか。

 人族とは価値観がまるで違う。

 相手が欲しがりそうな物、相手のための物より、相手と自分を繋ぐ品を贈るのがもっとも喜ばれるというのが彼らの価値観である。


(しかし、一理はある。某ならでは、か。

お守りとしてお渡しするのもよいかもしれぬ)


 しばらく考え込んだ光玄はイングリットと向き合い、なまくらの刀を手に取って差し出して見せた。


「いんぐりっと殿、某は何も持たず此方へ参った身。

これこそがただ一つ、某が持ち込んだもの故、厭わぬのであれば、いんぐりっと殿へ贈りたく存じまする」


(ミツハル様の、ただ一つの――)


 イングリットの胸が小さく跳ねる。どういうわけか、目の前の使い古された刀が宝物に見えてきたからだ。


 だが、ボルガルは思わずぺちんと自分の額を叩き、天井を仰いだ。

 人や魔物を斬ってきたものを、ご令嬢にそのまま渡そうとする阿呆を見てしまったからだ。


「お馬鹿さん、そんな手垢塗れのばっちいものを、そのまま渡していいわけないじゃん。

当然、嬢ちゃんが使うもんなんだから、ちゃんと新品同然にボクが打ち直すよ」


 ばっちいというボルガルの評価通り、なまくらの柄は使い込まれた痕跡があり、清潔とは言えず、鞘に至ってはあちこちひびが入っている。


「――よろしいので?」


 一々遠慮がちな光玄に、ボルガルは眉をひそめて手をひらひらさせながら言う。


「もちろん構わないよ。お代も結構さ。

ボクからの、嬢ちゃんへの入学お祝いでもあるわけだしねぇ」


「えっ、あ、ありがとうございます」


 突然、光玄とボルガルの二人から刀を贈られることになったイングリットは、二人に対して感謝の言葉を述べ、頭を下げた。


 にっこり笑って頷いたボルガルは、光玄が持つなまくらに手を伸ばす。


「さて、あんちゃんのを打ってコツは掴んだし、今回は――色々と実験してみたいねぇ」


 光玄からひったくるようになまくらの刀を受け取ったボルガルの瞳から、怪しい光を見出したイングリットは一人心の中でごちるのだった。


(おかしなことになりませんように)


 イングリットがわずかな不安を覚えていた時、鍛冶場の入口で女性の声が響いた。


「――失礼しますわ」


 アンゲリーカだ。


「おや、義姉上。こちらへはどのようなご用向きで?」


「あら、ミツハル。やっぱりここだったのね。イングリット様もご一緒で」


 アンゲリーカは早速、アルトゥール公との話の内容を二人に伝えた。

 光玄の初陣と、イングリットの仲裁役の話。

 それを聞いた光玄は、目を輝かせて即答する。


「当然、参りまする!」


 武士としての初陣。ずっと光玄が夢見てきたそれが、現実となる。


 対して、イングリットはやはり即答はしなかった。

 その顔に浮かぶのは、恐怖よりは困惑の色が強い。

 イングリットの常識でも、それは令嬢の務めではないからだ。


(あら? 意外ですわね。てっきり、戦場なんて怖がるものと。

これは、ひょっとするかもしれませんわ)


 アンゲリーカは目を細めてイングリットを見つめ、言った。


「本来であれば、この御役目は次期当主のものですわ。

ですが、ディートハルト様が『不在』の現状、次席はイングリット様。

アルトゥール様は、今の貴女様であれば立派に務めを果たせると、そうお思いなのです」


 アンゲリーカは、ボルガルをちらりと見る。

 ディートハルトは現状、公式的には長期の任務による『不在』ということになっている。


 ボルガルは口は堅い方だが、放逐の真相を知る者は少ないほどいい。


 当のボルガルは三人の話には全く興味がないようで、なまくらを見つめて何やらぶつぶつと独り言を言っている。


 一方で、兄の名を聞いたイングリットは、胸元に手を当てて考え込んだ。


(――本来は、お兄様のお役目)


「無理はなさらずに。わたくしが言うのもなんですが、戦の仲裁なんて女性の役目ではないですもの。貴女様が行かずとも、テオドール殿がいらっしゃいますから」


 アンゲリーカがそう逃げ道を提示する。

 だが、イングリットは首を横に振った。


「――お兄様の役目だったのなら、他の方に任せたくはありません。

わたしに何ができるかはわかりませんが――是非わたしにお任せください」


 アンゲリーカはその答えに驚きを禁じ得なかった。

 幼少期からのイングリットを見てきて、彼女が気弱ながらも責任感の強い少女だということは分かってはいる。

 だが今のイングリットの言葉は、単なる責任感からきているわけではない。


 『他人に役目を譲りたくない』


 そんな強い意志を感じ取ったのだ。

 幼い頃から見てきた泣き虫な女の子の、目覚ましい成長。

 アンゲリーカはどこか誇らしい気持ちになり、イングリットに微笑みかけた。


「――大丈夫ですわ。イングリット様はただ、次期当主として堂々となさってくださいませ」


 イングリットの揺れる瞳には、不安が見え隠れしている。それでも、彼女はアンゲリーカにしっかり頷いて見せた。


 話がまとまるのを待っていたとばかりに、ボルガルが肩をすくめて言う。


「やれやれ、毎年懲りずに戦なんてよくやるものだねぇ。

ほら、あんちゃん。これを使いなよ」


 ボルガルはそう言って、おもむろに一本の槍を光玄に投げてよこした。


「――これは?」


 純白の、雅な造りの十文字槍だ。相当手の込んだ装飾が施されており、どこか神々しさすら感じられる。

 しかし、見た目に反してズシリと重たく、かなり頑丈な造りになっている。


「昔、白教の連中が依頼してきたやつだけど、頑張って作ったら、怒りだして帰ってったんだよね。

倉庫の肥やしになってたし、使いつぶしてもいいからあんちゃんが使いなよ」


(かたじけな)し」


 遠慮などすると、この老人が気を悪くすることをようやく学習したのか、光玄は今度は素直に十文字槍を受け取った。


「白教の連中もよくわからない奴等なんだよねぇ――」


 そう白教のことを語るボルガルによれば、この十文字槍は白教の依頼で白教の象徴、十文字状のシンボルを持つ儀礼器として作られたものだそうだ。

 しかし、ボルガルは実用重視で、よりにもよって人を殺める部位――刃を十文字状に作ったのだ。


 当然、白教関係者は激怒して帰っていったわけだが、ボルガルに悪気はなく、ただいい物を造りたかっただけだったという。


 余談だが、この件もまた、グランスタイン家と白教の不仲の一因となっているのである。


 戦場であんなものを掲げて戦うなど、悪目立ちして仕方がないだろう。

 白教に目をつけられないか、不安を覚えたイングリットはおずおずと問いかける。


「あ、あの、先ほどの剣――カタナ? では駄目なのでしょうか?

素人目には、大変すばらしいものだと思いましたけれど」


「そりゃあ、カタナは『日常用品』だしね。戦場なんかで使ってたら、すぐ駄目になるじゃん?」


「??」


 イングリットは訳が分からなくなった。

 刀は人を斬るための道具だ。実際、彼女もその光景を目の当たりにしている。

 それを、『日常用品』だとはどういうことか。


「あのね、アレはとにかく『人体を斬る』ことを極限まで突き詰めた、極端な思想から産まれた代物なの。硬い鎧に対抗するにはとことん不向きなのさ。

つまり、鎧をつけない日常で人を斬るための代物ってこと」


 そんなぶっきらぼうながらも、懇切丁寧なボルガルの説明に、イングリットは身が竦む思いがした。


 『人体を斬ることを極限まで突き詰めた日常用品』

 多少ボルガルの誇張は入っている気はするが、あながち間違いではないだろう。


 イングリットは改めて光玄を見る。


 日常の一幕で突然斬り合いが起こりうるような国とは、一体どんなところなのか。

 箱入りのイングリットには想像もつかない。


 そして、ボルガルの解説に耳を傾け、光玄の刀を興味深く眺めていたアンゲリーカがふと思い出したかのようにボルガルに尋ねた。


「そういえば、ボルガルさん。わたくしの『トーデスエンゲル』は仕上がっているかしら?」


 途端に、ボルガルは渋い表情を浮かべる。


「あれね、嵩張ってずーっと迷惑だったんだよね。そろそろ引き取ってほしいって連絡いれるところだったから、丁度きてくれて助かるよ~」


 そう言って、ボルガルは鍛冶場の奥から、何か大きな物体を台に乗せてやってきた。


それは、辛うじて大剣の類と判る、あまりにも巨大な深紅の鉄塊だった。


刃の長さだけで、二メートル超。


 ボルガルの筋肉達磨の体をもってしても持ち上がらず、台に乗せて運ぶのがやっとだった『ソレ』を、アンゲリーカはその細腕で軽々と持ち上げては眉をひそめた。


「あら、少し軽くなっているのではありません?」


 その様に、光玄の背中を冷たいものが伝う。

 あれこそが、女傑アンゲリーカの本来の得物なのだと気づいたからだ。


 先日の夜の手合わせの際、彼女が振るった木剣ですら壁が迫ってくるような圧を感じていたというのに、あんなものを振るわれたらどう対処すべきか、まったくもって見当もつかない。


 ボルガルは鼻白んだ様子で、アンゲリーカに毒を吐く。


「馬鹿おっしゃい、もはや攻城兵器と言っても過言じゃないよ。

お望み通り、十キロも重量を増やして、今は百五十キロもするよ?

ここまで重く、デカくして何に使うの? 今度こそ城でも取り壊すの?」


「ふぅーん、どれどれ?」


 軽く手首のスナップだけで、巨大な深紅の大剣『トーデスエンゲル』を風車のように振り回すアンゲリーカ。


 途端に、ボルガルの鍛冶場にその凄まじい重量と、常識外れのアンゲリーカの筋力が合わさり、嵐が吹き荒れる。


「きゃあっ」


 イングリットの悲鳴と共に、強風に煽られた彼女の長い黒髪が踊り、長いドレスのスカートがひっくり返りそうになるも、光玄が咄嗟にイングリットを庇って事なきを得た。


「いんぐりっと殿、大事ありませぬか?」


「はっ、はい」


 イングリットが光玄の背中に身を寄せていると、ボルガルが頭を抱えた。


「う、うわぁああああ!!」


 ボルガルの悲鳴が響く。


 仕事のメモや、アイデアのメモなのだろうか。

 ボルガルが鍛冶場のあちこちに貼り付けていた付箋が、まるで春風に舞い散る花弁のように風に乗って舞い踊っている。


「やめなよ!! こんなところで振り回さないで!!」


 仕事場を荒らされたボルガルの悲鳴が響いたところで、アンゲリーカはようやく止まった。


「あら、ごめんなさい。でも、やっぱり軽くなった気がしますわ」


 散り散りになった付箋をかき集めながら、アンゲリーカを恨めしげに睨みつけたボルガルは毒を吐く。


「――扱いやすいように、重量バランスを見直してるんだよ。

まぁ、君みたいなオーガー並みの筋力は、ボクでは再現できなかったから、検証と調整にすごーく、手間取ったけどねぇ」


「なるほど、その天然毒――健在のようですわね……?

立派なレディを捕まえてオーガーですって?」


 炉が燃え盛る鍛冶場の中であるにも関わらず、光玄たちは一瞬で温度がぐんと下がったような感覚を覚えた。

 だが、天然毒はなお猛威を振るう。


「レディ扱いしてほしいなら、とっとと婿さんを見つけることだね。まだギリギリ間に合うよ?

無理そうなら、そこの『トーデスエンゲル君』とかおすすめだよ?

デカくて頼りがいありそうだもんね」


「うぐっ」


 この毒は、婚期を大いに逃したアンゲリーカにはあまりにも効きすぎた。


 この変わり者の女傑にも結婚願望はちゃんとある。

 だが、その苛烈さ、変人さに付いてこれる男性など皆無。


 華の十代と二十代はアルトゥール公と共に戦場を巡り、戦場から戻ってからは、不在の間リーロンド子爵家との小競り合いで弱体化したゲールハイト領を立て直し――


 気が付けば、もう三十五歳になっていた。


 しょんぼりするアンゲリーカの手から『トーデスエンゲル』が零れ落ち――


 ズゥン……!!


 と腹の底まで響く轟音を立て、鍛冶屋の床に深々と刺さった。


「いやあぁあぁあああ!! ボクの仕事場がぁ!!」


 仕事場を荒らされ、更には傷つけられたボルガルは激怒し、全員を鍛冶場から追い出すのだった。

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