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第20話 黒騎士、誕生①

 光玄は学園入学のために必要なもの、身分は無事手に入れることができた。

 だが、五大国共栄学園には身分だけでは入学できない。


 次に必要となるものは『入学権利』だ。

 

 基本として、一人の正規生徒に対して、一人の従者まで入学が認められる。


 難解な入学試験が課される正規生徒とは違い、従者枠の生徒の場合はそれほど厳しい基準は設けられていない。


 盗賊や魔物の討伐による、民と国家への貢献。

 他には、公的記録の残る戦場に出て参戦者に名を連ねること。


 求められるのは、従者として相応しいかどうか、最低限の名誉を示すことだけ。

 はっきり言えば、従者枠は正規生徒のおまけのようなものだ。


 その辺の適当な盗賊や魔物を討伐するだけで、入学権利は簡単に手に入る。

 入学金を用意する方がよほど大変だろう。


 しかし現状、アルトゥール公は護衛隊長テオドールと一緒に、頭を悩ませていた。


「――で? どこにも賊どもや魔物がおらぬと?」


「……は。不気味なほどに、影も形もございません」


 手っ取り早く光玄に実績を積ませるべく、テオドールに賊や魔物の目撃情報を集めてくるよう命じたところ――

 見事なほどに、領内は平和そのものだったのだ。


「賊ならいざ知らず、魔物もおらぬと? 畑を荒らす小物ぐらいはおるだろう?」


「……領の村々から、公宛てに感謝の言葉が届いているくらいには、平穏そのものでございます」


 いつもなら喜ぶべき報告だ。

 むしろ、そのためにアルトゥール公は常々治安維持に力を入れてきた訳で。


 グランスタイン領は農業が弱く、税収こそあまり望めないが、南方の農業大国フランカイス王国とグラントリア王国の王都を繋ぐ、大事な交易路がある。


 交易商から得られる通行税や、彼らが領内にて取引する数々の商品による恩恵は計り知れず。

 故に、交易商たちを狙う盗賊討伐は徹底的に行ってきた。


 特に、七年前のロスタレア山での嫡男ディートハルトの活躍は、まさしく英雄的と呼ぶべきものであった。


 グランスタイン領と王都グラントローネの間にあるロスタレア山を拠点に、交易路を塞ぎ、散々略奪行為を働いていた悪質な盗賊団を、わずか五十の手勢と共に壊滅に追い込んだ、衝撃的かつ鮮やかな初陣。


 この事件を境に、グランスタイン領内では賊どもの活動がめっきり減っている。


 盗賊だけではない。

 魔物に関しても、発見次第その巣ごと徹底的に潰し続けてきた。

 冒険者たちが商売あがったりだと言い、グランスタイン領に寄り付かなくなるくらいに。


 しかし、今までのその努力がここにきて裏目に出ようとは、さすがのアルトゥール公でも想像もつかなかったのである。


「くっ、クリッキング・ソーの死骸をしっかり確保すべきであったな」


 アルトゥール公は先日の襲撃時、クリッキング・ソーの死骸をすぐさま確保しなかったことを悔いていた。


 この大陸の長い歴史を紐解いても、単独であの魔物を討伐した者は、かの伝説の大英雄『白騎士』たった一人しかいないのだ。

 極めて強力な魔物であるのもそうだが、単純に希少種であるため、遭遇例そのものが少ない。


 それだけの希少魔物を討伐した優れた従者がついているなら、学園内では誰もイングリットを蔑ろにはできないはず。

 そういう計算のもと、後になって回収のため兵を送ったところ、既にあの魔物の死骸は何者かに回収されていたのだ。


 テオドールが渋い顔で言う。


「やはり、凡俗の者どもが回収していったのでしょう」


 死骸を詳しく調べられたら何か不都合でもあったのだろうか。

 何にせよ、もう無くなったものは考えても仕方がない。


 アルトゥール公の眉間に、更に深くしわが刻まれる。


「むう、まだ従者枠の締め切りまで、三週間ほど時が残っているはずだが」


 三週間。長いと言えば長く、短いと言えば短い。

 それまでに賊や魔物が出なければ、光玄の今年の入学は見送られることになる。


 護衛兵としてイングリットに同行することも出来なくはないだろうが、護衛兵では講義室など、一部施設への出入りに制限がかけられる。

 それでは意味がない。


「――このままではまずいな」


「はい」


 アルトゥール公とテオドールの主従は揃って渋い顔で唸り――


 不意に、テオドールが何か閃いたように、自分の手を叩いた。


「そうでした、アンゲリーカ様を頼られては? そろそろ、ゲールハイト領の『魔の森』の魔物どもが冬眠から目を覚ます頃だったはず」


 テオドールのその言葉に、アルトゥール公は我が意を得たりと、自分の膝を叩く。


「そういえば、ちょうどそんな時期であったか!

でかしたぞ、テオドールよ。アンゲリーカめはまだ滞在中だったな?」


「はっ。明日、ゲールハイト領へ戻られると仰っておりました」


「早速、呼んで――」


 ドンッ! ドンッ!


 修理したばかりの執務室のドアを何者かが強い力で叩く。リズムからしてノックのつもりのようだが、ギシリと蝶番が悲鳴をあげている。


「……噂をすれば。入れ!」


 許可を得てドアを勢いよく開けて入ってきたのは、アルトゥール公の想像通りの人物、アンゲリーカだった。


 開け放たれたドアのどこかで、パキッと不吉な音が響き、テオドールは冷や汗をかく。

 彼はやや焦りを孕んだ表情で、アルトゥール公の耳元で囁いた。


「――今度は、ちゃんと命じられますよう」


 実は、先日のアンゲリーカの襲来時、真っ先に被害を被ったのは、このテオドールであった。

 突然屋敷に突入してきた不審者(アンゲリーカ)を阻もうとして、一撃で意識を刈り取られたのだ。

 いかにテオドールが尋常ではない頑強さを誇っていようと、初手で気絶させられては意味をなさない。


 原因提供者のアルトゥール公は、ばつの悪い顔で答えた。


「……わかっておるわ」


 問題児アンゲリーカは、アルトゥール公の前に進み出て優雅にカーテシーをして見せる。相変わらず見てくれだけは、完璧な深窓の令嬢だ。


「アルトゥール様、明朝ゲールハイト領へ戻ることになりまして。

ご挨拶に参りましたわ」


「うむ、そうか。ではその前に、もう一つお主に命じよう」


 途端にアンゲリーカの声は弾み、その顔は花開いたかのように笑顔になる。


「はいっ、何なりと!」


「そろそろ、魔の森の魔物どもが目を覚ます頃合いであろう。ミツハルを連れていき、討伐させよ」


「なるほど。義弟の学園入学資格のためですわね? それもよろしいかと存じますが――

ちょうど、手頃な『催し』がございますわ」


「『催し』とな? ――ああ、リーロンド家との恒例の小競り合いか」


 ある因縁から二十年以上続く、ゲールハイト家とリーロンド家の恒例の小競り合い。

 毎年この時期になると、決まってリーロンド家よりゲールハイト家に向けて宣戦布告が出され、一方的に会戦の場所と日時を通達される。


 無視しようにも、領境に居座り略奪行為を働くため、放置もできずやむなく応じるしかないのが実情だ。


 アンゲリーカは、その『催し』に光玄を参戦させたいと提案したのである。


「我がゲールハイトの男児たる者、戦場の空気に触れなくては。

戦場を知らぬ者を、我が家の家臣たちは主として認めはしないでしょうから」


「確かにな。避けて通れぬ通過儀礼というわけだ。

ところで、今回も王家より記録官は来るのだな?」


 通常、国内の貴族同士の争いである場合、王家より調停役を兼ねた記録官が派遣されることになっている。

 双方の主義主張、戦の流れ、結果と被害状況などを事細かく記録し、公的資料とするのだ。


「ええ。今回もリーロンド家が指定した戦場に直接来られるようですわ」


 なら、光玄の参戦の記録は公式的に残る。学園側へ提出する実績としては十分だ。


「ふむ、どうだ。三週間以内に終わりそうか?」


 アルトゥール公に尋ねられたアンゲリーカは目を閉じ、日程を計算する。


「例年通りなら、会戦自体は当日終わると思いますわ。

――実際の戦場までの移動と出陣の用意もございますから、二週間ほどを見積もればよろしいのでは?」


 アルトゥール公は自分の髭を撫でながら考え込む。

 ロタールがこの場にいたなら、一日単位で細かく日程を計算していただろうが、あいにく彼は『特命』のため王都へ向かったままで、まだ帰還してはいない。

 今頃、後宮でひと騒ぎ起こしているところだろうか。


 ともあれ、アルトゥール公の計算でも日程に無理はない。


「ふむ、それなら不測の事態が発生しても、ある程度対応は出来よう」


「その通りでございますわ。最悪、戦の趨勢が予定通りいかなくても、魔の森にて魔物を討伐すればよろしいかと」


「――よし。では、アンゲリーカよ。

ミツハルを頼んだぞ。くれぐれも、無茶はさせるな。

戦に参戦したという記録さえ残れば十分だ」


「ご心配いりませんわ。どうせ腰抜けのルノー・リーロンドは、わたくしが出ていけば、いつも通りすぐ逃げていくはずですわ」


 『ルノー・リーロンド』という名に、アルトゥール公は鼻を鳴らす。


「フン、そうであったな。こと逃げに関しては大陸一。いずれは討ち取りたいものだが」


 アンゲリーカは珍しくうんざりした表情を浮かべ、頷く。


「そうですわね。難しいと思いますけれど」


 この女傑アンゲリーカをしても、捕らえることの叶わぬ天才的な逃げっぷり。

 ルノー・リーロンド子爵は優れた将ではないが、その点だけを見ればまさしく大陸一なのである。


 アルトゥール公はため息と共に軽く首を横に振ると、アンゲリーカに訊ねた。


「去年は結構な被害が出たのだろう? 今年の備えはどうだ」


 アンゲリーカは目を伏せる。


「今年はより『魔の森』への備えを強めておりますわ。

例年より、冒険者たちを多く集めて、彼らへの報奨金に予算を割り当てております」


 『被害』とは、リーロンド家との小競り合いによるものではない。

 この時期、冬眠から目覚める『魔の森』の魔物たちによって、毎年ゲールハイト領は被害を被っている。


 アンゲリーカや配下の兵たちが防衛に立てるならば、さしたる脅威にもならないが、リーロンド家との抗争に兵を割くほかなく、どうしても被害は免れない。


 ――これこそがリーロンド家の狙い。この嫌がらせは着実にゲールハイト家から力を削いでいるのだ。


 グランスタイン家からも支援は出してはいるが、十分とは言えない。

 歯がゆさに顔をしかめるアルトゥール公を気にかけ、アンゲリーカは努めて明るく振る舞う。


「うふふ、今回はミツハルがいるのです。もしかしたら、あの子がルノーの首を取ってくるかも知れませんわよ?」


「無茶をさせるな、と言ったばかりだぞ。

重ねて言うが、悪目立ちなどせず、参戦者として名を連ねるだけで十分なのだ」


 そうアンゲリーカに念を押したアルトゥール公は、一つため息をついて話題を変えた。


「――それと、グランスタイン公爵家からは、儂の名代として仲裁役にイングリットを送る」


 狂信者アンゲリーカは、ここにきて初めてアルトゥール公の言葉に否を唱えるよう、片眉をひそめた。


 近隣の小領主同士の争いに、大領主たるアルトゥール公自らが仲裁に入るのは体裁が悪い。

 そのため、これまでその役目は嫡男ディートハルトが担っていた。

 が、現状彼は『放逐』されており、表には出せない。

 必然的に、新次期当主イングリットにお鉢が回ってくる。


 アンゲリーカはディートハルトの件を概ね聞かされており、そうせざるを得ないことを理解はしている。

 しかし、彼女の表情からすると、明らかに反対の意志が見える。


 アルトゥール公が眉をひそめ、問う。


「――イングリットには荷が勝ちすぎると言いたいのであろう?」


「正直に申しますと――はい。

そもそも、ご令嬢が務めるべき役目ではございませんわ。テオドール殿でよろしいのでは?」


 アンゲリーカはテオドールを見る。

 過去、ディートハルトの都合がつかなかった年の会戦では、彼が名代を勤めていたのである。


 アルトゥール公はアンゲリーカの答えに不満げではあるものの、否定はしない。


 アンゲリーカは忠義に狂った女だが、だからこそアルトゥール公に対して変な誤魔化しや媚びへつらう言葉は口にしない。

 例え彼の不興を買おうとも、諫言(かんげん)(はばか)らないのだ。


 そしてその忠義をよく理解しているアルトゥール公もまた、彼女の言葉を頭ごなしに否定はしない。


「――昔ならいざ知らず、今のイングリットならば、見事役目を果たせると思っておる」


「……確かに、昔よりはいいお顔をされるようにはなったとは思いますわ。

ですが、戦場の空気に当てられ、怯えられては困ります。

堂々たる、グランスタイン公爵家の次期当主として振る舞って頂かなくては」


 アンゲリーカの真剣な眼差しが真っすぐアルトゥール公を射抜く。親の贔屓目ではないかと、問いかける眼だ。

 彼女は狂信的ではあるが、盲目的ではない。主が間違ったことを言うならば、全力で(いさ)める。

 それがこの女傑アンゲリーカなのだ。


「今のイングリットならできる」


 アルトゥール公はアンゲリーカの目を真っすぐ見つめ返す。

 親としてではなく、一人の人間としてイングリットが見事仲裁役を果たせると信じているのだ。


 アルトゥール公の固い意志を認めたのか、アンゲリーカはゆっくりと頷く。


「――畏まりました。まず、イングリット様ご本人の意思を確認いたしますわ。

それで気後れするようでありましたら、最終的にはテオドール殿にお願いしましょう」


「それでよかろう」


 アルトゥール公のその答えに、アンゲリーカは一瞬にして真面目な空気を引っ込めて、満面の笑みを浮かべる。


「ではっ、早速イングリット様とミツハルに会いにいきますわっ! テオドール殿、お二人はどこにいらして?」


「ミツハル殿は、今朝方ボルガル殿に呼ばれまして、鍛冶場へ向かいました。お嬢様もおそらくご一緒かと」


「あらっ、ちょうど良かったわ! わたくしもボルガル殿に用事があったのです!

アルトゥール様っ、ではこれにてお暇させていただきますわっ!」


 弾む声でそう言ったアンゲリーカは、入ってきた時と同様に美しいカーテシーを決めて見せると、スキップ気味に退室し執務室のドアを閉めていった。


 バァン!

 大して力の籠っていない動作だったが、ドアはひと際大きい音を立て――


 ボロッと、ドアノブが落ちてカーペットの上を転がり、ドアは嫌な音を立てて傾いた。

 未だ転がるドアノブを目で追いながら、アルトゥール公はぼやく。


「――全く、修理したばかりだと言うのに。あの馬鹿力め」


 ドアの様子を確かめに行ったテオドールが、焦った様子で口を開いた。


「――開きません」


「……何?」


「傾いたドアがつっかえて、開かなくなりました」


 アルトゥール公は、怒り心頭で執務机を叩いた。


「おのれっ……アンゲリーカめ!

――テオドール!」


「はっ」


 テオドールが肩を回し、ほぐしながら壊れたドアへ向き直る。

 執務室のドアの、二度目の完全破壊が決まった瞬間であった。

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