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第19話 女傑たち④

 近衛騎士団長ロドルフォ・ヴォルタは、ルクレツィア妃の前に膝をついていた。


 彼はあのゲールハイト家と双璧を成す、グラントリアの二大武門のうちの一つ、ヴォルタ家の当主である。


 さすがにあの『化け物』、アンゲリーカと比べれば格下と言わざるを得ないが、彼女は例外中の例外。

 大陸中にわずか数人存在する『剣聖』を除けば、彼だって誰にも引けを取らないほどの武力の持ち主だ。


 彼は今回の爆発事件の調査報告のため、特例として女の園カステルビアンコに、入宮を許されていた。

 早速、彼はルクレツィア妃に頭を下げ、今回の爆発騒ぎに対する謝罪の言葉を口にする。


「御身のおわす、後宮の近くでの騒ぎ、大変申し訳なく――」


 コツン


 ルクレツィア妃は、ロドルフォの言葉をヒールの踵で床を鳴らし遮った。


「結構。報告のみを簡潔になさい」


「ハッ。まず、此度爆散した不詳馬車は、王城へ正規の手段で入ったものではなく、王城内の何者かの手引きによって入城したものかと思われます――」


 ロドルフォは一度言葉を切ると、鋭い目で王妃ルクレツィアを見つめた。


 この女が外部との秘密の謁見の場、『裏口』なるものを設けていることは知っている。

 ただ、その実態と証拠は掴めていないため、この場でそれを口にすることはできない。故に、ただ視線だけで「貴女ですよね?」と問うのみだ。


 ルクレツィア妃は涼しげな顔でそれを受け流すと、再度踵を鳴らして続きを促した。


「――馬車の爆破に用いられたのは、威力の強大さからしてただの『魔術・エクスプロージョン』ではありませんでした。

その原典(オリジン)である『魔法・カラミティバースト』に限りなく近づけた特別製の魔術式のようで――」


 コツン


 魔術の詳細になど興味はないとばかりに、ルクレツィア妃は要点を話せとヒールを鳴らして促す。


「――手段を選ばぬ、明らかな敵意の現れと共に、確実な証拠隠滅を図ったものと思われます。現に、馬車は原型を留めておらず、その出どころは不明。

中に乗っていた人物も、御者らしき者も、二名共に個人を特定できぬほど損傷が酷く……」


「――それがどなたか、判らないのですね?」


「ハッ。残念ながら。しかし、損傷は酷くとも呪術師を使うことをお許しいただければ、わずかな断片ながらも情報は収集できるかと」


 コツ、コツ


 顎に手を当てたルクレツィア妃は、ヒールを鳴らしながら暫し思索に浸り――


「――いいえ、それには及びませんよ」


「――は?」


 ルクレツィア妃の言葉にロドルフォは自分の耳を疑った。

 この女の普段の気質ならば、徹底的な調査を命じているところなのだ。

 ロドルフォは、この態度で今回の爆発騒ぎには彼女が深く関与していると確信を持った。


(くっ、魔女め……一体何を考えている?)


「下手人は不明なれど、王城への被害は皆無。外部から侵入した身元不明の遺体が二体のみで、それ以外の人命被害はなし。

――それで、よろしいのではありませんこと? ただの事故として処理されては?」


「し、しかし」


「お前たちのために言っているのですよ? 王城に賊の侵入を許した挙句、爆発事件なんて。近衛騎士団の責任になりましょう?」


「――!」


 明らかに、ルクレツィア妃は、自分の不手際による『事件』を見て見ぬふりしろと言っている。さもなければ、その責任を近衛騎士団に押し付けるとも。


 即答できず、唇を噛むロドルフォを見下ろしながら、ルクレツィア妃は足を組みなおし、告げた。


「さぁ、殿方があまり後宮に長居されては、要らぬ誤解を招きましょう。そろそろお引き取りを」


 ギリリ


 ロドルフォは思わず歯ぎしりをした。

 だが、王家の御意向ならば、どのような理不尽な命にも従うのが近衛騎士というものだ。


「ハッ、此度の一件は事故として処理いたします。それでは、これにて失礼いたします」


 立ち上がり、淀みなく敬礼をしたロドルフォは踵を返し、一秒たりともここには居たくないと言わんばかりに足早で後宮を後にした。


 彼が退室すると、入れ替わるようにして、わずかな火傷だけでほぼ無傷のユリアが戻ってきて、ルクレツィア妃の前に首を垂れた。


「妃陛下、ご依頼は無念ながら失敗してしまいました。

契約に従い、いかなる処罰でもお受けいたします。何卒、母のことは――」


「何のことかしら?」


「えっ」


ルクレツィア妃は、依然気だるげに頬杖をついたまま、足を組み替えながら話す。


「わたくしは、ただ食材の処理を()()()しただけでしてよ?

大変でしたね? お仕事どころではないですもの。お怪我はなくて?」


「はっ、はい。問題はございません」


 ユリアはあっけにとられる。

 つまりは、失敗を不問にするというのだ。


 ユリアは『凡俗の者ども』から、王妃ルクレツィアの監視を兼ねて、専属の暗殺者兼諜報員として傍に置かれている。

 それに気づかぬルクレツィア妃ではない。


 普通ならば、この失敗を理由に処断、排除すべきだろう。


 だが、後宮に属する女性である以上、誰一人例外なく、ルクレツィア妃の庇護の対象である。


 冷たく、非情そうに見えるルクレツィア妃だが、その実、彼女は非常に寛大だ。


 幼い侍女のミスも、『料理人』ユリアの失敗も、ルクレツィア妃にかかれば等しく、身内の可愛い粗相でしかないのだ。


 ユリアは組織との契約に縛られる身だが、ルクレツィア妃個人に対して、実の母親へのものと同等の親愛と敬意を抱いている。


 後宮の絶対なる母。それがこのルクレツィア・ダル・モンテ・グラントリーナという女性である。


「そんなことより、お前の見たことを話してくださる?」


 ユリアの大失態を『そんなこと』と片づけたルクレツィア妃は、直に現場を見たユリアの意見を聞いた。


 ユリアは静かに頷くと、自分が見て感じたことを、そのままルクレツィア妃に報告した。


「わたしが仕掛けたときには、すでに御者は死んでいました。

恐らくは、馬車の中にいた人物も死体だったのでしょう」


「ふぅん。でも、女官が対応した時には、御者はちゃんと受け答えできていたそうですよ」


「はい。つまり、最初に御者と名乗っていた人物は、面会を申し込んで『裏口』へ入り、事前に馬車に積み込んでいた死体を御者席に乗せたのでしょう。

そのあとは、誰にも気づかれることなく、後宮の敷地を脱していると思われます」


「――なる、ほど。なるほど、うふふ。

――老いましたね、アルトゥール。実に、つまらない『茶番』ですこと」


 ユリアの意見を聞いたルクレツィア妃は今回の爆発事件の全貌を把握し、機嫌よく嗤った。


 アルトゥール公は、後宮の『裏口』に出入りすることが赦されているディートハルトの馬車を利用して、ルクレツィア妃の目と鼻の先で『小火騒ぎ』を起こし、今回の暗殺未遂事件に対する意趣返しをしたのだ。


 だが、ルクレツィア妃は違和感を覚えた。

 彼女の知る『冷血漢アルトゥール』ならば、馬車の中身の入れ替えなどせずに、ディートハルト本人を爆殺しているはず。


 わざわざ死体を二体も用意して、身代わりにするような無駄の多い行動はまず取らない。


 ディートハルトを、ルクレツィア妃の目の届かない安全圏へ逃がすための目くらましのつもりか。

 ルクレツィア妃の知る、『冷血漢アルトゥール』の人物像からは、随分とかけ離れていると言わざるを得ない。


「――まぁいいでしょう。アルトゥール、お前の『茶番』に付き合ってあげましょう」


 そう機嫌よく嗤うルクレツィア妃のもとに、一人の女官が一通の手紙を持ってきた。


「――お話中、申し訳ございません。

つい先ほど、グランスタイン家より、伝書鳩にてこちらが届きました。『当主名義』でございます」


 ルクレツィア妃は訝しんだ。

 先ほどの『小火騒ぎ』で意趣返しはしたはずなのに、これ以上また何か言いたいことがあるのかと。


 女官から手紙を受け取り、封を切る。

 やがて、その手紙に目を通したルクレツィア妃の顔が、楽し気な笑みから一転して、怒りに歪んだ。


 彼女は執務椅子から立ち上がると、室内を苛立ちの感じられる足取りでしばらく歩き回り、最後にはヒールの踵で強く床を打ち鳴らした。


「――そう。アウレールが、パーティ会場でそんなことを」


 それは『正式な抗議文』だった。


 先日の暗殺劇のような表沙汰にはできない話題ではなく、グランスタイン家としての『公式かつ正当な書面』だ。

 その内容は、アウレール王子の『やらかし』に関するものだった。


 抗議文には、婚約披露パーティの日、アウレール王子によってイングリットが『濡れ烏の君』なる蔑称をつけられ、著しく名誉を傷つけられたとして、謝罪と賠償を求める内容が記されている。


 ルクレツィア妃は痛みを堪えるよう、その美しい顔をしかめ、ため息をつく。


「はぁ……つくづく不憫な子。

せめて王太子妃にして、わたくしの手元で守ってあげようとした矢先にこれですか」


 今頃、イングリットの『濡れ烏の君』という最悪な蔑称は社交界に広がり始めていることだろう。


 ルクレツィア妃はイングリットとアウレール王子の婚約は遠からず破談となるのだと直感した。

 少なくとも、アルトゥール公が生きている限り、必ず婚約破棄へ動くはず。


「アウレール。女の子には優しくなさいと常々言っているはずでしてよ」


 この場にいないアウレール王子に対して、ルクレツィア妃は隠しきれぬ怒気を孕んだ声で言い放った。

 そして手紙を持ってきた女官に向き直ると、しかめっ面でもなお美しい顔で、淡々と命を下す。


「王妃ルクレツィアの名の下、命じます。

王子アウレールの全ての公務を直ちに停止。王子所有の資金を凍結、全てグランスタイン家への賠償金に充てなさい。そして、王子には私室にて謹慎を言い渡します」


 ルクレツィア妃の命令を、女官は忠実に書き記し始める。


「――謹慎期限は『学園』入学一週間前まで。反省文の提出も求めるように。更にその反省文をグランスタイン家への謝罪文に添付すること。

十分な反省が認められなければ、入学の取り消しもありうると伝えなさい」


 私怨は私怨として、公的な王家と公爵家としてのけじめはつける。

 流れるように女官に命令を出したルクレツィア妃は、自ら出来上がった命令書を確かめると、封をして女官に渡した。


「畏まりました。宮内庁を通し、正式な命令としてお届けいたします」


 命令書を手に、足早に退室していった女官を見送ったルクレツィア妃は、次の瞬間には怒りも、苛立ちも微塵ほども感じられない柔らかい声でユリアに話しかけた。


「ねぇ、ユリア。お前にしばらくの間、休暇を出します。お母様のところへちゃんとお顔を出してあげなさいな」


「は、はい。ありがとうございます、妃陛下」


「それと――」


 ルクレツィア妃が目配せをすると、控えていた別の女官が数通の手紙を持ってきた。


「休暇ついでに、こちらを今回の依頼失敗で亡くなった『市場組』の遺族へお渡しくださいな」


 それを受け取ったユリアは、開封しなくてもその中身に察しがついた。


 恐らくは、ルクレツィア妃の息のかかった商会への紹介状の類だろう。

 突然組織からの支援が途絶えて、何も知らぬまま途方に暮れている遺族たちへの支援を行うつもりなのだろう。


 仮に道具だったとしても、その献身には必ず報いる。

 そんな情け深さが確かにルクレツィア妃にある。


 常に『理』で物事を考えているようで、ルクレツィア妃の行動原理は実のところ、『感情』にある。

 だというのに、常に結果はルクレツィア妃にとって最良の結果となって戻ってくる。


 故に、なおさらその思考は複雑奇怪で読みづらく、捉えどころがない。

 全ての行動が計算づくの様で、かつ即興的に見える。


 計り知れない。そんな畏怖の念を、ユリアは抱く。


 ルクレツィア妃は改めてユリアを見つめて、念を押した。


「いいですか、その手紙の内容は決して他の凡俗の者ども――特に『職人組』には悟られてはいけませんよ」


「はい、妃陛下。必ずや」


 それは組織への背信行為だ。

 ユリアには、ルクレツィア妃から得られた情報を組織に報告する義務がある。


 だが、凡俗の者どもは、家族によって組織に縛られていると同時に、家族のためなら命をも惜しまない。


 病床の母と、後宮の母。この二人の母(家族)こそがユリアの生きる意味。

 優先すべきは、組織の命令より、『家族』のお願いだ。

 ユリアは恭しく拝命し、深く頭を下げると、退室していった。


 その後ろ姿を見遣り、ルクレツィア妃はソファに背中を預け、頬杖をついた。


 思惑が完全に外れ、大事な手駒を失った。すべてを台無しにしてくれたイレギュラーとはいったい誰なのか。


 けれど、ルクレツィア妃はどこか楽しげだった。


 彼女は、ティーテーブルのフルーツバスケットからブドウを一粒手に取り、じっと眺める。

 黒紫の光を湛える、宝石のようなその輝きを見て、彼女は目を細め嗤った。


「――ふふ、お邪魔虫さん。貴方は何者かしら」

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