第14話 目覚め①
気が付けば、『女』は粗末なベッドに横たわっていた。
その『女』の名は、『福田浩子』。
――そのはず、だった。
しかし――
「リリアーレちゃん! ほら、リリアーレちゃん! はやくおきて!」
聞きなれない女の子の声。
ぼやける視界の中、そばかすだらけの純朴な顔立ちの幼い少女がどこか焦った様子で浩子を起こそうと揺すっている。
徐々に意識が覚醒し、最期の記憶――恐ろしい形相の女に歩道橋から突き飛ばされたあの瞬間が一気にフラッシュバックした。
「うっ、うぐぅ」
浩子は強い吐き気と恐怖に苛まれる。
そばかすの少女は依然焦りながらも、浩子を優しく起こし、その背中をさすった。
「どうしたの? わるい夢でもみた?」
「――アンタは? 誰?」
ペチン!
背中を優しくさすっていたその手で、そばかすの少女は浩子の背中を強かに打った。
「いつまで寝ぼけてるの!? おこられないうちに、はやくおしごとに行くよ!」
(いったぁ、何よ! というか誰!? どういうこと!?)
混乱の最中、そばかすの少女にやや強引に引き起こされ、浩子はベッドから出た。
(……あれ)
どういう訳か、目線が随分と低い。目の前のそばかすの少女よりもだいぶ低い。
そして周りを見回す。
薄暗く、カビと埃の匂いがする部屋。
子供用と思われる小さめのベッドが六つ並んでいる。
――よく見ると、ベッドと呼べるような代物ではない。木製の枠組みに藁を敷き詰めただけのものだ。
浩子はついさっきまで自分が横になっていたソレを見つめ――
一気に全身が痒くなるのを感じた。
「ほら、ぼーっとしない! いくよ!」
訳も分からないまま、浩子は手を引かれ部屋を出る。
部屋を出てすぐ、二人は背の高い男と出くわした。
「あっ、せんせ――」
そばかすの少女がその男を見上げ、口を開いた瞬間。
バチィン! と、男は加減などせずに、そばかすの少女にビンタを飛ばした。
「遅いぞ! ニーナ! 足手まといの世話など焼くなと何度言ったら分かる!」
「あぅ、ご、ごめんなさい」
そばかすの少女――ニーナは、頬を腫らして謝罪の言葉を口にする。
(な、何? 何が起こってんの?)
混乱の極み。浩子には何が起こっているのか、皆目見当もつかない。
神経質な顔立ちの背の高い男の目が浩子に向く。
目が合った瞬間――
浩子の視界が一瞬黒く染まり、息が詰まる。
遅れて鳩尾に重たい痛みが続き、浩子の身体はその場に崩れ落ちた。
「あがっ」
あろうことか、この男は浩子のお腹を力いっぱい蹴りあげたのだ。
(息、できないっ)
「チッ、汚らしい娼婦のガキが! 毎度毎度、手こずらせやがって! 立て!」
男はまだ息が詰まって藻掻く浩子の髪を乱暴に掴み、無理やり立たせる。
ぶちぶちと、髪が千切れ、抜ける音が響く。
手に着いたそのピンク色の髪を、男は汚物にでも触れたかのように乱暴に払い落した。
(――は?)
まだ呼吸が定まらぬまま、浩子は視界の端に垂れている自分の髪を改めて見た。
ピンク色の枝毛だらけのボサボサな髪。冗談みたいな色なのに、不思議なことに不自然だとは感じられない。
「チッ、きたねぇな。おい、いつまで突っ立ってる! さっさと仕事に行け!」
(一体なんだっていうのよ!)
男の圧倒的な暴力に晒された浩子は、息を整えるのに精いっぱいだ。
「す、すぐいきますね、せんせい。
さ、はやく行こっ、リリアーレちゃん」
ニーナはまだ立つのがやっとな浩子に肩を貸すと、これ以上の体罰を受けないうちに急いで外へ出た。
外に出ると冷たい風が鼻頭を掠めていく。
周りの風景はいずれもレンガ作りの建物ばかりでいまいち季節感は掴めないが、空は高く、空気は乾燥していることから、感覚としては秋くらいか。
「だいじょうぶ?」
ニーナは赤く腫らした顔に心配そうな表情を浮かべ、浩子のお腹をさすった。
じくじくと重たい痛みは残るが、どうにか立っていられる。
「……アンタこそ」
「わたしは平気。なれてるもん。
リリアーレちゃんはちっちゃくて、からだ弱いから心配ね」
「その、リリアーレってなんなのよ」
浩子の質問に、ニーナは首を傾げる。
「もしかして、けられたとき頭うった? だいじょうぶ?」
話にならない。まるで浩子の頭がおかしくなったかのような物言いだ。
「――そんなことより、いそがなきゃ」
「急ぐって、どこに?」
「おしごと。レンガはこび。ほら、こっち! いそいで!」
またしても訳の分からぬまま浩子は手を引かれ、狭い路地裏を走らされる。
やはり随分と目線が低い。手足が覚えている感覚と全然違う挙動をする。
何度も何もないところで躓きそうになる。
僅か数分走らされただけで息が上がり、眩暈がして倒れ込みそうになる。
おかしい。身体は散々鍛えてきたつもりだ。これくらいで疲れるような鍛え方はしていないはず。
改めて浩子は自分の手を見つめた。手垢塗れの、もみじのような幼い子供の手。
(なに、これ)
酸欠で思考が上手く働かない。まるで水の中にいるようで、何もかもが現実感がない。
もう浩子の体力は尽きかけ、ただニーナに引きずられるようにして進むだけだった。
やがて、ニーナに手を引かれ辿り着いたちょっとした広場には、うず高くレンガが積まれており、大勢の子供たちが集まり列を作っている。
「ほら、いこ。ごぜんはレンガはこびで、ごごはドブさらいだから」
見ると、先ほどの男――先生とは別の、大柄な男が椅子にふんぞり返ってあれこれ子供たちに指示を飛ばしている。
「おーし、お前ら! 一回目のノルマは一人百個だ! 頑張れよ!」
子供たちは列に並び、レンガの山の上に立つ大人が渡すレンガを受け取り、次々とそれをどこかへ運んでいく。
ニーナが五つほどのレンガを受け取り、よろめきながら他の子供たちの後に続いて走り去り、浩子の順番になった。
まだ状況が飲み込めていない浩子を見つめ、レンガ係りの男が眉をひそめる。
「おいおい、ガリガリじゃねぇか。またあそこの孤児院の子か?」
椅子に座る大柄な男はため息交じりで話す。
「『栄光の殿堂』って名前負けしすぎだろ。あそこはガキを雑に扱いすぎなんだよ」
そう言った大柄な男は椅子から立ち上がると、大股歩きで浩子に近づいてきた。
つい先ほど、理不尽な暴力に晒された浩子の身体が竦む。
屈強で大きい手が浩子の頭へ無遠慮に伸びて――
「全く、仮にも女の子なのになんてざまだ」
ゴツゴツとした手が乱暴ではあるが、浩子の髪に触れ、乱れた髪を整えてくれる。
「――お前は十個でいい。無理はすんな」
レンガ係りの男が依然眉をひそめ、大柄な男に尋ねる。
「いいんすか? あそこの孤児院の先生連中、うるさいっすよ」
「いいんだよ。一人や二人ぐれぇノルマ誤魔化してやっても、俺らの仕事に差し支えねぇよ。
むしろ無理させて大怪我でもさせたら、賠償だなんだとそっちの方が面倒だ」
レンガ係りの男はまだ何か言いたげだったが、後がつかえている。
ため息を一つ吐くと、彼は浩子にレンガを一つ手渡してきた。
「ほら、気ぃつけろよ」
そのたった一個のレンガを、早くも体力が尽きかけた浩子の身体は支えきれず、膝をつきそうになる。
先ほど『先生』に蹴られたお腹が痛む。
それでも浩子は歯を食いしばってレンガを持ち上げた。
「よし、いい子だ。じゃあついてきな」
大柄な男はそのまま浩子を先導して大股歩きで進んでいく。
重たいレンガを持った腕は早速痺れ、指先は痛む。
たった一個のレンガでこのざまだ。これよりずっと重たいダンベルを軽々と持ち上げていたはずなのに。
それでも浩子は何も言わず、必死にその男の後に続く。
しばらく歩いて着いた先は、どこかの工事現場のようだった。
子供たちが運んできたレンガを、人夫たちが次々と積み上げ建物の形にしている。
「じゃあ、これをあと九回だ。頑張れよ」
大柄な男はそれだけ言うと、他の人夫たちの元へ行き、あれこれと指示を出し始めた。
現場監督のようなものか、案外偉いらしい。
浩子はレンガを置き、新しいレンガを取りに戻る。
ちょっと触れたら折れてしまいそうな、細い腕がふるふると震えている。
(あと、九回)
未だ状況は判らず流されるがままだが、とりあえずこれを終わらせないことには落ち着いて考えることもできない。
浩子は歯を食いしばると、レンガ広場へ戻った。
◆
――それから三十分ほど経ち。
ようやくレンガを指定された十個運び終えて、浩子は肩で息をしていた。
汗が襤褸のような衣服に張り付いて不愉快だ。
しかも秋の冷たい風が、汗で濡れた身体から体温を容赦なく奪う。
腕は痺れ、レンガの持ち方が悪かったのか、指先は傷だらけで血が滲み出ている。
「リリアーレちゃんっ、おわった? だいじょうぶ?」
ニーナが隣に来たことにも気づかぬほど、浩子は疲労困憊だった。
対して、ニーナはノルマ通りレンガを百個運び終えてなお余力があるようで、軽く手を叩いて埃を落とすと、浩子の隣に腰を下ろした。
「……なんとか」
そう答えるのもやっとだ。
「よかったぁ。ちょっときゅうけいとったら、次のレンガはこびはじまるからね」
「は?」
ノルマ百個とは今日一日分ではない。一セットにつき、ノルマ百個ということだ。
確かに、先ほどニーナは『午前』はレンガ運びをするのだと言っていた。
そしてあの現場監督は『一回目』だと言っていた。
たった一セット、まだ三十分しか経っていない。
愕然とする浩子。そんな彼女の元へ現場監督がやってきた。
「やっぱり、この有様かよ」
ぐったりする浩子の様子を見て、現場監督は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
そして浩子とニーナの前にしゃがみこんで、周りを窺うと何かを素早く二人の口に押し込んできた。
「もがっ」
石ころのように硬い何か。途端に強烈な甘味が口内に広がる。
遅れて浩子はそれが飴なのだと気づいた。
「いいの? ドルトンさん」
ニーナが上目遣いで現場監督――ドルトンに尋ねる。
ドルトンはフンと鼻を鳴らした。
「いいんだよ。娘に買ってやったもんだが、おいしくないんだとさ。
――他の連中には内緒だぞ?」
「はぁい、ありがとね! ドルトンさんっ」
浩子はおいしくないという、ドルトンの娘の意見に同意してしまった。
何かの果物の汁を固めて作ったのか、ただ甘いだけで、えぐみの強い草っぽい香りが鼻を抜けている。
それでも、今の浩子にはあまりにもありがたかった。疲れた身体に、糖分が一気に染み渡る。
「……ありがと」
「おう」
ドルトンは気難しそうな表情で、浩子の頭を乱暴にひと撫でするとそのまま背を向けて立ち去った。
大きくて、ゴツゴツした手。ふいに浩子は亡き祖父のことを思い出して、目頭が熱くなった。
◆◇◆
長い一日が終わり、ようやく浩子は孤児院に戻ってきた。
体力のない貧弱な浩子には大変な一日だったが、少しだけ分かったこともあった。
どうやら浩子はこの孤児院、『栄光の殿堂』に捨てられた娼婦の子供らしい。
歳は十歳で、名前はリリアーレ。
何度か違うと、自分の名前は浩子だと言ってはいたが、ニーナには頭を打ったのではないかと心配されるばかり。
やむなく、浩子はリリアーレという名前を受け入れざるを得なかった。
自分の現状を確かめるために、『リリアーレ』は孤児院の曇った鏡に映る自分の姿を見て、唖然とした。
そこに映っていたのは、あまりにもみすぼらしい子どもだったからだ。
時間と金を惜しまず、常に最上のコンディションを保っていたはずの黒髪は、まるで冗談のようなピンク色の、ボサボサな髪に変わっていた。
徹底的に手入れしてきた顔も、濃い疲労の色が滲む、血の気のない蒼白な女児のものへと変貌していた。
顔のパーツ自体は子役タレント以上に整ってはいるが、今はただの小汚い子供でしかない。
ただ一つ、鮮やかな赤い瞳だけが、異様に鈍くも、ギラギラとした光を放っている。
ジョギングやジム通いでストイックなほどに鍛え上げていた自慢の体もあばらが浮くほど痩せ細った、痛々しい姿に成り果てていた。
「ワケ、わかんない」
悪い夢を見ているのか。それにしては午後のドブさらいの時嗅いだドブの臭いはあまりにも生々しかったし、レンガ運びの時擦りむいた指先は未だじくじくと痛む。
一人、部屋のベッド未満の物体に腰掛ける。
部屋の外は何やら騒がしい。
孤児たちがようやく食事にありついて騒いでいるのだ。
ドブの汚れもそのままに、カビの生えたパンに平然とかじり付き貪っている。
子供たちの食事は一日一食。リリアーレにはそれすら与えられず、彼女だけ部屋に戻されている。
どうやら、レンガ運びの時ノルマを減らしてもらったことがバレてしまったようだった。
曰く、一人前の仕事ができない者には躾けとして食事を抜くのだそうだ。
微かに漏れてくるスープの匂いが鼻腔を刺激し、リリアーレのお腹が猛烈に空腹を訴える。
一人、お腹を抱えていると、部屋のドアがそっと開き、ニーナがこっそり入ってきた。
そして、しきりにドアの方を気にすると何かの塊をリリアーレに差し出してきた。
「ほらっ、これたべて」
彼女が差し出したのはカビの生えたパンだった。パンは一人に一個までのはず。
「アンタは?」
「ん――わたしはスープだけでお腹いっぱい。だからパンはリリアーレちゃんが食べて」
きゅう――
そんな音がニーナのお腹から聞こえる。
リリアーレはパンを受け取ると、それを半分に分け――ようとして失敗した。
「か、硬すぎる」
「かして」
ニーナはパンを再び手に取ると苦も無くちぎって二つに分けた。
「できたよ」
そして両方とも差し出してくる。
リリアーレは思わず苦笑いを浮かべてしまう。半分こするつもりだったのに、この世話焼き娘ははなっからパンを全部リリアーレにあげるつもりでいるのだ。
リリアーレは彼女の手からパンを半分だけもらうと、残りはニーナに押し付けた。
「アタシはこれで十分だよ」
「ええっ?」
――きゅう
またニーナのお腹が可愛らしく鳴る。
今度は彼女自身にも聞こえたらしく、ニーナはそばかすだらけの顔を真っ赤に染めた。
そんな彼女を見つめ、リリアーレはパンに着いたカビをはたきおとすと、口にした。
ガリッ
「いったぁ」
まるで石ころだ。リリアーレの貧弱な顎はパンに負けてしまった。
「しょうがないなぁ」
リリアーレの手からパンをふんだくったニーナはそれを更に細かくちぎり、リリアーレの口に入れてきた。
「ん」
「つばで上手くふやかして食べるのがコツなの」
しばらく二人は並んで、無心にパンを食べた。
リリアーレの貧弱な身体は胃袋まで委縮しているのか、そのわずかな量のパンだけですぐ満腹になった。
「――あのさ、どうしてアタシによくしてくれるの?」
ようやく人心地ついたリリアーレの口から出たのはそんな言葉だった。
その問いに、ニーナは間髪入れず答えた。
「わたしはおねえちゃんだからね。年下の子のめんどうをみなきゃなの」
孤児院の先生とやらにそう言われているのかと思ったリリアーレだったが、今朝あの男が言っていたセリフを思い出し、それはないと思った。
『足手まといの世話など焼くな』
それに、ちゃんと仕事ができなかった子供は容赦なく食事抜きにする。役立たずは切り捨てる。それがこの孤児院の方針。
つまりは、純粋な世話焼き。善意だ。
「ありがと」
「――どういたしまして」
ニーナはそばかすだらけの顔を赤く染め、はにかむように笑って見せた。
◆◇◆
それから数日後。
徐々にリリアーレは孤児院での生活に適応していった。
相変わらず理不尽に怒られ、容赦のない体罰は受けているが、最初の頃に比べればだいぶその回数は減ってきている。
お仕事も工事の現場監督ドルトンに助けられ、ニーナに世話を焼かれながらどうにかこなしている。
今日もレンガ運びの仕事が終わり、リリアーレは壁にもたれかかって休みを取っていた。
今までは自分のことで精いっぱいで、周りの様子など気にする余裕もなかったが、多少余裕ができたことでリリアーレの耳には周りの人々の話し声が入ってくるようになっていた。
早速レンガ係の男がドルトンに何やら浮ついた声で話しかけている。
「で、ドルトンさん、聞きましたか?」
「何をだ」
「グランスタイン家の嫡男の話っすよ」
「貴族の坊ちゃんがどうかしたのか?」
「なんでも、ロスタレア山の山賊どもの本拠を潰したそうで」
ドルトンはそれを聞いて目を丸くする。
「マジか。あの山は難攻不落っつうことで有名じゃねぇか。確か、クリスティアン大公が差し向けた討伐軍が惨敗したばかりだったろ?」
「そうっすよ! わずか五十の兵を率いて落としたんですって! あの坊ちゃん、まだ十七歳だってのにすごくないっすか?」
興奮気味に話すレンガ係の男に、ドルトンはにやりと笑って見せる。
「へぇ、やるじゃねぇか。というこたぁ、グランスタイン領から石材がまた入ってくるようになるんだろ? 稼ぎ時だ、忙しくなるぜぇ」
本当にどうでもいい他愛ない話だ。リリアーレは目を閉じて少しでも体力回復に努めようとした。
「で、その坊ちゃんの名前ってなんだっけか?」
「ディートハルト様っすよ」
その瞬間――
リリアーレは背中に電撃が走ったような衝撃を受けた。
魂が震えたと言い換えてもいい。そしてその衝撃は歓喜へと変わった。
『ディートハルト・グランスタイン』
リリアーレが大好きだった乙女ゲームの隠し攻略キャラクターにして、最推しのキャラクター。
偶然なんかじゃない。名前だけならいざ知らず、苗字まで一致するなら間違いない。
ディートハルトはグランスタイン公爵家の嫡男にして、悪役令嬢イングリットの実兄だ。
礼儀作法に厳しくも、優しく、力強く主人公を導いてくれる存在である。
それは、かつてのリリアーレを絶望のどん底から救い出してくれた祖父と、どこか重なるものがあった。
だからこそ、リリアーレは彼に強く惹かれたのだ。
何度も何度も彼のルートを攻略し、何度も何度も結ばれた。
リメイク版でも複雑奇怪な仕様に振り回されながらも、彼だけを見て彼との恋を成就してきた。
前世の――その大半を共に過ごしたと言っても過言ではない、最愛の男性。
そんな運命の男性が、今、同じ世界に。同じ空の下にいるのだ。
これが歓喜せずにいられるものか。
その運命の存在の知覚と共に彼女はここにきて初めて――
自分が前世の記憶を持ったまま、乙女ゲーム『|光溢れる彼方へ君と共に《ひかあふ》』の世界に異世界転生をしていたのだと気づいた。




