第10話 訣別と継承①
深夜。
公爵一家が寝静まった後も、護衛兵と使用人たちの仕事は終わらない。
護衛兵たちは万が一の事態に目を光らせ、使用人たちは深夜でも主のお呼びあらば即座に対応せねばならないのだ。
護衛隊長テオドールは深夜の見回りをしている。
先日の暗殺未遂事件以来、彼はまともに休息を取っていない。精々が傷を治癒ポーションを使って治したくらいである。
王都のパーティ会場への長距離の護衛に加え、襲撃からの連日の徹夜。
常人ならば、疲れ果てていてもおかしくはないものだが、彼はむしろ活力漲る、力強い足運びで廊下を歩いていた。
すると、廊下の向こうから人影が近づいてきていることにテオドールは気づいた。
屋敷で働く執事の一人だ。
手にはワインの瓶を抱え、執事らしく姿勢はよく、淀みのない足運びで歩いている。
「ヒューではないか。こんな夜更けにどうした」
執事ヒュー。比較的古株の執事だ。
元冒険者で、執事にしては多少武骨だが、無駄口を叩かず、忠実に求められた仕事をこなすことから、アルトゥール公が特に信を置く使用人の一人だ。
「ああ、旦那様がよく眠れないらしくてな、ワインをお持ちするよう言われている」
「おお、そうか。なら急いだほうがいいな。呼び止めたりして済まなかったな」
「構わない、それがテオドールの仕事だからな。では失礼する」
綺麗な一礼と共に、ヒューはテオドールに背を向け――
壁に叩きつけられた。
「がはっ!?」
ヒューが手に持っていたワインの瓶が、廊下のカーペットの上に転がる。間髪入れず、テオドールは衝撃に悶えるヒューの首を掴んだ。
直後、ヒューの顔を覆っていた虚像が歪んでは掻き消え、本来の顔が露わになった。
魔術『フェイクフェイス』。他人に正体を暴かれない限り、その顔を偽ることができる魔術だ。
「――なめるなよ、俺はこの屋敷中の使用人全員の顔だけではなく、細かな癖も全部覚えている。
ヒューは、昔冒険者をやっていた頃、膝に矢を受けてな。歩くときわずかに足を引きずるんだよ。化ける相手を間違えたな」
執事ヒューに化けていた暗殺者は、拘束から逃れようとナイフでテオドールの腕を刺した。
――だが、ビクともしない。むしろ首を絞める力は増すばかりだ。
暗殺者が慌ててナイフを引き抜こうとするも、頑強な筋肉に捕まった刃は抜けない。
間違いなく凡夫であるテオドールだが、唯一の才能と呼んでも差し支えないものがある。
それは、異常なほどの頑強さだ。いくら傷つこうが、血を流そうが、四肢が捥げない限り、彼は止まらないのだ。
そのままテオドールは暗殺者の首を絞め落とした。
テオドールは腕に刺さったナイフを抜こうとして、廊下を汚すことを厭った彼は雑に腕を縛って止血するにとどめた。
そして彼は、意識を失った暗殺者を担いで、地下室へ向かった。
◆
通称『蝙蝠』。
裏社会では名の知れた暗殺者である。
彼はグランスタイン家屋敷の屋根の上を走っている。
今頃、陽動の三下が捕まっている頃だろう。
屋敷の最低限の情報だけを与えて、使用人の一人に化けさせて毒入りのワインを公爵のもとへ運ばせる。それが三下に与えられた指示だ。
バレることは織り込み済みだ。捕まったところで彼からは有意義な情報は引き出せない。
依頼主の情報は徹底的に伏せられている。
故に、今夜の公爵暗殺計画の全貌を知るのは本命である『蝙蝠』だけ。
普通、暗殺未遂などの事件があった後は寝室を変えるのが常である。
だが、アルトゥール公という人物像を分析した『蝙蝠』の勘は否という答えを出した。
アルトゥール公なら間違いなく裏をかいて本来の寝室を使う。
そう、実際にアルトゥール公の部屋だけ、これでもかというほどあちこち罠が張られているのだ。
これでは、アルトゥール公はここにいると言っているようなもの。誰が罠を張ったかは分からないが、間抜けである。
早速、窓に仕掛けられた罠と対面する。
無警戒に窓を開けて入ろうとすると、窓枠に隠されている鋼線が締まり捕縛されるというものだ。巧妙に張られた罠だが、『蝙蝠』にかかれば丸見えである。
一流の暗殺者は、侵入経路を悟らせない。
故に、罠は下手に解除せず無力化させるのに留める。
金具に木の枝を差し込んで、鋼線を固定し動作しないようにする。続いてそっと窓を開いて室内の様子を探る。
『蝙蝠』が睨んだ通り、ベッドには主の存在が確認できる。
だが、ここは急がない。
一流たる者、決して確認を怠らない。
すると案の定、窓から侵入すると踏み込むであろう場所にカーペットと同じ色で塗られた針が立っているのが見えた。
すべてお見通しだ。それを軽々飛び越えて、『蝙蝠』は音もなく窓から寝室内部に侵入した。
そしてすぐさま窓枠の罠を固定しておいた木の枝を抜いて、窓を閉める。
これで侵入の形跡は完全に消えた。一流の暗殺者は決して侵入経路は脱出口に使わない。
屋敷の見取り図は頭の中にしっかり入っている。ことを終えた後は使われていない空き部屋の窓から脱出する手はずとなっている。
慎重にターゲットの様子を探る。窓が開いていた間、わずかに入った夜の外気にも目が覚めた様子はない。
続いて、更なる罠の存在をチェック――目視できる範囲だけでも十数個の罠が確認できる。
だが、さすがに主が眠るベッド周りに罠は張られていない。
時間はかけない。一気に跳躍し、ターゲットへ飛びついて、ナイフを振り下ろす。
――刹那、天地が反転した。
「!?」
突如ベッドから伸びた手が、『蝙蝠』の腕を掴むと、地面へ引き倒して頭から叩き込んだのだ。
『蝙蝠』は即座にナイフを振るい、自分の腕を掴む手を斬りつけると同時に体勢を整えた。
『蝙蝠』を掴んでいた手は既に引っ込んでいて、ナイフは空を切った。『蝙蝠』は目を凝らして、ベッドから出て悠然と立つ人物を睨みつける。
――黒髪黒衣。そして暗がりでやけに白く見える顔。
この大陸には、子供を躾ける際よく出る名前がある。
邪神『咎喰らいヴァイル・ウィルテス』。
咎人を冥府へと連れ去ると言われる、黒髪黒衣白面の死神。
『蝙蝠』の脳裏にその名前が浮かぶほど、その人物は暗い部屋の中、なおも黒くその存在感を放っていた。
更に、人型の白い影がその背中にしなだれかかり、揺らめいている。
その様相はまさしく人外。『蝙蝠』の全身に鳥肌が立つ。
『言うことを聞かない悪い子は、恐ろしいヴァイルに連れていかれて食べられる』
『蝙蝠』も例に漏れず、幼少期からあの邪神をダシに躾けられた身だ。
――罠。出会ってはならない存在に出くわした。そう気づいた時にはもう遅かった。
ほぼ予備動作もなしに、黒い影が一瞬にして脇へと回り込み、手を伸ばしてきていた。
その手を再度斬りつけるも、するりと抜けて『蝙蝠』の顎に、軽く手が押し当てられた。
次の瞬間、『蝙蝠』は無様にカーペットの上に転がされていた。大して強い力ではなかった。
ただ軽く押されただけ。だというのに、踏ん張りがきかず、簡単に倒された。
『蝙蝠』は本能的にこの黒い男にはかなわないと悟った。
ならば、撤退あるのみ。失敗をしっかり受け止め、即座に引くこと。これも一流なればこそ。
窓へ向かい走る。
あとわずか。入ってきた窓から脱出だ。
「ッ――!?」
焼けるような痛みが、『蝙蝠』の足を襲った。
(し、しまった――!)
焦りのあまり、『蝙蝠』は窓際の床に張られた針の存在を忘れてしまっていたのだ。
針が足に深々と刺さり、血がにじみ出ている。だが、痛がってもいられない。
幸いにも、どういうわけか黒い男は立ち尽くして追いかけてくる様子がない。
そのまま、急ぎ窓を開け、飛び出す。
「ぐえっ」
突如、何かに『蝙蝠』の首が締まる。
――窓枠に仕掛けられていた、鋼線だった。
侵入の形跡を消すため、罠も元通りにしてあったのを、気が動転した『蝙蝠』は失念していた。
『蝙蝠』。裏社会では名の知れた暗殺者である。
暗殺者が裏社会で名を馳せている。
――それはつまり、自らの痕跡を消し切れていない『三流』である証に他ならないのだ。
◆
「……何故」
黒い男――光玄が呆然と、自ら罠に突っ込んでじたばたする変質者を見つめている。
その変質者の足から飛び散る血で、寝室はあちこち汚れていく。
目が合っただけで何をそこまで恐れたのか。
ふと視線を感じ、後ろを向く。
――誰もいない。
しかしこの不躾な視線は以前にも感じたことがある。
アルトゥール公たちに初めて出会った時。身を潜めていた光玄のすぐ隣に湧いて出ていたあの白い影だ。
「……いるのはわかっている。出てこい」
カチリと、鯉口を切ると、やがてゆらゆらと光玄の前に白い影がその姿を現した。
「何者か。申せ」
白い影は何も答えない。何か言いたげではあるものの、どうやら伝える手段を持たないようで、その様子はどこか苛立っているように見える。
しかし、すぐに白い影は肩をすくめるとその肩を小気味に震わせ――嗤った。
あまりにも人間臭いその挙動に、光玄は尋常ならないほどの嫌悪感を催す。
いよいよ光玄がソレを斬り捨てるべく刀を抜こうとすると、白い影はまるでからかうように手を振って跡形もなく掻き消えた。
「……お化けか妖怪の類か。妙な奴に目をつけられたものよ」
部屋の外から足音が聞こえる。騒ぎを聞きつけたロタールとアルトゥール公がやってきたのだろう。
光玄は白い影のことは一先ず頭の片隅においやり、居住まいを正した。まず主に血だらけになった寝室の惨状について詫びねばならない。
間をおかずドアが開き、寝室の主アルトゥール公とロタールが入ってきて、寝室の惨状を目の当たりにした。
「こ、これは……」
さすがの冷静沈着な老執事ロタールも、想像だにしなかった光景に絶句し――
「くくっ、ははっ、わっはっはははは!」
爆笑。じたばたする変質者を指さし、アルトゥール公は声を上げ笑った。
「も、申し訳ございませぬ。
御屋形様のお部屋を汚さぬよう素手にて捕えようとしたところ、どういうわけか自ら罠にかかりに行ってしまい、この有様に」
光玄は頭を下げ、アルトゥール公とロタールに粛々と謝罪をした。
それに対し、アルトゥール公は実に愉快そうに手を叩いて笑って見せる。
「よいよい! 久々に面白きものが見られたのだ! よくやったぞ、ミツハルよ!」
「は、はっ」
一方のロタールは思わずこめかみを抑えた。
ロタールの本来の計画では、この罠だらけの部屋を警戒させ、本命の部屋へ誘導されたところを捕獲する算段であった。
光玄はあくまでも読みが外れた際の保険に過ぎず。
相手は森でのアルトゥール公の暗殺にあの凡俗の者どもを使ってきている。
今夜もそれに匹敵する手練れを差し向けてくると予想していたロタールだったが、見事に肩透かしを食らってしまったのである。
アルトゥール公は依然愉快げに笑いながら言う。
「くくっ、どうやら暗殺者を選り好みする余裕もなかったと見える」
そこにノックと共にテオドールが入ってきた。
「公、見回りをしていたところ、執事に化けた侵入者を発見し捕縛しました。
現在、地下室へ収容してあります」
「うむ、ご苦労」
「ておどぉる殿、その腕は?」
テオドールの腕にはナイフが刺さっているが、それを気にする者は光玄以外はいない。
テオドール本人もまるで虫にでも刺されたかのように振る舞っている。
「大したものではない、気にするな」
「さ、然様か」
わずかに気疲れした様子のロタールが窓辺の変質者を指差した。
「テオドール様、ちょうどいいところに。
あちらのお客様も地下室へご案内いただけますでしょうか」
「了解した」
テオドールによって罠から解放された瞬間、暗殺者は最後の抵抗を試みた。
が、屈強なテオドールの手から逃れる術はなく、彼はあえなく連れていかれるのだった。
その後ろ姿を見やり、アルトゥール公は上機嫌で話す。
「ふっ、陽動作戦のつもりか。
一応知恵は働かせたようだが、あのような愚物を使うとは、このアルトゥールも軽く見られたものよ」
それでも、老執事長ロタールは油断しない。
「ですが、あまりにもお粗末です。あの二人こそが陽動である可能性も捨てきれないかと。私はこのまま、お客様と『お話』をしてまいります。
ミツハル様は旦那様の護衛をお願いいたします」
「承知仕った」
ロタールはアルトゥール公の護衛を光玄に任せると、招かれざる客人たちのおもてなしのため、地下室へ向かうのだった。
◆◇◆
地下室にロタールが降りてくると、二人の三流暗殺者はテオドールによって丁寧に猿ぐつわをかまされ、しっかりと鎖に繋がれていた。
トンと、ロタールが床を鳴らすと階段が壁となって消え、壁の中に収納されていた仕事道具たちが姿を現した。
ロタールは淡々とそれらを一つ一つ手に取り点検する。
指輪に針が取り付けられた器具を慎重に調整し、ちょうど爪の下に針が通るように合わせる。
革職人が使うような分厚い刃を持つハサミをカチカチと鳴らす。
助手を務めるテオドールが、天井から吊り下げられた重りのついたロープを引っ張って耐久性を確かめる。
「ン――! ン――!!」
三流暗殺者たちは必死に訴える。すでに心は折れている様子で、聞けば何でもしゃべり出す勢いだ。
しかし、老執事長はただ柔らかい笑みを向けるだけ。
「ああ、今はまだ無理にお話し頂かなくて構いませんよ。
後で気が向かれましたら、その時にでもお話し頂ければ十分でございます」
拷問において、苦痛を伴わない言葉に真実はない。
故にまずは苦痛をその身に刻むのだ。
「ンン――!!」
血走った目で三流暗殺者たちがなお訴える。
「もしお客様方にお亡くなりになられても、特段困ることはございませんので。
その時は、ご遺体の方は適切に使わせて頂きます」
ロタールは仕事道具を一つ手に取ると穏やかな笑顔を向けた。
そして安心させるよう、優しく柔らかい声で話す。
「ですが、ご心配なさらず。私はこのお仕事が大変得意でございますので。
今まで一度も加減を間違えたことはありませんよ」
身を震わせ、怯える三流暗殺者たちに老執事の陰が伸びる。
「では――そろそろ、始めましょう」
◆◇◆
しばらくして、ロタールが部屋へ戻ると、アルトゥール公は光玄とチェス盤を挟んで座っていた。
「む、むむむ」
どうやら、光玄が押されているようで、彼は盤面を眺め唸っている。
ろくにルールも知らないはずの光玄相手に、アルトゥール公は大人げなく本気を出しているようで、意地の悪い笑みを浮かべている。
二人の邪魔をしないよう、ロタールは気配を殺し部屋へと入る。
「ろたぁる殿。首尾はいかがでござるか」
驚いたことに、チェスに熱中していたはずの光玄は、瞬時にロタールの入室を察知し声をかけてきた。
これにはロタールも心底驚かされた。
朝会った時は彼の気配に気づいた様子がなかった光玄が、今度はチェス盤に集中しながらも正確にロタールの気配を探り当てたからだ。
この短い間に目覚ましいほどの成長を遂げている。ロタールは戦慄を覚えた。
光玄の声に、遅れてロタールの存在に気付いたアルトゥール公は目を丸くしている。
「なんだ、随分と早いではないか。まだ一時間も経っていないぞ」
主の言葉に、ロタールは畏れに似た感情を飲み込んで答える。
「……ええ、残念ながら今宵のお客様は三流中の三流でした。
ほんの少しお客様しただけで随分熱心にお話し頂けまして」
「して、何か分かったことは?」
「はい、旦那様。今宵のお客様は、あのお二人だけです。
先日の凡俗の者どもとは別口の急ごしらえの暗殺者らしく、王家との繋がりは何もありませんでした」
「であろうな。して、今宵の首魁は?」
ぱちっ。
光玄が長考の末、会心の一手とばかりに攻める。
「――今夜のお客様方を招き入れた者はディートハルト様、でございます。
間違いなく、森での凡俗の者どもの一件にも関わっていらっしゃるかと」
ピクリと、一瞬アルトゥール公の眉がひそめられたが、彼はチェスの盤面からは視線をそらさない。
ぱちっ。
アルトゥール公が迷うことなく即座に返し、光玄はまたもや唸る。
「――やはりそうか。で、今夜の暗殺者どもはどうなっておる?」
「何かとお客様があるかと存じ、手厚くおもてなしをさせて頂いております」
「そうだな。
ディートハルトの今後の行動次第では使い道があるやもしれん。
しかとお客様しておくように」
「はい、旦那様」
更なる長考の末、ガクッと光玄が項垂れる。どうやら打つ手なしのようだ。
「ま、参り申した」
「くくっ、初心者にしてはよく食らいついてきたものだが、このアルトゥールにはかなわんぞ」
得意げにするアルトゥール公を見て、ロタールは思わずため息を吐いた。
「旦那様、大人げありませんよ」
「いやなに、ミツハルのやつ、軽くルールを説明しただけで、なかなかいい手を打ってくるものでな。ついつい興が乗ってしまったわ」
ロタールはやれやれと肩をすくめては、すぐさまいつもの真面目な口調で話し出した。
「それと、凡俗の者どもの頭を預けた呪術師から、魔晶が届いております。こちらをどうぞ」
「うむ、始めよ」
ロタールは懐から鈍い紫色の水晶を取り出すと、それに人差し指を押し当て何か短い呪文を詠唱した。
途端に、淡い光と共に突然四人の男が部屋の中央に現れる。
瞬時に光玄はアルトゥール公を背に庇い、刀を抜いた。
「よい、ミツハルよ。あれらは本物の人間ではない」
「さ、然様で?」
ロタールが説明を付け加えるため、口を開いた。
「はい、旦那様の仰る通り、今目の前にあるこの映像は本物ではありません。
過去にあった事象を映し出す魔術にございます」
「こ、これが魔術……面妖なり」
昼間読んだ童話で何度も出ていた摩訶不思議な術、魔術。
何でも、黒き神の権能である『魔法』を、白き神の御力を借りて人に制御できるようにしたものが『魔術』らしい。
目を凝らしその人物たちを見てみると、確かに薄っすらと透けており、実体がないことがわかる。
ロタールが未だ困惑している光玄に補足説明を行う。
「この魔術は暗殺者たちの残留思念を用いて過去、実際にあった出来事を投影しております。
改ざんなどは不可能故に、揺るがぬ真実となるのです」
「然様か」
光玄は未だ目の前で起こっている現象が信じられないのか、しきりに瞬きをし、眉をしかめている。
映像の中、一人の身なりのいい青年が椅子に座っており、向かいには三人の男たちが立っている。
光玄はその人物たちに見覚えがあった。
身なりのいい青年は今朝、屋敷の入り口で見たグランスタイン家の嫡男、ディートハルト。
そして残る三人は先日森にて撃破した暗殺者たちだ。
椅子に座る、ディートハルトが神経質な声で話した。
「いいか、何度も言うが、決してイングリットを傷つけるな。毛先一つもだ」
リーダー格なのか、紺色の衣で身を包み、覆面で顔を隠した男が頷き答えた。
「ええ、その点はご心配なく。方法はお話しできませんが、我々はクリッキング・ソーを完全に制御できますので。
それより、本当にいいんですね? 実の父親を手にかけることになりますが」
ディートハルトの視線が彷徨い、貧乏ゆすりが止まらない。
その様子を見て、彼の覚悟が定まっていないと見抜いた紺色の男は冷たく言い放つ。
「相手は『不死将軍』アルトゥール。いかにクリッキング・ソーを使っても、あなた様のご協力なしでは遂行は困難になります。
それに、この依頼がもとは『妃陛下』によるものであることをお忘れなく」
「くっ、分かっている! 約束通り、護衛隊からは魔術師を排除するように働きかけておく。
あとは貴様らの要求通り、父上たちの移動ルートを人気のない森を通るよう変更しよう」
歯ぎしりをし、三人の暗殺者たちを睨みつけるディートハルト。
彼は立ち上がり、再度念を押した。
「いいな、絶対だ! 絶対にイングリットを傷つけるんじゃないぞ!」
さすがの暗殺者でも、この念の入れようには辟易した様子で肩をすくめた。
「心配性ですね。ご存じの通り、妃陛下もイングリット嬢の境遇には常日頃胸を痛めておられます。
イングリット嬢は妃陛下の庇護対象。万が一にも彼女が傷つく事態にはなりませんよ」
「そ、そうか。そうだったな。では、私はもう行く。しっかり頼むぞ」
「お任せを」
退室したのか、ディートハルトの姿が掻き消えた。
黙っていた灰色の男が肩をすくめて言った。
「やれやれ、妹愛もあそこまでいけば病気だな」
緑色の男がからから笑いながら灰色の男をからかった。
「かかか、お前さんの娘っ子への溺愛っぷりと比べれば可愛いものだろ」
「はんっ、言ってろ。
あんたの所はむさ苦しい息子ばかりだからわからんだろうがよ、娘が生まれたらあんたにもきっとわかるさ。
うちの天使ちゃんのためなら、俺ァいくらでも命張れるぜ」
覆面で表情は読めない。それでも緩み切った『父親』の素顔が見えるような気がして、光玄は顔を歪めた。
(――そうか、あの者どもとて乱波とはいえ、誰かの父親で、家族であったのか)
光玄は先日、あの紺色の暗殺者を倒した時感じた苦い思いの正体にようやく気付いた。
(しかし、今更気にしても是非も無き事。
某の剣は御屋形様に、ぐらんすたいん家に捧げてある。ならば、相手が何者であれ、我が主君に、主家に仇なすのであれば、斬り捨てるのみ)
かつて守るべきものを手放し、仕えるべき主に恵まれなかった浪人時代とは違う。
今の光玄には、イングリットとアルトゥール公――グランスタイン家という、命に変えてでも守り、仕えるべきものがいるのだ。
光玄がそう決意を新たにしていると、紺色の男が手を叩き、未だくだらないじゃれ合いをしている二人に注意をした。
「そこまでにしろ。早速準備に取り掛かるぞ。分かっていると思うが、失敗は許されない。
我々が三人も集められているのは異例のことだ。それだけ、妃陛下は本気ということだ」
紺色の男の言葉に、灰色の『油屋』が肩をすくめておどけて見せた。
「おおぅ、おっかねぇな。なんだってお妃様は公爵閣下をあそこまで恨むのかねぇ」
緑色の『八百屋』もまた腑に落ちないといった風に首を傾げた。
「公爵閣下が憎いなら、大事にしてるイングリット嬢を殺すなりした方がずっと効くだろうに。妃陛下もよく分からないお人だ」
そんな二人を、紺色の男は睨みつけ、鋭い声で警告を発した。
「詮索をするな。死にたいのか? 皆、守るべき家族がいることを忘れるな。
我々はただ依頼に従って全うするのみ。依頼主の事情など関係ない」
「はいはい」「うい」
やや気の抜けた返事だが、『油屋』と『八百屋』は力強く頷いて見せる。
紺色の男も二人に頷いて見せると、矢継ぎ早に指示を出し始めた。
「『油屋』は現地、リテスハイム近隣の森の地形の把握を。
『八百屋』はクリッキング・ソーの用意を。
俺は、念のため、あのお坊ちゃんが心変わりしないか監視する」
それぞれ役目を与えられた暗殺者たちは静かに頷いた。
紺色の暗殺者は締めくくりと言わんばかりに再度手を叩いて話した。
「王都のパーティ会場から標的が発ったと『伝書鳩』から連絡が入れば、現地にて集合。
その後、依頼完遂報告までは魔力痕跡追跡防止のため、一切の『伝書鳩』の使用は禁止する」
『油屋』が手を挙げて質問した。
「――なあ、『雑貨屋』。想定外の事態になった場合はどうするんだ?」
リーダー格の暗殺者、紺色の『雑貨屋』はしばし瞑目し答えた。
「魔術師を排した集団にクリッキング・ソーが敗れるとでも?
――あり得ないが、いかなる場合も当然、依頼完遂を優先する」
『八百屋』が手をひらひらと振りながら軽い調子で答えた。
「りょーかい」
それと同時に、次々と三人の暗殺者の姿は掻き消え、魔術の効果は切れた。
しばし無言で虚空を見つめるアルトゥール公。
やがてその顔に、隠せぬ悲しみと失望の色が滲んでいく。そして絞り出すように、ため息交じりに声を漏らした。
「何をためらうか、うつけ者め。グランスタインが嫡子ならば毅然とせぬか」
元より息子が今回の件の教唆犯であると確信していた彼は、真実を目の当たりにしてもさほどショックは受けていない様子だった。
どちらかと言えば、これだけのことをしでかしておいて、覚悟の定まらぬ様子の情けない息子の姿に失望している様子である。
ここにいない息子に説教をしても意味のないことをアルトゥール公もよくわかってはいたが、言わずにはいられなかったのだろう。
アルトゥール公は首を振り、重々しく口を開いた。
「――ロタール」
「はい、旦那様。既に、屋敷の全出入口を封鎖しております。
続いて、ディートハルト様の身柄を確保いたします」
「よし。――行け」
「はい、旦那様」
相変わらず一分の隙もない、優雅な一礼と共にロタールは音もなく退室し、広い寝室にはアルトゥール公と光玄だけが残された。
アルトゥール公は静かに天井を見上げ、ため息をつく。
「儂は、どこから間違っておったのか」
疲れを隠せず、一気に老け込んだように見える主に、光玄は言う。
「某は新参者故、事情を全て酌むことはできませぬ。
しかし、敢えて言うならば、誰も間違ってはおらぬと存じまする」
光玄のその言葉に、アルトゥール公は目を大きく見開いては、何か感じ入ったといった様子で瞑目し呟く。
「で、あるか。
――そうかも知れぬな……」
アルトゥール公は脱力し、椅子に座り項垂れる。
光玄にはその姿があまりにも小さく、頼りなく見えたのだった。




