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第8話 尋問①

 サーリアはメヒティルト夫人の車椅子を押しながら、テキパキと光玄に屋敷の案内を続けていた。


「向かって左側は厨房になります。深夜でなければいつも誰かしらおりますので小腹が空いたら頼めば適当に作ってくれるでしょう。

お次の右手側は大風呂場です。夕食後ご家族の皆様がお使いになった後ならご自由にどうぞ」


「なるほど」


 相変わらずの早口だったが、高くはきはきとした声は耳心地良く、大変聞き取りやすいものだった。


「続いて――」


 そのまま前に進むサーリアの行く手に、まるで影から湧き出るように何者かが不意に現れた。


「ひゃあ!」


 驚き、飛び跳ねるサーリア。押していたメヒティルト夫人の車椅子がこゆるぎもしないのはさすがというべきか。


「何を驚いているのですか、サーリアさん」


 柔らかな男の声が響く。

 現れたのは、先ほどアルトゥール公がロタールと呼び、かなり信頼を寄せていた様子の老執事長だった。


 彼は白い執事服に身を包み、白い髪と髭は綺麗に整えられており、非常に清潔感のある姿であった。


 年齢は少なく見積もっても六十は軽く超えていそうだが、異様に姿勢がよく、深緑の瞳からは深い知性が窺える。


 サーリアはすぐさま抗議し吠える。


「またですか! ロタールさん! いつもいつもそうやって音もなく現れて!

わたしいつか絶対心臓止まっちゃいますから!」


「それは貴女の気のゆるみのせいですよ。

いつも細部に渡って気を配り、備えておけば何ごとにも動じることはなくなりますよ」


 優しくサーリアを諭すロタール。

 しかし、そんな武芸の心得のような言葉を説いたところで、凡人にそんな芸当はできない。

 現に、光玄は目の前の老人に対し警戒を強めていた。


(一体、何者か。目の前に現れるまで気配が読めなんだ)


 未だ警戒し刀の鍔に指をかけている光玄に、ロタールは優雅に一礼をする。


「申し遅れました。(わたくし)はロタール。この屋敷を取りまとめる栄誉を賜っている、執事長にございます。

先ほどはご挨拶もできず、大変申し訳ございませんでした」


 そのあまりにも洗練された所作に、光玄は思わず警戒を解き、綺麗な所作で頭を深く下げ礼を返した。


「ろたぁる殿、某は光玄と申しまする。此度、このぐらんすたいん家に仕える身となり申した。何卒よろしくお願い申し上げる」


 ロタールは光玄の礼儀正しさにいたく感心した様子で、優しく微笑んだ。


「ご丁寧にどうもありがとうございます。こちらこそどうぞ良しなにお願いいたします。ミツハル様」


 ロタールは柔らかい笑みを浮かべたまま、サーリアに声をかけた。


「サーリアさん、ミツハル様のご案内は(わたくし)が引き継ぎましょう。貴女は奥様をお部屋へお連れするよう、お願いしますね」


「はぁ。構いませんけど」


「返事は――はい。ですよ?」


 目を細め、依然優しく微笑みながらそう言うロタールだったが、サーリアの砕けた態度が目に余ったからか、その語調は研ぎ澄まされたナイフの如く鋭くなっていた。


「は、はいっ! 直ちに!」


 サーリアにとって、主一家以上に頭が上がらない存在がこのロタールである。

 いつも柔和で礼儀正しく、人当たりもよく、誰に対しても隔たりなく、屋敷の使用人全員の尊敬を集める人物だ。


 だというのに、それ以上に得体の知れない不気味さも併せ持つこの老人が、サーリアはとにかく苦手だった。


 もこもこ羊毛装飾の抜き身のナイフ。


 それが、サーリアがこの老執事長に抱くイメージだった。


 サーリアはロタールとは一秒たりとも関わりたくないと言わんばかりに、慌てて一礼をすると、挨拶もそこそこにメヒティルト夫人を乗せた車椅子を押して逃げるように去っていった。


「全く、そそっかしい事です。サーリアさんは大変勤勉でお仕事は丁寧ですが、いささか礼儀に欠けるところがございます。

ミツハル様、もしご不快な思いをされたのでしたら、後ほど(わたくし)の方からきつく言っておきましょう」


「それには及びませぬよ。あのようなおなごがいても、よろしかろうと存じまする」


「ご寛大なお言葉、痛み入ります。

さて、ミツハル様にはいくつかお聞きしたいことがございます。ご一緒願えますでしょうか?」



◆◇◆



 ロタールが次に光玄を案内したのは、何もない地下室だった。


 光玄の入室を確認したロタールはトンと軽く踵で床を鳴らした。


 次の瞬間、光玄が今しがた通ってきた階段はどのような仕組みなのか、あっという間に下からせりあがってきた壁に飲み込まれ消えた。


「むっ」


 続いて、何もなかった部屋の壁がくるりと反転し、その裏側にずらりと並んだ、()()()()の数々が姿を現す。


 ここは、グランスタイン家の裏側――尋問部屋だった。


「ミツハル様がただのお客様でいらっしゃるならば、客間へご案内差し上げるところでしたが、旦那様の暗殺未遂があったばかりの仕官願い……」


 光玄に背を向けたままのロタールに隙らしい隙は見当たらない。


「――この屋敷を取りまとめる者として、いくつかお聞きせねばなりません。

まことに勝手ながら、しばしお時間を頂きたく存じます」


 罠。完全に閉じ込められた。


 光玄は刀の鍔に手をかけてはいるが、抜刀するそぶりは見せない。ただ冷静に老執事をその鋭いまなざしで見つめるだけだ。


 仮にこの場でロタールを斬ったところで、出口を作る方法を光玄は知らないからだ。


 尋問という目的を果たすまでは絶対に光玄を解放するつもりはないらしい。厚顔無恥、当主を救った恩を仇で返す行為である。


 と、普通の人間ならそう思うだろう。


 しかし、光玄はこの仕打ちに対して逆に感心していた。


(――良い、実に良い。徹底しておられる。確かに、某は怪しきことこの上ない者。当然の沙汰でござるな)


 絶体絶命の危機に都合よく現れ、助けてくれた人物を素直に信用する方がどうかしているのだ。


 グランスタイン家のこの仕打ちに、光玄はむしろ安心感さえ抱いた。


 『他人』には決して見せない、グランスタイン家の暗部をも見せてくれていることに感動まで覚える始末であった。


 執事長とはいえ、一使用人ごときにこんな大それた真似はできない。つまり、これは主君であるアルトゥール公の意思なのだ。


(主命ならば、謹んでお受けせねばなるまい)


 光玄はにっこりと笑い、鷹揚に頷いて見せた。


「某に答えられることであれば、何なりと」



◆◇◆



 簡素なテーブルを挟んで、光玄とロタールは向き合っていた。

 壁に()()()()がずらりと並ぶ物々しい尋問部屋の中、テーブルの上の、光玄が図書室から持ちこんだ彩り鮮やかな絵本が異彩を放っている。


「さて、それではまずミツハル様のお名前をフルネームでお願いいたします」


「某は桐間光玄と申す。桐間が家名で、光玄が名前にござる」


 ロタールは、光玄から目を離すことなく、手元のノートに恐ろしく綺麗な字でメモをとっている。


「なるほど、(わたくし)たちとは逆なのですね。

東のアンダルシン亜人部族連合ではミツハル様のように、家名を先に名乗るとのことですが、ミツハル様は亜人ではないと見受けられます」


「――亜人とは?」


 また光玄の知らない言葉が出てきた。


「我々人族とは似て非なる、異なる種族の人間を指す言葉でございます。

……本当にご存じではないのですね」


 何を言っているのか。人は人だ。光玄の常識では普通の人間と違う人間と言えば、精々が異人である。


 しかしながら、異人は日ノ本の民とは毛色の違う存在ではあったが、結局のところは同じ人であった。


 日ノ本の民との間で子供だって作れると言うし、斬れば同じ赤い血を流す。


 『異なる種族』の人間という言葉が光玄にはどうにもピンとこなかったのである。


 ロタールは、目を丸くしたまま全く理解の追いついていない様子の光玄を見て、手元のメモに一行何かしら書き加えながら説明した。


「簡単にご説明させていただきますと、半分獣の姿をした獣人族(ビーストキン)

千年の時を生きるとされる、耳の長い長命種の妖精族(エルフ)

器用で職人気質の金剛族(ドワーフ)――当家のボルガル様が金剛族(ドワーフ)でいらっしゃいますね。

それ以外にも実に多種多様な亜人の方々がこの大陸に存在しているのですよ」


「おお、そういえば、確かにぼるがる殿がどわぁふなる言葉を言っておりましたな。

なるほど、あの御仁がそうであったか」


 ボルガルのことを、多少小柄で筋肉質の老人としか思っておらず、まさか別種族だとは思いもよらなかった光玄は、ますますこの世界が己の知らない理の上に成り立っていると実感していた。


「ご理解いただけましたこと、何よりでございます。では、続きまして、ご出身地についてお伺いします」


「うむ、某は信州の山奥の桐間村にて生まれ申した。

――誠に恥ずかしながら、某は百姓の生まれ。本来、家名を持ちませぬ。

故に、武士として箔をつけるがため、生まれ故郷の名、桐間を家名として名乗っている次第にござれば」


 今度はロタールの方が驚かされた。学のない平民がこれほど、上品かつ礼儀正しく振る舞えるものか。


(言葉遣いからして間違いなく貴族に連なる御方かと思いましたが平民とは)


 どうにも不自然な存在だ。

 人柄は大変好ましい。ロタールからすれば、光玄の言う一部の言葉に理解できない概念は散見されるが、嘘偽りはないと見える。


 それに、おそらく大変な努力家だ。


 学びの機会が限られる平民がこれほどの礼儀作法を身に着けたのは、『モノノフ』というものとして相応しくあるため、尋常ではない努力を重ねてきたからだろう。


 だが、質問を投げかける度に謎が増えるばかり。ロタールは少しでも謎を解くため、質問を続ける。


「浅学で申し訳ございませんが、シンシュウなる地名も、キリマという村の名前も寡聞にして存じ上げません。

どうやって、こちらへいらっしゃったのですか?」


「海を越えて参った次第にござる」


 この返答に、ロタールの表情が険しいものになった。


「海、ですか」


 明らかな嘘。そう決めつけて、ロタールは光玄を見つめる。


 海を越えるなど、あり得ない。海とは『黒き神』の領域。人の侵入を拒む世界。


 あのクリッキング・ソーなど霞むほどの、恐ろしい魔物たちが跳梁跋扈する魔境なのだ。


 しかも、長居すれば口から血を流し死に至る、恐ろしい呪いまでも襲ってくるという。


 ロタールは光玄の呼吸、視線の動かし方、瞳孔の開き具合、そして指先の動きを慎重に観察し――彼があまりにも自然体であることに気づいた。


(嘘はない、と)


 ならばと、ロタールは彼が話す言葉は概ね真実であると仮定して尋問を進めていくことにした。


「――出来れば、その経緯を詳しくお話しいただけませんか?」


「うむ、お上より異国への留学の募集がありましてな、某はその船に乗り申した。

無念ながら、船は大しけに見舞われましてな」


 よくある話だ。かつて冒険心溢れる者たちが過去にも海という魔境を越え、新天地を目指した。

 だが、海の恐ろしさは魔物や呪いに留まらない。開拓者たちのほとんどは大嵐によって命を落とし、生還できた者は数えるほどもいない。


(海を越え、大陸の外からこちらへお越しになった。それが本当なら……)


 本当なら、王都の学術院がひっくり返る案件だ。


 現在の学術院の説く『世界』とは、このカナン大陸だけなのだ。その海の向こうは死の世界だけが広がる。


 それが常識なのである。


 光玄は、海の向こう――死の世界にこの大陸以外の世界が存在するという生き証人ということになる。


「その後はどうやって当グランスタイン領内へ?

このグラントリア王国は大陸中央の内地。どちらの国の港をお通りになられましたか?」


「某は、海に、投げ出され――」


 様子がおかしい。今まではきはきと喋っていた光玄が、突然言葉に詰まったように押し黙ってしまったのだ。


 都合が悪いから黙ったわけではないと、ロタールは一目でわかった。


「――!?」


 光玄本人が酷く困惑していたのだ。喋ろうとしても話すことができない、そんな様子であった。


 ロタールは『仕事柄』何度か、こんな様子の人間に会ったことがある。魔術や呪術などで口止めをされている人間がこのような反応を見せるのだ。


 何より、彼が黙り込んだ瞬間からロタールに馴染みのない、魔力とも神気とも違う尋常ならざる力の波動が発せられている。


 光玄に気づかれないよう、ロタールは口の中で小さく呪文を詠唱し、解除を試みた。


 卓越した魔術師でもある彼ならば、並みの魔術や呪術などは簡単に無効化できる。


 しかし――


(――反応さえもなし。少なくとも魔術や呪術によるものではありませんか)


 ならば筆談だ。もし、字が書けないなら絵を書いてもらう。


「文字や絵、どのような形でも構いませんので、この紙にその時の様子をお願いいたします」


 ノートを一枚破り、ペンと共に光玄に渡してみるが、それを手に取るまではできても、やはり書くことはできない。


「ぬぅ、これほどとは……」


 思わず、ロタールは呻き声を漏らした。


 都合の悪い情報を口外できぬよう、禁を課す魔術や呪術は数多くある。だが、そのいずれの場合でも筆談や身振り手振りで意思を伝えることはできる。


 しかし、今の光玄のように、相手に意思を伝える行為そのものを阻害するほど強力なものは、ロタールの七十年という短くはない人生で未だかつて見たことがなかった。


「では、こちらに来られてからの最初の記憶は?」


「――気が付けば、森の中でござった。んん?」


 ようやく、禁が解かれたようで、光玄は再びしゃべり始めた。その顔には強い不快感とわずかな畏れのようなものが浮かんでいる。


(おのれ、こんなことが出来るのはあの神モドキしかあるまい。この様子では、恐らくしなりおの破壊やら使命やらも口にすることはできぬのであろうな。

――まこと、恐ろしき存在よ)


 光玄は強く自分の唇を噛んだ。相手に自分のことを理解してもらわねばならないこの状況で、黙り込むなど心証を悪くするばかりなのだ。


 そんな光玄の姿を見て、ロタールは光玄をこの大陸へ連れてきた者こそが彼に禁を施したのだと確信した。

 そして、どうやら光玄本人にはその者に心当たりがある様子である。


 だが、聞いたところで間違いなく答えられないだろう。今までの情報から、ロタールは光玄の正体を推理し始める。


(常識的に考えれば、遭難し海辺に打ち上げられているところを人さらいに遭い、連れてこられた。と考えるべきですが……)


 トンと、ロタールの人差し指がテーブルを叩く。


(大陸のどの港からも、内陸部のグランスタイン領まで数か月かかります。しかし、船から投げ出され、次に気が付いたらリテスハイム近隣の森の中。

連れてこられる間の数か月間、一度も目を覚まさなかったというのは無理があります)


 トトンと、ロタールの指が更に小気味いい音を立てる。


(――そして何より、まるで導かれるように旦那様たちと出会い、その危機を救ったということがもっとも不自然です)


 トンッと、ひと際強くテーブルを打つ。

 ロタールはやがて結論を出す。光玄は海の向こうから来た存在ではない。


 物理的には不可能な手段で大陸中央の、この内地に突如として湧き出たのだから。

 ――おそらく、彼はこの世界の人間ではない。


(何より、旦那様の仰っていた通り、唇の動きと実際聞こえてくる言葉が一致しない……)


 アルトゥール公以上に読唇術に長けるロタールは今までの光玄の言葉をしっかり『観察』している。


(特定の情報を発することを禁じ、常時異言語を通じさせるほどの強力な権能……恐らくは白き神か、黒き神――主神と同等以上の神の仕業)


 どんな神が、どんな思惑でアルトゥール公たちを救うべく光玄を差し向けたのかは、ロタールにはまるで理解が及ばない。


「――最後にもう一つ。何故、当家に仕えようと思われたのですか?」


 その質問に、光玄はしばし瞑目した。触れられたくない部分のようだ。しかし、光玄はゆっくり目を開くと重々しく語り始めた。


「――先だって申した通り、某は百姓の生まれにござる。ほかに取柄などなく、ただ剣の才ばかりに少々恵まれただけ」


 そう言って、光玄は刀の柄に手を触れ、いじりながら話を続ける。


「そのわずかな才を買ってくれる主を探し求めておりましたが、終に叶いませなんだ。武士と言えば聞こえは良いが、その実浮浪者のようなものでござった」


 つまりは純粋に、仕えるべき主を探し求め、アルトゥール公と邂逅したというわけだ。ロタールは思わず首を傾げた。


「少々の剣才どころではないと思われますが……

超危険魔物を単独かつ無傷で討伐し、立て続けに暗殺者たちをお一人で倒すなど、類まれなる剣才にございます。

ミツハル様でしたら、引く手あまたでございましょう」


 こうやって会話(じんもん)をしてみたところ、人格に問題があるようにも見えない。


 アルトゥール公やテオドールから話を聞く限り、おそらく剣の腕は剣聖の域に達している。


 それだけの剣才があるなら、黒髪黒目の見た目にさえ目を瞑れば、誰もが欲するような人材だ。


 だというのに、主に恵まれず放浪していたというのは、さすがに腑に落ちなかった。


「――剣の時代が、終わっていたのでござる」


「剣の時代の終わり……ですか?」


 光玄の口から出たあり得ない発言に、ロタールは眉をひそめた。剣技とは、これ以上なく分かりやすい強さの尺度だ。


 剣聖ともなると、その剣戟は魔術――ひいては魔法をも凌ぐのだ。単身で大型の魔物を屠り、幾千の兵をなぎ倒す。


 それが廃れるとは信じがたいものがあった。


「某のいた、日ノ本は長く太平の世が続き、大きな戦がありませなんだ。仮に戦があったとて、戦場は『鉄砲』に支配されて久しく。

いかに貴い者でも、武勇に秀でた者でも、智謀に優れた者であっても、雑兵の持つ鉄砲が火を噴けば皆等しく屍を晒すのみにござった」


「鉄砲とは?」


「火薬で弾丸を弾き出す兵器にござる。音が鳴った時には誰かが死ぬ、そのようなものでござった」


「……なんという」


 荒唐無稽と切って捨てればそれまでだが、ロタールはかつて大陸の一部で運用され、結果廃れていった『大砲』という兵器のことを思い出していた。


 高価かつ重く、移動させるのに大変な手間がかかる。


 運用も難しい。打ち出すための鉄球がそもそも高い。鉛や石球で代用することもできなくはないが、どうしても鉄球と比べ破壊力は劣る。


 火薬に至っては安定した生産が難しく、やはり高い。破壊力・殺傷力こそ抜群だが、正直投石器か魔術で事足りるのだ。


 このヴァルシュタットにも先代グランスタイン家当主が購入した大砲が4門あるが、そのいずれも埃をかぶっている。


(火薬で弾丸を弾き出すということは、大砲とその仕組みは似たようなものでしょう。

しかし、一般兵が運用していたということは、個人で扱える大きさで用いたということ……)


 ロタールは想像する。

 確かに、光玄の言う通り、貴賤優劣を問わず人は皆、鉄砲というものの前では平等となる。


(悪魔じみた発想の兵器ですね。そんなものが広まれば、命がずっと軽くなる。

それどころか、平民が簡単に貴族を殺めることができてしまう)


 ロタールは改めて光玄を見つめた。


 下を向き、己の指先を見つめている。終始淡々としていたが、わずかに気落ちした様子が見て取れる。


 相当な鍛錬を重ねてきたのだろう。女の手のようなしなやかさはあるが、ゴツゴツとした剣だこがいくつもできており、剣を振るうのに最適化されていった結果なのか、指の骨格には変形まで見られる。


(さぞ生きづらかったのでしょうね。これほど努力を積み重ねてきても、見向きもされず、無為に終わる世界ですか)


 いたたまれなくなったロタールが慰めの言葉を探していた時、突然光玄がばっと顔をあげた。


「だが! 某はようやく真の主を得たのでござる!」


 落ち込んでなどいない。その黒い瞳は少年のように輝いている。


「――それが旦那様でいらっしゃると?」


「その通り! 某は、あのムカデと乱波どもの襲撃の折、御屋形様と兵らから『夢』を見出したのでござる!」


 興奮気味な光玄の様子に、ロタールはこの謎の多い男から初めて強い感情の色を見出した。おそらく彼の本質を見極めるチャンスだ。


「夢、ですか。差し支えなければ、どういったものかお聞きしても?」


「決まっておりまする! 命を捧げるに足る主君と共に天下を取ること以外ありますまい!!」


(――天下(せかい)?)


 光玄がとんでもないことを言い出し、ロタールは目を白黒させる。


 天下(せかい)――解釈次第ではこのカナン大陸のことである。


 つまり彼は、アルトゥール公をこの大陸の支配者にすると宣っているのだ。


 とんでもない危険思想である。だが、光玄の輝く少年のような黒い瞳からは邪なる思惑などは窺えない。


「旦那様が、それだけの器でいらっしゃると?」


「然り!」


 襲撃現場で何を見て彼がここまでアルトゥール公に心酔しているかは、現場を見ていないロタールには分からない。


 だが、理解はできる。今までアルトゥール公に仕官してきた者たちは皆一様にこんな調子だったからだ。


(やれやれ、相変わらずの人たらしっぷりですね、旦那様)


 ロタールは席を立ち、光玄へ深々と頭を下げた。


「――ご協力まことにありがとうございました。数々の御無礼、何卒お許しいただきますよう」


 それと同時に再び壁が反転し、()()()()の数々が収納されて外への階段が開放された。


「むむ、よろしいので? 某からしても大分怪しい受け答えだったと存じまするが」


 尋問を経ても依然として光玄は正体不明だ。

 だが、この老執事は主アルトゥール公と同じ結論に達した。少なくとも彼の人格は信頼に値すると。


「ええ。問題ございません。このロタール、人を見る目には自信があるのですから」


 柔らかく微笑むロタールに、光玄は困惑顔で首を傾げる。

 そんな彼を見つめ、ロタールは依然笑みを湛えながら続ける。


「さて、そろそろお昼食のお時間でございます。客間へご案内いたしますので、そちらでお召し上がりくださいませ」


「う、うむ。(かたじけな)し」


 勝手に色々と察し、納得した様子のロタールに対し、どこか気まずそうな――

 どうにも腑に落ちないといった風に、光玄は図書室より借り受けた絵本を抱えなおすと、老執事の案内に従って地下室を出た。

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