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魔王軍を名乗る者  作者: 輝静
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ハッピーダイデイ

 痛い出費だけれど、フード付きの黒いローブを買った。姿を隠せるように。


 どうやら国は──世界は、勇者を便利に思い始めたらしい。

 言えばタダで厄介な存在の前に立ってくれる。

 もちろん初めの方は軍を動かさないとまずいレベルの魔物やモンスターを処理してくれと言われた。中には悪さをしている魔王軍残党もいた。そいつには、同情で嘲笑われた。


 そのうち、人を遣わすのには金がいるけれど、勇者を遣わすのに金はいらないからなのか、段々と依頼される内容の規模が下がっていく。

 軍から隊へ。隊から騎士へ。騎士から衛兵へ。衛兵から冒険者へと、本来なら対処するはずの人のランクが下がっていく依頼を、全てタダだからと私に任せるようになった。


 まるで、猟師に熊の討伐だけではなく、その銃で鼠を殺してくれと頼んでいるかのように、私への依頼の範囲は広くなった。

 ならいっそのこと、冒険者になって依頼を通して金を稼ごうと考えた。でも、受け入れられなかった。


 受付で冒険者登録をしたいと言ったら、冒険者から酒を投げつけられた。胸ぐらを掴まれた。


「ただでさえ最近勇者様のせいで稼げる討伐依頼がごっそり減ってんだ。冒険者になられたら困るんだよ。俺らみたいな農業すらできない人間がどうにか金を稼げるのはここだけなんだから。勇者様の道楽で、俺らの生活荒らすなよ」

「私も金が欲しいだけなんですよ」

「国から貰えや。俺らから奪うな」


 その国がくれないんだ。そう言い返す間もなく、私は突き飛ばされた。


 どこも金はくれないのに、頼み事だけしてくる。ありがとうとは言われる。でも、ありがとうは金にはならない。

 手を握るくらいなら金を握らせてくれ。頭下げるくらいなら金を差し出してくれ。感謝するくらいなら、金をくれ。


「これ、ギルドに依頼を出してましたよね。ギルドの報酬金と同額下さいとは言いません。依頼取り下げの際に戻ってきたお金の半分……いえ、三分の一でも──」

「勇者様のくせに金取るのかよ。前は金なんて要求していなかったくせに、どうしてよりにもよって僕の時に金をせびるんだ」

「……誰も稼がせてくれないんです。冒険者になるのもダメ。国も無償でやれとお金をくれないんです」

「ただでさえ国に金取られてるってのに、国が出さない金を僕ら市民に負担しろと言うのですか⁉︎ あんまりですよ勇者様! そもそも魔石買ってるのでしょう! なら金あるじゃないですか!」

「……毛綿を育てる為にも魔石は必要なんです」

「知りませんよそんなの。その、何? 勇者様と一緒にいるモンスターのことですか? だったらモンスターなんて捨てればいいじゃないですか! そもそも何で勇者がモンスターなんかと一緒にいるんですか⁉︎」


 これをやったのが勇者じゃなければこの人は金をしっかりと払っているのに、どうして私には出さないの。なんで、勇者だとそれが正しくなるのか。


 あの魔人の言葉が頭の中で反響する。吟遊詩人。国王。隠居。虐殺。誰一人として、勇者の道を進んだ人間なんていなかった。勇者になったら私みたいに碌なことがないって分かっていたからだ。

 私も、やめたい。やめないと、毛綿を育てられない。でも、どうやって辞められる?

 先人はこの世界の人かもしれない。そしたら、帰る場所も身分もあるはず。私にはそんなの何もない。勝手に連れてこられて、勝手に背負わされて。私はどうやって逃げればいいんだ。

 地面を叩くギリギリで手を止めた。たぶん今叩けば、抑えられない感情で地を割る気がしたから。その情景がはっきりと浮かぶ時点で、手を引っ込めて正解だった。

 私は、何かに八つ当たりすることすら許されないらしい。


 宿に帰って、毛綿に魔石を食べさせる。

 私には何もない。私は食べなくても死なないから、全てを毛綿に回す。お金はまだ余裕はある。でも、減ることしかないお金に危機感しかない。

 依頼の討伐の際、こっそり魔石は回収しているけど、増える量と減る量が釣り合わない。

 魔王が死んだことによって抗争が落ち着いたからか、最近世界の魔力濃度も落ちているらしくて、魔石の出現率も落ちている。

 これからどんどん魔石の値段も上がっていく。そうしたら……。


 私は腹を括るしかなかった。ローブを身に纏い、夜闇に紛れて魔物を討伐して魔石を集める。十匹倒せば大体一つ手に入るくらい。

 魔物の死体を残して不審死だと騒ぎになるのも嫌だから、アニメやゲームみたいに、死体が光の粒子となって空に消えていくようスキルを使う。


 来る日も来る日も斬っていく。依頼をこなしながら斬っていく。雑用をこなしながら斬っていく。毛綿と色んな場所を巡りながら斬っていく。空腹感にお腹が悲鳴をあげようと、毎日毎日斬っていく。斬って、浄化して、たまに見つけた実や山菜を食べて、魔石を集める。

 毛綿が魔石を食べて、跳ねて、登って、側にいてくれる。いいの。それでいいの。この身体は食事も睡眠もいらない。だから、いいの。


「けーちゃんが毎日元気ならそれでいいの」


 また、依頼が来た。当たり前のように。もう、お願いしますという言葉は無くなった。情報だけ渡してよろしくだ。

 もう、聞くだけで疲れる。疲労はないのに、引きずるように足を進める。


 久しぶりに大物だった。頭にツノが生えた蛇型の魔物。崖にトンネルを作る威力の攻撃を放ってくる。


 ──あれに当たったら、私は死ねるのかな。


 痛くも熱くもない。ただちょっと、眩しいだけ。ため息を吐きながら、私は剣を振った。経験を重ねすぎて、斬れるイメージしかできなかった。前だったらドラゴンのように、たぶん一撃では斬れなかった。

 空笑しかでなかった。もう、私は普通の人じゃない。人かすら分からない。

 ドロップした魔石をこっそり回収して、報告を済ませる。


 今回は随分と純度が良い。久しぶりのご馳走に毛綿も喜ぶだろうなと頬が緩む。

 宿の扉を開く。今日はいつもみたいに飛び込んでこない。

 私は魔石を落とす。私の帰りを待つように床にいたはずの毛綿は、もう白くなかった。平べったくなった体は真っ赤に染まり、なんの動きも見せなかった。


「けーちゃん……?」


 震える手で、震える足で、少しずつ毛綿に近づいていく。


「あ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁあ⁉︎ あぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 叫んだ。窓が割れるほどの声で叫んだ。

 毛綿を抱き上げる。急いで傷を塞ぐ。血管を、筋繊維を繋げる。不純物を除いた血を元に戻す。心臓を動かす。ずっと、ずっと心臓を動かす。動いている。動いているのに、毛に覆われた見た目とは裏腹に冷たかった。ただ内が動いているだけで、その身体が自由に動き出すことはなかった。


「どうして……どうして……どうして……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 騒ぎを聞きつけた人が大勢来ていた。何か言っていた。魔石だとか、モンスターだとか、変わっただとか、金だとか、何を言っているのか分からなかった。でも──


「勇者様の為に」


 その言葉だけはしっかりと聞こえた。また、勇者だ。思考がめちゃくちゃになる。次第に周りは静かになる。明るくなって、暗くなる。それが何度も繰り返される。

 毛綿をずっと動かしている。温めたりもした。魔石を食べてと何度も何度も押し付けた。でも、ずっと冷たくて、動かなかった。

 涙が止まらなかった。なのに、目も頭も、喉も痛くならない。

 久々に空腹を感じることも無くなった。


 どうしてこうなった。……勇者の、せいだ。勇者が、奪った。家族を奪った。友達を奪った。人生を奪った。命を奪った。私を奪った。私を、化物にした。何もかも、勇者が奪った。勇者が、私の全て(けーちゃん)を奪った。


「許……せない。許せない。許せない。許せない!」


 復讐してやる。何もかも奪った勇者に。勇者の全てを抹消してやる!


 気づくと私を起点に炎が広がっていた。

 私はスキルでローブを着用し、外に出る。皆声を上げて逃げ惑っていく。

 私の歩いた後は、全て炎に包まれていく。


 ──パレードを始めよう。勇者の死を讃えて。


「ハッピーダイデイトューミー ハッピーダイデイトューミー ハッピーダイデイディア勇者〜 ハッピーダイデイトューミー」


 何度も何度も繰り返し歌いながら、国中を巡る。

 夜に輝く真っ赤な光が、建物が崩落する音が、私の歌声を彩っているかのよう。

 気づくと毛綿の身体は、散った火花が飛んできて、真っ赤な炎に包まれた。少しずつ灰となって風で空に舞い上がる。


「ハッピーダイデイトューミー」


 何度目かの歌の終わりと同時に、毛綿は完全に私の手から離れていった。

 私は歌うのをやめ、ずっと風の先、毛綿の導を見続ける。


「守れなくてごめんね、けーちゃん」


 溢れる涙が炎の温度で蒸発していく。


「貴様、何者だ!」


 空を見上げる私の背に向けて、馬の足音を連らせた男が威勢良く声をかける。

 何者か。私にそう聞かれても困る。私は勇者ではない。だってたった今、私は勇者を殺したのだから。──そうか、私は勇者を殺したんだ。勇者を殺す存在なんて、最初から決まっている。

 私は剣を抜きながらゆっくりと振り返る。


「我こそは魔王軍。勇者の軌跡を屠る者。邪魔をするというのなら、容赦はしない」


 剣先を騎士団に向けながら、私は名乗った。

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