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魔王軍を名乗る者  作者: 輝静
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勇者でない者

 あらゆる魔物の血を垂らしながら、私は関所の前に立つ。

 衛兵が嫌そうに顔を顰める。


「身分証はお持ちでしょうか」


 そんなこと初めて聞かれた。思えばこの世界に来た時は何かと魔王軍だなんだでぐだぐだな体制で、勇者だと言えばどこも通してくれたざる警備だった。けれど今は一々呼び止めて聞くくらいの余裕はできたらしい。

 でも困ったことに、私はこの世界の身分証なんて持ってない。そんなもの持たされるよりも先に剣と貨幣を握らされ、名前を聞かれる事なくどうか魔王を倒して下さいと背中を押されて外に身一つで放り出されたから。


「すみません。身分証はなくて」


 門番は鼻で笑い、呆れた目を向ける。


「申し訳ありませんが、身分を示す物がないのであればお通しすることはできません。もう少し警備の薄い国で作られてからの来訪をお待ちしております」


 おそらくいつもの姿なら、もしくは少なくとも顔がしっかりと見える姿なら勇者だと分かってくれたかもしれない。でも生憎、今の私は上から下まで、魔物の血でカラフルに染まっている。

 何かないかと鞄を探り、硬い何かを掴んだ。取り出してみると教皇からもらった褒章だった。


「これでもいいですか?」


 褒章を差し出すと、門番は嫌々手を伸ばして摘むように取り、訝しげにじっと見る。


「これ何か分かるか?」

「貴族の紋章か?」

「家名が無いな。しかも見たこともないシンボルだ」

「でも粗雑品ではないな。造りがしっかりしてる」


 門番は話し合った結果、私に向き直る。


「失礼ですが、こちらはどこで手に入れた物でしょうか」


 先ほどよりも改まった声で。


「大聖堂で教皇から貰いました」


 門番はまた少し離れて相談をしている。


「大聖堂らしい」

「なら教会の者に聞けば分かるか?」

「少し聞いてこよう。──失礼。こちら少し預からせてもらってもよろしいでしょうか?」

「構いません」


 門番は礼する事なくすぐに国に入る。

  仮に盗まれたとしても、私にとっては特に大事でもなんでもないただの記念品だし、雑に握られたところで気にすることはない。


 勇者とバレていない以上、変に警戒されても困るから毛綿の姿を見せることはせず、近くにあった石に腰を下ろす。

 しばらくすると、慌てた様子で門番が戻ってきた。


「大変失礼いたしました勇者様! どうぞお入り下さい!」


 褒章を立派なトレーに乗せて戻ってきて、深々と腰を曲げている。

 それを見たもう一人の門番も同様に腰を折った。

 私はトレーの上の褒章を手に取って、どうもと国に入る。


 宿を探して身体を洗っても良かった。むしろそうしたかった。でも、それよりも先に私は冒険者教会(ギルド)に入っていく。

 汚い格好で人が寄らないから、誰に引き止められる事なく真っ先に目的を終えられそうだったから。


 教会に入ると野次が飛んでくる。

 冒険者からすれば、小さな鞄だけ下げ、あとは手ぶらな私は何も戦果を取ってきていないくせに、一丁前に格好だけは激戦を果たしてきたように見えるからだろう。


 私の後ろに並んだ人からは、くせーんだよ水浴びしろとか、服洗ってこいとか散々言われ、私を蹴飛ばして魔物の血がついた服を弁償しろなどと言ってきた。


 私の担当となった受付の人は、隠しても隠しきれない嫌悪を見せている。


「お疲れ様です。冒険者カードの提示をお願いいたします」

「すみません、冒険者ではなくて。スタンピードの討伐の報告に来ただけです。凍結してそのままにしているので、どうか処理の方をお願いしたくて」

「スタンピード……ですか?」


 周りの冒険者は呆れたような声を出した。私がホラ吹きかのように。


「ここから約五十キロ西の丘陵地にあります」


 私は同時に褒章を出しながらそう答える。

 不思議そうに褒章を見つめた後、上の者に確認してきますと少し待たされる。


 ギルド長と思える人がやってきて褒章を確認し、目を見開いた。


「無礼を働き申し訳ありません勇者様」


 ギルド長が頭を下げると、さっきから距離があった冒険者はさらに距離を空けたかと思えば、騒がしい声は嘘のように消えていた。


「スタンピードの確認と消失はすでに取れました。申し訳ありませんが、スタンピード討伐の報酬に関しましては国と一度協議した上でないと出せませんので……」

「いいです。その時にはおそらく発っていると思われるので」


 私はそれだけ言って冒険者教会を後にした。

 その辺で見つけた宿に入って、汚れた服を脱ぐ。

 部屋代よりも高い風呂代を払って、自分で井戸から水を汲んで、火をつけて湯船に浸かる。


 所詮、勇者でない私はこんなもの。言葉に信頼なんてないし、存在に威厳もない。

 別の道と言ったけど、勇者でなくなった私に価値などあるのか、分からなくなる。この世界では、前みたいに適当に生きて適当にどうにかなるなんてことはないから。貴族も民衆も男も女も、皆結局、決められた道を歩いているように思える。

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