スタンピード
日が暮れ、私は木を擦って火を起こす。
本来ならこれだけじゃ火はつかないだろうけど、私のスキルでしっかりと火は起きる。
私は松明を作り、夜道を歩き続ける。引き止められるかもと、馬車にも竜車にも乗らなかった私が長い時を掛けずに次の国に行くには、スキルに頼るか、ひたすらに歩き続けるかのどちらかだから。
でも、疲れを感じないのはスキルの影響だから、どのみちスキル頼りではある。結局、この世界で生きていく為には、私は常にスキル頼りになる。ただ、少しでも普通の人に見える選び方をしている私のエゴなだけ。
夜が明け始め、少し遠くに村が見えた。
せっかくだし宿屋があればそこで一泊して、馬でも借りれればと思って村に向かう。村の人なら、私を縛りつけようとはしないだろうし、お金を払えば貸してくれるだろう。
太陽がすっかり顔を出した頃くらいに到着する。遠くに見えていた村は今目の前にある。
まるで廃村かのように静まり返って、村自体ボロボロだった。
地面には少ない人の足跡を掻き消すかのように、他の生き物の足跡が無数についていた。
もう少し奥まで歩くと、成人男性一人なら胃に入れられそうな大きさのトカゲ型の魔物が死んでいた。
そして、その傍には数えたくない多さの人の──男性の死体と申し訳程度の壊れた武器が散らばっていた。
腰に携えた剣を力強く握る。激しくなる動悸で崩れそうになる身体を支えるかのように。
目を閉じて何度も深呼吸をする。鉄臭い血の匂いが肺いっぱいに広がり、再び外に出る。
足が地面に縛り付けられる前に無理やり動かす。
一人一人しっかり見る。誰か生きている人はいないか。ほんの少しの動きも呼吸も逃さないように、目も耳も、感覚を鋭くする。
地を踏みしめる音すら煩わしくて、ほんの数センチ浮いて歩く。
「……っ」
ほんのわずかに音が聞こえて、私は駆け寄る。
「生きてますか?」
何の返答もない。でも、僅かに呼吸をしている気がする。
私はスキルを使って治していく。傷を塞ぎ、血管を繋ぎ、骨のかけらがパズルのピースのようにはまっていき、血が巡り、体が膨らみ、心臓がまた元気に動いていく想像を鮮明に思い浮かべて。
最初は彼の指先がほんの少し動いた。間もなく全身が動き、大きな咳を伴って四つん這いで起き上がる。
「ゆ、勇者様……来てくださったのですね」
「一体、何があったのですか?」
「スタンピードです。最初はこの魔物一匹だけ侵入したのだと思い対処したのですが、間もなくして他の魔物が一気に押し寄せ、魔物もろとも踏み潰されてしまい……。俺はたまたま踏まれ方が良かったのでしょうが、勇者様が来て下さらなかったら、その運も無意味だったでしょう」
「スタンピード……」
本来なら、もっと早く国がその予兆を察知するはず。それができなかったのは、おそらく、きっと……
「ごめんなさい」
私の祝典に人員を割いたから。それに、花火や鐘の音、もしかしたら大勢の移動で、一層刺激をしてしまったのかもしれない……。これは、私が引き起こした。
「勇者様が謝ることではありません。幸い、女性や老人、子どもはこの魔物が来た時点で既に避難していましたので無事です」
竜車……いや、せめて馬車……ううん。スキルで身体強化をして歩いていれば、きっと間に合っていた。この村は壊れなかった。誰も死ななかった。
私は剣を強く殴る。痛みはない。ただ硬い。鞘の中で刃先がぶつかる音が響いた。
「勇者様」
「私の、せいです。ごめんなさい」
何も言われなかった。口を固く閉じて、言葉を出さないように封じているよう。
分かってる。この人も言いたい。勇者様がもっと早く来てくださればって。私が彼と同じ立場なら言っている。
友がいただろう。家族がいただろう。他にも──どんな関係だろうと、大切な人がこの中にいたかもしれない。私が──勇者がもっと早く来ていれば、失うことはなかった。だから、言いたくて言いたくてしょうがない。でも、言わない。
言っても失った者は戻らないからなのか、それとも自分を救ってもらった以上責められないのか。
だから、勇者なんて大役私には務まらないんだ。私は責められないことにほっとしている。彼の為に泣けない。彼の為に苦しめない。彼の為に寄り添えない。
「スタンピードは、どちらに……」
「詳しい方向は何とも。あちらに向かったとしか」
「情報提供、感謝します」
足が重い。腕が重い。剣が重い。心が重い。また私は、殺しにいく。勇者の責務を全うする為に。
スキルを使って階段を登るかのように、空へ進んでいく。
家よりも高く、木よりも高く、丘よりも高く、空を歩いていく。
両手の親指と人差し指をそれぞれ合わせて目に持ってくる。
双眼鏡を覗いたような視界でスタンピードを探し、見つけた先にワープゲートを開く。
「けーちゃんごめんね。また危ないことに付き合わせて。危ないから、出てきちゃダメだよ」
布袋の封を強めに締めて、剣を抜いてゲートを潜る。
目の前に上がる私の何倍も高い土煙。
私は剣を強く握りしめ、歩いてさらに近づく。
剣を構えて一振りする。重さが一気に加わる。剣が私から離れるほどその重みは増えて、腕に粘り気のある湿りが張り付いていく。
スタンピード自体の長さはかなりなものだった。百メートルくらいだったと思う。横も、とても剣の長さじゃ足りないほどだった。それだけ多くの魔物が群れを成していた。でも、私の剣が半円を描く頃にはもう消え失せ、代わりに血の海が現れていた。もう何もかもめちゃくちゃな光景が、当たり前のように映っている。
波のように上がった血飛沫は、私の全身を余す事なく染めていく。
「ごめんね。びっくりしただけだったのに、勇者の為に殺して」
私は剣をしまいながら血の海に足を浸し、魔石を回収してあとは凍結保存する。
冒険者協会に報告さえしとけば、毛皮を剥ぎ取るなり肉を加工するなりするだろうから。
私は次の国へのゲートを開いて、血塗られたままその場を去る。




