普通の女の子
翌日も私はただ町を巡る。今日は湖畔を目指した。剣を置いて。
途中おばあさんが両手いっぱいに荷物を持って転びそうだったから、身体を支えて代わりに持った。
「ありがとうございます。勇者様」
おばあさんはまるで私にご利益があるかのように手を握りながら何度も頭を下げた。
祝典の準備で皆忙しいのか、それともこれがデフォルトなのか、困っている人がいても皆スルーしてた。
それを一つ一つ掬っていった。子どもの面倒を見た。電気を変えた。荷物を持った。命綱になった。農作業を手伝った。服のほつれを直した。
流石は勇者様。ありがとうございます勇者様。何度も受け取った。でも、もう一つ。女性らしい器用な手先と、男性から多く受け取った。
もう湖畔に行くには遅い時間になっていた。
夜は魔物やモンスターが出るかもしれない。逃げればいいけど、逃げた瞬間を誰かに見られるかもしれない。そうしたら何か言われるかもしれない。
毛綿を救った時も言われた。なぜモンスターを助けるのか。それを助けるくらいなら人を一人でも多く救ってくれ。早く魔王を倒してくれ。魔王軍の味方をするのか。そう、言われた。
だから、魔物やモンスターに相対して逃げることはできない。逃げたら私は裏切り者になるかもしれないから。
「ごめんねけーちゃん。また明日、ゲート使って行こうか」
本当は歩きたかった。あまりスキルに頼りすぎると、人間本来から離れてしまう気がしたから。
城に戻って汗を洗い流して体力を作る。今日は珍しく王女様を見かけた。私と同年代っぽい王女様。
でも、距離は同年代にならない。私が軽く一礼すると向こうは深々と頭を下げる。私が背を向けるまで決してその場から動かない。
王族ですら私は立場が上の人らしい。それなら、貴族でもなんでもない人からすれば私は神かそれに等しい存在かもしれない。
息が詰まりそうになる。
皆に嫌われる大金持ちか、皆に好かれる貧乏人か。今ならその答えを淀みなく言える。
翌朝、私は町の様子を見ることなく湖畔にやってくる。釣り人が湖に糸を垂らし、冒険者が採取をしてる。
私は湖のほとりに腰を下ろし、毛綿に湖に反射する景色を見せる。何かが動いて湖の景色が崩れるたび、毛を逆立たせている。
「怖くないよ。大丈夫。何かあっても私がけーちゃん守るから」
けーちゃんの毛を撫でて、捻って、湖を中心とした生態系に目を向ける。
今日は毛綿を地面に置くことはしない。人が多いから潰されるかもしれないし、冒険者が誤って野良のモンスターだと思って殺すかもしれないから。
「勇者様は、このようなところにいてもよろしいのでしょうか?」
釣り人か、冒険者か、どちらかは分からない。そっちに目を向ける気がしないから。
「座っているのも許されないのでしょうか」
「勇者様の助けを願っているものは多いです。昨日妻を助けていただいたように、小さくも必要とされる方は多いでしょう」
「…………私、いくつだと思いますか?」
「そのような話は聞いたことありませんので存じ上げません」
「……私も確証はありませんが、おそらく十六か十七くらいだと思います。どのくらいこの世界にいたか分からないので。でも、前の世界では私は学校に通う学生でした」
「そうですか。随分と恵まれた日々を送っていたのですね」
「それが普通なのです」
「こちらの普通は勇者様くらいの女子は子を持ち、家庭を持ち、炊事洗濯家事育児、男を支える為に働くものです。恵まれた環境が普通であることを知っている勇者様なら、きっとこの世をもっと良くできます。孫が勇者様くらいになりました時、そのような世界になっているといいですな」
なら私はいつになったら腰を下ろすことを許されるのか。それを聞く勇気はなかった。望んだ答えなんてもらえないから。
普通の女の子に戻りたい。そんな願い、勇者には分不相応すぎるのだろう。
◇◆◇◆◇
祝典が開かれる。各国から主要人物が押し寄せ、私は大広間の中央で絶え間ない貴族の挨拶に付き合い、並べられたご馳走に手を伸ばす暇もなく、どうもどうもと指紋が無くなるのではないかと思うくらい長く多く握手をする。
毛綿はお腹が空いたのか、時折腰につけている魔石の袋に入り込んでいく。
翌日は飾り付けの終わった町中をパレードの中心となり巡っていく。紙吹雪が舞い上がり、花火が打ち上がる。
歩いた方が早いと思える、のっそりのっそりと動く馬車。ずっと口角を上げていると表情筋が固まっていき、途中から笑顔になれているか心配になる。毛綿は馬車の中を跳ね回り、大きい音や振動が響くと私の服の中に潜り込んで避難する。
さらに翌日。大聖堂で魔王討伐の褒章と報酬を受け取る。
授与後は祈言に付き合わされ、私の今後の勇者のとしての道を祝福されて、滅多に鳴らさないという大鐘の音を響かせて解散となった。
私はもらった報酬を使い、食料と魔石を買い込んで町を出た。
皆は私が勇者であることを望んでいる。でも私にそんな大役は似合わない。だから、新たな道を見つける為に、私は旅に出る。
「ずっと一緒だよ、けーちゃん」
いつもより魔力の純度が高く、値段もそれに伴って跳ね上がった魔石を食べて満足し、もうすっかり布袋の中で眠っている毛綿に小さく語りかける。




