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魔王軍を名乗る者  作者: 輝静
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平和な世

 未だに感触が残る手を閉じては開いてを繰り返しながら、来た道を引き返していく。

 動かしている手をおもちゃとでも思ったのか、肩に乗っていた白い毛に全身覆われた魔王の創造生物(モンスター)の毛綿が肩から私の手に降りてくる。


「こらこら、危ないよ」


 自然と高くなる声に小さな笑い声が混じる。

 その声に反応してか、毛綿が手の中で大きく跳ねる。


「う〜ん可愛い〜。嬉しくなっちゃったの〜」


 毛綿を両手で包み込み、頬でスリスリしながらワープゲートを展開し、王国へと戻っていく。


 街中を闊歩する私を、人々は足を止め、手を止め、顔を動かして目で追ってくる。

 聞こえてくるひそひそ声には期待が込められ、表情が明るく、笑顔が蔓延している。


 城に入る私を門番は止めず、従者も止めず、玉座の間に入る私を誰一人として止めなかった。

 誰もいない玉座の間に、血と埃と土で汚れた服を身に纏い、悪臭を放っている私ただ一人が立っていた。

 毛綿にご飯の魔石を与え、広い部屋を目一杯使って追いかけっこをしていると、慌てた様子で陛下がやってきた。


「ひ、久方ぶりです勇者様。事前にご連絡いただければ迎賓の用意をいたしましたのに」

「そんな魔王を倒せる確証も無かったのに、連絡なんて寄越せませんよ」


 愛想笑いを浮かべながら陛下に返すと、陛下の息はさらに荒くなる。


「それは、つまり、やってくださったのですか、勇者様」

「どうでしょう。全てに剣を向けられたかは分かりませんが、魔王はもうこの世にはいませんよ」


 陛下も、護衛人も、従者も、厳粛な場ということを忘れ、各々歓喜に打ちひしがれていた。


「なんとお礼を申せば良いか! お救いくださりありがとうございます! どうか盛大な祝典で勇者様を労わせてください!」

「え、いや〜私あんまりそういうの慣れてな──」

「そうと決まれば今すぐ準備を! 各国にも連絡を! 寝れない夜の覚悟を!」


 陛下は浮立ちながら人を動かし、見窄らしい格好をした一人と一匹をまるで正反対な荘厳な空間に置いて行ってしまった。


「とりあえず、お風呂入りたいね」


 水に濡れるのが嫌なのか、お風呂という単語を聞いた瞬間、私の側から離れて一生懸命部屋の隅まで跳ねていく。

 そんな毛綿を、ギリギリ追いつかない速度で追っていく。


 ひとしきり二回目の追いかけっこをして、毛綿が休憩を挟むようになったところで私もゴロゴロと床に寝そべる。

 最初は私にくっついて休んでいた毛綿が暑いのか、それとも動きが煩わしいのか、私から距離を取り始めると、私はそんな毛綿の後を寝転がりながら追って、身体で囲みこむ。


「けーちゃん逃げちゃめー」


 しばらくすると、重厚な扉が開き、数名のメイドが部屋の向こうで一礼している。


「勇者様。お部屋のご用意ができました」


 毛綿を手に乗せ、メイド達の後をついていく。


「こちらになります。長い旅路の疲れがほんの僅かでも癒えることを願っております。本当にお疲れ様でした、勇者様」

「いえいえ〜。それより先にお風呂に入りたいんですけど、どこにありますか?」

「これは失念しておりました。大変申し訳ありません。今すぐ準備してまいります」

「あ、いや、私シャワーだけでもいいので場所と着替えだけお願いしたいのですが」

「勇者様がお手を煩わせる必要はありません。勇者様の身は責任持って我々が清めます」


 我々が……ね。まるで私がメイドにお風呂で洗われているような言い方……って!


「いやいやいやいや! 絶対嫌です! 私一人で入ります! いえ、入らせてください!」


 ですがといやの言い合いを五往復ほどして、ようやく私はまるで銭湯の一番風呂に来たかのような、誰もいないだだっ広いお風呂に入らせてもらっている。


「って、けーちゃんがいたね」


 桶に半身だけぬるま湯に浸からせているけーちゃんは、必死に毛についたお湯を舐めとろうとしている。ま、顔見えないけどね。


「終わったね、旅」


 私は湯気で曇る天井を見上げながら、毛綿に話しかける。


「もう、殺さなくていいのかな」


 無意識に手を見つめる。どんなに洗おうと、浸そうと、手に染みついた剣の重さも斬った感触も決して消えることがない。


「気味の悪いモンスターや魔物は倒しやすかった。虫はともかく馴染みのある動物に似たモンスターや魔物を倒すのは心苦しかった。意思疎通のできる相手は倒したくなかった。人となんら変わらない存在を倒すのは嫌だった。勇者って、なんなんだろうね。思った以上にやりたくないことやらされるものだね」


 私は毛綿を桶から出して、お風呂から出る。


「でもまあ、けーちゃんに会えたからいいかな。危ないとこいっぱい連れ出してごめんね。これからは楽しいとこいっぱい行こうね」


 部屋に持ってこられた食事は豪勢で、干し肉とか実とか魚とか水分持ってく乾いたパンばかり食べていた身体に沁みる。


「けーちゃんはこれしか食べれないのが残念だね。お金入ったら、純度の高い魔石買ってあげるから」


 魔石を数個盛り、毛綿に食べさせる。モンスターは魔力しか食べないから。だから、野良のモンスターは魔石以外にも、魔力を保有している魔物や人間を食べたりする。食べるのは魔力であって魔法ではないし、魔力だけを食べるというのは無理だから。空気みたいなものだし。

 一説には、魔力を蓄えさせて魔王が吸収する為だとかなんとかあったけど、今や事実かどうか確認する術はない。殺しにくくなるのが嫌で、聞くこともしなかったから。

 でもいい。だって、もう平和になったから。


◇◆◇◆◇


 ベッドに横になったところまでは覚えている。

 いつの間にか眠っていたのか、目を開けるとカーテンの隙間から光が差し込んでいた。

 メイドも寝ている間に来ていたのか、清潔な服が置かれていた。

 顔を洗って目を覚まさせてから服を着替え、髪の毛も纏める。最後に歯を磨いて、いつの間にか起きて動き回っていた毛綿を肩に乗せ、もう片方の肩に鞄を掛け、剣は置いて部屋を出る。


 朝食を持ってくると言われたけど、それを断って城の外に出る。

 なんの責務にも追われない、ようやく掴み取った日。私は噛み締めるように毛綿に色んな景色を見せてあげたくてたまらなかった。


 ドイツの旧市街のような町は魔王討伐を成した私の為の祝典の準備をしているのか、皆飾り付けに精を出していた。


「これはこれは勇者様!」


 一人がそう声をかけると、他の人も手を止めて私の元に足を進める。


「ご無事で何よりです勇者様!」

「勇者様のおかげで安心して眠ることができます。ありがとうございます!」

「勇者様万歳!」


 方々から声をかけられ、道を塞がれ、退くスペースすら残されていなかった。


「いえその、皆さんのおかげでもありますから」


 もう少し私が自信に溢れ、誇りを持てたのならこの賞賛も気持ちの良いものなのだろうけど、生憎私は持ち合わせていない。

 だって、今ここで勇者をしていなければ、私はただの学生だったから。危険とか死とかそういうのを身近に感じもしない、平和ボケしてなんとなく日々を過ごしていただけの学生。

 勇者という肩書きですら未だに私でいいのかなって思うのに、私一人に対する賞賛なんて重すぎてしょうがない。


 居た堪れなくてどうにか離れたいと思っていた矢先、荷物を詰みすぎたのだろうか、荷車の車輪が坂を転がってくる。

 それに気づいた瞬間皆一斉に声をあげて端に寄っていく。

 そんな危ない状況に私は助かったと思った。


 コマ割りのように場面と時間を分割して、私だけそのフィルムの中を滑らかに歩いていく。

 勢いを失った車輪を手に取り、空間を元通りにする。


 流石は勇者様と、手に持った車輪を見て人々は言う。今となっては何をしても流石は勇者様と言われてしまう気がする。


 荷車も元に戻して、私は囲まれる前に去るように早歩きで町を歩く。坂の多いこの国の、最も高い丘を目指して。


 本当は街並みの景色も楽しみたかったけど、道行く人の大半に声をかけられ続け、それどころじゃなかった。でも、どうにかお目当ての場所まで来れた。

 誰もいない一人と一匹だけ、なんてことはなく、冒険者なのか警邏なのか、武器を携え防具を身につけた人がちらほらいた。


「勇者様ではないですか!」


 ここでもそう声をかけられる。ゆっくりと町を見下ろす暇もない。

 討伐前はどうかどうかと急かされ、今は流石流石と引き止められる。


「剣はどうされたのですか? 折れてしまわれたのでしょうか?」

「いいえ。城に置いてきました。今は剣が必要な状況はないと思いたいので。あると嫌でも意識しますからね」

「それは大変お疲れ様です。しかし良いですね。我々は今でも剣がないと落ち着かないので。まさしく剣と生きてきたといいますか。剣がないと我々は戦えませんので。魔王がいなくなったといえど、生身の人間が勝てない存在は多くいます」

「この辺に魔物でも出たんでしょうか?」

「いえ、ここは急激に増えたとかはありませんが、魔王がいなくなったことによる魔物やモンスターの分散は避けられないでしょう。いずれ、大規模な掃討作戦が実施されると思われます」


 遠回しに、私にそうなる前にどうにかしろと言っている。魔王を倒して世界は平和になりました。なんていうのは半分事実で半分嘘なんだろうな。恐れていた脅威はなくなった。それはそれとして、変化による後始末がこれから始まる。

 いいな。魔王を倒して終わりの物語は。現実《わたし》はいつまでこうして突っ立って風を受けることができるんだろう。


 太陽の位置が随分とずれて、ようやく一人になれた時間ができた。

 地面に座って町並みを眺める。飾りつけられ豪勢になっていく町並みに大した感動はない。そもそもこの町──国自体それほど思い入れはないから。

 せいぜい旅の資金調達のために王城に入り、魔王軍の情報をもらっただけ。他の国だってそう。せいぜい長居したのは半壊された国ぐらい。

 この世界に来て早々に勇者ら魔王やらなんや言われて、見知らぬ世界で頼れる場所も人もない、どうすることもできない状況にあったから、言われた通りのことをしただけ。


 帰りたくて、どうにか地球とのゲートを繋げようと何度も画策した。でも、できなかった。この世界ならどこにでも繋げられるのに。

 考えられるとすれば、地球には魔力がないからそもそもスキルであっても地球の存在を観測できないのだと考えた。


 絶望なんてものじゃなかった。こんな意味の分からない怖い世界に一人で投げ込まれて、私はこの世界の人にとっての魔王とは別の意味で不安で仕方なかった。家族に会いたい。友達に会いたい。楽しみにしていた事や物だってたくさんある。でも、もうそれは叶わない。抗えない虚無と現実が私をぐちゃぐちゃにした。

 それでも、毛綿がいたから、私はどうにか人を取り戻した。力になれなくても、話せなくても、ただ、側にいてくれるってだけでこんなにも救われるだなんて初めて知った。だから──


「けーちゃん。綺麗だね」


 毛綿と共有するものはなんでも輝いて見える。毛綿は家族という居場所であり、友達という刺激だから。


 けーちゃんを自由に走らせて、時折魔石をあげる。

 少しずつ変わっていく景色を背景にけーちゃんをずっと眺める。

 色鮮やかな世界がオレンジ色に染まっていく。久しぶりに……ううん、前ですらこんな長時間ただぼーっとするなんてできなかった。前は前で娯楽がたくさんあったから。未だに初めてがあるんだと思う一方、そんな初めてを経験するほど私は変わってしまったのかと思ってしまう。


「美しいですね」


 さっきまでは確かに誰もいなかった私が座っている横に、足元まで裾が伸びている黒のローブを着た、ほぼ目が開いてないといっても過言ではないくらいの糸目の、限りなく人に近い緑髪の男が立っていた。


「観光客? それとも魔王軍の残党?」


 男は胸に手を添え一礼した後後ろで手を組み、飄々としながら、整った笑みを浮かべて答える。


「面白い質問ですね。しかし残念ながら、その二択のどちらでもありませんね。たしかにほんの少し前まではわたくしも魔王軍を名乗ることができましたが、もう魔王はいませんのでね。そして観光客というほどこの国にもさして興味はありません」

「なら敵討にでもきたの?」

「おかしなことを仰りますね。先ほども申し上げましたが、もう魔王軍はありません。あなた自身で終止符を打ったではありませんか。あなたを倒して魔王軍が生まれるのならそれも良い提案ですが、そうでないのなら無駄な労力を使うだけです」

「じゃあ何をしにきたの?」

「何か目的がなければ行動してはいけないのでしょうか?」


 その言葉に私は何も答えなかった。この世界の正解なんて私は知らないから。

 でも一つ。ほっとはした。剣がないからとか、怖いから戦わなくていいという事にじゃない。殺さなくていい。それだけで、私は少し穏やかに話に耳を傾けられる。

 私は両方の手首を握るようにしていた手を離して、少し背をのけ反らせて後ろに手をついた。


「勇者の様子を見にきただけです。以前の勇者は……おっと、以前から始めてしまえばただ死の繰り返しですね。ではもっと前、かつての魔王が倒された時の勇者は、自分の戦果を鼻高々に語り、最終的に吟遊詩人となりました。また別の勇者は目当ての姫君を婚約者として迎え、一国の王となりました。また別の勇者は隠居し、山奥で自給自足の生活をしていました。また別の勇者は、戦いに飢えた結果虐殺を行い、犯罪者として処刑されました」

「随分と詳しいんだね。まるで見てきたかのよう」

「魔人ですから。見てきましたよ。初めて魔王が誕生したその瞬間から。だからこそ、あなたが一体どのような選択を取ったのか気になって見にきたのですが、あなたは勇者であり続けるようですね」

「だって私はその道しか知らないから」

「そうですか。ではあなたが別の道を知った時、再び拝見させていただきます」

「なんでそこまで勇者に興味があるの?」


 男は薄く平べったくなった毛綿を掬い上げる。


「勇者がいれば必ず魔王軍は生まれます。そして、逆もまた然り。魔王軍があれば勇者が生まれる。あなたが再び魔王軍に相対する勇者となるのか、それともその座を別の者に渡すのか。魔王軍が居場所の者にとっては大切なのです」


 男は毛綿を私の手の中に戻し、私の視線がずれた一瞬で姿を消した。

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