スキル:想像
久しぶりに夢を見た。ママの怒声に起こされて、イライラしながら起き上がる。何時に帰ってくるのという質問にも知らないと不機嫌に答える。
甘い物が食べたくなって、会社に行く前のパパを呼び止めてケーキを頼んだ。仕方ないなとため息を吐くパパを見送って、トーストを食べる。
ママも仕事に向かう。夕飯は何がいいという言葉に何でもいいと返す。
学校では友達と話す。テスト期間に入るから、自然と話題が固まる。ワークやらないといけないなんて面倒くさいなと愚痴をこぼす。
放課後はバイトに行く。シフトが変わっていて、話しやすい人になっていたからラッキーなんて思いながら、いつもよりちょっと雑に楽しくやっていた。
店長にテスト期間でシフト減ること伝えて、私はケーキを楽しみに家に帰る。
暗い道に光が差し込んで、私は目を覚ます。
視界には土に刺された剣の鞘が見える。
木に寄りかかって座り込んでいたら、いつのまにか寝入っていたらしい。
「帰りたい……」
毛綿と一緒にいるようになってからはあまり見ることがなかった前世の記憶。視線を向ける毛綿がいなくなって、無意識に私はまた前世に縋り付いてしまう。
夕飯はなんだったんだろう。ケーキはどんなの買ってくれたのかな。そんな小さな疑問が私の目を濡らす。
ダメ元でまた、ゲートを開いてみる。目に焼きついた自分の部屋に。ゲートの先に私の部屋があるのに、水面に映る景色のように、触れるとぶれてしまう。やっぱりゲートの先に行くことができない。
行き場の無くした手をしばらく宙に放置する。何も掴めない手に胸が苦しくなる。
前までなら、この無には毛綿がいたから。
──ああ、会いたい。
私は手を強く握りしめて、歩き出す。全てを奪った勇者。唯一残った無すら私から奪わせない為に。
次の国は山に囲まれた窪みの地にある。そこも勇者が救った国だ。
相手は水を操る魔族だった。天候が大荒れの中襲撃に遭い、勇者がついた時は水に沈む国だった。でも、ギリギリ勇者は間に合った。国中の水を勇者の掲げる手の上に集め、全て空へと返した。
その魔族は怒っていた。埋められた故郷を元に戻しただけだと。でも、人々は言った。助けてください勇者様と。
勇者は魔族に剣を振るった。魔族は睨んでいた。勇者を。国を。
その魔族は命絶えると同時に山の土砂に覆い隠された。
そんな魔族が埋まっている山の頂点までやってきた。
山を降りようと足を進めると、突如現れた細い剣が私の道を阻むかのように刃先を首元に当てられる。
「先刻、国を一つ滅ぼしたと言われる黒の魔王軍というのは貴様だな。悪いが、貴様をこの先に進めることはできぬ。大人しく首を斬られるのだな」
「随分と情報が回るのが早いんだね。勇者が無償で依頼を引き受けたという情報とどちらが早いのやら」
「貴様のような存在がいるからこそ、情報の速度というのは常に進化しているものだ」
「なら精度も上げるべきだね。君じゃ私を止められない」
私は剣を避けて先に進もうとするが、一瞬で私の首に再び剣を当てる。
「この状況に陥っても余裕とは、随分と自信があるのだな。どう切り抜ける」
「別に、普通にだよ」
私は真っ直ぐ前を向いて歩く。
「透過か」
「何が?」
「貴様のスキルだ」
「……さあ、どうだろうね」
「ならば、わたしと随分と相性が良い」
私は少年……のような青年に身体を向ける。
「邪魔をしないなら私は君を殺さない。君は死にたいの?」
「いや。わたしはただ貴様を殺すだけだ」
次の瞬間、青年の姿は見えなくなった。木の枝や葉が動いて、時折地面が軽く蹴り上げられたように土や枝、枯葉が舞い上がる。
「貴様の負けだ」
次に姿を現した時、青年は私の目の前にいた。
「君もスキル持ちなんだ」
「冥土の土産に教えてあげよう。わたしのスキルは神速。いかなる相手の反応速度よりも早く動ける。もう貴様を百回は斬った。今に全身から血が流れ、そして刺された心臓は自ら動いて吐き出す血に溺れて動けなくなる」
視線を下ろすと、青年の細い剣が私の胸を刺していた。
私はゆっくり後ろに下がって、身体から青年の剣を抜く。
青年の剣に血はついておらず、まるで鞘から抜いたばかりの新品のようだ。
青年信じられないと言わんばかりに剣先を凝視している。
「君はさっき相性が良いと言ってたけど、逆だよ。君はたしかに速い。認識できないほど速い。でも、その速さに足を掬われたね。君の極意は相手が気づかない内に殺すことでしょう。無理だよそれじゃあ。だって、私はやられたなんて知らない。知らないことは無いも同然なんだよ」
「何を意味の分からないことを! 何かの間違いだ。次こそ仕留める!」
私は鞘から刀身をゆっくり出して、一瞬で前にスライドするように動く。立ち止まったところで、僅かに出した刀身を再び鞘に納める。
背後で何かに溺れるような吐く音が聞こえた。
振り返ると青年は大きく胸を斬られ、力無く膝をついて地面に横たわる。
「あり……えない……いつ、斬った……」
「イメージの問題だよ。剣を鞘に納めた瞬間、相手が斬られて血を吹き出すっていう定番のシーンを再現しただけ。冥土の土産に教えてあげるよ。私のスキルは透過じゃない。想像だよ」
青年は虚に目を開き、やがて光は失われていった。
血の匂いを嗅ぎつけた魔物が寄ってくる。私は食べられる青年を背に、山を降りていく。




