錬金術師
ゲートを使って不法入国し、私は図書館を目指す。
私の記憶とは随分と変わっている。水で埋められた経験からか、山に穴が開けられている。水を逃す役割と探索を兼ねているようだ。
この国は自然豊かな山に隣接するように鉱山もあるからか、結構発展している。
前世の理屈ではありえないことも、この世界では当たり前なのだと改めて実感する。
町の壁には世界の救世主を讃えるための勇者の人相画が貼られ、その隣には魔王軍の手配書として、今の私の格好が書かれた紙が貼られている。
厄介だなと顔を顰める。フードを取れば勇者の顔が現れ、フードを被ったままだと手配書そっくりだ。
案の定見回りをしていた衛兵に呼び止められる。
どうするべきか。そんなの簡単なこと。時を止めてしまえばいい。
動きの止まった世界で私だけ歩いて図書館を目指す。
この国の地図を手に入れて、私は空から国を伺うと同時に、時間停止を解除する。
城壁内だけが国なら簡単だったのに、領土内に山の一部もあるらしくて、どこまでが国境内なのか悩まされる。
国境を示す何かがないか、目を細めて全体をサーモグラフィのように探知に特化した視界にする。
一周ぐるっと見回していると、謎に一軒の小屋があった。
私は一直線に飛んでいき、無断で小屋に入る。中は無人だけれど生活感はある。
山菜や木の実が積み上げられ、石を研いで作ったと思われる刃物もある。
サイズバラバラのボロボロになった服が山積みにされている。
一体どんな蛮族が住んでいるのやらと、ドアを離して奥に進む。
机が一つ置かれて、床には勇者の人相画や私の手配書が散らばっている。
思わず顔を顰める。自分を記された紙がこんなに集められてて良い気はしない。むしろ気色が悪い。
そんなに私の顔が好きなのかと一枚拾い上げると、光で文字が透けて見えた。
裏面にひっくり返してみると、何やら大量の書き込みがあった。色んな色で書かれており、ところどころ図や魔法陣みたいなのが挟まっている。
よくよく見てみると、机のそばには潰された植物や、ペン代わりにしているであろう削られた枝があった。
他の紙の裏面を見ても、全て何かしらびっしりと書き込みがあり、他にも薄い木の皮にもびっしりと書き込みがされていた。
なんなんだろこれとずっと見ていると、重いのにどこか軽さのある音がした。
振り返って見上げると、家主と思われる見窄らしい格好をした金髪の女性が木の棒を手に立っていた。
「国の奴か。これ以上何を奪うつもりだ。お前らの警戒するようなものなどこの場には何一つない。全てお前らが奪ったのだから」
その目には憎悪が宿り、その声には怒りが滲んでいた。
「朗報か悲報か、私は国の人間じゃない」
「信じられるか。ローブで身を隠すなど小賢しい真似を。もう一発殴られたくなけりゃそのローブを脱いで姿を見せるがいい」
そう言いながら、女性はすかさず顔に一発入れてきた。
「私はただの魔王軍だ。君が嫌っている国の人間なんかじゃない」
「魔王軍は勇者が壊滅させたと聞いている」
「じゃあこの手配書は何さ」
女性は奪うように私から手配書を取ると、じっと目を通し、私と見比べた。
「お前がこいつである証拠はない。国の人間があたしを殺す罪をこいつになすりつけるための姿の可能性だっていくらでもある」
「君は本当に国が嫌いなんだね」
私はローブを脱いで床に投げ捨てる。
「これで満足?」
女性は私を上から下まで一瞥すると表情を歪める。
「汚ったない格好だな。洗え。そういえばさっきから臭いな。水浴びくらいしろ」
「しっつれいな。あんたにだけは言われたくないよ」
「たく。何しにきたんだ」
女性は床に散らばっている紙を拾い上げて、しばらくしてまた私の顔を見る。
「あんた勇者か?」
「そんな時期もあった。勇者の私はもう死んだ。今はただの魔王軍」
そう答えると女性は半笑いになる。
「国に愛想でも尽かしたか?」
「勇者に愛想尽かしたの」
少し私に興味でも持ったのか、女性は手に持っていた紙を机に置き、椅子に座った。
「で、あんたは何しに勝手に入った」
「勇者が救ったこの国をアトランティスにでもしようと思って。でも、どこまでが国かが分からなくて観察してたら、変なところに小屋があったから、ここは国境内なのか調べようと思って」
「アトランティスってなんだ?」
「水の国とでも思ってくれたらいいよ。厳密には水に沈んだ国」
女性の口角が上がった。いやらしい大人の顔だ。
「へー。いいじゃん。てことは城も屋敷も沈むってことか」
「そういうことになる」
「貴族も殺してくれるのか?」
「敵対するなら死ぬけど、そうじゃないなら何もしない」
「つまんないな。どうせなら皆殺しにすればいいのに」
「乞う者逃げる者覚悟のない者、そういうのを無差別に理由を付けて殺すのは勇者の所業。悪いけど、私は勇者と同じ事をするつもりはない」
「ふーん。まあいいや。この小屋はちょうどギリギリ国境内に位置する。沈めるならここ片付けさせてからにしてくれ。これが無くなるのはきつい。あと、どうせなら錬金術の道具と材料も城から取ってきて」
「……はぁ?」
床に散らばった紙を回収しながら、女性はそんな事を言った。
「あたしは錬金術師だ。国に目をつけられて禁止と監視されるほどの腕を持つ錬金術師。交換条件だ。あんたの望む物作ってやる。だから、道具と材料盗んでこい。どうせ沈んで無駄になるんだ。盗ったところでバチは当たらない」
「蘇生できる薬とか、作れるの?」
「それは無理。不死ならともかく蘇生は無理だ。魂は固有の物。どんなに材料を揃えても、一番大事な核の部分はどう頑張っても手に入らない。だから無理だ。逆に不死はその核はすでに本人が持っているから作れるけど」
「心臓と違うの?」
「魂っていうのは物体じゃない。心臓が身体を動かす核なら、魂は心の核だ」
ほっとすればいいのか、悔しがればいいのか分からなかった。どんなに頑張ったところで毛綿は助からなかったと諦められるのか、それとも力不足と嘆くのか。
「……じゃあ、不老の薬が欲しい」
「あんたも若さに執着するのか」
私は思わず乾いた笑いをこぼす。
「何言ってるの。私は死んでるんだよ。皆が私に求めていたのは勇者様でしょ。その勇者様は死んだ。死体が老いるのはおかしいでしょ。……私は老いた姿を明確に想像しない限り歳を取ることなんてないけど、それでも飲みたいんだよ。老いない姿をこんな馬鹿みたいな力のせいじゃなくて、薬のせいだって。これ以上、勇者のせいで化け物になりたくない」
「ぶっちゃけ面倒な注文だから、変えれるもんなら変えて欲しいが、でも、言った以上は作ってやる。だからちゃんと余す事なく──」
「錬金術のことなんて何一つ知らない。協力してあげるから、自分で盗って。そして作って」
この人は使える。国境を理解しているみたいだし、一々調べる手間が省ける。だから、相互利用させてもらう。
「うっかりあたしが貴族ぶっ殺してもいいのか?」
「それがその人の運命でしょ。私は知らない。あんたが誰を殺そうと、殺されようと」
錬金術師は上機嫌に指を鳴らした。




