↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なにになろう? ―「もしも魔法が使えたら」の未来―  作者: コペルニクス2号


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/35

第8話 軍隊向きの通知表

 七日目の朝、適性検査の結果が貼り出される。


 掲示板の前は人だかりだった。ヒロミ・フトウは人垣の後ろからまず自分の名前を確かめた。


『ヒロミ・フトウ──総合判定:軍隊向き』


 四文字。数値も、内訳も、技能名もない。何をどう測って何に向いていると判定したのか、紙はいっさい説明していなかった。ヒロミは帳面に『判定四文字。根拠非公開。式の紋章盤と同じ構造』と書いた。


 隣でひろしが動けなくなっていた。


『ひろし・ただの──総合判定:軍隊向き』


 同じ四文字である。だが幼馴染の目にはまるで個性を与えられたかのように金色の紋章盤が回って見えているらしかった。


「なあヒロミ、見たか。俺、向いてるって」


「うん、見たよ。私も『軍隊向き』だった」


「これってあれだよな。式じゃ確認できなかったけど、実は俺の中に、何か軍事的なすごいものが眠ってて、軍の検査だけがそれを感知したってことだよな」


「体力測定の点がよかった、とかじゃないかな」


「感知したんだよ」


「うん」


 訂正はやめた。言うと、この幼馴染は幸せじゃなくなる。幼馴染歴十八年の観測結果に基づく運用規則だ。


 ちなみに掲示板にはひろしの名前の上にも下にも、「軍隊向き」がずらりと並んでいた。ところどころに「要再検査」も混じっている。ヒロミは数えた。軍隊向き三十一、要再検査四。──三十五。朝の点呼と同じ数だ。数えてからこの数字の使い道がないことに気づいて、それでも帳面に書いた。使い道は、あとから来ることがある。


 検査の面接で白衣の技官はヒロミにこう聞いた。


「あなたはものに名前をつけるタイプですか」


「つけません」


「結構」技官は端末に何かを打った。「機体が壊れたとき、悲しいと感じますか。それとも申し訳ないと感じますか」


「先に、原因が知りたいと感じます」


「結構」


 何が結構なのかの説明は最後までなかった。あとで聞くとひろしは同じ質問に「どっちも、じゃだめですか」と答えたらしい。それも「結構」だったそうだ。全員が結構ならあの面接は何だったのか。


 *


 八日目の朝、第三格納庫には卵を縦に割ったような形のシミュレーターが十二基、並んでいた。


「乗る前に一つだけ教える」シゴキ軍曹が計器盤を叩いた。「この真ん中のでかい数字が『同調率』だ。諸君の感情と機体の噛み合い具合だと思え。数字が上がるほど、体の中を巡るマナのアシストが姿勢制御と反応に乗る。はしゃげば軽くなり、緊張すれば固まり、無心になれば補助は寝る。以上が、ウオモイ軍のロマンであり、本官の胃痛の原因である」


「質問。マナは使えない、と教科書で習いました」


「あれは外へ出す魔法の話だ。諸君の身体の中を巡るぶんは、いくらか残っておるらしい。外へは出ん、中を巡るだけ──らしい。仕組みは本官の領分でも、諸君の領分でもない」


 ヒロミは帳面に『教科書=使えない。教官=外へ出ないだけ。どちらも根拠なし。──要観測』と書いた。


「質問。気持ちが補助を動かすなら、操縦桿は何のためにあるんですか」


「機体そのものを動かすためだ。当たり前の質問で本官を不安にさせるな」


 ヒロミは帳面の新しい頁に線を引き、表の枠を作った。名前、同調率、癖。四十人ぶん。五行は空けたままにする。軍曹の点呼と同じやり方だと気づいたのは引き終わってからだった。適性はもう四文字ではなく数字になった。数字なら観測できる。


 最初の演習は起動から発進までの基本手順。トップバッターは十七番のヤミノ。


「起動シークェンス──『開眼』」


 ヤミノはただの起動ボタンにいちいち技名をつけた。つけたうえで手順は教本どおり完璧だった。姿勢制御、推力配分、噴射のタイミング。同調率は七十前後で安定し、機体は静かに滑らかに飛んだ。モニター越しでもうまいと分かる。


「チュウニ区の教育はどうなってるんだ」と誰かがつぶやき、「賛美のソナタは我をさらなる高みへ」とスピーカー越しにヤミノが答えた。


 ヒロミの表に一行目が入った。『ヤミノ。七十、安定。技名と手順が両立。大仰は精度を下げない(重要)』。


 次がひろしだった。


 シートに座った幼馴染が「えー、よろしくお願いします」と誰にともなく言い、操縦桿を握る。同調率が四十に振れた。


「発進って、これを──おわっ」


 機体の映像が跳ぶ。手順を三つ飛ばした跳び方だ。教官席で軍曹が何かを書き込む音がする。ひろしは慌てて姿勢を立て直そうとして逆に回った。


「ごめんごめんごめん」


 機体へ謝りながら操縦桿を握り直した瞬間、同調率が九十に跳ねた。さっきまで遅れていた機体が今度はひろしの手についてきて、すとんと水平へ戻った。


「……今のは何だ」


「今のは、なんか、機体が許してくれた感じでした」


「感じで報告するな」


 『ひろし。四十→九十。謝ると上がる。理屈不明(最重要)』。ヒロミの表のその行だけ字が少し大きくなった。


 その日の最後に模擬戦闘シナリオが一本あった。無人標的機に追い回されてどれだけ生き延びるかの試験だ。結果の紙を軍曹は二度見した。


「ひろし・ただの。操作精度、三十五人中三十四位。手順遵守、三十五位。つまり最下位だ。──生還時間、一位」


 格納庫がざわついた。軍曹は紙を裏返し、透かして見て、もう一度表を見た。


「なんでだ?」


「なんででしょう」


「本人が分からんことを本官が分かるか。……いいか諸君、こういうのを参考にするな。手順を守れ。手順は死なないための先人の遺言だ」


 その夜、ひろしはヤミノに手順を三時間教わっていた。「重心とは底闇より噴出した魂の台座である」みたいな言い回ししか使わない講師である。


「つまり、座るとこの真下に重いのを集めるってこと?」


「魂の台座に俗語の解釈を与えるな。──だが、そうだ」


 闇の言い回しが教本より分かりやすくひろしへ通っていく。ヒロミは談話室の隅からそれを観測していた。(生還一位の男と、闇の講師。禁じられた夜の補習……何それ、主人公と師匠じゃん……ハァハァ)


「ヒロミ。おまえの妄想は今日も俺に聞こえてるからな」


「はっ。ごめん、続けて」


 *


 八日目の帳面には書き忘れた行が一つある。ヒロミ自身の行だ。順番はその日の最後だった。


 ポッドに入る前、掌の汗を拭いて手袋の指を一本ずつ詰めた。観測は『いつもどおり』から始まる。


 手順どおり。教本どおり。同調率は六十で微動だにしない。標的機が来れば最小限の動きでかわして、正確に一発当てる。自分の飛び方が地味なことをヒロミは知っていた。知っていて選んでいた。派手は観測の敵だ。


 残り三十秒、最後の標的機が撃墜判定になる。


 墜ちていく標的が視界の右下で回転した。


 手が、追った。同調率がブレる。


 機首が向く、二発目が当たる。操縦桿が掌に吸い付いて、手の芯が熱くなる。三発目が当たる。世界が静かで速い。四発目が当たる。もっと、と胸の奥で誰かが言い、それが自分の声だと分かる前に、五発目が破片に当たった。破片が散る瞬間、吐息が笑った。


「フトウ候補生。標的は一発目で撃墜判定だ」


「──あ」


 間があった。自分で数えた。たっぷり三秒。


「すみません。手元が滑りました」


「四回か」


「疲れて、いたようです」


 ポッドから降りる。膝は笑っていない。顔はいつもの調子で笑えた。


 笑えてしまうことが、一番観測に値した。


 消灯前の廊下でひろしとすれ違った。


「手、どうした」


 右の掌に爪の跡が四つ残っていた。撃墜判定のあとに追った四発のあいだ操縦桿を握り込んでいた手の跡だ。


「ん? 何でもないよ」


 ひろしは深追いしてこなかった。何でもない、はフツー区の挨拶みたいなものだ。


 ヒロミは廊下の突き当たりで振り向いて右手をぶんぶん振ってみせた。何でもない、の追加分だ。振りながら掌の跡が袖の中で主張するのを感じていた。


 *


 その夜、ヒロミは自室で帳面に今日のぶんを書いた。同調率の傾向、標的機の癖、軍曹のため息の回数。表の自分の行は同調率の欄だけ空いたままだ。いくつだったか、見ていなかった。


 書き終えて、ペンを置きかけて、置かなかった。


 子どもの頃から使ってきた『かんさつ』の帳面はフツー区に置いてきた。新しく使い始めた一冊の表紙はまだ無題のままだ。少し考えてから、表紙にこう書いた。


『観測 第一巻』


 それから今日の頁の隅に小さい字で一行だけ、自分のことを書いた。


『的が倒れたあと、たのしかった。四回ぶん。──要観測』


 ヒロミは帳面を閉じて規定どおりの時刻に、規定どおり眠った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。