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なにになろう? ―「もしも魔法が使えたら」の未来―  作者: コペルニクス2号


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第34話 負けました、と言う練習

 月を発って五日目の朝。ガンコの調整が終わった翌朝が、そのまま作戦当日だった。


「全機、発進準備。侵入、十五分前」


 ノーマンのコクピットでひろしは手順を進めた。五日間の調整で、ガンコはひろしの望みどおり「素直さ」だけを先に仕上げてくれた。速さは未調整。装甲の慣らしも半分。それでも機体はひろしの緊張ごと静かに受け止めていた。


 窓の中の青星は、もう親指では隠せない。あの宝石は、いまは重力の井戸の底だ。艦隊はこれからL1関門のいちばん薄い一本を突入路にして、井戸の縁に取り付く。薄い、というのは比較的の話で、ゼロという意味ではない。


 通信には、リー隊長の『十割は、生きて帰ってから』の節回しがまだ残っている。その余韻を引き取って、平坦な声が続いた。


『第七小隊、聞こえますか』イヴイヴの声だ。『本日の役割を、最終確認します。リー隊長は、後方、しんがりです。ヒロミ様とセリーナ様は艦の侵入路の確保。ひろし様は遊撃。してはいけないことは──』


「単独深追い禁止」


『よくできました』


 発進。真空に出た瞬間、ひろしの背筋が伸びた。


 視界の中で、艦隊が戦う形に開いていく。第一から第六小隊が先行し、関門の砲台と機雷原を、持ち場ごとに黙らせにかかる。三十年選手の古参機が、補充されたばかりの若い機を自分の陰に入れて進む。第七は艦の近くで、確認したとおりの持ち場についた。ひろしは遊撃で、艦の周りを泳ぐ。


 いた。


 関門の手前、突入路のど真ん中に、白銀が一機待っていた。編隊も僚機もなし。ただ一機で艦隊の進路に堂々と浮かんでいる。


『ウオモイ艦隊へ』聞き覚えのある硬質な声が全周波数に流れた。『義勇士官、禅羅・アストリアス。貴艦隊の侵入は、この位置で止める』


「一機で、ですの!?」


『一機で足りるかは、これから分かる』


 あの声だ。訓練機を沈めずに帰して、次は訓練兵として扱わないと言った声。──今日は、数に入れられている。


 白銀が動いた。


 突入路をこじ開けに、第二小隊が向かう。最初の一機は、剣が見えたときにはもう武装がなかった。二機目は、避けた先で待ち伏せ。三機目は──三機目に何が起きたかは、あとで映像を止めて、やっと分かった。瞬き三回ぶんの出来事だった。三機とも、脱出信号は生きている。武装と推進だけを正確に断たれ、戦場の外へ流されていった。殺さない剣だった。


 ほかの小隊は、それぞれの持ち場から動けない。砲台を黙らせる手を止めれば、その砲がそのまま艦隊へ向く。第七も同じだった。ヒロミとセリーナは艦の侵入路を開ける役で、そこを離れれば艦隊の入り口が閉じる。リー隊長は殿。白銀に回せる手は、遊撃の一枚しかない。


 つまり、ひろしだけだった。


 四機目に取り掛かる白銀の前に、ひろしは割り込んだ。


 割り込めた。ドリーマーなら間に合わなかった間合いに、ノーマンなら入れる。


「ノーマン、頼む──!」


『……ほう。小隊の帯域が、開いたままだぞ』禅羅の声に、興味の色が乗った。『〈ノーマン〉。月極の機体にしては、ずいぶん短い名だ。──漏れた映像は、今朝までに全部見た。機械に礼を言う癖は、休戦フロアの食堂で、直に見た』


「え!? あれ、あんただったのか!? 定食の! 魚が素直だったって言った人!」


『君も、素直だ』硬質な声が、当然のように言った。


 会話の途中で斬撃が来た。素直だと褒めた口とは裏腹に、剣の動きは嘘だらけだった。フェイント二段の、三段目。ドリーマーならそこで終わっていた。ノーマンは、ひろしの「なんか、嫌だ」という言葉にならない感覚を拾って半機分だけ深く沈み、三段目を空振りさせた。


『──良い機体だ』禅羅の声が少しだけ熱を帯びた。『広告まみれの素性は度し難い。だが、動きはあるがままだ』


 通信に映像が乗った。敵のコクピット映像。ひろしは一瞬、目のやり場に困った。禅羅・アストリアスは、どう見ても何も着ていなかった。かろうじて肌の上に薄い膜のような何かが光っている。


「ちょっと! 全裸じゃん!」


『案ずるな。オサラオリジナル〇・〇三──極薄の感覚同調スーツだ。大切な部分は覆っている。機体と我が身の間に、ものは挟まない主義だ』


「あんた前に電話で『裸で来い』って言ってたよな!? 比喩じゃなかったのか!」


『君は、まだ塗られている』


「そういう文化なの、エリートコロニー!?」


『我が哲学だ』


 哲学と一緒に、剣が来た。ノーマンの加速は白銀に届かない。だが、ひろしの「なんとなく」をノーマンが半端なまま形にするぶん、読み合いが一歩だけ前に出る。読まれる前に思いつき、思いついた半端のまま機体に通す。一合──剣先が、コクピットの装甲一枚外を通る。切り返すたび、視界の端で青星が上下を入れ替わる。二合──白銀の踏み込みが、半歩浅い。画面の隅で、禅羅の肩が動いた。ふざけた会話の下で、手応えだけが真面目に積もっていく。


 押せる。


 あの白銀に、その動詞が使えた。三合──


 ガキィン、と鉄が鳴った。


 通った。


 白銀の剣が空を裂き、ノーマンの拳が白銀の肩装甲を打つ。あの禅羅に、初の一手が確かに届いた。手応えが操縦桿を遡り、ひろしの骨で鳴った。


『……今のは、良い』


 賞賛と同時に、ひろしの同じ軌道は死んだ。同じ手を、もう一度出す。今度は剣一本で潰された。角度を変えて、三度目。今度は潰す剣すら要らない。白銀が半歩ずれるだけで、ノーマンの剣は、拳は、蹴りは、誰もいない場所を通り過ぎた。最初の一撃で払わせたはずの「半歩」を、もう払ってくれない。速さで追いつかれたのではない。さっきの自分に、行き先を教えられていた。


『種は割れた』禅羅の声は静かなままだった。『機体は良い。乗り手も良い。だが──ただの思いつきは、二度目から作為になる。作為は読める。私は、一度見たものを二度と忘れない。エリートの「完成品」とは、それができる者のことだ』


 ガギィン、と、さっきと同じような音がして、ノーマンの左肩装甲が削がれて飛んだ。


 *


 戦いは坂道になった。ブレーキの効かないくだり坂だ。


 ノーマンはまだ動く。素直に、正確に、ひろしの半端な思いつきを形にする。だが、どんな思いつきも、一手でも同じ手が混ざれば、そこから先を読まれて坂を転がされる。禅羅は速さで勝っているのではなかった。センスと、経験と、情報で勝っている。ひろしが今日見せた手の全部があの頭の中に並んでいて、混ざった一手を目印に、続きへ先回りされる。


 壁だ。訓練生のちょっとした思いつきくらいでは、びくともしない壁。


 でも、押せたのだ。さっき、確かに。白銀の壁に、指がかかった。あと一回。たどりつける思いつきを、あと一回出せれば。同調率は九十五を超え、出力警告が黄色から橙に変わった。機体のどこかが軋んでいる。それでも、あと一回──


「ひろし様」


 平坦な声が、コクピットに落ちた。


「交戦位置が、艦隊から離れ続けています。一合ごとに、一機ぶんずつ。──本交戦の判定を報告します。勝てません。機体性能は前回より大幅に改善しておりますが、それでも操縦技量が数段劣ります。これは、今日は埋まりません。──ですが、帰り道が一つあります」


 イヴイヴは続けた。


「今から三十秒後、九十秒だけ、道が開くと推測されます。艦隊の本隊が関門へ入ります。そのとき、衛星の砲はいっせいに艦のほうを向きます。──機体一機ぶんの隙間が、そこに空きます。全力で入ってください」


「……俺はまだ……あと一回を、出せてない……」


「その一回は、今日は来ません」平坦な声は、数字を読み上げるときと同じ速さで言った。「──生きて、帰ってきてください」


「開通まで、三十秒です。二十九、二十八」


 できるのは、選択だけだ。あと一回か、九十秒の帰り道か。


 脳裏に、ロンパリ基地の深淵からの便りが届いた。「生きて、飛べ」──生きて、帰らなくては。


 ひろしは、全周波数を開いた。


「禅羅さん! 俺の負けです! 負けました!」


『……宣言するのか、それを』


 宣言だった。


 成人式の検査台で、他人から、機械から「確認できません」と言われた。今日は、自分の口で、自分の結果を確定させた。両手は、検査台ではなく操縦桿を握っている。負け、という結果でも、自分の声で言えば、自分のものだった。


「言わないと、自分が認められない気がするんで! この勝負、あんたの勝ち! ノーマンは凄いのに、俺が足りない! 悔しいんで、また来ます!」


 言い切って、ひろしはノーマンをイヴイヴの言う座標へ向けた。全推力。予備推進剤が警告表示ごと燃えていく。振り向かない。振り向いたら、未練で鈍る。


 最後に通信が届いた。硬質な、けれどどこか笑いの気配のある声だった。


『勝つための撤退ではなく、生きるための敗北か。──機械に礼を言う男。だが、約束どおり、今日は訓練兵とは扱わない、次があるとは思うな!』


 白銀は、まだ追ってきている。


 *


 イヴイヴの言う帰りの道は、道ではなかった。


 開通の瞬間、防衛衛星の砲塔がいっせいに首を振った。何十本もの熱線が、ひろしの上下を横切って艦隊のほうへ流れていく。撃たれているのは味方だ。撃たれているあいだだけ、誰もひろしを見ていない。その細い暗がりへ、ノーマンは残った右肩の装甲を盾に構えて滑り込んだ。


 四十秒。背後のセンサーは白銀の熱源を示している。追ってきている。距離が詰まる。かすめた流れ弾が装甲の表層を灼いて剥がす。追いつかれる──


 六十秒。背後の熱源が、ふいに鈍った。


 そこに一機いた。第七小隊の隊長、リー・シンガの『拍子木』だ。弾幕と熱線の嵐のなか、踊るように白銀の進路へ飛びこんでいく。


『私と歌おうぜ!』


 一拍──拍子木の抱きつくような体当たりが、白銀の放熱板を奪う。二拍──白銀は機体をまわし、回避の動きのまま拍子木の腕と推進部を断った。たった二拍。


『つれないねぇ』


 役者が、ステージが違う。白銀の蹴りが拍子木を突き放し、弾幕の嵐のなかへ飛ばしていく。


 八十秒。弾幕と熱線の幕はひろしと白銀のあいだへ下りてきた。センサーの白銀の熱源が止まった。


 機体のどこかが軋み、ひろしの「頼む、もってくれ」を、機体は警告の光だけで返し続ける。軋みが、音から震えに変わる。


 抜けた先の暗闇に、〈グランドリーム〉の艦隊の灯りが待っていた。


 *


 集結宙域で、ノーマンは煤だらけのまま回収された。


 左肩装甲、喪失。右肩装甲、盾に使って半損。高熱によるびまん性外装損傷。予備推進剤、残量ゼロ。修理項目の一覧が、そのまま初戦の通信簿だった。その一覧の隣に、味気ない紙が一枚だけ同じ日付で並んでいる。シオリ名義の違反通知。今回の戦闘で不利に繋がった広告の誤配信を、第三契約の範囲外利用として、機体貸与対価との損害相殺を請求する。金額欄だけが、審理中のまま空いていた。


 艦の戦務記録には『新鋭機、初交戦。判定、敗走(帰還成功)』の一行が載り、その一行は公式の紙にも載ることが決まった。すぐ下に、もう一行。『敵単機、交戦後離脱』。白銀が一機のノーマンを選んで追っていた隙に、艦隊は突入路を抜けて関門の内側にいた。


 第七小隊の損害欄は、機体二、人員一。


 殿を務めたリー・シンガ軍曹は、白銀と交戦していた。腕を断たれ、推進を断たれ、それでも脱出は間に合った。投げ出された体は左脚と肋骨の骨折に加え、広範囲に熱傷を起こしている。医務室の見立てでは、青星の重力の下へ降ろせる体ではない。ひろしが着いたとき、隊長はもう担架の上で、痛み止めが効くのを待つ顔をしていた。


 担架が運ばれる間、リーは左手の数取器を四度鳴らした。カチ、カチ、カチ、カチ。


「全員生還だ」


「降りたら、誰が数える」


「自分たちで数えます」とヒロミが言った。


「四拍だぞ」


「三拍にします」


「馬鹿を言うな」リーは数取器を握り直した。「欠けた拍は、休符だ。抜くんじゃない。空けとけ」


 後送先は月。次の便に載せると決まった。第七小隊は、そこから三機になった。


 *


 点検を待つ休憩時間に、ひろしの端末へ短い文が届いた。後方基地のヤミノからだった。


『相棒。交戦記録はこちらでも見た。貴様の最終機動、我の禁忌録に分類を立てる。名称《敗走》、判定──「有効」。以後、我の選択肢の一覧に常設だ。──生きて飛んだな。以上だ』


 格納庫の隅では、イヴイヴが乗員たちに温かい飲み物を配っていた。その姿にセリーナが首を傾げた。


「……あら? 貴女、その制服」


「はい」


「上から二番目のボタンが、引っ張られていませんこと? 前はそんなことありませんでしたわよね」


「サイズが、合わなくなりました」イヴイヴは事実だけを述べた。「成長期ですので」


「成長期」


「成長期です」


 あまりに堂々としていたので、セリーナは「制服くらい、新調なさいな」で流し、話はそこで終わった。ヒロミだけ、自分の制服を確かめて首をかしげたままだ。


 翌朝、ひろしは廊下で、きつくなった制服のまま書類を抱えたイヴイヴとすれ違った。週次提出を保安部へ届けに行くところだそうだ。


「説明できない事項が、一件増えました」彼女は聞かれる前に言った。「あの九十秒を、なぜ先に知っていたか。由来が説明できませんので、そのまま申告してきます」


「……助かった。ありがとうな」


「記録は正しくあるべきですからね」イヴイヴは水平に一礼して、保安部の窓口の方へ歩いていった。


 艦内放送が告げた。


『全艦へ。本艦隊は、エリートコロニーのL1関門を突破した。これより集結宙域で本国の補給部隊と合流し、青星への降下点を探る。降下はその先だ。各員、準備にかかれ』


 窓の外に、教科書の写真とは別物の青星が浮かんでいた。戦術画面の端には、軍艦ではない光点が列を作っている。輸送船、定期便、避難船。関門の向こうにあるのは、戦場だけではなかった。


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