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なにになろう? ―「もしも魔法が使えたら」の未来―  作者: コペルニクス2号


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第35話 うたうたう

 白銀の前にひろしのノーマンが割り込んだ。これは、そのあいだの話だ。


『遊撃が仕事をしてる』リー・シンガの声が、通信の中で歌うように弾んだ。『なら、こっちも仕事の時間だ。第七小隊と、応援のゴメンず諸君、艦の道を開けるよ』


『応援ではなく、本業でございます』セリーナ機の観測席から、ルイが律儀に訂正した。


 L1関門の「薄い」突入路は、薄いだけで空ではなかった。突入路の正面にも、防衛衛星がいくつも。衛星の間を無人哨戒機の群れが魚みたいに巡回している。足元には数十年ものの残骸の帯。艦隊がここを通るには、衛星の目を潰し、群れに穴を開け、帯に道を引く。全部を、白銀が留守のあいだに。


『配置、確認する』リーの拍子木が隊列の前へ滑り出た。『ヒロミは目。セリーナは指。ゴメンずは箒。私は──』


『太鼓、でございますか』


『指揮者と言いな』


 開いたままの小隊の帯域から、遊撃の声が漏れてきた。『ノーマン、頼む──!』


『……いま、機体に名前で頼みましたわよ、あの人』


『呼んでたね』とヒロミ。『いいなあ。名前があるの、隊長のと、あの人のだけだよ』


『よそ見はそこまでだ』リーの声が拍を打った。『だが、覚えとけ。名前はいいぞ。頼む声が半拍早い』


 *


 最初の仕事は、ヒロミの目だった。


 無人哨戒機の群れはおよそ六十。ただし索敵画面の上では二百に見えた。残骸の帯が反射でつくる虚像が、本物の間に並んで泳いでいる。前のユニットなら二百ぜんぶを追っていた。


 いまのユニットは追わない。感度は一段下げてある。撃墜判定の出た的を追わない設定も、ヒロミが自分で選んだ。倒れた的も嘘の的も、月で積んだ新型の前では同じだ。二百が六十まで減った。


『本物、六十。共有します』ヒロミの声は平熱だった。


 共有された六十は艦隊の阻止砲火の管制へ流れ、道の幅のぶんだけ撃ち払われていく。嘘の百四十には、砲弾一発ぶんも費やされなかった。


『それと、衛星の目の周期。九秒ごとに、まばたきします』


『まばたき?』


『センサーの再走査です。〇・八秒だけ、見ていません』


『セリーナ、九秒に一回、〇・八秒。撃てるか』リーが歌った。


『愚問ですわ』


 *


 セリーナの新しい型は、まだ紙の上の型だった。徹夜で組んで、初期値を自分の声で読み上げて、実戦はこれが一回目。家の型なら、伏射の姿勢から呼吸の周期まで百年ぶんの正解が並んでいる。新しい型に正解はまだない。あるのはセリーナ自身が撃ってきた経験だけだ。


『六割と言ったよ』リーの声が飛んだ。『新品の型は、今日は六割──』


『──十割は、生きて帰ってから。伺いましたわ』照準環が扇子の代わりに開いた。『では、六割で当てます』


 九秒。まばたき。〇・八秒。


 一発目は、外した。衛星の縁で火花が散っただけだった。頭の奥で家庭教師の声がする。レイジョー家の射手は外しません。セリーナはその声に、扇子を閉じる速さで蓋をした。外したのはアテクシ。なら、直すのもアテクシ。


 隣の観測席で、ルイが観測結果を読み続けている。次のまばたきに、振動の谷が重なる。


 艦振動同期射撃。家の帳面が「要矯正」の欄に押し込んだ撃ち方だ。ただし今日、合わせる相手は艦ではない。自分の機体の震えだ。


 二発目。矯正されなかった指が、谷の底で引き金を絞る。


 当たった。防衛衛星の第一の目が、まばたきの途中で眠った。


『一番、おやすみなさいませ』


『いいリズムだ』リーが褒めた。


『振動同期、良好でございます』ルイが淡々と告げた。


『……観測されてますのね、アテクシ』


『それが仕事でございます』


 三発目、四発目。二番の目、三番の目。道に掛かる衛星が、九秒ごとに一基ずつ眠っていった。子守唄みたいな狙撃だった。


 *


 ゴメンずの箒は、豪快だった。


 球形の作業ポッド〈マ・モール〉が四機、残骸の帯に取り付く。乗るのは従者が一人ずつ。作業服ではない。執事服の上に、宇宙服。牽引ワイヤーを残骸に掛け、錨を打ち、数十年ものの鉄の山を艦の通り道から右と左へ「お下げする」。


『そちらの梁、お預かりします』『回します』『失礼をいたします』


 ゴメンず──執事を入れて五人、お嬢様に謝ってばかりの一団。誰が言い出したのでもない。いつのまにか艦の中でそう呼ばれている。今朝の作業割り当て表には、正式な部隊名みたいな顔をして載っていた。


 敵の哨戒機が三機、箒の邪魔をしに降りてきた。四人は慌てない。牽引ワイヤーが三本、鞭のようにしなって、哨戒機の進路で残骸の壁が音もなく閉じた。挟まれた三機がもがく。


『お客様』従者の一人が言った。恐ろしく丁寧だった。『当家の掃除中でございます。少々、お待ちを』


 待たされた三機は、衛星を眠らせ終えたセリーナに順番に撃ち抜かれた。


『ゴメンずって、ほんとに何者なの』とヒロミ。


『家事使用人でございます』


『それと本日のお嬢様、ここまで命中八割』ルイは淡々と続けた。『残りの二割は、生きてお帰りになってから』


 *


 全周波数に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。


『禅羅さん! 俺の負けです! 負けました!』


 遊撃の声だ。帯域の向こうで、誰かが息を呑んだ。


『……あの、お馬鹿さん』セリーナの声が少し掠れた。


『負けを言えるやつは、まだ曲の途中だ』リーの数える手は止まらなかった。『手を動かしな。あの子はここに帰ってくるんだ』


 *


 突入路が、通った。


 通った瞬間を、関門は見逃さなかった。正面を眠らせても、関門の網は広い。道の左右で息を潜めていた別の衛星群が、いっせいに砲塔を回す。狙いは掃除係ではない。これから細い道へ入ってくる、艦のほうだ。


『本隊、突入開始。全艦、最大戦速』艦隊通信が言った。


『ちょうど一曲、歌えそうな時間だ』リーは艦速から拍を割った。


 艦は、撃たれながら抜ける。何十本もの熱線が上と下から道を挟み、阻止弾幕がそれへ撃ち返して、道の両側に火の幕が張られた。開いた道を、遅い順に抜けていく。補給艦、〈グランドリーム〉、そして殿の護衛艦が一隻。


 その幕が、味方を呑みかけた。作業を終えた〈マ・モール〉の最後の一機、退避が半拍遅い。


『右舷下! 熱線、来ます!』


 ヒロミの警告とセリーナの一射が、ほとんど同時に出た。砲塔のセンサーが撃ち抜かれ、生まれた一瞬の暗がりを、球形のポッドが転がるように抜けて艦の陰へ帰り着く。


『申し訳ありませんでしたぁぁ! お嬢様ぁぁ!』


『謝るより、お礼が先ですわ』


『ありがとうございましたぁぁ!』


 *


 殿というのは、いちばん最後に通る係ではない。最後の一隻が通り終わるまで、閉まりかける道を開けたまま押さえておく係だ。


 無人機の生き残りが、道を閉じに戻ってくる。リーはそれを一機ずつ、数えながら落とした。左手の親指が操縦桿の脇の数取器を叩く。カチ。カチ。拍子は四つで一回り。


『隊長、それ、戦闘中も数えるんですか』とヒロミ。


『数えるさ。数えないと、歌えない』


 リーの拍子木は量産機だ。速さも火力も、並。並の機体で群れの真ん中に立つコツを、リーは一つだけ知っていた。リズムだ。群れは決められたとおりに動く。決めた奴に、拍はない。だから拍を持っているほうが、群れの隙間を歌みたいに縫える。四拍で寄せて、四拍で散らす。


 そして、歌った。


『さぁ、うたうぞー!』


 全周波数だった。敵も味方も、無人機の管制系までがその一声を拾った。意味のない声のはずだ。ただ、拍子木の機動と古参機たちの動きが、次の拍へぴたりと乗った。四拍。四拍。


『リー隊長と一緒ぉ!』


 ベテランたちの声が揃った。閉じかける道の真ん中が、彼女の舞台だった。量産機が、いや拍子木が一機、リズムに乗って動くたびに群れが減る。拍から外れた群れには、先へ抜けた古参機の支援射撃が飛ぶ。スポットライトの中へは、誰も入れてもらえないらしい。踊っているようにしか見えない機動の足元で、無人機が拍のたびに数を減らしていった。


『……隊長のあれ、戦術なんですの』


『戦術だよ』ヒロミが答えた。『拍が分かると、隊のみんなが次のリーの位置を予測できるの。予測できる味方は誤射しない。撃ち込む場所を空けられる。──それに』


『それに?』


『元気、出るでしょ』


 *


『経過、四十秒。〈グランドリーム〉、通過』イヴイヴの声が艦橋から流れた。『残り、護衛艦一。──ひろし様、帰り道の半ば。敵単機、なお追随』


 一拍おいて、平坦なまま続けた。


『進路上、リー隊長』


 リーは見た。道の奥から、全速のノーマンがまっすぐこちらへ伸びてくる。脇目もふらない、いい逃げ方だ。そのすぐうしろに白銀がいた。速い。あれに追いつかれたら、あの新兵の「負けました」が無駄になる。


 距離と速さを数えた。追いつくのが先か、幕が下りるのが先か──半々。半々は、賭けに使う数字ではない。拍を一つ足すだけで、逃げ切りに傾く。


『みんな、先に行きな』リーは数取器から親指を離した。『殿はな、いちばん歌の上手いやつの仕事だ』


『隊長──』ヒロミとセリーナの声が重なった。


『合いの手は要らない』


 拍子木が、踊るように熱線をかいくぐる。白銀へ最短距離で寄せていく。撃たない。撃っても当たる相手ではない。当てるなら、機体で当てる。二十年、並の機体と生きてきた。どこが高くて、どこを失えば帰りたくなるか。設計者より知っている。


『私と歌おうぜ!』


 一拍。抱きつくような体当たりが白銀の懐へ入り、両手が背中の放熱板を掴んで、もぎ取った。二拍。白銀は機体をまわし、回避の動きのまま拍子木の両腕と推進部を断った。もぎ取った板を抱えたまま、両腕が宙へ離れていく。たった二拍だった。


『つれないねぇ』


 役者が、ステージが違う。白銀の蹴りが拍子木を突き放した。骨に響く一撃だった。機体は火の幕のほうへ飛んでいく。腕はない。推進もない。もうどこへも行けず、幕の縁で熱線が装甲を舐め、コクピットの温度計が振り切れた。熱い。熱いが、鼻歌は切れない。リーは回る視界の中で拍を数え、四拍目で脱出レバーを引いた。


 カチ。


 座席ごと投げ出される。閉じたポッドの外殻を、熱線の余りが一度だけ舐めた。


 *


 八十秒──小窓の外で、白銀が止まった。


 弾幕と熱線の幕が、道と白銀のあいだへ下りていく。幕のこちら側で、白銀の影はそれきり進まなかった。放熱板のない機体で、あの火の中は追えない。


『……賢いねぇ、あの子』


 リーは小窓に、笑った息をかけた。歌は二拍で終わった。二拍でも、歌は歌だ。


 艦隊の灯りが関門の内側に並んでいく。全艦、通過。ヒロミの目も、セリーナの指も、ゴメンずの箒も、仕事を終えてあの灯りの中にいる。ひろしの機体は──まだ見えない。まだ、道の中だ。


 リーは、数取器を握った。カチ、カチ、カチ。三つ。


 四つ目に、親指を載せた。載せたまま、鳴らさなかった。


 四拍目は、いちばん遅い子のぶん。帰ってから、鳴らす。


 回収されるまでの時間を、リーは鼻歌で埋めた。


ここまでお付き合いいただきありがとうございます。一度冷静に見直してみて、全面リライトをしたうえで、再開しようと思います。1か月程度で再開予定です。

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