第18話 イヴイヴの二日間
第三隔離区画、という仰々しい名前の実体は、使っていない士官室に鍵をかけた部屋だ。
調査の二日間、イヴイヴはそこに隔離された。それから半日でその部屋を整え、寝台はピシリとベッドメイキングをし、備品の湯呑みは大きさの順に並べた。命じられたからではなく、整っていないものが目の前にあるとなんとなくそのままにしておく気になれないだけだ。換気口にも埃があったが掃除の申し出は却下された。埃さんには当面そこにいてもらう。
名簿にいない者を疑うのは当然だし、当たり前のことに腹は立たない。ただ少し暇をもてあますだけだ。イヴイヴはその暇な時間も思考の整理に使い潰していく。
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その日の午後。イヴイヴは読取専用の端末の前に座らされた。
画面は見えるが、艦の何にも触れない端末で、見せられたのは食堂の三か月分の在庫記録だ。
イヴイヴは画面を上から下までしっかり流した。
欠品しそうな在庫と、期限を超えそうな在庫。イヴイヴはそれを順に口頭で挙げていく。
「──以上です。それから、水耕区画のトマトの消費が記録より二割速い。盗み食いが生じると食堂から消えるメニューがありますね」
検証室が感心のため息で緩んだ。緩まなかったのは、トジマリ保安主任、一人だった。
「これだけ在庫表を見られるということは」トジマリは画面を見たまま言った。「これだけ壊せる、ということだ」
イヴイヴはその言葉を否定しない。
直せる者は、壊せる。
「その気になればね」とだけ答えた。イヴイヴが弁明しないことに感心のため息はもう出なかった。
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夕刻。監督付きの通信試験。
今度は保存記録ではなく、艦の受信系に座らされた。流れてくる生の航路情報から、明日の民間船三隻の位置を予測する。過去の記録から生の情報に権限が一段上がる。そのぶん傍らでトジマリが物理切断のレバーを握っている。
試験の途中で予告なくトジマリがレバーを引いた。
イヴイヴの視界から情報が一瞬で消えた。自分の目が勝手に外から閉じられる不快感。三秒後、トジマリはレバーを戻し、情報が返ってきた。
「──今のは、テストだ」とトジマリが言った。「ちゃんと切れるか確かめた」
「とても上手に切れましたね」とイヴイヴは皮肉げにも見える無表情で答える。
イヴイヴは続きを読み上げた。三隻目の減速を予測したところで声が上がる。
「なぜ減速すると読む?」とハケン副長が身を乗り出した。
「そう、読めましたね」
「だから、どうやって?」
イヴイヴは沈黙してから答えた。「積荷目録から、積み込み港の混雑が推定できます。混雑から、燃料の不足が推定できます。そこから先は」
イヴイヴは初めて言葉を探した。
「──そこから先は、説明できません。ですが、おそらく減速します」
説明できないと口にするのは、イヴイヴにとって珍しい。考えの筋道は名探偵さながら後から辿れる。だが、この三隻目の減速だけはなんとなくだった。部屋を整えたくなるのと、同じ場所から来る何かだった。
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二日目の朝、答え合わせ。三隻とも、予測の座標。三隻目は予測どおり減速していた。
副長は検証記録の「通信技能」の欄に、不採用と書いた。
「正解だったのにですか」と筆記役の部下が思わず聞く。
「正解だったからだ」副長はペンを置いた。「由来を説明できない正解は、次も正解かどうか、誰にも判断できない。判断できないものは、信用できず、艦の通信に載せるわけにはいかん。──正しさと信用は別の口座だ。今日の正解は正しさの口座に入金された。信用の口座はまだ空だ」
トジマリは壁際で答え合わせの画面をもう一度見ていた。外れが一つもない。優秀という言葉が、初めて少し寒く聞こえた。
在艦は許す。通信席は許さない。副長の線引きはそういう形をしていた。
イヴイヴは検証室の隅でその言葉を聞いた。
入金。口座。──面白い考え方だなとイヴイヴは思った。騙されない仕組みを帳簿の形にしている。
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二日目の午後、条件の一覧がイヴイヴに渡された。
四段の階段だった。隔離、読取検証、監督付き通信、限定接続。この四段だ。
緊急停止権は本人以外が持ち、停止が必要と判断されれば、接続は物理的に切られる。本人の同意も、予告もない。
そして、どの段の採用にも期限がついていた。各段の権限は次の寄港地までの暫定。そこで全部が失効し、また一段目から数え直す。上った距離を据え置く欄は、この書式にはなかった。
イヴイヴは四段を上から順に読んだ。上った距離が消える階段。あの副長の言い方を借りれば、寄港地ごとに解約される口座だ。
「確認ですが……」とイヴイヴは言った。「この書式では、私は、信用されていませんね」
「そうだ、当然だろう?」副長は隠さなかった。「名簿には無いんだ。信用は、この階段を上った距離のぶんだけだ。今のあんたは、二段目にいる」
「緊急停止権は、私に予告なく行使されるんですね」
「そうだ。不満か」
「いいえ」
イヴイヴは一覧を、皺ひとつつけずに机へ戻した。
「確認しました。保存してくださいね」
「言われなくても保存する。公文書だ」と、トジマリが言った。
「はい。公文書ですので」
トジマリは判子を捺した──訂正印を捺させられた五ページ目のことを思い出した。
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第三隔離区画を出るとき、イヴイヴは換気口を一度見上げた。埃さんとは、これでお別れである。
権限台帳、と表紙に書かれた新しい台帳の一ページ目に、四段の条件と、各段の現在の状態と、承認者の判子の欄が並んだ。イヴイヴは二段目にいた。三段目は、試験済み・不採用。四段目は未発効。
欄の外の余白にトジマリが小さく一行だけ書き足した。
『本件、優秀につき、要注意』




