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なにになろう? ―「もしも魔法が使えたら」の未来―  作者: コペルニクス2号


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第13話 大宣誓と、小さい署名

 出撃宣誓式は基地の大格納庫を丸ごと使って行われた。


 天井から軍旗が三枚。壁面には紋章の投影が二面。楽団は生演奏で、曲は軍歌というよりどう聞いても冒険活劇の主題歌だった。ウオモイ群は式典に本気を出す。


 壇上の士官が巻物を広げ、宣誓文を読み上げる。期限の朝までに数人が別の道を選び、シゴキ軍曹はその名を約束どおり誰にも言わなかった。そのうちの一人がどこかの港で魚をとりにいくことを、ひろしは知っていた。ここにいるのは、残ると決めた側だ。復唱が始まる。


「我ら、夢の名の下に集い──」


「我ら、夢の名の下に集い」


「──星の海を渡り、失われし魔法を、民の手に取り戻さんことを──」


「星の海を渡り、失われし魔法を、民の手に取り戻さんことを」


「──ここに、誓う!」


「ここに、誓う!」


 声が鉄の天井に反響して、楽団が最高潮を叩き、投影の紋章が金色に爆発した。成人式で沈黙した紋章の分まで光っている気がして、ひろしは少し胸がすいた。単純な男だという自覚はある。あるが、光らない紋章は爆発しろと思っている。


 大義はよく光った。よく光って、よく鳴って、恐怖をぜんぶその下へ隠してくれる。あの青い星の上の誰かと戦うことも、ヤミノの右半身のことも、四秒のことも、光と音の下ではしばらく見えなくなった。この式はたぶんそれを承知の上で作られている。


 *


 式の締めくくりに静かな手順が一つあった。


 出撃名簿への署名だ。


 壇の脇に古い机が一つ置かれ、名簿が一冊、開いてある。音楽はそこで止められた。候補生は一人ずつ机の前に立ち、自分の名前を、自分の字で書く。代筆も、判子も、認められない。


 大義は全員で叫んだ。署名は、一人ずつだった。声を合わせるのは簡単で、名前を書くのは一人でしかできない。式のいちばん派手な瞬間のあとに、いちばん静かな手順を置いた誰かは一人の覚悟を確認したかったのだろう。


 ゴウカは力みすぎてペン先を一本折り、二本目で書いた。ノリは列の先頭でいちばん丁寧に。ホシミは書き終えたあと名簿を三秒だけ眺める。夜逃げしかけたフクベは誰よりも大きい字を残した。


 順番が来て、ひろしはペンを取った。


 名簿の左の頁には知らない筆跡がぎっしり並んでいる。出撃する他の誰かたちだ。上手い字も、震えた字も、同じ大きさの欄に収まっている。


 ひろしは自分の欄に「ひろし・ただの」と書いた。書いてみるとそれはただの自分の名前だった。英雄候補生とも、観測対象とも、軍隊向きとも、確認できませんとも、書いていない。福引きの金の玉も、腕章の「観」も、この一行には入ってこられなかった。


 ずっと、される側だった。その男が、自分の意思で名前の一行を書いただけ。なってやろうじゃないか英雄に。


 ヒロミはゆっくり書いた。書き終えて、右の掌を一度だけ握って開き、それからペンを両手で机に戻した。模擬戦で標的を撃ちすぎたあとの爪の跡。もう消えていた。感触だけが残っていた。『観測 第一巻』の、あの一行──的が倒れたあと、たのしかった、という観測は、まだ要観測のままだ。


 *


 配属発表はその足で行われた。掲示ではなく、士官が一人ずつ読み上げる方式だった。


「ひろし・ただの候補生、ヒロミ・フトウ候補生──旗艦〈グランドリーム〉配属」


 格納庫がざわついた。旗艦である。新兵が最初に乗る艦ではない。ひろしは思わず隣を見た。ヒロミはもう帳面を開いている。それを見たらなんだか落ち着いた。ひろしが目を白黒させていると、脇に立つシゴキ軍曹が抑揚のない声で補足した。


「広報的な理由だ」


「広報」


「壮行会の中継が、上の目に留まったらしい。『フツー区の英雄候補生、旗艦に乗る』。絵になるそうだ。二人並ぶと、もっと絵になるそうだ」


「俺の配属、絵で決まったんですか」


「ウオモイ軍は絵が好きだ」軍曹は少し声を落とした。「それに、旗艦なら、貴様のログは常に本隊の記録卓へ上がる。全行動ログ常時提出、単独行動禁止。あの付帯を守らせるにもやりやすい。──絵にもなるし、見張るにも都合がいい。両方を、一枚の辞令で済ませたわけだ」


 済ませた、という言い方だけ、ゆうべの白い紙に似ていた。ひろしは人事票の登録印のことを思い出しかけて、それを頭の奥へしまった。


「悪いことばかりでもない」軍曹は付け足した。「旗艦はこの艦隊でいちばん沈みにくい」


 *


 出発の日、シャトルの搭乗口にヤミノが車椅子で来ていた。押しているのは医務室の衛生兵で、ものすごく嫌そうだった。安静指示を三枚くらい無視してきた顔だ。


「相棒。餞別だ」


 差し出されたのは禁忌録から破った一頁だった。左手の字で表が書いてある。ひろしの模擬戦全戦のデータと、変な機動の一覧と、その横に几帳面な注釈。『有効』『偶然』『二度とやるな』の三分類だった。


「我の解読は、まだまだだ。続きはデータリンクの向こうでやる。貴様は素材を送れ。つまり──」


 ヤミノは一度言葉を切って、素の声で言った。


「生きて、飛べ。以上だ」


「これ以外に深淵からの便りは?」


「ない」


 握手は左手同士になった。指ぬき手袋の感触が妙にしっかりしていた。乗る側と、読む側。役割は分かれたが、四秒の続きは二人で追うことになった。まだ名前のない仕事の、これが最初の受け渡しだ。


 タラップの下でシゴキ軍曹が最後の点呼を取った。全員の名前を、軍曹は名簿を見ずに呼んだ。顔を見て、名前で。呼び終えると、談話室のカレンダーと同じ赤いペンで手元の板に何かを書き、こちらに向けた。事故の日から止まっていた赤丸が、ここでひとつだけ進んだ。


『残り〇日。全員、戻ったら再点呼』


 全員、戻ったら。


「返事は」


「はいっ!」


 声は揃っていた。


 *


 シャトルが艦隊集結宙域に着いたのはその日の夜だった。


 乗り継ぎの待機室の窓の外に〈グランドリーム〉の艦影が見える。映像で見るより長く、砲はもっと冗談みたいだった。あれに乗る。あれが今日から家になる。分類の欄のない名前を一つ持って、絵と監視の両方を背負って、沈みにくい艦へ。


 手荷物を数え直していたとき、室内のモニターが一斉に同じ画面へ切り替わった。


『臨時放送 ウオモイ群統合軍総司令部』


 待機室の全員が顔を上げた。前線試験課程の説明会で流れた録画音声はこう言っていた──宣戦布告の日時は追って、と。その「追って」が、どうやら来たらしい。放送開始のチャイムがやけにのんきな音で鳴った。


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