↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なにになろう? ―「もしも魔法が使えたら」の未来―  作者: コペルニクス2号


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/35

第10話 止まれと管制は言った

 模擬戦の朝、格納庫は妙に明るかった。


 照明が増えていたわけではない。人の声が多かったのだ。ペア対抗、総当たりならぬ総潰し方式、優勝ペアには非常食の特別支給。基地中の非番の兵まで観戦に来て、ホシミの賭場は朝から大盛況だった。ひろし・ヤミノペア、十六番・十七番組の倍率は「大穴」だった。理由は「片方が踊るから」。


「相棒。聞け」


 発進前の通信でヤミノは真面目な声を出した。


「本日の我らの戦術は一つ。貴様は好きに飛べ。我が貴様を整える」


「それ戦術って言うのか」


「言う。名付けて『解読済み』だ」


 開始信号と同時にそれは戦術だと証明された。ひろしが思いつきで潜る。ヤミノがその軌道の先に射線を敷く。ひろしが謎の急旋回をする。ヤミノは三秒後ではなく今はもう一秒後に意味を理解して敵ペアの連携の隙間へ弾を送り込む。二回戦、三回戦。同調率は乱高下し、生還率は高止まりだった。


 ──その頃、演習場から三つ隔たった建物の、誰も見ていない画面の中に一枚の報告書が眠っていた。


 この日から数えて十一日前、技官メジリ・カナメが起票した訓練機の異常報告。件名は、姿勢制御に関する異常値、三回。扱いは機密指定。几帳面な人が、几帳面に書いた報告書だった。異常を見つけて報告を書くまではメジリの手は速い。その先、報告がどの列でどう流れるかはメジリの持ち場ではなかった。宛先は部署横断の承認列で、報告はその列の四番目から一度も動いていない。書いたメジリ本人もそのあと一度も、これを開いていない。


 演習場では、四回戦が始まった。


 *


 相手は教官の評価が高い首席ペアだった。


 最初の交差でひろしの出鱈目な軌道の先にヤミノの射線がぴたりと待っていた。首席ペアの片方がそれを避けて姿勢を崩す。観戦席のどこかで「大穴が動いたぞ」と声が上がり、ホシミが頭の中で配当を数え直す音がした。解読済みは、首席相手にも通じる。


 開始三十秒、ひろしは首席の射線から逃げるために演習区画の隔壁ぎりぎりを掠める軌道を取った。無茶な軌道だ。無茶だがいけると思った。機体もいけると思っている。同調率八十八。ドリーマーの踊りの一歩手前、機体の重さが消える場所。


 その最中、計器の脇で三つの表示が順に点滅した。『内部循環補助』。『速成ACM補正』。最後に『ペア安全切替』。訓練で習ったのとは違う順番だ。そして『ペア安全切替』の灯だけがヤミノ機の側へ移って、消えた。意味は分からなかった。分からないまま、目だけが順番を覚えていた。


 そのとき、視界の端でヤミノ機の噴射が変な色になる。


「……ヤミノ?」


 その声は発進前から開いたままのペア回線に乗った。


 返事の代わりに、管制の警報が全周波数で鳴った。


『十七番機、応答異常。制御系ロック。──十七番機、機体を停止せよ』


 十七番機・ヤミノ機は停止しなかった。主噴射が全開のまま固まり、姿勢制御が明後日の方向に切り替わり続ける。機体はきりもみしながら加速していた。加速の先には演習区画の隔壁があった。


『全機、その場で停止。繰り返す、全機停止。救難艇の到着を待て』


 ひろしは停止した。手順どおり。教本どおり。先人の遺言どおり。


 停止したまま思考だけが勝手に進んだ。救難艇の発進管は区画の反対側。ヤミノ機の加速はまだ続いている。間に合うのか? 間に合わない。誰がどう見ても間に合わない。管制も分かっているはずだ。分かっていて他に手順がないから今ある手順を言っている。


『十七番機、応答せよ。十七番機──』


 通信の向こうでヤミノの荒い呼吸だけが聞こえた。声が出ていない。いつもの大仰な言葉も。闇に呑まれている。


「管制、十六番」ひろしは操縦桿を握り直した。「追いかけて、引き戻します!」


『十六番、停止命令が出ている』


「聞こえてます!」


『十六番!』


 聞こえていた。その上で、ひろしはドリーマーを蹴り出した。


 ヤミノ機の遠隔表示に『右側安全固定・異常作動』が赤く点く。操縦席で、ヤミノの右腕から機体へ渡る生体入力が途切れていた。


 ひろしの同調率が九十を超える。機体は踊らなかった。踊っている場合ではないと、たぶん機体も分かっている。考える代わりに任せ、任せながら自分でも飛んだ。どっちが飛んでいるのか分からないまま、きりもみするヤミノ機の未来位置に先回りする。


 接触は、衝撃だった。超重量の金属と金属がぶつかる音がした。


 組み付いた両腕の装甲が悲鳴を上げ、コクピットまで軋みが響く。ひろしは全噴射を逆向きに吹かした。二機分の質量が、ずるずると進んでいく。隔壁が迫る。減速する。迫る。減速する──


 二機は絡まったまま隔壁の手前で演習用の標的ブイをなぎ倒して止まった。


 隔壁まで、残り十一メートル。救難艇の予想到着まで、三分四十二秒。その数字だけは計器にもはっきり出ていた。


 もう一つ、ひろしが見ていない数字を、計器は数えていた。接触から完全静止まで──四・〇秒。


 静かになった通信に荒いひろしの呼吸と、ヤミノの呼吸だけが残った。


「……相棒」


 ヤミノの声は、初めて聞く、素の声だった。


「悪い。手が……途中から、動かなくてな」


「しゃべるな。今、救難来るから」


「あの警報の、前だ。……ぶつかるより、前。どこかで、変な音がした。我の……俺の、右半身のほうで」


 我の、が、俺の、に崩れる。それきりヤミノは言われたとおりに黙った。回線に残るのは荒い呼吸だけ。それを、ひろしは残りの三分間、聞いていることしかできなかった。救難艇が着くまでの時間を、ひろしは一生分の長さに感じた。


 *


 ヤミノは担架で運ばれた。意識はあった。医務室の扉が閉まる直前、手袋をはめた左手が、小さく親指を立てる。


 訓練は中断になった。模擬戦の残りは中止、候補生は自室待機。賭け札はホシミが何も言わずに回収した。倍率表は畳まれ、プリンは全額持ち主へ。胴元の帳簿のその頁は、結果の欄が空のままだった。


 夜、医務室前の長椅子にひろしは座り込んでいた。手はもう震えていない。震えが止まった分だけ頭の中で同じ場面が繰り返された。噴射の変な色。固まった主噴射。三つ点滅した表示。もっと早く気付けたか。分からない。


 隣にヒロミが黙って座った。自販機の温かい何かをひろしの手に押し付けた。


「……規定は三発、って言っただろ、俺」


「的あてのとき? 言ったね」


「規定って、なんなんだろうな」


 ヒロミは答えなかった。答えの代わりに、自分のぶんの温かい何かを両手で持ち直す。医務室の扉は朝まで開かなかった。


 翌朝、掲示板には新しい紙が貼られている。『軍隊向き』の判定表の、すぐ隣だった。


『ひろし・ただの候補生──事故調査のため、本日より訓練参加を停止し、自室待機とする』


 演習場から三つ隔たった建物の画面の中で、あの異常報告はまだ承認列の四番目にいた。事故から一日が経っても、四番目のままだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。