愚かな選択
「私たちは明日の朝一番にこの村を出る。もう一度聞く。少年も一緒に来ない?」
ブレナンたちが村長宅を出てしばらくの時間、村人たちが話し合いを続けた。
そこには俺もいたのだが、結局のところ解決策を見つけ出すことは誰にもできなかった。
当たり前だ。
魔物避けがこの村を守ってくれていて、今までほとんど魔物が近寄ってこなかったからこの村は存続できていたのだ。
それゆえに、村人の中で魔物とまともに戦うスキルを持っている人間なんていない。
ましてや、魔境にいる魔王種を倒してしまえる実力やアイデアを持つ者がいるわけなんてなかった。
せいぜい話し合えたのは、確認された魔王種の情報をどう扱うべきか、といったところだろうか。
貴族の子弟でさえも尻尾を巻いて逃げる高位の魔物であるリッチが魔王種として君臨しているという情報は非常にセンシティブなものだ。
確実に魔王種を仕留めるためには、正しい情報をより上位の存在に届け出て、討伐を成しえる力量を持った者を派遣してもらわなければならない。
が、それが実現するかも分からないうえに、超絶強くて危険なリッチがこの村の隣にある魔境にいると分かれば、今この村に来ている探索者だけではなく、商人たちまでもが近寄らなくなってしまうかもしれない。
魔物と戦ってくれる探索者も、商品を持ち込んでくれて、村の特産品を買ってくれる商人連中も、どちらの存在もこの村にはなくてはならないものになっている。
もしも、大々的にリッチの存在を公表して、人が来なくなれば、魔物被害の前にこの村の乏しい経済は深刻な打撃を受けること間違いなしだ。
ゆえに、どのようにしてこの重大な情報を扱うかを村長たちは決めかねていた。
時間だけが過ぎても結論は出ない。
それに最後まで付き合うことができなかった俺は、この情報を他言しないと宣言して村長の家を出た。
すでに日が暮れかけたそんな時間帯に一人で村を歩き、やってきたのは村の端だ。
そこで、俺は一人の少女と顔を合わし、先ほどの言葉を聞かされた。
「レイラと一緒にこの村を出る、か。面白そうだね」
「うん、きっと面白い。じゃあ、来るの?」
「……ごめん。俺は行けないや。この村には家族がいる。兄弟も両親も、それにじいちゃんやばあちゃんもいる。鍛冶屋にはノクジルさんもいるし、俺は皆を残して村を離れる気はないかな」
「皆一緒に来ればいい。この村はいずれ滅ぶ。残っても、皆が死ぬだけ」
「そうかもしれないね。でも、多分駄目だろうな。兄貴や姉ちゃんは村を出て町での生活にあこがれてたりもするかもしれないから、行くかもしれない。両親はどうだろ。でも、じいちゃんたちは行かないと思うんだ。俺はそれを放っておくのは、なんかやなんだよ」
村の端でレイラと話をする。
ブレナンたちが村長の家を出るときに、小さな声でレイラに言われていた。
あとで、ここで待つ、と。
そうして、この場に来てみればいつから待っていてくれたのかはわからないが、レイラがこの場にいて、俺に優しい言葉をかけてくれる。
一緒に来ないか、と。
正直、うれしい。
彼女は森でずっと俺の護衛をしてくれていた。
その間、ずっと俺のことを気にかけてくれていたし、時々変な行動をとってリーダーからお説教を食らっていたりもした。
だが、滅びが待つこの村から一緒に逃げないかと誘ってくれるのは、先の仕事とは完全に関係のない、彼女の好意から来た言葉だ。
なぜ、彼女がそこまで俺に気をかけてくれるのか。
それは正直分かっていない。
だが、それは完全に彼女の善意であるとこれまでの付き合いでわかるくらいには仲良くなれていると思う。
けれど、それでもその言葉にうなずくことができなかった。
全く別の世界での知識を持ち、この世界へと転生してきた。
だからこそ、この世界の家族は、俺からすると血のつながりのある他人として見えなくもない。
俺は見た目通りの精神年齢では決してないからだ。
だが、それでも俺はここで得た家族皆と苦楽を共にして生活し、家族からの愛を受け、優しさを感じ、時には喧嘩したりもしてきたんだ。
ノクジル爺さんも含めて、村人全員がこの村から避難するために別の地に移住する、というのならついてくかもしれない。
が、多分そうはしないと思う。
村長の家での話し合いもそうだった。
ブレナンにより間違いなく魔王種がいる、と聞いて全員が絶望感を味わっていた。
だが、それでも本気で危機感を抱いていた者は、多分あの場には誰もいなかった。
誰もが、まだこの村は安全であり、魔王種がいても当分の間は安全に暮らせるんじゃないかとも考えている雰囲気を俺は感じていたからだ。
多分、目の前に魔王種が現れて村に甚大な被害が出ない限りは、実感なんてない人がほとんどなんだろう。
実感のない問題は、往々にして後回しにされる。
長く生きた村人ほど、「今まで大丈夫だったんだから、これからも大丈夫だろう」という根拠なき思い込みでこの地に住み続けるのではないかと思う。
他人から見れば、愚かな選択なのかもしれない。
だが、このど田舎で生活してきたケイオス村の住民の多くは、この地を愛し、ゆえに離れないと思う。
俺の家族もおそらくはそうで、そして俺もその家族を見捨てられずに離れられない。
こうして、俺はレイラの最後の誘いを断り、危険地帯と変わったこの村に残ることに決めたのだった。
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