経絡
名前を付ける、というのは不思議なものだ。
それまであいまいだった現象も、言葉を与えると急にはっきりと理解できるようになる。
そういえば前世でも、そんな話を聞いたことがあった気がする。
英語に比べ、日本語は同じものでも細かく呼び分ける言語だと聞いたことがある。
例えば、青色の表現がその代表例だ。
英語だとブルーと表現される青色が、日本語だと「青」、「藍」、「碧」、「紺」、「瑠璃色」、「空色」、「群青」などと多種多様にあるというものだ。
同じ青でも名前が違えば、人はその違いを意識するようになる。
つまり――
俺は、魔力だと思っていたこのエネルギーを“気”と呼ぶことにした。
そして闘気術、内気功という発想を得た。
その結果、これまで感じ取れなかった違いが見えてきたのだ。
体内の気は、ただ全身に散らばっているわけではない。
一定の流れがある。
前世的なイメージでいうと、気の流れ、すなわち経絡と呼ばれる東洋的な発想が得られたのだ。
経絡とは体内で気が流れる道であり、それが全身にある。
そして経絡の途中には、気が一時的に留まる場所があり、それがいわゆるツボというものになる。
……まあ、この知識はたぶん、前世で読んだ漫画あたりの受け売りだ。
魔力だと思っていたときには、こういう“流れ”や“ツボ”の発想はなかった。
だが、これを“気”だと考えた途端、その発想が浮かんだ。
改めて自分の体に意識を向けてみると――どうやら、この考えはそれほど外れていない気がする。
もちろん、前世であったような経絡やツボの正確な知識なんてない。
けれど、どうやら、それらしい流れとツボが俺の体で感じられたのだから、これは大きな進歩と言えるのではないだろうか。
お腹を始めとした胴体部を中心に、そこから手足や頭などの末端部に流れるようなルートがあるように思う。
そして、その末端部まで行けば、そこから再び胴体部に戻るルートもある。
そのルート上で素直に気が流れていく場所もあれば、留まるところもある。
ん~~?
だけど、この留まるところっていうのは、本当にツボって解釈してもいいのだろうか?
いや、単に流れが悪いだけのような気もする。
このへんはツボの知識があんまりないから判断がつきにくいな。
でも、なんていうか気持ち悪い。
言い方が正しいかどうかわからないけど、なんとなく便通が悪くてお腹が張っているような、そんな感じの印象を受けてしまう。
この流れの悪い部分を、なんとかできないだろうか。
内気功を使ってハイハイしながら、俺は経絡の流れを改善できないか試していくことにした。
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