斧の危険性
今の俺の仕事は倒れたカミマキの枝を落とすこと。
意識をそこへ集中し、ひたすら作業に没頭する。
ノクジルアックスに負担をかけないようにしながらも、作業スピードを速めるように努める。
昨日の薪割りでも斧を試していたが、今回の倒れた木についている枝というのは、角度がさまざまなために工夫も必要だった。
薪割りの時には真下に振り下ろす動作が基本だが、枝落としの場合はそうではないことも多い。
水平に振ることもあれば、斜めから刃を入れることもある。
その場合は若干緊張してしまう。
斧というのはなんといっても危険な代物だ。
その危険の中には自分の斧で自分の体を傷つけてしまうケースがある。
例えば普通の薪割りに斧を使う時もそうだ。
台に置いた木を割るために斧を振り下ろして割る。
言葉で言うとそれだけだが、このときに力を込めて振りすぎると斧の軌道が弧を描くようになってしまうことがある。
本来の斧の動きは真上から真下に振り下ろすことが基本であり、原則だ。
真下に向かう動きの場合、もし薪割りに失敗して狙いと違う場所に斧が振り下ろされた場合でも、その斧は真下にある台か地面に当たるだけで終わる。
けれど、人間の肩から半円を描くように弧を描いて振り下ろされた斧の軌道になってしまった場合、その先にあるのは斧を持つ者の足だ。
つまり、狙いを損ねると自分の足を斧でかち割ってしまうこととなる。
下手をすれば一生ものの怪我になる。
そういう意味では、子どもの俺に鉈を持たせて薪割りをさせていたうちの家は前世の記憶から言えばとんでもない家庭だと言われかねないかもしれない。
もっとも、この村ではそこまで大騒ぎする話でもないのだろう。
そのへんはほかの家の子どもたちがやっているかどうかを知らないので何とも言えないが、それでも親や兄たちからは薪を割るときの注意点をきっちりと仕込まれていた。
そういう意味では、このカミマキの枝落としも基本に忠実にやればいいだけなのだろう。
無理に危ない場所をそのままの状態で枝落とししなくても、誰かに声をかけて木の位置や向きを変えれば安全に切れることもある。
が、祝詞のおかげか今のところ俺の斧捌きで危険な感じはしていない。
この斧が異常に軽いため、狙いを外したりせずに、狙ったところで止められるからかもしれない。
耐久性に難のある隕鉄製の斧という点は、初めての枝落としでは多少のメリットもあったといえるのだろうか。
そんなことを頭の中で考えつつも、ある程度邪魔になりそうな枝を切ることができた。
なので、次のステップだ。
この倒れて枝がなくなったカミマキを今度は丸太にしていく。
だいたい四~五メートルの長さに切ればいいそうだ。
この丸太切りにも俺はノクジルアックスを使うことを選択した。
普通ならば、ここはノコギリを使うところなんだと思う。
斧を何度も振り当てて断ち切るように丸太を作るよりも、ノコギリを使ってある程度きれいな断面にしたほうが後々の作業でもいいだろうし、丸太としての見た目もよいことだろう。
だが、そうはしない。
なぜなら、俺は木を伐りに来たのだから。
今は初めての木こりとしての森の中での作業としてだから、枝落としや丸太切りを担当するが、俺だって伐採をしたいのだ。
そのためには、斧を使って木を伐る必要がある。
それには俺の持つノクジルアックスがきちんと木を伐れることを証明する必要があるわけだ。
ならば、倒木を斧で断ち切って見せるのが一番手っ取り早い。
これ以上ないほどの証拠となるだろう。
というわけで、倒れて枝が落ちた状態のカミマキを見つめる。
内気功で再び目を強化し、どこが切りやすいかを確認する。
丸太として求められている長さがあるけれど、それは必ずしも正確でなければいけないわけでもないようなので、ある程度揃っていれば文句は言われないだろう。
おおよその位置を決め、その中から最も切りやすそうな箇所を探っていく。
そして、見付けた。
木の幹で気の巡りが弱いところを見極めた俺は、先ほどの枝落としの時と違い、その部分へと真下に振り下ろすように外気功で強化したノクジルアックスを振り下ろしたのだった。
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