魔力
「ばぶ、あぶ、ばぶぶー(我、この命を糧とし、力を得ん)」
まだ言葉も話せない赤ん坊の俺の口から、意味をなさない音がこぼれる。
だが、そこには俺の意志が明確に込められていた。
家族の食事のときに聞いた「いただきます」のような言葉を、頭の中で意識しつつ口にしたのだ。
そして、それを言い終えてから母親からお乳をもらう。
ごく、ごく、ごく。
喉を鳴らしながら、勢いよく母乳を吸い込む。
違う。
これまでのものとは感じ方が違う。
うまく言えないが、これまでの食事とは明確に違いを感じた。
味ではない。
母親から出てくる母乳としては昨日も今日も、これまでも一切変わりはない。
だというのに、飲み込んだ瞬間から、栄養が体内へ広がっていく感覚がある。
体の隅々まで染み渡っていくようだった。
もし酒飲みだったら、そう言っていたかもしれない。
なんにせよ、母乳を口にする前に先ほどの言葉を言うかどうかで、食事の際に得られる感覚にはっきりとした違いが出ることを確認した。
我、この命を糧とし、力を得ん。
この一文はもしかして魔法の言葉なんだろうか?
でも、いわゆる呪文のようなものとは違うような気もする。
であれば、食事前に手を合わせて言う「いただきます」や「アーメン」みたいなものだろうか。
だが、感謝の気持ちをいくら込めても前世では感じる違いはなかったしな。
まあ、これがなにかははっきりとはわからない。
いまだしゃべることすらできぬわが身では、両親に質問することすらできないから、知りようがない。
だから、それ以上意味を考えても仕方がないと割り切った。
それよりも、もっと重要なのは、その言葉の“効果”だ。
呪文とは違う気がする。
仮に――祝詞と呼ぶことにしよう。
その祝詞を告げてから母乳を口にすると全身に広がるなにか。
これはもしかすると栄養なのかもしれない。
が、そうではなく、これは魔力に類するものなのではないだろうか。
俺はそう考えてみることにしたのだ。
これまで、とっかかりすら掴めなかった魔力だが、もしそうならば重要な手がかりとなるだろう。
母乳は喉を通り、体の奥へと落ちていく。
そして腹の中で魔力へと変わり、全身へと行き渡る。
食事のたびに祝詞を唱えて毎回そう感じることは間違いがない。
俺は食事のたびに、その流れを追跡した。
つまり、魔力の動きを追いかけていた。
寝るか泣くかしかできない赤ん坊だからだろうか、そんなふうに意識を向ける先があるだけでも面白いと感じてしまう。
そして、そんなことをしてさらに何日も経過したころだった。
同じように祝詞を唱えてから母乳を飲み、体内に取り込まれた母乳が魔力として全身へと流れていく様子を観察していた俺は、それまでと少し違いがあることに気が付いた。
……残っている?
お腹の中で、母乳から得た魔力がわずかながら残っているように感じられたのだ。
それまでは、食事で得た魔力すべてが全身へと流れていたと思うのだが、今回はそうはならずにそのごく一部がお腹の中に取り残されたような状態になっている。
これって、大丈夫なのだろうか?
分からない。
前世には存在しなかった魔力、あるいは、体内に感じるなんらかのエネルギーのようなものは空想上のものであって俺の知る限り現実にはなかった。
だが、今は実際に俺は体内に魔力らしきものを感じている。
これが体内にたまり続けた場合、俺にとってプラスなのか、それとも害になるのか。
それがわからない。
体の中に魔力を大量にため込むことで魔力チートとなれるのか、はたまたその魔力が赤ん坊の体には負荷が強すぎて問題となるのか。
どちらもありそうだ。
――どっちだ?
このまま溜まり続けたら――
ある日、腹の中で爆発するんじゃないか?
もし異変が起きても、俺は泣くことしかできない。
俺は体内に感じる異質なものを今後も同様にため込んでもいいのかどうか、頭を悩ませることになってしまった。
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