一区切り
「ライゼル、お前の作ったこの辞書は素晴らしいな」
「ありがとうございます、ガウェイン先生」
「うむ。だからこそ、惜しいな。てっきりお前も、私と同じく研究者の道を歩むものだと思っていた。考え直さないか? 家業の木こりを継ぐのを悪く言うつもりはないが、お前にはこちらのほうが合っているぞ」
無精ひげを生やして、髪も伸びたまま後ろでくくっている男性。
俺が通う学校の教師であり、運営者でもあるガウェイン先生がそんなことを言ってくる。
義務教育などのないこの地域で、この村に学校を作ったこの男性は、村の出身ではない。
彼は、自身が行う研究を続けるために実家からの出資のもと、この村へと移り住んできた者なのだそうだ。
ただ、この世界では生活に困ることも多い。
道楽と見られがちな研究を続けるために、地域社会への貢献と信頼作りのために学校を開いていたらしい。
まあ、本人にとっては自身の研究こそが重要であり、子どもたちへの教育は、正直二の次だったのだろう。
だから、写本作業の指示などという状況になっていたのかもしれない。
それでも、こんな本のない村で文字や計算を聞けば教えてくれる人物がいるというだけで、ある程度村社会には溶け込むことができていたそうだ。
そんなガウェイン先生が俺の父に言った。
オリジナルの辞書を作り上げた七歳の子どもである俺のことをとてもほめてくれたそうだ。
できれば自分と同じように、研究の道に進んでほしい。
そうすれば、将来、研究分野においてひとかどの人物になるに違いないだろうと言ってくれたのだ。
そして、それを聞いた父の決断は早かった。
翌日にはもう、父は材木ギルドに話を通していた。
まだ七歳の子どもの俺が木こりとして働けるように手を打ったのだ。
いくらガウェイン先生が俺の頭をほめてくれたところで、父にとっては俺がガウェイン先生と同じ生活ができるとは思えないのだろう。
だって、そうだ。
ガウェイン先生が研究者たり得ているのは実家の後ろ盾があるからだ。
だが、俺は違う。
ど田舎の村の木こりの末子であり、その日の食べ物をもっと欲しいからと働きたいと主張し、そのための手段として給食の出る学校にも通っていたのだ。
いくら学校で息子の頭を褒められたとはいえ、同じような実家に寄生するような研究生活を認めるわけにはいかないだろう。
「ガウェイン先生。俺は材木ギルドに入るつもりです。これは親父に言われたからじゃなくて、自分の意志です」
ガウェイン先生の気持ちはうれしい。
ただ、俺にも思うところがある。
それは、もっといろんな世界を見てみたいというものだ。
なぜなら――俺は転生者だ。
前世の記憶として、こことは違う世界の記憶を持っている。
その記憶とは違うものがこの世界にはもっとたくさんあるはずだ。
本を読むことでそれを知ることもできるだろう。
だが、ひたすら机にかじり付き、紙とペンを手にして研究だけをする人生というのもどうだろうかと思ってしまう。
もちろん、研究者のことを悪く言うつもりはないが、もっとアクティブに外に出ていろいろ見てみたいのだ。
具体的には魔物とか魔法だとか、そういうのを。
この世界には、まだ見たことのないものが山ほどある。
木こりになってそれができるかはわからないけれど、少なくともお金を稼ぐ必要はあるだろう。
「でも、学校にはまだ来てもいいですか? まだ読んでいない本とかもあるんで、天気が悪い日はここに来たいんですけど」
「……ふ。そうだな。いいだろう。どうやら俺も気がせいていたようだ。子どもは外で遊ぶのが仕事でもあるものな。わかった。別に天気が悪い日に限らず、ここはいつでもお前のことを歓迎する。気が向いたらいつでも来るんだ」
「ありがとうございます。なにか手伝えることがあれば、言ってくださいね、ガウェイン先生」
こうして、俺の学校生活はひとつの区切りを迎えた。
二年間ではあったが、とりあえず基本的な知識はそれなりに覚えたと思う。
分からないことがあれば聞きに来ることもできるだろう。
恩師であるガウェイン先生に感謝を告げた。
こうして俺は――
材木ギルドへ加入することになった。
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