学校
「おっはよーございまーす。今日からこの学校に通うことになったライゼルです。よろしくー」
村にある学校。
そこに通うことになった俺は、父の話があった翌日、さっそくその学び舎へと向かった。
元気よく声をあげて、姉に連れてきてもらった建物の扉を開ける。
前世の記憶を持つ俺が「学校」と聞いて思い浮かべるのは、大きなコンクリートの校舎だ。
小中高と通い続けた、多分全国的に一般的な変哲のないものを想像してしまう。
が、この村にそんな大きな建物はない。
だからこそ、俺はこの村に学校というものがあることを知らなかった。
この村にあるのは、どちらかというと寺子屋みたいなものなのだろう。
それほど大きくない建物に、子どもたちが集まって学ぶらしい。
ちなみに、義務教育といったものは存在しない。
一定の年齢に達したら通ってもよいが、別にいかなくてもいいらしく、俺のようにその年齢に達していなくても通うことはできるようだ。
そして、兄たちは学校に行ったことはあるものの、今は行っていないみたいだ。
次兄なんて通い始めて十日もたたないうちに行かなくなったそうで、俺が学校を知らなかったのも兄弟たちのせいなのかもしれない。
「じゃ、頑張りなさいよ、ライゼル」
「え? 姉さんは帰るの?」
「当たり前でしょ。あんな作業をさせられると分かっていて、ここに来る子なんていないわ。よっぽどのもの好きだけよ。あんな作業、まともな子どもがやるもんじゃないわ。じゃあね」
学校までの道案内をしてくれた姉はそんなことを言って帰ってしまう。
だが、作業ってなんのことだ?
ここは学び舎なのではないのだろうか?
「お前がライゼルか? 小さいな。まあいい。早速だがこっちにこい」
入口の扉を入る前に姉があっさり帰ろうとするのに驚いて立ち止まってしまっていた俺。
そんな俺に気が付いたのか、校舎の中から一人の男性が出てきて声をかけてきてくれた。
扉の奥から、ぎぃ、と音がした。
そこから現れたのは――無精ひげの男だった。
おっさんだ。
無精ひげを生やして、髪も伸びたまま後ろでくくって流している男がいた。
この人が先生なんだろうか?
「よろしくお願いします」
「ああ。お前は文字が読めるのか?」
「一応、家でばあちゃんから聞いたんで、文字はなんとか。単語の綴りや意味なんかは知らないのばっかりですけど」
「そうか。なら……、こいつでいいか」
建物の奥の部屋へ案内してくれるのか、廊下を歩きながら移動しつつ、俺に質問をしてくる。
このあたりの文字はアルファベットに近いようで、文字はすでに分かる。
が、祖母が教えてくれたのは超基本的な文字の形だけであり、俺が今書けるのは家族の名前とか、家にあるものの名称くらいだろうか。
圧倒的に単語力が不足している。
日本の漢字みたいに、覚える文字の形が無数にあるわけじゃないからまだ楽なんじゃないだろうかと期待しているけど。
「なんすか、これ?」
「辞書だ」
そう言って先生が置いた本は、俺の腕ほどの厚みがあった。
「この本には、さまざまな文字の綴りとその意味が書いてある。お前は今からこれを見て、別の紙に全く同じように書き写せ」
「……書いて覚えろってこと? 先生が教えてくれないんですか?」
「分からないところがあれば聞け。いちいち教えん。ああ、そうだ。もしも一文字でも間違えていたら書き直しだからな。さあ始めろ」
……マジか。
義務教育じゃないからって、クッソ適当じゃねえか。
いきなり辞書の丸写しとか、効率が悪すぎるだろ。
なにより子どもにさせる作業じゃない。
間違いの許されない写本とか、中世の修道士の修行かよ。
驚きの勉強法を指導された俺は、ぶつぶつ文句を言いながらも辞書を受け取り、机へと向かい羽ペンを握ったのだった。
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