レイラの過去
俺が生まれ育った村は貧乏でお腹いっぱいに食事を食べることも難しい環境だった。
だが、人の多い町で育ったとしても、苦労がなくなるわけではないのだろう。
レイラの話を聞くと、彼女もなかなかに苦労してきたようだ。
とある町で生まれたレイラは俺とは違い親がいなかった。
理由はわからないそうだ。
いつのころからか孤児院で育ててもらっていたようだ。
その孤児院もいい設備が整った場所などではなく、日々皆で食べ物を分け合って生活しているようなところだったらしい。
そんな孤児院の中で、レイラは自分の未来について考える。
孤児院では院長先生の手伝いをしていたから、炊事や掃除くらいはできる。
だが、それ以外に胸を張って言える特技はなかった。
そんななかでよく年上の子どもに言われたのが、「レイラは可愛いからお金持ちに引き取ってもらえるよ」という言葉だったようだ。
これをどんな意味で言っていたのかは、わからない。
だが、レイラはその未来を想像して嫌な気持ちになったそうだ。
可愛い、つまり女の子であるからお金持ちに引き取られる。
きっと今よりはいい生活ができるのかもしれない。
だけど、それは本当に素晴らしい生活なんだろうか。
もっと他にいい未来はないのだろうか。
そんなことを考えるレイラにとって、いつも頭に浮かぶのが孤児院にあった絵本だ。
古い絵本だが、勇者様と一緒に世界を旅した聖女様の話が描かれたものだった。
彼女のように、世界中を旅して、いろんなものを見て、魔物と戦い、人を守ることができたら素晴らしいだろうか。
当時はまだ幼かったこともあって、そんなことをよく考えてしまった。
だが、レイラはこの時に気づく。
自分はその絵本を本当の意味で読むことができていない、と。
なぜなら、その絵本には文字も書かれていたからだ。
絵だけを見て、物語を分かった気になっていた。
院長先生が何度か読み聞かせてくれたこともあり、大筋のストーリーは間違ってはいないはず。
だけど、もっとこの本についてきちんと知りたい。
そう考えたときに出会ったのが、一冊の辞書だったという。
さまざまな文字を平易な言葉で説明している。
探したい言葉をすぐ見つけられるよう工夫されていた。
なんなら、言葉の一部については挿絵も描き込まれていて、辞書なのにそれを読むだけでも面白かった。
そう、なんの因果か、当時のレイラのもとに俺の編集した辞書が届いたようだ。
といっても孤児院宛に一冊寄贈されたものだったようだ。
だが、その辞書に夢中になったのは、子どもたちの中でもレイラだけだった。
ほとんどレイラの私物かと思うくらいに独占して辞書を使い、自分なりに絵本を読みながら、どうしてもわからない言葉は院長先生に尋ねた。
こうして、レイラはそれまで知らなかった様々な言葉と文字を覚えた。
絵本だけではなく、ほかの本もその辞書を使って読むことが増え、気づけば孤児院で誰よりも多くの知識を身につけていた。
そして、その辞書には言葉だけではなく、俺が記した祝詞もあった。
「我、この命を糧とし、力を得ん。この祝詞のおかげで私は力を得られた。だから魔術師として探索者の道を歩むことができた」
どうやらそういうことらしい。
きっと、もともと魔術の素養自体はあったんだろう。
だが、それが祝詞を唱えて食事をすることでさらに成長したのか、彼女はその後、優秀な魔術師として頭角を現すこととなり、自分の人生を、自分の意思で選べるようになったということだ。
孤児院で誰かにもらわれるのを待つだけではなく、物語の聖女様のように自分の力で世界を渡り歩くことができるようになったのだ。
「なんだ。それならやっぱり俺に恩があるなんてことはないよ。全部レイラが自分で頑張った結果なんだから」
俺の辞書はきっかけに過ぎない。
実際、同じ孤児院にいたほかの子どもたちはその辞書にあまり興味を示さずにいたそうだからな。
興味を持ったレイラが、それからも自分で努力して成長した。
それだけの話だ。
だが、それはあくまでも話を聞いた俺の考えで、レイラからすると違ったらしい。
自分の人生の転換期にあった本。
その本を作り上げたライゼルがど田舎の村の少年だった。
驚いたと同時に、自分がその本から与えられたものを俺に返そう、という発想になったらしい。
俺としては、そこまで恩を感じてもらうようなことをした覚えはない。
だが、彼女が以前から俺にかまうのはそれが理由だったのかとようやく腑に落ちた。
そんなこんなで、なぜかその日はレイラが俺の家に泊まりに来て、家族と一緒に食事をすることとなったのだった。
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