緊張感
トレントは普通の木に擬態しているが、獲物を前に戦闘モードに入るとその幹に顔が浮かび上がる。
両目と口のような模様が浮かび、そして、その両目と口の中央辺りの奥底に魔石があるのだそうだ。
つまり、なにが言いたいのかというとトレント相手に根っこや枝をいくら切り落としても大きなダメージにはならないということだ。
だが、全くの無意味でもない。
というのも、探索者の中にはトレントの討伐方法について知識がある者がいて、その人から聞いたものに、根や枝を切る戦い方があったからだ。
トレントは基本的に、人間よりも強力な魔物を優先して脅威と見なし、そちらへ意識を向ける傾向がある。
そのため、もっとも一般的な討伐法は、トレントがほかの魔物と戦っている隙を突き、漁夫の利を狙う方法だった。
しかし、いつでもどこでもその戦法が取れるとは限らない。
では、漁夫の利作戦ができないとトレントには絶対にかなわないのか。
そうとはいえないらしい。
というのも、トレントは手ごわい魔物ではあるが、決して無敵のモンスターではないからだ。
根や枝を切り落とせば、それはダメージとして残り続ける。
つまり、切った枝が短時間でニョキニョキと伸びて元に戻る、なんてことはなく、切れた状態のままになることが多いのだそうだ。
そのため、トレントと出会った探索者はほかに魔物がいなければ、戦闘になった際には基本的には無理に幹を狙わず、根や枝を切り落とすことを優先する。
トレント自身も移動速度というのは早くはないわけで、気が付かずに近づいて拘束されてしまうのでなければ、たいていは根や枝などを伸ばして攻撃してくる。
その攻撃を迎え撃つ戦法だ。
そして、ある程度まで攻撃を誘い、その根や枝を切り落として回収し、撤退する。
それを何度も何度も繰り返すことで、そのトレントは根や枝のほとんどを失い、巨大な幹だけが残った状態になってしまうというわけだ。
ゲームのように短時間で回復するすべを持たないトレントに安全に勝つために編み出した人間の戦い方ともいえるかもしれない。
なので、俺もそれに倣って見つけたトレントの枝などを切り落としてしまえばいいのかもしれない。
が、今回トレントに戦いを挑む俺はその消耗戦を選ばない。
相手の伸ばしてきた根や枝ではなく、直接幹に攻撃を仕掛けてやるつもりだ。
そんな戦法を選べるのも、俺には内気功・迷彩があるからだ。
すでに見つけたトレントだが、近づいてもまだ反応がない。
あと数歩、先に進めばそこからは俺のノクジルアックスの攻撃範囲に届く。
やはり、トレントは人間のように目で周囲を見ているのではなく、生き物の気などを感じ取っているんじゃないだろうか。
ちなみに、今の俺は内気功・迷彩をさらに複雑に使っていた。
イメージしているのは相手の視点に立った光学迷彩だ。
もともと、内気功・迷彩というのは俺の周囲の環境に合わせた闘気の色を自分の気でも再現しまわりに溶け込もうという技術だ。
なので、木のそばならその木の気の色になるべく似せて俺の気も青を多めにして青赤黄白黒の配色を調整する。
が、前方にいるトレントに近づくために周囲の色に合わせるというよりは、トレントからみて俺の背後の気の色と同化するように迷彩を使っていた。
向こうから見れば、俺はその背後と同じ色のために、まるでそこに存在しないかのように認識される、はずだ。
もっとも、このより高次な光学迷彩が完全にできているかどうかは俺自身にはわからない。
高い技術が要求されるうえに、もし失敗していたら目の前にいるトレントが擬態を解いて攻撃してくるかもしれない。
フッ、と口から小さな息が漏れた。
緊張している。
今までにないほど心臓が激しく脈打っている。
この胸の音が原因でトレントに気が付かれはしないかと心配になる。
だが、まだトレントも動かない。
ジリ……ジリ……と、牛歩のような歩みで忍び寄る俺と微動だにしないトレント。
まるで西部劇のガンマンの早打ち対決の直前のような緊張感が、俺の中ではものすごく長い時間続いているように感じられた。
そして、その緊張の均衡も終わりを迎えた。
俺の持つノクジルアックスが一振りで届く距離にまでトレントに近づくことができた。
大きく一歩跳躍するように踏み込んで、斧を振りぬけば届く距離。
やはり、俺の推論は正しかったようだ。
トレントは目や耳で周囲を認識することはなく、気の色を感じ取っていた。
だからこそ、俺の接近をここまで許してしまった。
「ハアッ!!」
大きく一歩前進し、腕から背筋、体幹、腰のひねり、さらには大地を踏みしめる足の力、そのどれもを最大限に使えるフォームで斧を振る。
内気功・迷彩で行っていた気配遮断もここまでくればもう必要ない。
外気功・外纏、そして属性強化を使用して今の俺が出せる最高の攻撃をトレントの幹へと叩き込んだのだった。
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