3章-76.伝えたい前世の記憶、因果を超える誓い
抱きしめた彼の大きな身体に、少しずつ、けれど確かに温かさが戻って来る。
命の灯火が、再び勢いを取り戻していくのが肌を通して伝わってきた。
「ルナリア……」
声はかすれていた。
それでも、彼は私の名前を求めるように呼んでくれた。
「グレン……っ」
「ありがとう。君のおかげで助かった……」
彼はまだ少し顔色が悪いものの、わずかに生気を取り戻した顔で優しく微笑んでくれた。
「よかった……本当によかった……」
安堵のあまり涙があふれ、私は彼の胸に顔を埋めたまま、何度も同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。
「心配をかけて、すまない。君を守るつもりが、逆に守られてしまったな……」
グレンはそう言って、自嘲するように目元を和らげる。
「……違う……あなたを死なせないために……本当だったら私は……」
脳裏を支配する、あの悲劇的な未来の光景が、どうしても頭から離れなかった。
今、彼を助けられたけれど、再び自身の手で血塗られた未来が待っている。
「ごめんなさい……私のせいで……!」
「ルナリア……?」
私の尋常ではない取り乱し方に、グレンは戸惑いの声をあげる。
そして、頬を伝う私の涙を大きな指先でそっとぬぐいながら、私を安心させるようにそっと語りかけてきた。
「あの、村の夜からずっと思っていたんだが……。ルナリア、君は私に何か隠していることはないか?」
その不意の問いかけに、私の肩が大きく跳ね上がった。
心臓が早鐘を打ち、息が止まりかける。
「私がルナリアを嫌いになることはない。なのに、ルナリアはまるでそれを予見しているように見えた。今も何か別のものに怯えているように……。君は何が見えているんだ……?」
グレンのその揺るぎない眼差しは、私の心の奥底を見透かそうとするかのように向けられていた。
彼は私を問い詰めるのではなく、私のために答えを待っている。
「それ、は……」
話しても良いだろうか。
彼を、彼らのことを思うのなら、今すべて話してしまったほうがいいのではないだろうか。
私がすべてを打ち明けようと決意して口を開いた、その瞬間だった。
「——っ!?」
突然、首を力任せに締め上げられたかのような激痛が走る。
「う……ごほっ……!」
まるで、私に何も言わせないように、紡ぎかけた言葉が体の奥深くに沈んでいく。
喉の奥が物理的に塞がれたかのように塞がってしまい、呼吸をすることさえままならない。
「ルナリア!? 落ち着いて……深呼吸をするんだ!」
グレンの取り乱した声が響き、私の背中を何度もさすってくれる。
「ママ!」
そこにエリオスも駆け寄ってきて、私の体を必死に支えてくれる。
「どうしたんだ……!? 一体何が……」
「うんとね、ちょっとまってね」
エリオスが、人間には判別できない複雑な詠唱を奏でた。
私の体を、淡く不思議な銀光が包み込んでいく。
「わかった! たぶんね、因果律が干渉してる!」
「因果律……?」
「この世界がね、ママの口をふさいでるの。なにも言っちゃだめって」
「そんな強大な力が、なぜルナリアに干渉しているんだ……?」
グレンは信じがたい現実をまだ飲み込めないまま、私を抱きすくめる。
世界の意思そのものが一人の少女の言葉を阻もうとしているなど、あまりにも不自然な事態だと気づいたのだろう。
「わからない……でも、ママすごい怖がってる……」
「グレン……エリオス……」
痛みと涙でゆがむ視界の向こうに、必死に私を案じてくれる彼らの姿が映る。
私は、またしてもシナリオ——この世界の強制力に絶望した。
彼らに伝えようとしても、世界のルールがそれを拒む事実に胸が引き裂かれそうになる。
「ごめんなさい。私はもう大丈夫だから……」
二人にこれ以上の心配をかけたくなくて、私はなんとか微笑んでみせる。
けれど、そんな強がりが通用するはずもなかった。
「そんなことないだろう! こんなに震えて……!」
グレンは痛ましげに、青ざめる私の頬をそっと撫でる。
「いや、言いたくても言えないのだったな……」
グレンは、私の苦しげな様子とエリオスの言葉から察したように、ぽつりとつぶやく。
そして決意を込めた輝きを瞳に宿したまま、涙に濡れる私の顔をそっと両手で包み込んだ。
「それなら、この世界の因果からも私が君を守る。理を統べる世界が相手だったとしても、ルナリアのためなら私は絶対に負けたりしない」
「……っ……グレン……」
それは、何者にも折れることのない覚悟の現れだった。
言葉が、絶望に震えていた私の心を包み込んでいく。
彼の手から伝わるあたたかな体温が、凍てついた胸の奥まで届くようだった。
「僕も! 僕もママを守るよ!」
そこにエリオスも小さな身体を弾ませて、私達の間へと勢いよく飛び込んでくる。
「ずーっといっしょだよ! 僕にしてほしいことあったら、なんでも言ってね」
無邪気でありながらも、その言葉には私を想うひたむきな愛情が満ちあふれていた。
二人から注がれる惜しみない優しさに、私の胸の奥が熱くなる。
「もう十分よ……たくさんすぎるくらい、もらってるわ」
私はこれ以上ない幸福を噛み締めながら、目からこぼれ落ちた涙とともに、愛おしい二人を抱きしめた。




