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2章-45.(番外編)アルの過去、六百年前の追憶⑤(★) ただ愛を誓う吸血鬼と王女

 俺が向かったのは、砦の冷たい風が吹き抜ける屋上だった。

 そこには、満月の光を全身に浴びながら、ぽつんと一人で佇んでいるアリアの姿があった。

 プラチナブロンドの髪が夜風にしなやかに揺れ、小さく儚げに見えた。


「そんな高いところでいつまでも夜風に当たっていたら、大切な身体を壊しちゃうよ」


 俺が極力いつもの調子を装って声をかけると、アリアはその華奢な肩をビクリと大きく揺らした。

 そして、慌てて両手でそっと目をぬぐうような仕草をしてから、ゆっくりとこちらを振り返った。


「ア、アル……。そこに、いたんですね……」


 無理に作った微笑み。

 けれど、その美しい瞳の縁はほんのりと赤く、涙の跡が月明かりに濡れてきらきらと光っていた。


「……ねえ、アリア」


 俺は一歩ずつ、ためらいながらも彼女との距離を詰める。

 もう二度と後戻りはできないという覚悟をその胸に抱いて、彼女の瞳を見つめた。


「アリアは……。俺のこと、好き?」


「え……っ!?」


 思いもよらない俺の不意打ちの問いかけに、アリアはその声を震わせ、驚きで目を丸くした。

 そんな彼女の動揺を包み込むように、俺は自分の胸の奥に閉じ込めていた本当の想いを形にして紡いでいく。


「俺はね……、アリアのことが好きだよ。初めて出会ったその日から……。ずっと、君のことが好きだったんだ」


「アル……っ」


「だから、アリア。……君の本当の気持ちを、俺に聞かせてもらってもいいかい?」


「私……、私は……!」


 アリアの瞳から、大粒の涙があふれ出た。

 彼女は俺へと向かって夢中で駆け寄り、その勢いのまま俺の胸の中へと激しく飛び込んできた。

 小さな、けれどこの上なく愛おしい温もりが、俺の冷え切った身体にぶつかる。


「私も……! 私も、アルのことが好きです! ……あなたのことが大好きでした……!」


「そっか……。ありがとう、アリア」


 抱きしめた彼女の身体の温かさを感じながら、俺は優しく目を閉じた。


 この先、祝福された輝かしい未来なんて、何一つ待ってはいない。

 広がっているのは深い暗闇だけだ。


 それでも、たとえこの先にどんな地獄が待っていようとも。

 俺はもうこの腕の中の光を手放すことなんて、絶対にできなかった。


「アリア。……君が本気で望んでくれるなら、俺は、君のこれからの生涯のすべてをこの手でもらいたい」


 愛おしさが限界を超えて、俺は強い力で抱きしめ返した。


「私も……。私もアルと一緒に、これから先もずっとずっといたいです。……この、吸血鬼達との戦いから、私達の国を守りきることができたら……」


「待って、アリア。その先の言葉は、俺に言わせてほしい」


 俺は腕の中の身体を少しだけ離した。

 涙でひどく潤んだアリアの美しい瞳を、慈しむように愛おしく見つめつめた。


「アリア。……俺と、結婚しよう。正式な婚姻を結ぶことなんてきっと無理だろうけれど……。俺の長い命のすべてを懸けて、生涯、君だけを愛し、君だけを守り抜くことをここで誓うよ」


「嬉しいです……。本当に、とても……。私、生まれてから今までの人生の中で、今この瞬間が、一番幸せです……!」


「俺もだよ、アリア。……そうだ。この戦いがすべて終わったらさ、前に酒場で君に話した港町ダイアラ。あそこに、二人で一緒に旅に出よう。最高に美味しいおすすめのお酒を、今度こそ君にたくさん教えてあげるからね」


「はい! 絶対に行ってみたいです! ふふ、楽しみにしていますね……!」


 アリアは涙を浮かべたまま、まるで夢見る少女のように、この上なく幸せそうな笑みを浮かべる。


 月夜が作り上げた、二つの影が、屋上の床の上で深く重なり合う。


 この先に待っているのは残酷な結末だけ。

 でも、この静かな満月の夜だけは。

 俺たちの小さな世界は、永遠に続くかのような幸福で、どこまでも美しく彩られていたのだった。

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