第四章「ステージに立ったんですけど、何か?」
第四章です。
ついに、Stella Beats最大のライブ回になります。
今回のお話は、かなり前から考えていた“鉄山靠事件”のエピソードです。
努力しても意味がない。
頑張っても届かない。
そんな空気を抱えたまま立った、大きすぎるステージ。
そして、そこで起きた事故。
第四章は、これまで積み上げてきたものが一気に繋がる回になっています。
よろしくお願いします。
スタジオに、重い空気が流れていた。
真田さんが電話を切ったあと、誰もすぐには喋らなかった。
「……代打って、今日ですか?」
ひよりが恐る恐る聞く。
「あぁ、今日だ」
真田さんは即答した。
「今夜」
「はぁ!?!?」
早川が素っ頓狂な声を上げる。
「いやいやいやいや、無理でしょ!?」
「無理じゃないから電話来たんだよ」
「いや、そういう問題じゃなくて!」
真田さんは机の上に資料を広げた。
「会場は港区の野外ステージ。元々はLuminous Crownの出演予定だった」
「そんな大きいところ……」
ゆあが小さく呟く。
「客もある程度残ると思う。チケットの払い戻しはしてるだろうけど、完全には帰らない」
「だからって!」
早川は髪を掻き上げる。
「今日って、もう数時間後なんだけど!?」
「だから今から死ぬ気で覚えろ」
真田さんが言った。
「特に一曲目。神崎は振り付けを完璧におぼえていたな、見てもらえ」
全員の視線が私に向く。
「神崎さん、振りの確認お願い」
「わかりました」
私は前に出た。
音楽が流れる。
踊る。
ステップ。
ターン。
腕。
何度も繰り返した動き。
「待って待って、そこもう一回!」
ののかが慌てて止める。
「足どうなってるの!?」
「重心移動です」
「わかんない!」
「いいから身体で覚えて!」
真田さんが手を叩く。
そこからは地獄だった。
何度も曲を流す。
踊る。
止める。
確認。
繰り返し。
途中から誰も喋らなくなっていた。
ただ必死だった。
昼過ぎ。
時間ギリギリまで、振り付けを通しで確認する。
もちろん完璧ではない。
でも、ある程度それらしくはなった。
「もう行くぞ!」
真田さんがスタジオの扉を開ける。
「車回した!」
全員が慌ただしく動き出す。
汗を拭く間もなく、ステージ衣装をバッグへ詰め込む。
飲みかけのペットボトル。
散らばった歌詞カード。
スマホ。
イヤホン。
全部まとめて抱えるようにして、一斉にバンへ乗り込んだ。
車が走り出す。
横須賀の街を抜ける。
夕方前の道路は混んでいた。
「ヤバい、間に合うよね……?」
ゆあが不安そうに呟く。
「間に合わせる」
運転席で真田さんが即答した。
そのまま片手でスマホを耳へ当てる。
「もしもし! 今向かってる!
いや、代打は確定!
だから音だけは絶対止めんなって!」
電話を切る。
すぐまた別の着信。
「はい真田です!
え? 照明まだ直ってない!?」
全員が少しだけ嫌な顔をした。
車内には、Luminous Crownの曲が流れている。
何度も聞いた曲。
でも、まだ身体に完全には入っていない。
早川は歌詞カードを睨み続けていた。
小さく口を動かし、何度も歌詞を確認している。
ひよりはイヤホンを片耳だけ付け、小さくハモりを口ずさんでいた。
ののかは途中で頭を抱える。
「これ絶対、夜までなんて覚えきれないってぇ……」
「覚えるしかない」
早川が真顔で返す。
でも、その声にも少し焦りが混じっていた。
車は横浜へ入り、そのまま首都高速へ上がる。
一気に景色が変わった。
高架道路。
巨大なビル群。
夕焼け色のガラス窓。
下には無数の車のライトが流れている。
高速道路は、まるで空の上を走っているみたいだった。
「うわぁ……」
ののかが窓に顔を近づける。
「すっご……」
ゆあも思わず外を見ていた。
私は窓の外を見る。
ビルの隙間を、夕日が流れていく。
都会だった。
でも、どこか戦場へ向かっているようにも見えた。
その間も、曲は止まらない。
何度も繰り返されるイントロ。
頭の中へ無理やり叩き込むように。
早川が小さく息を吐く。
「……ホントにやるんだ」
誰も答えなかった。
到着した頃には、空はほとんど夜になりかけていた。
全員が車を降りる。
そして――止まった。
「……え」
ゆあが呟く。
会場は、想像より遥かに大きかった。
野外ステージ。
高い照明。
広い客席。
だが。
「うわ……」
ののかが顔を引きつらせる。
風でギシギシと軋む音が聞こえるほどに古かった。
鉄骨は錆びている。
床もところどころ歪んでいる。
照明機材も明らかに古い。
「これ……ホントに大丈夫なの?」
早川が嫌そうに言う。
そして、先の一件の理由が少しわかった気がした。
Luminous Crownが断った理由。
危険だったのだ。
まともなプロダクションなら、ここではやらない。
しかも。
「……人、多くない?」
ひよりが客席を見る。
思っていたより、ずっと客が残っていた。
大手の人気アイドルグループがやるはずだったステージ。
私たちのやっていたライブとは、比べ物にならない。
チケットの払い戻しは済んでいるはずなのに、それでもかなり人がいる。
観客たちはざわついていた。
「代打って誰?」
「聞いたことないグループなんだけど」
「Stellaなんとか?」
「マジで大丈夫か?」
そんな声が聞こえる。
スタッフが慌ただしく走っていた。
「リハ時間ありません!」
「そのまま本番入ります!」
真田さんが軽く舌打ちする。
「ぶっつけかよ……」
早川が疲れたように笑う。
「……最悪」
でも。
逃げるとは言わなかった。
スタッフが呼ぶ。
案内された控室は、ステージ裏に置かれた古いプレハブだった。
狭い。
蛍光灯は少しちらついている。
長机。
パイプ椅子。
壁際には古い姿見。
「……うわ」
ののかが小さく呟く。
手早く取り出したステージ衣装に着替える。
スタイリストさんがヘアスタイルをセットする。
すぐにステージ袖へ通された。
暗くなり始めた空。
観客のざわめき。
照明が点灯する。
「Stella Beats、スタンバイお願いします!」
全員が並ぶ。
早川が小さく息を吐いた。
「……代打だけど」
誰に言うでもなく呟く。
「やるしかないか」
そして。
ステージへ出た。
ライトが眩しい。
客席が見えない。
歓声は少ない。
期待も薄い。
でも、広場を覆うほどいるのはわかる。
今まで立ったライブハウスとは、まるで別世界だった。
「こんばんはー! Stella Beatsです!」
早川が声を張る。
拍手は、まばらだった。
「今日は代打で来ました!」
「でも、絶対忘れられない夜にするから」
「最後まで楽しんでいってください!」
ののかも笑顔を作る。
でも空気は重い。
客席も様子見だった。
「それでは一曲目、聴いてください――」
音楽が流れ始める。
Luminous Crownの代表曲。
踊る。
合わせる。
でも。
やはり完璧とは言いがたかった。
少しズレる。
硬い。
客席の熱も上がらない。
早川の表情にも焦りが見え始める。
そのときだった。
ギギッ――と嫌な音がした。
一瞬。
誰も理解できなかった。
しかし――
次の瞬間。
ガンッ!
という音と共に照明機材が外れた。
「……えっ?」
丁度、早川の頭上だった。
避けられない。
早川はその場に倒れ込む。
「危なっ!」
「キャァーー!」
観客席から悲鳴が上がる。
だが、その瞬間。
私は踏み込んだ。
ドン!!!!!!
野外ステージに鳴り響く轟音。
ステージ全体が揺れた気がした。
観客が息を呑む。
そして――
落下した照明を、横へ吹き飛ばす。
鉄山靠。
ガシャーン!
ぶつかった照明機材が、舞台端へ激突する。
火花。
悲鳴。
静寂。
誰も動かなかった。
メンバーも。
観客も。
スタッフも。
でも。
私は止まらない。
ステージ中央へ出る。
歌う。
一人で。
ライトが半分消えた暗いステージ。
その中で、歌だけが響く。
「……な、なんだ今の」
「今、あの娘、照明をぶっ飛ばさなかったか?」
「え?」
「嘘だろ?」
観客がざわつく。
真田さんが叫ぶ。
「スポット!! 神崎に当てろ!!」
一筋の光が落ちる。
暗いステージ中央。
凛だけが照らされる。
私は歌い続ける。
止まらない。
途中で止めるという発想がなかった。
そして。
マイクを片手に歌いながら、倒れている早川へ手を伸ばす。
「立てますか」
早川は呆然としていた。
「……なんで」
でも。
私の手を見る。
周囲を見る。
客席を見る。
そして。
震える手で、その手を掴んだ。
引き上げる。
立たせる。
早川が息を吸う。
その瞬間。
ののかが動いた。
「――続けるよ!!」
ひよりも。
ゆあも。
再び歌い始める。
照明が一つ、また一つと戻る。
ステージが完全に復活した!
歓声が上がる。
空気が変わる。
観客が、前へ乗り出してきた。
「なんだあの子……!」
「見た!?」
「今の、ヤバくない!?」
「代打だよな!?」
「すげぇ……!」
一気に熱が生まれる。
さっきまでの舞台とは別物だった。
私は中央へ出る。
早川も前へ出る。
背中合わせ。
二人でセンターに立つ。
音楽が最高潮へ入る。
観客の歓声。
照明。
熱気。
全てが混ざる。
ライブは続いた。
最後まで。
全力で。
曲が終わる。
一瞬の静寂。
そして――
今までで一番大きな歓声が響いた。
私は少しだけ目を開く。
客席が見えた。
大勢の観客。
ペンライト。
歓声。
その光景を見ながら。
早川が、小さく笑った。
「……なんなの、アンタ」
私は少し考える。
「……八極拳です」
一瞬。
早川が吹き出した。
ののかも笑う。
ゆあも笑った。
ひよりまで笑っていた。
まだステージの上。
その瞬間だけ。
Stella Beatsは、本当に一つになっていた。
(第四章 終)
第四章を読んでいただき、ありがとうございました。
今回はかなり映像を意識して書いた回でした。
特に、
・首都高を走る移動シーン
・巨大野外ステージ
・照明落下
・スポットライト
・背中合わせのダブルセンター
この辺りは、完全にライブ映像やアニメPVをイメージしながら書いていました。
そして、ようやくStella Beatsが“グループ”になった回でもあります。
今までずっと空気がバラバラだった五人が、事故をきっかけに初めて同じ方向を向く。
特に、ゆあが最後に泣いてしまうシーンは、自分でもかなり気に入っています。
あと、真田さんは今回かなり頑張ってました。
次回はライブ後のお話になります。
よろしくお願いします。




