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第三章「アイドル活動を始めたんですけど、何か?」

第三章です。


今回は、アイドル活動を始めて少し時間が経った頃のお話になります。


頑張っているのに結果が出ない。

努力しているはずなのに届かない。


今の時代っぽいテーマを、Misaと凛の価値観の違いを通して描いてみました。


そして次回はいよいよ、大きなライブのお話になります。


よろしくお願いします。

 初めてレッスンに参加した日から、少し時間が経った。


 私はStella Beatsの活動に参加していた。


 商店街イベント。


 ビラ配り。


 配信。


 アイドルらしいことは増えていた。


 そして、小さなライブにも参加するようになっていた。


 小さな地下ライブハウス。


 観客は多くない。


 前列に数人、後ろに少し。


 でも――


 ステージ袖にGOサインが出る。


 五人は一斉にステージへ入った。


「こんばんはー! Stella Beatsです!」


 センターのMisaが、笑顔で自己紹介を始める。


 照明が眩しい。


 観客との距離が近い。


 ライブハウス独特の熱気。


 前列では、数人のファンがペンライトを振っていた。


「今夜は会いに来てくれてありがとうー!」


「まずはメンバーを紹介するね!

 今日のセンターは私、Misaです!!」


「Nonoです! 今夜は忘れられない夜にするからねー!」


「Hiyoriです! ノリノリでいっちゃうよー!」


「Yuaですー! みんな楽しんでいってねー!」


「そして今日は、新メンバーも来てるので紹介しちゃうね!」


 早川が笑顔で言う。


「Rin、自己紹介!」


 マイクを向けられる。


 少しだけ考える。


「……神崎凛です。よろしくお願いします」


 一瞬、静かになった。


「いや硬っ!」


 他メンバーが笑う。


挿絵(By みてみん)


 曲が始まる。


 私は一歩前に出た。


 以前なら、ただ正確に動こうとしていた。


 でも、今は少し違う。


 ――見せるというのは、自分を出すことです。


 母の言葉を思い出す。


 まだ意味はよくわからない。


 だから、とりあえず考えた。


 どうすれば伝わるのか。


 どうすれば届くのか。


 それを考えながら踊る。


「ありがとうございましたー!」


 ライブが終わる。


 拍手はある。


 でも、会場が揺れるような熱気ではなかった。


 ステージ袖へ戻る。


 照明の熱が、まだ残っている。


「お疲れー」


 真田さんが手を叩く。


「今日は前より良かったじゃん」


「……そうですか?」


「うん。ちゃんとアイドルっぽくなってきた」


 そう言われても、まだよくわからない。


 私はタオルで汗を拭く。


 その横で、早川がスマホを見ていた。


「……はぁ」


 小さく息を吐く。


 画面にはSNS。


 ライブ動画。


 再生数は多くない。


「どうしたんですか?」


 聞くと、早川は少し苛立ったように顔を上げた。


「別に」


 でも、そのままスマホを見つめる。


「……なんなの、これ」


 ぽつりと呟く。


「頑張っても、全然変わんないじゃん」


 他のメンバーは黙っていた。


 少し空気が重い。


 最近、こういうことが増えていた。


 活動はしている。


 でも、なかなか大きな仕事は来ない。


 配信をしても視聴者は少ない。


 動画も伸びない。


 ライブをしても、客席は埋まらない。


 早川は努力していた。


 歌もダンスも上手い。


 SNSの更新もしている。


 ライブ後にはファン対応もしている。


 でも――


 結果が出ない。


「はいはい、暗くならない」


 真田さんが軽く手を叩く。


「次あるんだから」


「次って、また小さいライブでしょ?」


 早川が言う。


「それの何が悪いの?」


「悪いなんて言ってない」


 でも、声は少し尖っていた。


「ただ……こんなの続けて意味あるのかなって」


 静かになる。


 私は少し考えた。


「意味は、あとからついてくるものでは?」


 言う。


 早川がこちらを見る。


「……は?」


「積み重ねたものは、すぐ結果にならなくても――」


「そういう綺麗事じゃ売れないの!」


 強い声だった。


 私は止まる。


 早川は立ち上がった。


「こっちはちゃんと努力してるの!」


 感情が滲む。


「歌もダンスも練習して、SNSも更新して、配信もして、美容だって気を使って……!」


 息を吐く。


「なのに、全然変わらないじゃん」


 私は黙る。


 理解できないわけではない。


 でも、武術では少し違った。


 結果が出なくても、鍛錬をやめるという考え方が、そもそも存在しなかった。


「でも、やらなければもっと届かないと思います」


「だからそういう話してないの!」


 完全に噛み合っていなかった。


 空気が悪くなる。


 他のメンバーも困った顔をしている。


 そのときだった。


「はいはい、そこまで」


 真田さんが割って入る。


「ケンカする元気あるなら、次の練習しろ」


 机の上に資料を置く。


「これ、次までに覚えといて」


 楽譜と音源データだった。


 早川が見る。


「……これ」


 表情が変わる。


「なんで、この曲?」


 人気アイドルグループ、

 Luminous Crownの代表曲だった。


 最近、かなり勢いがあるグループ。


 以前、Misaさんから聞いたことがある。


 Stella Beatsと、ほぼ同じ時期にデビューしたグループ。


 大手プロダクション所属で、規模も人気も桁違い。


「なんでライバルの曲なんか練習しなきゃいけないの?」


 デビュー前から大勢のファンがいて、

 SNSの数字も、ライブの規模も、最初から別世界だった。


 真田さんは軽く笑った。


「まあ、いいから」


「意味わかんないんだけど」


「仕事なんて、何が繋がるかわかんないんだよ」


 それ以上は説明しなかった。


 早川は納得していない顔だった。


 でも、他のメンバーはとりあえず頷く。


 私は音源を受け取った。


「神崎さん」


「はい」


「ちゃんと覚えといてね」


「わかりました」


 その日の帰り。


 私は動画サイトでLuminous Crownの曲を聴きながら歩いていた。


 軽いテンポ。


 明るい曲。


 でも、難しい。


 振り付けも細かい。


 家へ帰る。


 着替える。


 道場へ向かう。


 音源を流す。


 繰り返す。


 ステップ。


 腕。


 呼吸。


 まだ完全ではない。


 でも、初めて踊った頃より、少しだけ柔らかくなった気がする。


 母の言葉は、まだ意味がわからない。


 でも、少しだけ考えるようにはなっていた。


 数日後。


 Stella Beatsは、次のライブ準備をしていた。


 小さなライブハウス。


 何度か立ったことのあるステージ。


 客席の広さも、照明の位置も、少しずつ覚えてきていた。


 スタジオでは、次のライブ用の曲と、

 Luminous Crownの曲を並行して練習している。


 軽快な音楽が流れる。


 私は鏡の前で振り付けを繰り返していた。


 ステップ。


 重心移動。


 ターン。


 以前よりは少しだけ柔らかくなっている。


 でも、まだ足りない。


 ――見せるというのは、自分を出すことです。


 母の言葉を思い出す。


 でも最近は、ただ正確に動くだけでは駄目なのだということだけは、理解し始めていた。


「はぁ……」


 少し離れた場所で、早川が座り込んでいた。


 タオルで汗を拭きながら、スマホを見ている。


「またLuminous Crownトレンド入ってる」


 ひよりが画面を覗き込む。


「うわ、またライブ映像伸びてる……」


「いいよねぇ、大手は」


 ののかが苦笑する。


 Luminous Crown。


 Stella Beatsと、ほぼ同じ時期にデビューしたアイドルグループ。


 でも、最初から世界が違った。


 大手プロダクション所属。


 デビュー前からファンが大勢いて、駅前の大型モニターにも広告が流れている。


 動画配信サイトを開けば、おすすめ欄に必ず出てくるくらいには有名だった。


 早川が小さく息を吐く。


「……向こうは、こっちの名前なんか知らないでしょ」


 少し空気が重くなる。


 軽快な曲だけが流れていた。

 

 真田さんから渡された、

 Luminous Crownの代表曲。


 次のライブとは関係ない曲。


 でも、練習は続いている。


「なんでこんなことやってるんだろ……」


 早川が呟く。


「向こうの曲なんか覚えても、別に私たちのライブで使うわけじゃないし」


 ひよりも少しだけ複雑そうな顔をした。


「まあ……でも、真田さんがやれって言うし」


「だからってさぁ」


 早川は不満そうに立ち上がる。


「なんか虚しくならない?」


 誰もすぐには返せなかった。


 そのとき。


「そ、そうだ!」


 ののかが急に声を上げた。


「Rinちゃんって、もう振り覚えた?」


 視線が集まる。


「はい」


「えっ、もう!?」


「まだ未熟ですが」


「いやいやいや、早くない!?」


 ののかが驚いた顔をする。


「ちょっと見せて!」


 私は少しだけ考えてから前に出た。


 音楽が流れる。


 ステップ。


 ターン。


 腕。


 振り付けを最後まで通す。


 全て正確にコピーしていた。


 少し硬いが、間違いはない。


 曲が終わる。


「……え、凄」


 ゆあが思わず声を漏らした。


「ほんとにもう覚えてる……」


 ののかも少し笑う。


「Rinちゃんって、やっぱ運動神経凄いよね。なんでそんな真面目なの?」


「型を繰り返すのは当然なので」


「型?」


「八極拳では、反復によって身体に――」


「カンフーみたいなやつ?」


「いいえ、八極拳です」


「……?」


 ののかが首を傾げる。


 ゆあも、なんとなく一緒に首を傾げていた。


挿絵(By みてみん)


 少しだけ空気が和らぐ。


 でも――


 その様子を、早川は少し離れた場所から黙って見ていた。


 表情は、あまり明るくない。


 そのときだった。


 スタジオの隅。


 腕を組みながらこちらを見ていた真田さんのスマホが鳴る。


「はい、もしもし――」


 途中で表情が変わった。


「……マジか」


 全員がそちらを見る。


「え、ちょっと待って」


 真田さんが立ち上がる。


「……はい、いけます」


 電話を切る。


 数秒。


 沈黙。


 そして。


 真田さんが笑った。


「……来たな」


「なにが?」


 早川が聞く。


 真田さんは資料を掴む。


「Luminous Crown、今夜のライブ飛んだ」


「……は?」


「理由は知らん。体調かトラブルか炎上か、なんかあったらしい」


 でも、と真田さんは続ける。


「ステージだけ空いた」


 空気が変わる。


「Stella Beats、代打で入れるぞ」


 全員が止まった。


「……え?」


 早川が固まる。


 私は少し考えた。


「代打?」


「だから言っただろ」


 真田さんが笑う。


「曲、覚えとけって」


 そこで、全員がようやく繋がった。


 今まで練習していた理由。


 真田さんの狙い。


 そして――


 今までで一番大きなステージが、

 突然、目の前に現れたことを。

第三章を読んでいただきありがとうございました。


今回はStella Beatsのメンバー同士の空気感を中心に描いてみました。


ののかとゆあは書いていてかなり動かしやすいですね。

特にののかは、空気が悪くなると自然に話題を変えようとするタイプなので、グループの潤滑油みたいな立ち位置になっています。


そして、今回ずっと練習していたLuminous Crownの曲。

真田さんがなぜ練習させていたのか、その理由が次回ついに明らかになります。


第四章はいよいよステージ回です。


かなり大きく物語が動く予定なので、続きを楽しみにしていただけたら嬉しいです。

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