表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

第二章「レッスンを始めたんですけど、何か?」

第二章です。


ついに凛がアイドルレッスンへ参加します。


ですが、八極拳しか知らない凛にとって、

歌やダンスの世界は想像以上に難しいものでした。


今回から凛が所属することとなるアイドルグループ、Stella Beatsのメンバーも登場します。


よろしくお願いします。

 金曜日。


 放課後の下駄箱で靴を履き替えていると、ポケットから一枚の紙が落ちる。


 白地に黒い文字。


 捨てられずに持っていた名刺。


 スターライトプロダクション。


 その下に書かれた名前を見る。


 ――真田康夫。


 外はもう暗くなり始めていた。


 拾い上げると、その場で立ち止まり、しばらく名刺を見ていた。


 ――今のままで、いいのだろうか。


 考える。


 でも、答えは出ない。


 だから、とりあえず動くことにした。


 スマホを手に取る。


 少しだけ迷ってから、番号を押した。


 呼び出し音。


『はい、スターライトプロダクション、真田です』


「……神崎と申します」


『はい、お世話になってます』


「あの、この間、駅前で声をかけられて……」


『……え?』


 一瞬、沈黙。


『え、あの子!?』


 急に声が大きくなった。


『いや、ホントに電話くれたの!?』


「……そんなに驚くことですか?」


『いや、だって絶対断られると思ってたし』


 少し失礼な人だ。


 私は黙ったまま、スマホを耳に当てる。


『あー、ごめんごめん! いや、でも嬉しいよ』


 電話の向こうで、慌ただしい音がする。


『今、時間ある?』


「あります」


『じゃあさ、今から事務所来れる?』


「今からですか?」


『うん。少し話そうよ』


 少し考える。


「……わかりました」


『駅前の雑居ビルわかる? 一階ラーメン屋のところ』


「はい」


『三階だから! 待ってる!』


 電話が切れる。


 静かな部屋に戻る。


 校門を出て、駅前へ向かう。


 駅前の雑居ビルは、思ったより古かった。


 一階のラーメン屋からは、油の匂いが漂ってくる。


 三階。


 細い階段を上がる。


 壁には、小さなプレート。


 Starlight Production。


 少しだけ場違いな感じがした。


 ドアを開ける。


「おっ、来た!」


 真田さんが勢いよく立ち上がった。


 今日も白いスーツだった。


「いやー、ホントに来てくれたんだ」


「はい」


 事務所は狭かった。


 机が二つ。


 古いソファ。


 壁にはアイドルのポスター。


 でも、どこか慌ただしい。


「まあ座ってよ」


 勧められるまま座る。


 真田さんは缶コーヒーを取り出した。


「飲む?」


「いえ」


「そっか」


 自分だけ開けて飲む。


「改めて、スターライトプロダクションの真田康夫です」


「神崎凛です」


「いやー、でもマジで驚いた」


 真田さんは笑う。


「キミ、絶対来ないタイプだと思ってたから」


「そういうものなんですか?」


「いや、普通もっと警戒するし」


 それはそうかもしれない。


 真田さんは少しだけ真面目な顔になった。


「ウチ、小さい事務所なんだ」


 見ればわかる。


「でも、本気ではやってる」


 その言葉だけは、少し真っ直ぐだった。


「今、Stella Beatsっていうグループをやっててさ」


 壁の写真を指差す。


 四人の女の子が写っていた。


 みんな笑っている。


 中央にいるのは、たぶんセンター。


 長い髪の、綺麗な人。


「ライブとかもしてるんですか?」


「小さいのばっかだけどね。地下イベントとか、ショッピングモールとか」


 真田さんは苦笑する。


「まあ、まだ売り出し中って感じ」


 写真を見る。


 みんな、ちゃんと笑っていた。


「どう? やってみる気ある?」


「……まだ、よくわかりません」


「だよねぇ」


 でも、と真田さんは続ける。


「それでも来たってことは、少しは気になってるんでしょ?」


 否定はできなかった。


 真田さんは少し笑う。


「じゃあ、まずはレッスンやってみる?」


「レッスン?」


「明日、ダンススタジオ借りてるんだ」


 机の上の資料をめくる。


「歌とダンス。まあ、アイドルっぽいこと一通り」


「格闘技の稽古みたいなものですか?」


「いや、かなり違うと思う」


 少し笑ってしまった。


「とりあえず来てみなよ。合わなかったらやめてもいいし」


 少し考える。


 でも、もうここまで来ていた。


「……わかりました」


「よし!」


 真田さんは嬉しそうに立ち上がった。


「じゃあ明日、朝十時にスタジオね!

 動きやすい服を持ってきてよ」


 翌日。


 私は指定されたダンススタジオへ来ていた。


 ガラス張りの入口。


 中から音楽が聞こえる。


 スタジオの扉を開ける。


 すでにレッスンは始まっていた。


 四人の女の子が鏡の前で踊っている。


「はい、ストップー」


 女性の先生が手を叩いた。


 先生がやってくる。


「あなたが神崎さん? 真田くんから聞いてる」


 みんな集合、と声をかけると、他のメンバーもやってきた。


「今日からみんなと一緒にレッスンを始める神崎凛さんよ」


 視線が集まる。


「あの、今日は見学では」


「実際にやってみた方が雰囲気掴めるでしょ?」


 昨日写真で見たセンターの女の子が、一歩前に出た。


「あたしは早川美咲。Misaって名前で活動してる。よろしくね」


「神崎凛です」


 軽く頭を下げる。


 早川は少しだけ私を見る。


 値踏みするような視線だった。


「……本当にアイドルやるの?」


 小さくそう言った。


「はい」


「じゃあ、奥で着替えてきて。早速やってみましょ」


 更衣室へ入る。


 私はバッグを開き、いつもの黒い道着を取り出し、手早く帯を締めた。


 スタジオに戻る。


「……え?」


 誰かが小さく声を漏らした。


「なにそれ」


「錬功服です」


「錬功服? なんかカンフー映画とかで見たような……」


 でも、他に動きやすい服を持っていなかった。


 鏡を見る。


 いつも通りの道着。


 でも、少し浮いてるかもしれない。


 先生も一瞬固まった気がしたが、みんなと並ぶように促される。


「はい、それじゃあ始めまーす」


 音楽が流れる。


 先生が見本を見せる。


 ステップ。


 腕の動き。


 体重移動。


 見て覚える。


 難しくはない。


「じゃあ、やってみて」


 動く。


 足を運ぶ。


 重心を移す。


 腕を振る。


 見本通りに。


 正確に。


「……」


 先生は何か難しそうな顔をする。


 そのとき、入口の扉が開き、真田さんがやってきた。


 先生も気づく。


「あっ、ちょっと真田くん」


「お? 神崎さんもやってる?」


「ちょっとこっち来て、彼女を見て」


 真田さんがこちらを見る。


「え、なに?」


「いや……動き自体は合ってるのよ」


 先生は困ったような顔をした。


「でもなんか違うの」


 私は止まる。


「違う、ですか?」


「うーん……なんて言えばいいんだろ」


 先生は少し考え込む。


「キレはあるの。むしろありすぎるくらい」


「はい」


「でも、怖い」


「……怖い?」


 意味がわからなかった。


「じゃあ、今のところ、もう一回やってみて」


 軽快な音楽が流れる。


 みんなと同じように、もう一度見たままの踊りをする。


 真田さんも腕を組む。


「いやー……でも、なんか目引くんだよなぁ」


「目は引くけどアイドルの動きじゃないのよ!」


 先生が頭を抱える。


 もう一度、踊る。


 今度は少しだけ周りを見る。


 他のメンバーは柔らかかった。


 笑っている。


 軽い。


 でも私は、どこか違う。


 鏡を見る。


 でも、何が違うのかわからなかった。


 ダンスのレッスンが終わる。


 次は歌だった。


 歌詞カードが配られ、まず先生が歌う。


 短い小節だけど、綺麗な歌声だった。


 一人づつ歌う。


 次は私が歌う。


 マイクを持つ。


 音楽が流れる。


 歌う。


「――――っ!」


 スタジオの空気が震えた。


挿絵(By みてみん)


 先生が一瞬圧倒される


「ちょ、ちょっと待って!……いや違う違う!」


 先生が慌てて止める。


「え?」


「声出すぎ!」


 早川が思わず吹き出す。


「いや、ライブハウス壊す気?」


「……大きすぎましたか?」


「大きいっていうか……」


 早川は笑いを堪えながら言った。


「なんか戦い始まりそうなんだけど」


 周りも少し笑う。


 でも私は、何が違うのかわからなかった。


 レッスン後。


 他のメンバーが休んでいる中、私は一人で鏡の前に立っていた。


 もう一度、動く。


 ステップ。


 ターン。


 腕。


 間違っていない。


 でも。


「……なんでだろう」


 小さく呟く。


 レッスンが終わると、外はすっかり日が暮れていた。


 帰宅すると、母がいた。


「おかえりなさい」


「ただいま帰りました」


 和は静かに微笑む。


「今日はどうでしたか?」


 少し迷う。


「……よく、わかりませんでした」


「わからない?」


「できているはずなのに、違うと言われます」


 母は少しだけ考えた。


「見せてみなさい」


 道場へ向かう。


 母は日本舞踊の先生をやっていた。


 何かわかるかもしれない。


 私は今日のダンスを踊ってみせた。


 動き。


 足運び。


 リズム。


 全部覚えている。


 終わる。


 静寂。


「……なるほど」


 母は静かに立ち上がった。


「見ていなさい」


 全く同じ踊りをする。


 音はない。


 でも、母が動いた瞬間、空気が変わった。


挿絵(By みてみん)


 静かだった。


 柔らかい。


 なのに、目が離せない。


 指先。


 視線。


 呼吸。


 全部が繋がっている。


 私は、少しだけ圧倒されていた。


 終わる。


「……違う」


 思わず口に出た。


「何が違うかわかりますか?」


「……わかりません」


 母は静かにこちらを見る。


「あなたは、“できること”しかやっていません」


 意味がわからなかった。


「技術だけでは、人には届きません」


「……」


「見せるというのは、自分を出すことです」


 ますますわからない。


 でも、その言葉だけは頭に残った。


 夜。


 道場に一人で立つ。


 いつも通りの稽古。


 踏み込む。


 ドン。


 拳を打つ。


 繰り返す。


 でも今日は、少しだけ考えてしまう。


 ――見せる?


 わからない。


 でも。


 私はもう一度、踏み込んだ。


 ドン。


(第二章 終)

第二章でした。


今回は「技術」と「表現」の違いを書きたかった章でもあります。


凛は真面目で、努力もできて、

動きも覚えも早いです。


でも、それだけでは届かない世界がある。


そして母の和は、

武術とは違う方向から“芸”を極めた人として描いています。


今回の挿絵もかなり気合が入っていて、

特に和の舞のシーンはお気に入りです。


次回はStella Beatsとしての活動が少しずつ始まっていきます。


よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ