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第五章「友達ができたんですが、何か?」

第五章です。


ついに最終話となりました。


アイドルとして成功する話というより、

友達が欲しかった女の子が、一歩だけ前へ進むお話です。


最後までお付き合いいただければ幸いです。

「かんぱーい!!」


 グラスがぶつかる。


 明るい声が店内に響いた。


 みなとみらいの夜景が見えるレストラン。


 ガラス張りの窓の向こうには、観覧車の光が見えている。


 つい数時間前まで、死にそうな顔で巨大な野外ステージへ立っていたとは思えなかった。


「いやもう、ホント死ぬかと思ったぁ……」


 ののかがテーブルへ突っ伏す。


「照明が落っこちてきたの、マジで怖かったんだけど!」


「ゆあなんか、まだちょっと震えてるもん……」


 ゆあは苦笑しながらジュースを持つ。


「だ、だって……ホントに落ちてきたし……」


「普通ライブ中に照明吹っ飛ばないって」


 ひよりが冷静に言う。


「いや、吹っ飛ばしたの神崎さんだけど」


「……不可抗力です」


「不可抗力で照明吹っ飛ばす人、初めて見たわ」


 早川が笑う。


 でも、その顔はライブ前までとは少し違っていた。


 テーブルの上には料理が並んでいた。


 パスタ。


 ピザ。


 ポテト。


 ジュース。


 真田さんだけホットコーヒーだった。


「真田さん、お酒飲まないんですか?」


 ののかが聞く。


「いや、運転あるからさ」


 真田さんは肩をすくめる。


「それに今日はまだ終わってない」


「え?」


 そのときだった。


「……ちょっと待って」


 早川がスマホを見たまま固まる。


「なにこれ」


「どうしたの?」


 ゆあが覗き込む。


「いや、今日のライブ動画……」


 画面には、さっきの野外ライブが映っていた。


 コメント欄が凄い勢いで流れている。


『なんだこのアイドル!?』

『照明ぶっ飛ばしたぞ!?』

『代打って聞いてたのにヤバすぎる』

『最後まで続けたの凄くね?』

『あの黒髪の子誰!?』


「え、ちょ、伸びすぎじゃない!?」


 早川が声を上げる。


 再生数が凄い勢いで増えていた。


 通知欄も止まらない。


 ののかもスマホを見る。


 そして、息を呑んだ。


「……ウソ」


「どうした?」


 真田さんが聞く。


「これ……Luminous Crownの公式ライブ動画より伸びてる……」


 一瞬。


 空気が止まった。


「えぇぇぇ!?」


 ののかが叫ぶ。


「マジ!?」


「そんなことある!?」


 ゆあも驚いていた。


 早川は画面を見つめたまま動かない。


 たぶん、それは。


 ずっと追いかけていた場所だった。


 大手。


 人気。


 憧れ。


 その背中を、今日だけ一瞬追い越した。


 事故みたいな奇跡だったとしても。


 でも。


 確かに届いたのだ。


「……ねぇ」


 早川が小さく言った。


 そのまま、凛を見る。


「アンタさ、なんでそこまでやれたの?」


 店の空気が少し静かになる。


「あんな大きな照明が落ちてきた」


「ステージも真っ暗」


「観客席もスタッフもライブどころじゃない」


「普通、止まるでしょ」


 早川は続ける。


「あんなの、怖いとか、無理とか思うじゃん」


 私は少し考えた。


「……友達が欲しかったからです」


「……え?」


 全員が止まった。


「え、友達?」


 ののかが瞬きをする。


「はい」


「いや、え?」


 早川も困惑していた。


 私は静かに話す。


「最初は断るつもりでした」


 あの日を思い出す。


「私は八極拳しかやってこなかったので」


 言葉を探す。


「なので……友達みたいなものが、よくわからなくて」


「でも、あの日、真田さんにスカウトされて」


「ずっと迷っていて……」


 放課後。


 下駄箱。


 名刺を指でなぞった夜。


「でも……今のままでいいのかなって、なにか変わるかもって」


 少しだけ視線を落とす。


「だから、真田さんに電話しました」


「……」


 静かになる。


 誰もすぐには喋らなかった。


 そして。


「……なにそれ」


 早川が吹き出した。


「そんな理由でアイドル始めたの?」


「はい」


「普通もっとキラキラした理由じゃない!?」


「そういうものなんですか?」


「そういうものなの!」


 ののかも笑い始める。


「神崎さん、やっぱ変だよぉ」


「でも…なんかわかるかも」


 ゆあが小さく言った。


「……え?」


「だって神崎さん、ずっと本気だったもん」


 ゆあは少し笑う。


「友達欲しかったなら、そりゃ頑張るよね」


 ひよりも静かに頷いた。


 真田さんはコーヒーを飲みながら、小さく笑っていた。


「……スカウトして正解だったな」


挿絵(By みてみん)


 夜はゆっくり更けていった。


     ◆


 しばらくして。


 Stella Beatsは、本格的に売り出され始めていた。


 ライブ。


 配信。


 雑誌。


 SNS。


 あのライブ以来、大きな仕事が舞い込んで来るようになった。


 真田さんは毎日のように走り回っているらしい。


 学校帰りや週末にはスタジオへレッスンに行く。


 イベントの手伝いもするようになった。


 でも。


 私の学校生活は、ほとんど変わらなかった。


 昼休み。


 前の席からプリントが回ってくる。


 私はそれを受け取り、後ろへ回した。


 誰も、わざわざ話しかけて来ることはない。


 ボンヤリと窓の外を眺める。


 校庭では運動部が練習していた。


 掛け声。


 ボールの音。


 いつもの昼休みだった。


 教室の後ろでは、男子たちがスマホを見ながら騒いでいる。


「最近さ、Stella Beatsって結構来てね?」


「あー、わかる」

「この前のライブ動画、めっちゃ流れてきた」


「あの照明落ちてきたやつだろ?」

「そうそう、凄い音してぶっ飛ばしたやつな」

「でも、あのあと普通にライブ続けてんの意味わかんないよな」


「しかも次のライブもチケットが即完らしいぞ」


 そんな話を聞きながら、私は静かに窓の外を見ていた。


 そのとき。


「あれ……?」


 一人の男子が、急に黙った。


 スマホと、こちらを見比べている。


「……なぁ」


「ん、なに?」


「そのStella Beatsのライブなんだけどさ」


「あぁ…それが?」


 スマホを持ったまま、ゆっくりこちらを見る。


「この照明をふっ飛ばしてるの、もしかして神崎じゃね?」


 教室が止まった。

 女子も集まってスマホを覗き込む。


「はっ、お前なに言ってんの?」


 私が振り向く。


 一人の女子がこちらを見て言った。


「神崎さんって、アイドルやってるの?」


 私は少し考えた。


「……はい」


 また空気が止まった。


「えぇぇぇぇぇ!?」


挿絵(By みてみん)


「ウソ!?」

「マジで!?」

「え、Stella Beatsの!?」

「Rinって神崎だったの!?」


 一気に声が飛ぶ。


「いや、マジかよ!」

「全然気づかなかった!」

「え、サインとか貰える!?」

「ライブってどうなってんの!?」


 次々に話しかけられる。


 少しだけ騒がしい。


 でも。


 嫌ではなかった。


     ◆


 夜。


 道場には、いつもの音が響いていた。


 踏み込み。


 呼吸。


 衣擦れ。


 私は黙々と型を繰り返す。


 剛玄は腕を組み、その様子を静かに見ていた。


 変わらない。


 いつもの道場だった。


「……アイドル活動はどうだ」


 父が静かに口を開いた。


 私は動きを止める。


「ライブがありました」


「そうか」


「最近は、少し忙しいです」


「うむ」


「学校でも、少し話しかけられるようになりました」


 一瞬だけ。


 父の眉が、ほんの少し動いた気がした。


「……そうか」


 でも、それだけだった。


 私はもう一度構える。


 踏み込む。


 ドン。


 乾いた音が道場に響く。


 父は何も言わない。


 だが。


 道場の隅に置かれた父のスマホには、“Stella Beats”のライブ映像が表示されたままだった。


 母は静かにお茶を置く。


 そのまま、小さく微笑んだ。


 私は、もう一度拳を打つ。


 踏み込む。


 ドン。


 夜の道場に、乾いた音が響いた。


(第五章 終)

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


『八極拳しか知らない私がアイドルにスカウトされたんですが、何か?』はこれにて完結となります。


最初は無口で友達もおらず、八極拳しか知らなかった凛ですが、少しずつ周囲との関わりを増やしながら成長していきました。


第四章のライブシーンは、この作品で一番書きたかった場面です。

照明落下からの鉄山靠はかなり勢いで書いていましたが、凛らしい解決方法になったかなと思っています。


そして最終話では、アイドルとして大成功したことよりも、「友達ができた」という部分を大切にしました。


きっと凛はこれからも変わらず八極拳の稽古を続けます。

でも、以前とは少しだけ違う毎日を過ごしていくのだと思います。


今回のお話のテーマですが、自分の努力の否定でした。

見かけたことありませんか?

うまくいかないときに「こんなことをして何になる」「虚無だ」などの言葉で今まで頑張ってきた自分の努力を否定してしまう人。


そんな考え方を相手に武術のストイックさと結果を求めない姿勢で挑むというお話をやってみたかった。

長く続けていけば誰しも唐突にチャンスに巡り合うことがあるはずです、しかしそのチャンスを掴めるのは地道に努力を続けてきた人だけなのかもしれませんね。


感想や評価、ブックマークなどいただけると今後の励みになります。


最後までありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
パパのスマホ草w その無表情の下に何が隠れているのかw 一歩踏みふ出すお話、面白かったです!
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