第35話 滲む異質な気配
レオンと従魔ジャイロが放つ強者の余韻を感じながら、キリアとリックは深く呼吸をする。
セルドリクは彼女たちから少し距離をとると、その様子を静かに見守っていた。
「いくよ、リック。」
「ガルッ!」
その瞬間──
キリアの瞳が淡紅から、燃えるような真紅へと変わった。
「……っ!」
セルドリクが息を呑む。
キリアの身体から溢れ出す魔力は、まるで炎のように揺らめき、そこへ溶け込むように、リックの魔力が吸い寄せられ収束していく。
リックの身体から立ち昇る真紅の魔力は、キリアの魔力と混ざり合い、ひとつの“奔流”となって周囲の空気を震わせた。
「おお……!
まさに、あの時の“戦姫”……!」
セルドリクは震える声を漏らした。
かつてキリアに救われたあの瞬間を思い出し、その胸には熱いものが湧き上がる。
「これが……
噂に聞く“真紅の勇者”……!」
それを見たレオンもまた、目を見開き呟いた。
だが、驚きの中である疑問が彼の脳裏を掠めた。
「操魔士の長い歴史の中で、瞳の色が変わるといった記録はない──
もちろん、僕自身も見たことも聞いたこともない。
さらには、この魔力の濃さは父さん以上……?なんだこの力は……?」
そんな思考を巡らせながら、レオンは息を呑んだ。
そして、リックから放たれる魔力の気配を感じとった瞬間──その背筋に冷たいものが走った。
「なんだ、この気配……?
Bクラスの魔獣が放つものじゃない……」
レオンが心で呟いた、その時だった。
「クオオオオッ!!」
突然、ジャイロが激しく声を上げる。
その雄叫びと共に、レオンの隣から強烈な殺気が放たれた。
「……っ!!
……どうした、ジャイロ!?」
レオンが驚いて振り向くと、ジャイロが羽を大きく広げ、臨戦体制を取っていた。
鋭い眼光はリックを捉え、その全身から、敵意を帯びた強烈な魔力が溢れ出している。
「嘘だろ……?
“獣王種”のジャイロが……
格下の──Bクラスの魔獣相手に……?」
セルドリクも驚愕に目を見開いた。
プライドの高いカイザーイーグルが、自分より格下の魔獣に対して殺気を放つなど──歴史上でも例がない。
レオンの胸に、熱いものが込み上げた。
それは──“この二人を鍛えたら、どこまで強くなるのか”という期待の熱。
いつも冷静な彼の胸に、抑えきれない高揚感が芽生えていた。
「どう、ですか……?」
キリアが少し不安げに尋ねる。
レオンは深く息を吸い、彼女を真っ直ぐ見つめた。
「……素晴らしいです。
やはり、普通ではない……
僕の予想以上──今後が楽しみです。」
「ほんとですか!?
やったね、リック!」
キリアは満面の笑みを浮かべ、リックの首元を撫でた。
「グルルッ!」
リックも嬉しそうに喉を鳴らす。
レオンは微笑み、次の段階へと進む。
「では早速、基礎的な訓練から始めましょう。
操魔の基礎は“魔力の繋がりを感じ取ること”です。
キリアさん、リックと共に魔力の循環を感じてみてください。」
「はい!」
「ガルッ!」
二人は元気よく返事をし、訓練に向き合った。
こうして──キリアとリックの“新たな力”を得るための日々が始まった。
その頃──
執務室の窓から、訓練場を見下ろすガイアスの姿があった。
彼は腕を組み、険しい表情でキリアとリックを見つめていた。
「……相容れないはずの勇者特性と操魔のギフトが、なぜ……」
勇者特性は“魔獣を屠る力”。
操魔のギフトは“魔獣と繋がる力”。
本来、両者は反発し合い、共存することはあり得ない。
だが──キリアはそれを当然のようにやってのけている。
「“あの従魔のみが、彼女の本来の力を引き出す”のか……?」
ガイアスは眉を寄せた。
そして、視線をリックへと向ける。
「……あれは、本当に魔獣なのか……?」
熟練した操魔士でなければ気づかないほどの微かな“異質さ”──だが、ガイアスには確かに感じ取れた。
魔力に溶け込む微かな魂の気配──あの気配は、魔獣のものではない。
あり得ないことと思いながらも、胸の奥に不穏な予感が広がる。
「リック……か。
あの従魔は、なんなのだ……?」
ガイアスの呟きは、静かな執務室に溶けていった。
その声は、まるで“何か”へと近づく足音のように重く響いていた。




