第36話 不気味な恋慕
レオンの指導のもと、キリアとリックの訓練は順調に進んでいた。
魔力の繋がりを感じ取る訓練──
それは主人と従魔の意思疎通を可能にし、互いの力を強めるだけではない。
戦闘中の連携を飛躍的に向上させる、操魔士として重要な基礎技術である。
ほんの数秒の誤差が命取りになる戦場では、言葉を交わさずとも意思が伝わるというのは、何よりも大きな意味を持つ。
魔獣と共にある操魔士にとって、最も大切にされる基礎のひとつだった。
「どうです?
リックの気持ちは伝わりますか?」
レオンが穏やかに問いかける。
キリアは目を閉じ、リックに寄り添うように魔力の流れに意識を向けた。
「んー……えっと、お腹が……空いてる?」
「グルルッ!」
リックが元気よく声を上げる。
「あははっ。どうやら正解のようですね。
では、一旦休憩して食事にしましょうか。」
レオンは微笑み、訓練場の脇にある休憩所へと案内した。
「魔獣の気持ちが分かるというのは、どのような感覚なのでしょうか?」
セルドリクが食事を用意しながら尋ねる。
「んー……上手く言えないけど……
なんか、自分がお腹減ってるみたいに感じたよ。」
キリアは首を傾げながら答えた。
「ええ。最初はそんな感じですね。
慣れてくれば、もっとはっきり意思が伝わりますよ。」
レオンはジャイロの羽毛を撫で、優しく微笑む。
「ほほぉ……それは興味深い……」
セルドリクは感心しながら、手際よく軽食と飲み物を並べていく。
レオンはふと、キリアとリックを見つめた。
「ただ……普通はもっと時間がかかるんです。
キリア様とリックは、もともと絆が強いようですね──それに……」
レオンは言葉を切り、不思議そうに眉を寄せた。
「どうされましたか?」
「いえ……不思議なのはリックの方なんです。
魔力の繋がりがなくても、人の言葉を理解しているような……」
セルドリクの問いに、レオンは呟くように言葉を返す。
それを聞いたリックは、思わずビクリと身体を震わせた。
──やっぱり、何か感じるんだ……──
熟練した操魔士であるレオンの勘は鋭く、リックの“異質さ”を見逃さなかった。
「リックは出会った頃──
小さな幼体の時からこんな感じだよ?
もしかして、すごく頭がいいのかもね!」
キリアはそう言って笑い、リックの頭を優しく撫でた。
リックはその手に頭を寄せながら、──もし言葉が話せたら……──と心の中で呟く。
しかし、そんなことは叶うはずもないのだと、その痛みを胸の奥へと押し込んだ。
レオンはそんな二人を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「やはり……この子も何か──
特別な力を秘めているのかもしれませんね。」
その声には、二人の絆への興味と期待が混ざっていた。
一方その頃──
デュランダール邸の一室では、薄暗い部屋の中でひとりの少年がベッドの脇に座っていた。
ベッドには、魂のない人形のようになったままのアレクが横たわっている。
少年はその顔を覗き込み、静かに呟いた。
「ああ、兄様……なんとお労しい。」
少年の名は──エリオット・デュランダール。
エルフィリオ聖統国王家に婿として迎えられる予定だった兄アレクに代わり、本来ならデュランダール公爵家の次期当主となるはずだった。
しかし、アレクの一件によりその話は白紙となり、エリオットの未来も大きく変わってしまった。
だが──彼の表情に悲壮や怒りはなく、別の感情が浮かんでいた。
「うふふふ……
愚かな兄様も、たまには役に立つものだ。」
エリオットはアレクの頬を指でなぞりながら、薄く笑った。
「まさか……“操魔の勇者キリア”が、僕の姉様になるなんて……」
その声は甘々しく、しかしどこか歪んでいる。
エリオットは両手で顔を覆い、肩を震わせた。
「ふひ……ひひ……あは、あははは……」
笑い声は次第に狂気を帯び、やがて彼はゆっくりと顔を上げた。
頬は赤く染まり、瞳は熱に浮かされたように潤んでいる。
「“キリアお姉様”……あはっ!
くふふ……早く……お会いしたいなぁ……」
その表情は恋焦がれるようでありながら、どこか薄気味悪く、言葉にできないほどの不気味さを漂わせていた。
エリオットの指先は震え、その震えは青い期待か暗い狂気か定かではない。
「僕の……僕だけの、お姉様……」
囁くような声が、静かな部屋に溶けていった。
その声は、まるで闇の底から這い出る悪魔のような、暗く底知れない想いを孕んでいた。




