第33話 交わることのない想い
キリアたちの前に並び立つ、堂々とした佇まいの男とその隣に控える青年。
二人は赤い瞳を静かに光らせ、その背に宿る気配は、まさに“帝国屈指の操魔士”と呼ぶに相応しい威厳を放っていた。
「ようこそ参られた。」
低く落ち着いた声が響く。
「私がグランジェット家当主、ガイアス・グランジェット。
こちらは息子のレオンだ。よろしく頼む。」
「レオンです。以後お見知り置きを。」
二人は穏やかな表情を浮かべているものの、その奥には確かな強者の気配が潜んでいた。
彼らの言葉を受け、セルドリクが丁寧に頭を下げる。
「デュランダール公爵家執事筆頭、セルドリク・カーマインと申します。
こちらは勇者キリア様と、その従魔リックでございます。」
「キ、キリアです。よろしくお願いします。」
キリアが深く頭を下げ、リックも静かに伏せて礼を示した。
──その瞬間。
ガイアスとレオンの表情が、わずかに強張った。
「……いま、リックと言ったか?」
ガイアスが目を見開き聞き返す。
レオンは言葉を失い、リックを凝視していた。
「は、はい……。」
キリアは二人の反応に戸惑いながら答えた。
その様子を見て、セルドリクが恐る恐る口を開く。
「な、何か失礼がございましたでしょうか……?」
ガイアスは我に返るようにセルドリクを見ると、ゆっくりと首を振った。
「いや……そういう訳ではない。
ただ……少し、驚いてしまってな……
この話はまたの機会にしよう。まずは長旅の疲れを癒してくれ。」
そう言うと、彼はレオンに視線を向ける。
「レオン、皆様をお部屋へ案内しなさい。」
「は、はい……。」
レオンはわずかに動揺を残したまま、キリアたちを案内するため歩き出した。
案内された部屋は、広く、落ち着いた雰囲気に満ちていた。
キリアが部屋に入ると、レオンは静かに退出しようとした。
「あの……!」
キリアが思わず声をかける。
レオンは振り返り、柔らかく微笑んだ。
「どうしました?」
キリアは少し躊躇いながらも、勇気を振り絞って尋ねた。
「さっき……
お二人がリックを見た時、少し怖い顔をしていたような……
その……どうして、ですか?」
レオンの瞳が揺れた。
驚き、戸惑い、そして──痛み。
しばらく言葉を探すように沈黙した後、彼は静かに口を開いた。
「実は……亡くなった弟と同じ名前なんです。」
「……え……?」
キリアは言葉を失った。
レオンは視線を落とし、リックを静かに見つめる。
「弟は……とても優秀な操魔士でした。
父も、僕も……彼の死をまだ受け入れられずにいる。
だから……その名を聞いて、驚いてしまっただけです。」
その声は震えていたが、同時にキリアを気遣う優しさが滲んでいた。
「気にしないでください。
あなたやその従魔──彼が悪いわけではありません。
ただ……
父も僕も、素直にその名を呼べないと思いますが、どうかご容赦ください。」
「そ、そんな!とんでもないです……
好きな呼び方で呼んでください!
僕もリックも、全然気にしませんから!」
「……はい。では、失礼します。」
レオンは静かに頭を下げ、部屋を後にした。
無理をするように浮かべた彼の微笑みは、癒えない痛みを語るには十分だった。
「こんな偶然……あるんだね……」
キリアはリックの頭をそっと撫でた。
「クルルル……」
リックは小さく喉を鳴らす。
その瞳には言葉にできない複雑な感情が揺れていた。
──父さん……兄さん……──
ガイアスとレオンの姿は、リックの胸に鋭い棘のような痛みを残していた。
やつれた顔。
沈んだ瞳。
失った息子を今も探し続けるような、深い悲しみ。
──僕はここにいるのに……──
そう言葉にして伝えられたら。
人として触れ合えたら。
どうしようもないことは分かっていても、そう想わずにはいられなかった。
窓の外を見ると、夜空は雲に覆われ、月明かりは届かない。
その暗闇は、まるでリックの心を映すかのように広がっていた。
胸の痛みが癒えぬまま、リックは静かに目を閉じる。
その痛みは、深い闇夜が明けてなお、決して消えることはなかった。




