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第32話 人と魔獣を繋ぐ場所

 ラトーダ領が近づくにつれ、キリアたちの視界には、これまで訪れたどの領地とも違う光景が広がっていた。


 「……あれ、従魔が普通に歩いてる……?」


 街道沿いの村を抜けると、そこには人と従魔が当たり前のように共存する世界があった。

 馬や牛の代わりに荷車を引く大型の従魔から、子どもたちと遊ぶ小型の従魔まで、様々な魔獣が街に溶け込み住民と暮らしている。


 カルシオーネにも、わずかながら操魔士がいて従魔を見る機会はあったが、ここまで自然に溶け込んではいない。

 王都はもちろんのこと、辺境伯領以外では考えられない光景だった。


 セルドリクが、驚くキリアに向け説明する。


 「ラトーダ辺境伯領は、操魔士が最も多く集まる地です。

  魔獣が多く出現するため、操魔士の力が必要とされるのです。

  操魔士はギフトの中でも特に血筋の影響が強く、瞳は赤みを帯びます。

  他の地域では“魔転の者”と揶揄されることもあり、ここへ移り住む者も多いのです。」


 「へえー!知らなかったなぁ……

  だから、こんなにたくさんの従魔がいるんだね!」


 キリアは淡紅の瞳を輝かせた。

 その軽やかな声には、胸の高鳴りを滲ませていた。

 

 そんな二人の会話に耳を傾けながら、荷台にいるリックは、静かにその景色を見つめていた。


 ──もし魔獣の姿でなければ……──

 胸の奥に、言葉にならない痛みが広がる。


 

 街道を進むと、やがて視界の先に巨大な屋敷が見えてきた。

 高い塀に囲まれ、堂々とした佇まいを見せるその屋敷こそ──グランジェット辺境伯の本邸。


 「わあー!あれが……!」

 キリアは思わず身を乗り出した。


 屋敷の手前には広大な庭が広がり、そこでは多くの操魔士たちが訓練を行っていた。

 魔獣との連携訓練や調伏訓練、魔力制御の実技など、そのどれもが迫力に満ちている。


 「すごい……!

  あんなにたくさんの魔獣と一緒に訓練してる……!」


 セルドリクは微笑みながら説明した。


 「グランジェット辺境伯は、後進の育成に非常に熱心な方です。

  この敷地を開放し、分家や他所から来た操魔士たちが安全に訓練できるよう整えておられるのです。」


 「へえ……!

  ものすごく優しい人なんだね!」


 キリアの胸には、熱い感嘆が込み上げる。

 だが、セルドリクは少し言い淀むように視線を落とした。


 「……ええ。人格者であることは間違いありません。

  富、名声、実力、人望──

  そのどれもを兼ね備えた素晴らしい方です。しかし……」


 「どうしたの?」


 キリアが首を傾げると、セルドリクは静かに言葉を続けた。


 「大切なご子息を亡くされて、まだ日が浅いのです。

  操魔士として非常に才能に溢れた方だったと聞きます……

  その心傷は……私などには、計り知れません。」


 「……そ、そうなんだ……」


 キリアは、胸の奥に言いようのない痛みを覚えた。

 しかし、こんなものではない──自分には想像もつかない痛みなのだろうという想いが広がっていった。


 その会話は、荷台のリックの耳にも届いていた。


 ──僕は……本当は生きてる。

  でも、それを伝えることはできない。──


 自分の現状をどうすることもできない──そんなもどかしさが、彼の胸を締めつけた。



 馬車が屋敷の前で止まると、数人の護衛騎士と、従魔を従えた操魔士たちが整列していた。

 その中から、一人の女性操魔士が前へ進み出た。


 「デュランダール公爵家御一行でございますね。

  私は、辺境伯近衛部隊長のアリューシア・オルネイアと申します──以後お見知り置きを。」


 セルドリクは丁寧に頭を下げた。


 「ご丁寧にありがとうございます。

  私は公爵家執事筆頭、セルドリク・カーマイン。

  こちらは勇者キリア様と、その従魔リックです。よろしくお願いいたします。」


 キリアも深く頭を下げると、恐る恐る尋ねた。

 「えっと……

  リックも一緒に入って、大丈夫なの……なんですか?」


 アリューシアは柔らかく微笑んだ。

 「もちろんです。

  この地では、訓練された従魔には相応の敬意を払うのが習わしでので。」


 「よかった……!いこう、リック!」


 「ガルルッ!」

 リックは不安を押し殺し、キリアの声に応えた。


 アリューシアに案内され、三人は屋敷の中へと向かう。

 重厚な扉がゆっくりと開かれ──その先に待っていたのは、二人の人物だった。


 堂々とした佇まいの男。

 そして、その隣に立つ若き操魔士。


 ガイアス・グランジェットと、レオン・グランジェット。


 その姿を見たリックの胸は、ひときわ強く脈打つ。

 人間だった頃の“父”と“兄”が、そこに静かに立っていた。



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